川向うの移住
川向うの移住
春が来た。
保倉川から見る日本海は静かに波打っていた。
直江津王国を訪ねると、王が待ちに待った顔で出迎えてくれた。
俺は挨拶の後、何事かと聞いた。
「巫女が決まってな。妹がかなり準備のよい娘で、いつですかと煩いのだ。」
俺は、安心した。
巫女を運ぶのは、まだ先だ。まずは、田んぼや小屋を作り、それから神殿だというと、王は、わかっておると娘の好奇心に喜んでいた。
俺は、管理者と道行を相談し、午前中のうちに出発した。
準備が良く、順調に塩尻湖に着いた。
前回と同じに簡易テントで泊まり、翌朝、千曲川に向かった。
新しい集落の横を通り、上流を目指した。
川を渡る前に皆に一息ついてもらい、手を繋いで渡ってもらった。
川底の見える浅いところを選んでいたので、皆無事に渡れた。
渡ると丘があって、登るとそこが集落を作る場所になった。
管理者が田んぼの場所や小屋の位置を指定して、各自で動いている。
移動するのは、楽しいよな。
平地で定着していた奴らを見て、そう思った。
俺は、先の縄文集落を目指し、長の小屋を訪ねた。
「おおい、来たぞ。よろしく頼む」
俺は、長の顔を見ると聞いた。
「おお、分かっとる。集落のものにも話してある。冬場はその話で持ちきりじゃったわい」
戻って、管理者の者にも伝えた。
縄文集落の者が、田植えを手伝うと言ってる。と伝えると、管理のものも理解していた。
自分たちのルーツも縄文にある事が理解されてるのかも知れない。
川の両側に弥生集落が出来たので、縄文集落の吸収は早かった。
過ごしやすい土地とはいえ、米の力の凄さを感じた。
2年、3年と経つと、周りの集落は吸収されたり、弥生集落との共生を始めていた。
人口が増える予感でいっぱいだった。
米作があっても、川での魚の漁や山での小動物の狩り、果実の採取など、暮らしが豊かになる事が目に見えるようであった。
そして、さらに歳月が経ち、再び移住の話を振られた。
俺は、佐久平しかないなと考え、距離は大分とかかるが、長野盆地よりも広い、我らの通り道だった佐久平を紹介した。
険しい道のりだが、場所は豊かな平地という事を伝え、了承された。
婆様にも、断ったが、なるようにしかならんというだけだったが、
「そうじゃ、巫女を連れてこい。長野盆地なら良いが、佐久平には、生きるコツがある。話してやろう」
婆様が急に言うので、俺は、来年の春になったら移住を行い、夏前に巫女は来ることになると伝えた。
婆様は、分かったとだけいった。
浅間山の噴煙が青い空に吸い込まれていくような日であった。
風は、秋の風で冷たかった。




