PLAY147 『懺悔の輪廻会』②
それは、遠い記憶。
「てか、むぃはなんで十歳なのにこのゲームを? 小学生とかはVRゲームの規制厳しいじゃねえか。オンラインゲーム全般は十五歳以上の人しか使えねえって規制されているのに」
「あ、それはですね……」
と言いながら、むぃは自分の頭を猫の手で指さしてこう言う。
さほど遠くない記憶だが、懐かしく感じる記憶。
コウガは思い出していた。
ツグミも思い出していた。
「むぃは病気なのです。頭の」
その言葉に、みんながぎょっとして驚く。コウガも驚いて、むぃの顔を見ながら……。
あの時は『理解した』と言う認識しかなかった。
だが思えば思うほど、その病気がどれだけ重く、生活を送ることがどれだけ苦しいか。
生活できることがどれだけ奇跡なのか。それを強く思わせる。
そんな病気を、むぃは抱えていたのだ。
「おい、何で言わなかった……? 病気だったらなんで率先して無茶なことを」
「おーおー。待て待てコウガ、むぃの話は終わってねぇぞ」
コウガは詰め寄ろうとしたが、グレグルに肩を掴まれて静止させられてしまう。コウガはそんなグレグルを睨んで「……んなもん関係ねえだろうが」と毒を吐き捨てるように言う。
「あ、あー! そう言った身体的なものじゃないです。むぃの病気はちょっと、特殊だってお医者さんが言っていました」
むぃは慌てて弁解した。
特殊?
特殊でも何でもない。
指定難病の病気なのに、なぜそんなことを呆気からんと告げたのか。
たった十歳の子供が抱える病気ではない。
むぃの笑顔を見て、普段の彼女の行動を見て、考えることをしなかった。
考えておけばよかった。考えていれば、少しでも頭の片隅に置いて、ふと思い出して、むぃのことを気に掛ければよかったのではないか?
色んな後悔がコウガの心を蝕んでいく。
ショーマは「特殊?」と、腕を組んで首を傾げていると、むぃはその言葉に頷いた。
「むぃの頭……というか脳みそが、人より少し小さいんですけど……。記憶力がすごいんです。でもその記憶を保存する場所が小さいから少なく、記憶する量が多すぎると熱を出して倒れてしまう病気だって言っていました」
「なんだそりゃ」
ブラドが頭に手を回して言うと、コーフィンはその言葉を聞いて、はっと思い出したかのように、むぃに聞いた。
「……メモリ・バング症候群カ?」
その言葉にむぃ以外が首を傾げていたが、むぃはその言葉に「あ、そうです!」と言って……。
「日本語では『膨張記憶集荷不病』という病気で、むぃはその記憶の整理もかねて、ゲームをしながら専属の管理員さんが、むぃの記憶を整理してくれていたんです。病気の治療と、ワクチンの開発のために、このゲームに参加していました。あれ? 黒髪のお兄さんには難しすぎましたかね……?」
何が治療だ?
何がワクチン製造のために協力だ?
結局はモルモットだ。
この世にはいろんなウィルスが出始め、それを治療するために、根絶するために政府が奮起している。だがその中には人を使ってワクチンや新薬を製造することもある。
治験と言う物もあるが、あれは効果を確かめるために行うもので、むぃが行っているそれは――モルモットだ。
彼女自身も言っていた。
サンプルと。
わかっていたのだ。
むぃは十歳ながら、嫌でも理解していたのだ。
管理員の言うことを聞きながら、彼女は、自分は人を救うための薬の材料でしかなかったと。
病気になってしまったことは、偶然か必然なのかわからない。だが病気なったことで、むぃの生活はがらりと変わっただろう。
人間関係も変わった。がらりと――悪い方向に変わってしまったに違いない。
世間では瞬間記憶能力と言うものがあるが、それは一度見たものを瞬時に覚える能力で、むぃはそれを永遠に覚え、忘れることがない。聞けばいい病気に聞こえるだろう。
悪い事を考えると、それを使ってテストで満点なんて簡単だ。
だが記憶は永久に残るわけではない。忘れることもある。
それが普通なのだが、むぃにはできない。
永遠に覚え、永遠に忘れることができず、処理できないまま――脳が壊れる。
考えれば考える程恐ろしい病気だ。そんな病気をたった十歳の女の子が抱えている。その事実を、もっと重く受け止めておけばよかった。
コウガは思った。
もっと考えていればよかった。騙されなければよかった。
むぃの笑顔に、言葉に、純粋と見ないで、十歳の女の子の心に寄り添えればよかった。
後悔ばかりだ。
あの時も――家族が殺されてしまったあの時も、もっとこうすればよかったと後悔しかなかった。
その後悔を和らげるために、エンドーを追って復讐を遂げようとしていたが、そんなの時間稼ぎにしかならない。
結局、後悔しか浮かばなかった。
今回も後悔しかない。
なんで深く考えなかった? 相手が大丈夫だからと言っていたから気にしなかった?
