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PLAY147 『懺悔の輪廻会』③


「調子こくんじゃねぇぉクソガキぃ!!!」


 俺は――ここでリタイアなんてしねぇ!!!


 怒りをまき散らすような怒声。


 その怒声を聞いたむぃは尻尾を逆立て、威嚇を解いてしまうと同時にアシバから距離を取った。


 更に距離を取って、もっと距離を取って――


 そう………、むぃは逃げたのだ。


 猫が怖い物から逃げるように、俊足とまではいかずとも、むぃは人間の手足を器用に使って逃げたのだ。


「むぃ! くそ………! これさえ剥せれば………!」


 デュランは暗闇に逃げていくむぃを見て起き上がり、何とか追いかけようとしたが、力が入らない所為で前のめりになって馬の膝をついてしまう。


 ずしゃりと大きなものが落ちる音が聞こえたが、アシバは無視してむぃのことを追いかけようと足を動かす。勿論走るそれではない。大股で、ゆったりとした足取り。


 その足取りを見ることしかできないデュランは、自分の胴体につけられた装置を顔のないそれで見降ろす。


 彼の胴体につけられた装置は『封魔石』が装着されており、それがある限りデュランは魔王族の力を出すことはできないだけではなく、力が出ず、抜けていくという最悪の状況になっている。


 あの武神も二度体験したこと。


 そしてその武神も動けず、ただ倒れることしかできなかったのだ。


 デュランも例外ではない。


「くそ………! く………! くぉ………」


 何とか胴体につけられた装置を鷲掴みにして引きはがそうとしたが、力が出ない所為でできない。五指に力を入れ、鎧と機械の間に挿し入れて引き剝がそうにも、力が入らない所為で指が滑ってしまう。


 力が出ない自分の不甲斐なさ、そして苛立ちを感じながらもデュランはそれを取ろうとした。


 そうこうしている間に、アシバはむぃが逃げたであろうその場所に向かって足を進めている。


 進めて、金棒を引きずりながら言った。


「猫のくせにぃ………、人間様に歯向かうなんてなぁ………!」


 お仕置きが必要だなぁ…………!


