第二話 第三節「ほんまモンの、ヤバいヤツや」
【12月20日 5:40】
俺は不覚にも、少し涙腺が緩みそうになった。
お前が必要だ、なんて最後に言われたのはいつだろう。
親に見放され、同級生に置いていかれ、下級生に見下され。社会不適合の烙印を、他ならぬ自分自身で毎朝押してるってのに。
俺を見る少女に、そしてその言葉に、俺は救われる思いだった。
それが、異星人製の合成人間だとしても。
それが、レイ自身の目的にかなうという――それだけの理由で出た言葉だとしても。
「――ふぅん。ほなソレはええわ。
次に聞きたいんは、さっき突然現れたヤツや。
あれ、どうやってん」
それは俺も、一刻も早く聞きたいことだった。
だが実のところ、その仕組みには察しがついている。そしてそのとおりなら、レイは少なくとも一度、俺の前でそれを使っている。
レイは正座のままビスケに向き直ると、ボディスーツの胸元を指差した。
「これなのだ」
そこには、20センチ程度の大きさの装飾品があった。黒い花の上に小さな赤い花が置かれたようなデザインで、ボディスーツに直接張り付いているように見える。
「あ、それ模様やなかったんや。それがどしたん?」
「これは、グレイの最先端科学で設計された秘密道具なのだ。
日本語で言うならば…、むうう。
――『認識阻害装置』、なのだ」
「認識、阻害――?
分からんわ、簡単に言うて」
「簡単に言うと、『範囲内の出来事を、範囲外の知的生命体が意識に上げられなくなる』装置なのだ。
例えば、この部屋全体を効果範囲に設定すると、この中で大声を上げようが、銃を撃とうが、周りに気付かれなくなるのだ」
「――ホ、ホンマか…」
やっぱりな。ビスケが絶句するなか、俺は静かに答え合わせをしていた。
俺がそもそも、公園でレイとレプティリアンに遭遇したとき。俺が遊具の影でタバコを吸っているところに、彼女らが急に現れたように思っていたのだが。
実際にはこの装置の効果で、俺は宇宙人たちを認識できなかったってことだ。
なら、なぜあのとき急に認識できるようになったのか。つまり――。
「公園のとき、なんであのタイミングで装置を解除したんだ。
俺が居たからか?それともたまたまか?」
俺の言葉に、レイは「おっ」と声をあげ、少し嬉しそうにこちらを見た。
「思い出したのだ?自分はあのときコレを使って、レプティリアンと自分を人目から隠しておったのだ。
そして正確には、解除したのではなく、解除してしまったのだ。
コレの効果を維持するにはある程度の集中が要るのだが、拝也のタバコの煙を吸って、それが乱れてしまったのだ。
効果範囲を急激に広げた挙句、維持出来なくなったのだ」
そういうことか。あのとき感じた気分の悪さは、一時的にでも効果範囲に入ってしまったせいか。
――いや、待てよ。
「タバコの煙を吸ったってことは……。
範囲外からの影響は受けるってことか」
「認識を阻害するだけなのだから、当然なのだ。
タバコはちゃんと臭いし、爆弾が爆発すれば巻き込まれるのだ。
それにレプティリアンどもは、感覚情報の処理に対抗措置を施しているのだ。ヤツらには、この装置が効かないのだ」
いや、それにしたってとんでもない秘密道具じゃねえか。悪用しようとすれば、かなりヤバい使い方が出来そうだ。
ふと前を見ると、ビスケは――険しい目でレイを見ていた。
なんだよ、おい。俺とレイだけに分かる話をしたから、機嫌悪くしたのか?
「――レイちゃん。さっきみたいに消えてみてくれる?」
「消える訳ではないのだが。分かったのだ」
ビスケの要請に応えると、レイは再び――消えた。
何の予備動作もなく、一瞬で。
二度目のありえない光景に一瞬息を呑んだビスケだったが、ソファから立ち上がり、さっきまでレイがいた場所に恐る恐る手を伸ばす。
伸ばした手は、何にも触れず、さっきまでレイがいた場所を通り抜けた――ように見えた。
「――ホッシー。アンタも、やって」
ビスケの声がわずかに震えている。
俺も少し緊張しつつ、同様に手を伸ばす。
――何の感触もない。レイが移動していないなら、確実に触れている位置なのに。
「レイちゃん、戻して」
ビスケが呼びかけた瞬間、元の位置にレイが現れた。
そしてそれと同時に、伸ばしていた手に、レイの柔らかい髪の感触が伝わってくる。
「うおっと!」
慌てて手を戻した。ビスケはレイの肩に触れていたようで、俺と同様に驚いた様子で手を引っ込めた。
消えた訳じゃなく、レイがずっと元の位置から動かなかったのなら。
「『触ってる』って認識も阻害されてたってことか」
「その通りなのだ。髪やら肩やら触られてくすぐったかったが、どうにか耐えたのだ」
触れていたのなら、髪や肩の位置で手は止まっていたはずだ。それなのに、手は普通に伸びているようにしか見えなかった。
つまり、「レイがそこにいる」という事実が、レイの姿だけでなく俺自身の手の位置や感覚も含めて歪められ、消去されていたことになる。
ふとビスケを見ると、今度は俺に険しい目を向けてきている。この部屋に来てから、一番真面目な表情だった。
「話だけやったら、何言われても認めるつもり無かったんやけど。
――でも、さっきの体験は…否定できへん。
ほんまモンの、ヤバいヤツや」
少し身を屈め、俺に顔を近づけてきた。
「ホッシー。アンタ、本気でこの話に関わる気?
タバコ吸うだけの一般人が」




