時の流れ
時の流れ
紀元650年に入った。
御影新田の豪族集落として、馬飼いも含め大きな集落になっていた。
美和は既に代替わりしていて、佐久平の信仰の中心として大きな位置を締めていた。
彼らは自ら兵を作り、自衛を始めており、浅間山の森とは遠い関係になりつつあった。
浅間山では小さな噴火が続き、森の民は東部町の山間部に拠点を移していた。
族長は、小矛を受け継いでいた。
紀元700年が過ぎた。
近畿圏の勢力は様々な勢力と結ばれ、ヤマト政権となった。
佐久平の御影新田は、ヤマト政権の代官的な役割を担うようになった。
そして紀元741年に聖武天皇のお言葉があり、上田盆地の国分寺や国府の建設が始まった。
この時、長野盆地栗林の山側や東部町の山間部、千曲の集落の者たちが建築の手助けの為に向かい入れられた。
上田盆地では、米作の耕作は、長野盆地や佐久平の豪族の農民が集落を新たに作っていた。
上田盆地は、古い記憶のある集落がなかったから、はじめから色々なものを一度に作る必要があったのだ。
国分尼寺には、まだ若い尼が入ってきていた。
ヤマト政権は、仏教で国を統治しようと仏教を国教として、仏の名を借りて、戸籍や田んぼの大きさや収穫等を管理し、新たな街道、ここでいうと東山道の整備が始まっていた。
尼寺に入った尼は、巫女の代わりで、形だけの者であった。
それでも遠く奈良で勉強してきた尼は、好奇心の強い若者であった。
東部町の山間部の縄文集落の族長は、尼寺の建設の手伝いに入っていた。
族長も、新しい国分寺や尼寺がどういうものであるかを知りたいと思っていた。
彼らは移動するグループとしての動きもしていた。
尼は、奈良盆地から建築の現場に建物を建てる為に指導をしにきた役人に指導されながら、器用に動く、族長が目に止まっていた。
尼は、仕事の流れの間に目に止まった。
族長に話しかけた。
「あなたは、この地元のものなのですか?随分と動きが慣れてるけどどうしてかしら」
族長は、驚いたが、尼がこの尼寺の立場は分からなかったが、興味が優先した。
「はい、我らは浅間山の森の民です。豪族の集落の手伝いもした経験があります。」
山の民が豪族の手伝いをしていたという話に興味を抱いた。
尼は、さらに聞いた。
「ここら辺の集落等には、詳しいのかしら、教えて欲しいわ、どうかな」
族長は、こちらこそ、聞きたい事があると思い。了承した。
上田盆地は、新たな工事があちこちで行われていた。
日差しは強く、風も山から吹き下ろしていた。
雲は高く、斑色の雲が広がっていた。