 そう言って、アシバはゆっくりとした足取りで、焦っていない空気と怒りが混じった笑みを浮かべたまま歩みを進める。


 一歩。また一歩とゆったりとした足取りで進めていく。


 急いでいない。まるで逃げている相手を面白おかしく見ているような、そんな余裕さえ感じる狂気の顔。


 それを見たツグミは背筋を這う悪寒に従い、否――それを警告としてツグミは手に持っていた杖をアシバの足に向けて伸ばした。


 スキルなんて出せない。スキル詠唱無しのアイテムなんてないツグミにとって、できることはたった一つ。


 足に一桁の攻撃を与えることだけ。


 とんっ! と、重くない攻撃がアシバの足に当たる。


 それを感じ、バングルに表示されるHPが四減ったという情報を見て、アシバは即座に倒れているツグミに視線を向け、そのまま金棒をツグミの頭目掛けて振り下ろそうとした。


 簡単な話、潰すつもりで彼はそれを振り上げ、勢いをつけて下ろす。


 単純な行動。攻撃だが、今のツグミはそれを避けることができないのだ。


 アシバが使っている『マッドドック』の効果の所為で、血を吐き、全身が痺れている状態且つHPが減っている状況なのだ。動くことはできるが、素早く動くことはできない。


 だから避けることは至難の技。


 振り下ろされる瞬間を見たツグミは、自分の行いが間違っていたこと。そしてこれは――絶対に死ぬ。


 そう確信したと同時に、ツグミは目をきつく、きつく閉じた。


 それしかできないからこそ、ツグミは避けることもしないで、アシバの金棒が振り下ろされるその時を待つ――ことしかできなかった。


 待ちたくないが、避けることができない自分にとって、これしかできないから。


 そう思っていた時だった。


 金属同士がぶつかり合う音。


 その音と同時に聞こえた――怒声。


「ああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」


 それは獣の声ではないが獣の声に聞こえてしまいそうな濁点交じりのがなり声。


 小さく放たれていたそれがどんどん大きくなっていくと、その声はツグミの頭上で一際大きな声を放つと、そのままむぃが逃げた反対の方向に向かって遠くなっていった。


 声を聞いたツグミは驚きながら目を開け、遠くで何かが転がる音と地面を引きずる音が聞こえ、その方向に向けて視線を向ける。


 ぶるぶると体力が少ない中、力を振り絞ってその方向に視線を向けると――その光景を見て、ツグミの眼に光が灯る。


 今までの絶望が全部吹き飛んだ――は、少々言い過ぎだろう。


 だが、そのくらいツグミは嬉しかったのだ。


 今までもそうだった。それを忘れてしまうくらいの新鮮さと頼もしさを、ツグミはその人物の背を見て感じた。


 ツグミの視界に入る背中は、いつも見ている背中。


 肩で大きく息をしているが、その背中は何度も見ては呆れ、そして心強いと思ってしまう。


 呆れてしまうが、そんな自分がいることを肯定しながら、ツグミは震えながらも安堵と期待を込めた笑みを浮かべて言う。


「よ、よう………やく、だね………! ショー………マッ!」


 自分の目の前に立ち、刀を手にして戦闘態勢に入っている――青ざめたショーマを見て。



 ◆     ◆



 ――おいおい。マジかよ。


 アシバは思った。呆れと驚き、同時に湧き上がる怒りを心の中で出しながら、目の前で戦う意志を示しているショーマを見た。


 ショーマは目の前でアシバの進行を妨害するように立っている。


 手に持っていた得物を突き付け、敵意丸出しでアシバのことを見ていたが、顔色がとてつもなく悪い。


 真っ白に染まってしまっている肌。その肌の所為で強調されてしまっている口元の血。


 吐血した証拠だ。


 目も血走っており、もう通常時のように動くことはできないだろうという顔をしていたのに、彼は目の前で二本の足で立ち、そしてアシバに切っ先を向けている。


 満身創痍の状態でも戦う気なのか。


 そうアシバは思ってしまうと同時に、目の前にいるショーマを見て、滑稽と思ってしまった。


 ――ずっとこいつは馬鹿で、脳味噌も目ん玉くらいかと思っていたが、本当だったみたいだ。


 ――俺の『マッドドック』を受けた。それでも立ち向かおうと持ち前の風邪もひかない馬鹿力を使って俺の前に立った。


 ――馬鹿だ。


 ――こいつは、正真正銘の馬鹿だ!


「く、くく………。ははは、ははははははは!」


 ショーマのことを見て驚いていたアシバ。だがすぐにそれを笑いに変えて、腹部を押さえながら笑いだしたのだ。


 我慢しているそれではない。本当に笑っている。


 馬鹿にして、滑稽だと思っている――大笑いをしだしたのだ。


 空間内に響くアシバの笑い声。


 それを聞きながらもショーマは攻撃しない。いいや――攻撃した後の不安を抱いているのだ。


 現在、ショーマを蝕む全身の痛みと出血。それが彼の真っ直ぐな思考を阻害しているのだ。


 このまま攻撃して、もし体が痛くなってずれてしまったら?


 このまま攻撃しても、避けられてしまうのではないのか?


 今まで感じられなかった最悪の未来予想図。


 普通であればそんなこと考えないのに、何故かこうなってしまうと変な想像をしてしまう。


 被害妄想だ。忘れろっ!


 今は目の前に集中して足を前に出せ!


