8話 軍人サラ・ヴェーラー
教会暦 736年 ルームアトリア帝国北部
リーゼベレクの兵士達は砂漠に掘られた塹壕の中で砂が崩れないように張られた木材に背中を預け敵軍の砲撃に耐えていた。
大砲が放たれるたびにその轟音が空気をつたわり、砲弾が何処かに着弾する衝撃は地面を通して伝わり彼ら の精神力を削っていた。
屈強な男達が恐怖に怯える中、一人の女性仕官が落ち着いた様子で小さな樽から酒を口に含んだ。
リーゼベレク統合陸軍サラ・ヴェーラ中尉である。
サラは口に含んだ酒の余りの不味さに顔をしかめた。
彼女の飲んだ酒は嗜好品では無く、腐りやすい真水の代用品でしかなく味には最初から期待していなかったがそれにしても余りに酷かった。
「御使いよ我らを守りたまえ」
サラが率いる部隊の副官はがたがたと震えていた。
リーゼベレク統合陸軍では小隊長以上には副官が付き、副隊長と明確に区別されては、いるのだが兼任が認められており、この男もサラの部隊の副隊長とサラの副官を兼任していた。
近いところで大きな音がする。
サラの副官は情けない悲鳴を上げるて頭を手でかばい首をちじめる。
『負傷者多数!!』
あわただしい声も聞こえて来た。
塹壕は殆どの砲弾から身を守ってくれるが、山形の軌道を描いて打ち込まれる迫撃砲だけはふせげず、一日に一発以上は迫撃砲の砲弾が塹壕の中には降ってくる。
運悪くそこに居た兵士が犠牲になっていた。
「連隊長より突撃命令だ、横隊を組め。
繰り返す、連隊長より命令だ横隊を組め」
伝令兵がかがんだまま塹壕の中を走り回り隊長からの命令を伝えた。
サラは腰の武器を強く握り締めた。
『突撃命令だ、銃剣を装着して整列せよ』
『ふざけるな、こんな中で経ったら死んでしまう』
『この、臆病者』
銃声と共に言い争う声が消えた。
軍法に従い命令に逆らった兵士が『処分』を下されたのだろう。
「第二魔導歩兵小隊、塹壕の外へ」
サラは命令を下しながら自信も塹壕を出る。
もし、この命令に逆らって塹壕の中に止まる人間がいれば、サラ自身の手で射殺しなければならなかった。
サラの部隊は誰一人逆らうことなく塹壕の前の戦列歩兵達の直ぐ後ろに整列した。
コスト的に比較的安価な戦列歩兵を比較的高価な魔導歩兵の盾にする戦術だ。
行進曲が鳴り渡り、それにあわせて歩兵達が一斉に歩調を合わせて進んだ。
敵味方の砲声が入り混じり、両軍の兵士は砲撃に吹き飛ばされた。
戦列から脱落した人間達が戦列が進んだ後に取り残される。
彼の殆どは四肢のいずれかを失っていて中には腹部に大きな穴が開いていた人間も居る。
痛みにのた打ち回る人間も居れば静かにうめく物もいた。
一つ確かなのは彼らの多くは生きて変えることは無い。
両軍は脱落者を出しながらも着実に距離を詰めていく。
『全軍停止!!』
行進曲が鳴り止み両軍の行進が一斉に止まった。
『構え!!』
リーゼベレクの兵士達は銃を敵に向けて構える。
『撃て!!』
敵に銃弾が降り注ぐ。
敵軍も負けじと打ち返す。
砲撃と銃弾の応酬の中で両軍の兵士達は次々に脱落者を出し、戦列に穴が開き始める。
こうして、どちらかが耐え切れなくなるまでつつけるのだ。
先にぐずれたのは敵軍の方だった。
『魔導歩兵前へ!!!敵軍の歩兵を追撃しろ!』
サラたちに突撃命令が下る。
戦列歩兵は戦列を組んでいる間は射程距離で下回る魔導歩兵には優位に戦えあるが。
一度陣形が崩れるとここの命中率で上回る魔道歩兵に一方的に敗北を帰す事になる。
しかし、敵の魔導歩兵が出てくる可能性を考えるとこの手は良いとはいえない。
「敵の魔導歩兵が居ない?」
サラの不安を差し置いて敵の戦列歩兵を射程に収めた部下が攻撃を始める。
それでも、敵に動きは見えない。
「敵は何を?」
実際この時、敵国は他の戦線に魔導歩兵を集中投入していて、ここの部隊はただ足止めのための捨石に過ぎなかったが、ただの仕官に過ぎないサラには情報は入ってこなかった。
それでも、本来なら優秀な彼女なら気づいていただろう。
だが、敵には貴重な大砲が自軍と同数か上回る数があり、敵の国力が判断を遅らせている。
突撃ラッパが鳴り響いた。
「統一帝国に栄光あれ。 突撃!!」
戦列歩兵がサラたちの横をすり抜けて突撃する。
サラはそれを支援するべく前進した。
敵との距離がつまり、表情もはっきり見える様になった時に敵が驚くべき行動に出た。
突撃を決行したのだ。
たちまち、敵と見方が入り混じる乱戦となった。
「私が戦死したときは各自で退却せよ」
サラは、頭上に大きく武器を掲げた。
「突撃!!」
激しさをます先頭で既にサラたちも巻き込まれていた。
サラは、敵の戦列歩兵の一人を切り捨てると横から雄たけびと共に敵の兵士が銃家を抱え込むように歩兵が突っ込んできた。
少し首を動かした彼女が見たのは地震の首筋に向かってつきこまれた銃剣の鋭い切っ先だった。
*****
サラはベットから上半身だけ飛び起きた。
顔には汗がびっしりと書いていた。
「……夢ですか」
あの夢は懐かしくも忌々しい記憶だった。
サラ・ヴェーラー大尉が見た最初で最後のこの世の地獄。
彼女は直ぐに飛び起きて、服を着替える。
まだ、仕事にかかるには早かったが少しでも使用人として自身を自覚させるような事をしたかった。
「あれ、サラ早かったね」
食堂にはリヒトがいた。
彼女の使える家の一人息子にして、魔術の弟子。
その、顔が見れただけでも彼女は少しだけ安心した。
「リヒト様、こんな朝早くに?」
「これ」
リヒトがサラに手渡したのは小さな金属のペンダントだった。
裏は無地だが、表にはサラが始めてリヒトに見せた魔術のゲートが刻印されていた。
「さら、誕生日今日だろ?」
サラが驚いているとリヒトは自慢げに続いた。
「まあ、本当は自分だけでやりたかったんだけど……
金属の軟化にはサラの手を借りたし、木の方を作るのはトミーの父親にやってもらった」
サラはこらえ切れずリヒトを強く抱きしめた。
「何?」
「少しだけ、こうさせてください」
サラの腕の中の小さなぬくもりが彼女をあの記憶から遠ざけてくれるような気がした。