それでも、それでも考えるべきだったろうが。
たった十歳が難病抱えていると考えていれば、そこは聞くべきだったろうっ? 底は心配するのが普通だろう?
こんなの薄情者だ。
俺達は――薄情だ。
難病って知っていたのに、むぃの『大丈夫』に、あいつの笑顔を見て『大丈夫』って思っちまった。
俺は………、俺は薄情者で屑だ。
くそうぜぇ屑じゃねぇかっ!
コウガは責める。
自分を責めて、責めて、責めても責めても責め切れないくらい責め続ける。
心がどんどん罅割れてもお構いなしに責め続ける。
自責の念に駆られながらも、コウガは続ける。
神力なんて知ったこっちゃない。自分の心が壊れるなんて知ったこっちゃない。
全部全部知ったこっちゃない。
今は――自分が許せないのだから。
自分の行いを悔やみ、悔やみながら自分を責める。
馬鹿だ。大馬鹿だ。俺はとんでもない馬鹿野郎だ。
そう思いながら………。
◆ ◆
跳躍するむぃのことを見上げ、アシバは驚きはしたが、長く驚きはしなかった。
どころか跳躍した光景を見た後、すぐに金棒を握る力を強めて跳躍したむぃに向けて、大きく振りかぶった。
落ちてきたボールをバッドで打つように、野球の要領で彼女を飛ばそうとした。
幸い的はでかい。ボールとなる女もでかい。
だからはずれることはないだろう。
たった十歳の女だ。力をつけて飛ばせばHPは一けたになるか死ぬ。
奥の手は知られてしまった。だがそれだけだ。
アシバは思った。いいや開き直ったの方がいいだろう。
奥の手が破られてしまったが、それがどうしたんだ?
結局、破られたからと言ってそれが無くなることはない。現在進行形で、自分の手にある。自分に武器となって残っている。
ばれたからと言って運営に報告されるという事態がない今――怖がることなんてない。
こんなの、あのころと比べたら全然だ。
そうアシバは思い、どんどん降下して自分に覆い被さろうとして来るむぃに向けて、右手で持っていた金棒を横に大きく振るい、そのままむぃ目掛けて、スィングした!
「あ………! む、ぃちゃ………!」
ツグミのか細い声が聞こえる。手を伸ばし、むぃに向けて何かを発しようとしていた。
動けない身体の代わりに――言葉を発しようとした、が………、それも虚しく血を吐くだけに終わってしまう。
げふっと吐き出されたそれを見て、ツグミは歯を食いしばり、鉄の味で充満する口の中に嫌悪を覚えながら怒りの拳を弱々しく振り下ろす。
とすん。
叩きつける音はなんともか細い。
か細いから聞こえないだろうそれは、今のツグミを表しているようだ。
ツグミはそれを感じ、口から僅かに零れる残った鉄の味の液体を皮膚で感じながら小さく呟く。
くそ。
滅多に言わない汚い言葉。
そして――彼は心の中で思う、
どうして、どうしてこんな時に限ってこないんだよ。
何してんだよ。早く来いよ。
「はや………く、こい、よぉ………! 馬鹿………悪魔ぁ………っ!」
か細く、憎々しげに言うその声は、誰にも届かない。
最も伝えたい相手にも、近くで一人で戦おうとしている女の子にも、届くことはなかった。
ただ小さな声が空気と同化し、そのまま溶けていくだけ………。
ツグミの憎々しげの叫びをかき消すかのように、アシバはむぃに向かって金棒を振るう。横に振るわれたスィングに、むぃは驚きながらもそれを見て避けようとしている。
あろうことか空中で、しかももうすぐ当たるという距離でだ。
素人どころか、戦いをしてない感が丸見えの行動に、アシバは心の中で嘲った。
――マジかよ。こいつ記憶力がいいだけで全然だ。
――所属はきっとサポート重視の奴だろうな。だから初歩的な行動をしている。漫画の見過ぎでできると思ってんのか?
