9話 許嫁
庭付きの豪邸の前に一両の馬車が止まった。
その馬車からオットーが降りてその後ろからリヒトが、最後にサラが降りてくる。
「ようこそ、ヴァレンティア伯爵」
そのリヒトたちを小太りの男が迎えた。
「お招き感謝しますトリップス子爵」
ある事情からオットーは目の前の男に対して頭が上がらなかった。
「こらティアナ挨拶しなさい」
トリップス伯爵は自分の後ろに隠れていた少女に呼びかける。
リヒトたちの前に姿を現した。
ティアナと呼ばれた彼女は銀色の髪を肩のラインで切りそろえ、深い緑色の瞳を持っていた。
顔立ちはまだ幼いが数年後には美人になるだろう。
「ティアナ・フォン・トリップスです」
二人はトリップス子爵に進められるまま、屋敷の中に入った。
すると中には、大砲にもたれかかった男の絵が描いてある。
髪の色や顔のパーツはトリップス伯爵に似ているが、一つだけおかしなことがあるとすれば。
「本物はもっと太ってるだろ?」
「はい」
リヒトは答えてから横を見ると、底に居たのは本物のトリップス子爵だった。
「いいえ」
リヒトは失言に気が付き慌てて否定する。
トリップス伯爵はその彼に優しげに微笑みながら懐かしそうな声で言った。
「もう14年も前の絵だ。
信じられないかもしれないが昔の私はこの絵にそっくりだった」
14年前で大砲と言った知識がリヒトのある記憶を呼び産した。
「統一戦争の頃の絵ですか?」
「そうだ、私はあの戦争で大佐待遇で統合陸軍に迎えられて統一戦争に参加していた。
当時の勿論今もだが統合陸軍は強かった、我々の敵は大砲の音を聞くだけで震え上がり、騎兵を先頭にして大規模な突撃が行われたときには散り散りに敵兵は逃げて言ったものだ」
直ぐ傍にいた娘がくぃくぃとトリップス子爵の服の端を引っ張った。
「ああ、失礼この話を人に始めるとツイツイ止まらなくなってしまってな」
トリップス伯爵は恥ずかしそうに笑った。
「ああ、そうだリヒト君はここに来るのは初めてだったね。
ティアナ、案内してあげなさい」
「……はい」
ティアナはリヒトを一瞥すると歩き出す。
リヒトもその後を追った。
「我々は客室で話しますか」
*****
「さて、ヴァレンティア伯爵これは提案なのですが……」
「何ですか?」
オットーは相手の返事を待った。
「ご子息を私の娘の許婚の候補とさせて頂きたい」
「候補ですか?」
子供同士の結婚と言うのは貴族にとっては重要な政治のカードだ。
候補にして欲しいと言うのはそのカードがその間切れないということだ。
「事情を聞かせて頂きたい」
「私には娘しか子が居ませんが家督を継げるのは……」
家督を継げるのは現在の領主の息子のみそれは義理でも構わない。
ただし娘にはその資格は無い。
「しかし、私はどうしても領地を我が血を継ぐ人間に継がせたい。
そこで、娘との間に生まれた子供、即ち私の孫を養子にとり家督を継がせたい」
「しかし、何故当家を?」
この領主の娘を欲しがる家は他にも幾らでも有るはずだ。
「では、大貴族が私との約束を守るとは思えません」
「なるほど、その点当家は安泰なわけだ」
ヴァレンティア家はトリップス家が公正な取引をして貰えるおかげで何とか保っているといった状態だ。
もし、約束を敗れは即座に経済制裁をかけることが出来る。
そう言った意味ではヴァレンティア家は理想的な取引相手だった。
「気にされることは有りませんよ、全て正直に打ち明けていただきいっその事清清しい気分です」
「それで、候補とはどういった意味でしょうか?」
「実はティアナはかなり人見知りが酷い上、感情表現が下手でして……心を許した相手には笑顔も見せて暮れるのですが……中々それが」
「なるほど、事情は解りました
この話受けさせて貰いましょう」
トリップス伯爵は利に聡く頭も良く切れるが何処か甘い部分がある。
だからこそ、オットーはこの男の事を嫌いになれないのだ。
*****
勝手に婚約候補にされたリヒトとティアナの間に未だに会話らしい会話は無かった。
何もいわずに歩いていくティアナと追いかけるリヒト。
その図がさっきから繰り返されていた。
前を歩くティアナが急に庭の一角で立ち止まった。
そこには太ももの半ばほどまで高さがある石碑が立っていた。
「これは?」
「お父様が兵士達の為に立てた」
リヒトは石碑に文字が書いてあるのに気が付き見える様にしゃがんだ。
『戦友達よ戦いの日々は終った貴方の死は無駄ではなく
あらたなる祖国の礎となった
どうか安らかに眠れ』
そこに書いてあったのはそれだけだった。
それでもこれがトリップス子爵が統一戦争を共に戦い、そして死んでいった戦友たちの為に立てた慰霊碑で ある事をリヒトに理解するのは十分過ぎた。
「戦争なんて無くなれば良い、そしたら誰も死ななくても良い」
横でティアナが呟くように行った。
リヒトが彼女のほうを向くと彼女と目がばっちり合った。
「変?」
感情らしいものを見せなかった彼女の瞳の中に不安が揺れ動いていた。
この国では祖国のためならば戦争を恐れない事が愛国心であり、戦争に反対する事は愛国心の欠如と見られていた。
周りの大人はティアナの想いを愛国心の欠如として片付け誰一人肯定も理解すらしなかったのだろう。
「変じゃない」
だからこそリヒトは少女の目を見て言い切った。
「ティアナは間違ってない」
戦争が必ずしも回避できるわけでは無いのはこの世界と前世を合わせると三十年近く生きているリヒトは理解していた。
それでも、人々が戦争を嫌がるのは当然の事で目の前の少女こそが恐らく正しいのだ。
「ありがとう」
リヒトは自分の考えるのを止めた目の前の少女の笑顔に比べればそんなことはどうでも良いのだ。




