豪族の種と道
豪族の種と道
桜は、長に指図して管理者たちを動かし、水利や米の管理をさせ、農民が苗床から田植えを行う。
苗床が育って来たら、春の祭りを広場で行い、田植え歌が始まる。
そして、春先の動きに、森の民が護衛をする。
長野盆地の栗林や浅野では、豪族化の手前で、兵が生まれ、農民を動かしていた。
自然に、桜は自分たちの農民を守らせていた。
桜は40歳になった時に、娘の名前を美和として、巫女の代替わりを行った。
かつての海彦がもっていたナイフは、巫女として、美和が引き継いだ。
栗林や浅野は、近畿圏とのつながりが生まれたのかも知れない。
愛知から伊那に抜け、諏訪を通り、千曲に入る道が、見えてきたようだ。
まだ佐久平への道は険しい。
寒冷化の影響はまだまだ深かったが、浅間山の森は回復が始まっていた。
海彦達は、徐々に森へ戻っていた。
小動物が動き始め、狩りができるようになっていた。
海彦は、山に引きこもるようになった。
栗林では、屋敷がかつての神殿よりも立派な作りになり、兵達の小屋が生まれていた。
農民たちとは別の塊のようにも見えた。
千曲を通る道からは、たまに鉄製品が通るようになり、わずかな交易も動き始めている。
いよいよ、桜の娘、美和の子供が成人し、巫女を継ぐことになった。
すると、浅間山の森から男の青年が集落に来て言った。
「俺は、海彦の孫で、今日から俺が海彦である。小矛を譲り受けている。叔父貴の警護を引き継ぐことになった。よろしく、お願いする」
海彦の息子は、膝をつき、「今日からは、お前が警護だ。」よろしく引き継いでくれと伝えた。
そこに、桜が出て来た。
「よくぞ、来てくれた。これからは新たな海彦が、私の孫の警護だ。二人は結ばれることを期待する」
と、皆の前で宣言した。
浅間山の森の民と巫女が結ばれることになった。
浅間山の森は、もう大分と回復しているようだ。
佐久平での耕作も可能かもしれない。
少しづつでも、回復しているなら、農民を動かすことになった。
かつての場所は、灰がかぶり、まだまだだったが、御影新田の方から少しづつでも、開拓を始め、動き始めていた。
道は、栗林から上田盆地を抜けて、小諸を通り佐久平に出る道も、少しづつ開拓されていった。
浅間山から噴煙は吹いていたが、青空に吸い込むように細く白い煙がたなびいていた。
風は、谷から森へ吹き付けている。