――空中で動くことなんて、出来ねえんだよぉっ!
記憶力が良くても、十歳の女の子だ。
こんなガキに狼狽していた自分が恥ずかしい。そう思いながらアシバは金棒をむぃに向けて、横にスイングをお見舞いしようとした。
このまま攻撃を受けて、地面にたたきつければあっという間に勝ち。
何のことはない。怖がることも狼狽することもなかった。
最初からこうすればよかった。話しなんて聞かなければよかった。
そう思いながら振るい、直撃をこの目で拝もうとした時だった。
「にゃっ!」
むぃは迫ってきたそれを見て両手を上げたかと思うと、そのまま金棒に手をついて、飛び乗ったのだ。
まるで猫のように、塀を跳び越える要領で。
「あ?」
一瞬の行動。
それを見ている間に、むぃは金棒を塀に見立てて足場に向かって駆け出す。
人間の二足歩行ではなく、猫の四足歩行で駆け出し、アシバの手に向かって走ってきたのだ。
軽快な足取りで、人間とは思えない移動方法と速度を見て、アシバは隙を突かれてしまった。
まさかこんな軽快な行動と、予測不能の避け方をした――否。振るったそれに飛び乗ったのだから驚くのも無理はない。
無理はないからこそ反応が遅れた。
遅れて、金棒を持っている手に触れるか触れないかの距離まで詰めたむぃは、そのまま跳躍し、アシバの顔面に向かって右手を――否、右前足を大きく上に向けて振るうと、そのまま………。
「――にゃぁああああああああああっっ! しゃあああああああああああっっっ!!」
むぃは奇声を上げた。
猫のように、右手の猫の手袋から爪を立てて、その矛先をアシバの顔に向けて繰り出す。
「――っ!」
だがアシバはされるがままにならず、反射的にそれを頭だけ使って避け、回避に成功するが………。
しゅっ!
「っ! い………!」
突然来た顔の痛み。
一瞬で、あとからくるひりひりした痛みを感じた瞬間、アシバはむぃを睨みつけた。
むぃはいつの間にかアシバから距離を取って地面に着地していた。
猫が地面に着地するような姿――前足から落ちて綺麗な着地を見せてから、むぃはアシバに向けて………。
「フシィイイイイイイイイイッッ! シャアアアアアアッッ!」
威嚇した。
猫の威嚇だ。
猫の耳を逆立て、人間の足を器用に猫の足のように使って彼女はアシバに向けて威嚇したのだ。
人間の面影などない。瞳も猫のように吊り上がり、尻尾の毛の質量も多くさせた状態で、彼女はアシバを威嚇していたのだ。
「んの………やろぉおおおおおっっ!」
顔のヒリヒリした痛みを手で押さえ、離して見たアシバは苛立ちが加速させる。
自分の手には真っ赤なそれが付着している。ごく少量と言うものだが、それでもそこから導き出される結論は簡単で、アシバの怒りを再熱させるには十分すぎる物だった。
攻撃を受けた。
たった十歳の攻撃を受けた。
俺が?
強いはずの俺が?
攻撃を受けて? 怪我をして? 威嚇されている?
「…………………………くそが」
舐められている。
俺が、年下相手になめられている。
その事実を受け止めた瞬間、アシバは金棒を振り上げ、地面に向けて勢いをつけて叩きつける。
めしゃっ! と地面に小さなクレーターが出来、それを見たむぃは威嚇することを止めてアシバを見る。
絵にかいたような猫のびくつき方を見たアシバはゆっくりと、ゆっくりと金棒を振り上げ、その先をむぃに向ける。
剣の切っ先を向けるように金棒を振るった後、アシバは引きつる怒りの笑みを浮かべて言った。
「ガキのくせに、俺に勝てると思ってんのか………?」
俺のことを舐めて、舐めまくっている奴らは、全員ぶっ殺す。
俺の半生をぶっ壊した、全部を壊したあいつを殺すまで………。
「調子こくんじゃねぇぉクソガキぃ!!!」
俺は――ここでリタイアなんてしねぇ!!!




