時は流れて
時は流れて
族長の言葉は、重かった。
沙羅も真も納得していた。
翌日、皆を広場に集め、今後の事を話した。
「皆、我らの里を隠れ里とする。皆はそれぞれの動きをしっかりやってくれ、我らはこのまま成長する」
この宣言に皆は、我らは元々隠れ里の体をしていたので、理解を示した。
また、外でヤマト政権の動きがあって巻き込まれたくなった。
里の役割は、ハッキリしていた。
里を見守る体制も、狩のグループも、田んぼの耕作や窯焼きでは、壺を作ったり、炭を作ったり、鉄を加工したり、様々なことが出来るようになっていた。
湧水田んぼは既に三枚になっていた。
苗は緑色に成長して風に吹かれていた。
里はここで、自給自足が出来た。
上田盆地や長野盆地でも、支配の締付けが強くなっていて、逃げ込む農民がいた。
里は受け入れ、それなりに人が増えていった。
真や沙羅の支配が続き、支配の体制も自主的に進んでいた。
里は川の流れている谷から山に入ってようやく里が見える。
外では、角間の里は隠れ里として何気に言われるようにもなっていた。
鉄器を作ることが出来た角間では、農具など加工の他、短めの短剣が狩のグループの道具として、扱い方も含め様々な工夫が行われた。
そして隠れ里だが、移動する動きは定期的に行われていた。
だから、世間の動きには敏感に反応していた。
そして時はゆっくり、しかも確実に進んでいった。
京都では、新たな勢力として、武士が台頭する事になる。
政治を担っていた貴族は屋敷に閉じこもり、儀式だけの存在になっていた。
西の平家と東の源氏がその力を示していたが、東の源氏は仲間割れが起きて、混乱していた。
角間は、相変わらず隠れ里として、世間からは見えない里であったが、相変わらず逃げ込む民には優しい里であった。
そこに東山道を、登り幼子を庇うように逃げる人影があった。
東山道では隠れ里の角間の里の噂が広がっていた。
上田盆地で、逃亡してた者が川を登り、山にはいってきた。
見張りがその逃げてきた人物に質問すると、仲間割れで、この子を逃がすために来たが、しばらく隠してくれと頼まれた。
見張りは、山陰にその人物と子供を隠すと、里に入った。
里のリーダーは、真と沙羅を引き継いだ者であった。彼らは代が変わると男か女が跡をつぎ、その嫁や旦那が名を継いでいた。
逃げてきた人は武士の装いであったが、真はこだわりなく、空いてる小屋に招いた。
食べるものもなく、喉が渇いていたのだろう、ムシャムシャ、グビグビ飲んでいた。
子供も、お粥が出され、一息ついていた。
真は、何も聞かず、何日かたった日に、中津川へ行きたいと言うので、立科から八ヶ岳を抜けて諏訪から東山道に入るまで送ってやった。
諏訪で別れた真は、青い空を見て、考えた。我らは武士に負けない力をつけなければと感じていた。
諏訪湖の湖面が静かに揺れていた。