 ショーマは意を決して足を前に出し、切っ先を向けていた刀をアシバに向けて振り下ろそうとした。


 只の上から真っ二つにするような動作。


 その中に技術なんてものはない。ただ切り傷を作るための攻撃。


 しかし――


「おいおいおいおいおい! そんなひょろひょろでなに振り回してんだよぉっ!?」


 アシバはそれを軽々と避けた。


 避けて、前のめりに倒れ込もうとしてきたショーマの腹部に向けて、力を込めた膝蹴りを繰り出す。


 位置付けられる衝撃と、めり込む胴体に響き渡る激痛。同時に湧き上がる――吐き気。


「う、うううう………うぉぇえええええええええあああああああああああああ………!」


 腹部の衝撃に耐えきれず、込み上げてくる胃液を止めることができなかったショーマは、その場で膝をついて吐いてしまった。


 胃液の酸味。そして零れ出て来る消化しきれなかった食事だった物。


 それを吐きながらショーマは咳込み、口腔内に残っている苦みを吐き出そうと唾液と一緒に吐き捨てる。


「く、そ………!」

「あーあ。無様だなぁ。お前はいつでもどこでも無様な姿を晒しているよな?」

「?」


 吐き終え、痛みに耐えながらも動けると思ったショーマは、すぐに立ち上がろうと刀を握りしめてアシバを睨みつける。


 だが、そんな彼を見下ろしながらアシバは哄笑した。


 肩を竦め、ショーマ行動に対して心底呆れながら、頑張っても無駄だということを遠回しで言いながらアシバは続ける。


 疑問を浮かべているショーマに、わかりやすく言葉にして。


「お前は確かに、正義感溢れる奴だ。でもその正義って結局人によっては違う内容でも正義になっちまうんだ。例えば極道の正義。警察官の正義。いろんな正義が辺りに散らばっている。その正義がぶつかり合うから争いが生まれる。戦争もそうだ。戦争はそれぞれが正しいって思うから争うんだ。ってな」

「………………」

「あぁ、まぁお前には言っている意味なんて分かんねーか そもそも考える頭も朧気だからわかんねーか」

「で、も………!」

「あ?」


 アシバの言葉を聞きながらショーマは答える。


 痛みで体が軋む中、アシバの言う通り何を言っているのかわからないショーマの思考でも、これだけは分かった。だからそれを言葉にして伝える。


 それしか――他人に自分の気持ちを伝えることなんてできないのだから。


「でも………! おま、え………! の! やり………方は! 間違って」

「間違っているなら――お前の親友がしたこともそうだ」


 だが、ショーマの言葉を遮ったアシバは、はっきりとした言葉で言う。


 それならこれはどうなんだ?


 ショーマに対して、否――ここにいるショーマ達に質問するように、彼は言ったのだ。


「お前の親友――恵がしたことは、間違っているのか?」

「………?」

「厳密には、あの女の親がしたことは間違ってなくて、俺の両親が間違っていたのか?」


 何故その話になる?


 そんな疑問が頭をよぎる中、アシバはショーマ達に更なる言葉を投げかける。


 一つの単語。


 それだけを――




「『懺悔の輪廻会』」




「?」

「ざ、んげ?」


 懺悔の輪廻会。


 聞いたことがない言葉だとショーマとツグミは思ったが、それを聞いたコウガは目を見開いてアシバのことを見る。


 驚愕よりも、困惑の方が勝っている祖いの顔でアシバのことを見ると、アシバはコウガの視線に気付いて「そうだよ」と、投げやり交じりの言葉を掛けて岩しかない上を見上げる。


 彼の眼に映り込む岩しかない天井を見上げ、目元を歪ませながら続けて言った。


「そいつらも正義を振りかざして、俺達を――俺達家族を狂わせた」


 これはな? 復讐なんだよ。


 やられたからやり返しただけなんだよ。


 言い終わると同時にアシバはショーマを見つめ、鋭い眼光を見せつけながら言った。


 脳裏に焼き付いてしまった辛い思い出をフラッシュバックさせ、行き場のない怒りを、苦しみをショーマに向け、金棒に込めて彼は振るって歩む。


 ずんずんっと足音が聞こえそうな重く、怒りがこもった足取りでショーマに近付き、金棒を大きく振るった後アシバは言った。


「あいつの所為で、俺達はこうなった」


 ひどく、ひどく憎んでいるその音色には、何故か悲しさも含まれているように聞こえる。


 それを感じながらショーマは振り下ろされる金棒を見上げ、それを止めるために刀を上に向け、盾のように腹せ受け止めようとした。


 あいつの所為でこうなった。


 それを何度も、何度も頭の中で繰り返して、アシバが語る言葉を忘れないように、頭に刻んで………。

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