新たな試練
新たな試練
佐久平では、長野盆地からも住民が入り、弥生集落が広がっていた。
紀元0世紀に入り、浅間山も落ち着き、気候も順調で米作は増え、人口も増えていった。
直江津王国も長野盆地の集落も、佐久平も米作が標準になり、支配の形も自然に固まって来た。
つまり、農民と管理する者たちが、ハッキリと分かれてきたのである。
幸いなことに、北陸や中部地区には、領地を襲うものも無かった。
それは、巫女という神事を操り水利や米作等を管理するものが、支配層になっていった。
浅間山の森に暮らす山の民は、静かに平地に現れなくなった。
しかし、紀元300年になると、寒冷化が急に進み佐久平では、米作ができなくなり、農民も支配層も長野盆地へ避難した。
巫女のいた集落も避難を考えた。
森とのつながりも、薄くなり、この時は長が農民を束ね、何人かの管理者と巫女で長野盆地へ向かった。
長野盆地では、栗林の集落の手前で集落の準備を始めた。
巫女は、栗林の巫女の所にいき、この地で暮らすことの許可をもらい、自分も小屋を建て、質素に暮らすことにして、長や管理者も農民たちと同じ小屋を建てることにした。
湧水の場所などに、工夫をし、水田も耕作しました。
巫女は栗林の山側にいた縄文集落の族長にも挨拶は忘れなかった。
族長は、浅間山の森とのつながりのあった巫女を歓迎してくれた。
そして時間が経つと、浅間山の森から、巫女の小屋に訪ねてくるものがいた。
「巫女様、俺は、いまの海彦です。」
浅間山の森に相談せず、長野盆地へ逃げてしまったことが、気にかかっていたので、巫女は喜んで迎えた。
「何も言わず、逃げ出すように出てきてしまって、申し訳無い」
「巫女様、良いんです。我らも寒冷化で田んぼが駄目になった事に気が付きませんでした。すみません」
細々だか、米作を復活させ、森の力も得て、巫女たちは何とか生き延びたのであった。
しかし、異変はこれだけで済まなかった。
浅間山の噴火が本格的に起きたのであった。
噴火の威力は凄く日が吹き上がり、火砕流などが浅間山の森も燃やし、佐久平一帯に灰や大きな熱い石が振り注ぎ、人の住めない土地になってしまっていた。
移住した所からは浅間山は見えなかったが、森の民であった海彦たちが逃げ込むことになったのであった。
人の届かない場所になった佐久平の厳しさに、前を向いて生きていくのにも、やっとであったが、巫女はこの試練に耐えるのであった。
米作の田んぼは、何とか成長した。
緑色の穂が早く金色にならないかと思いが溢れる。
川から吹く風が、緑の穂を揺らしていた。




