経過と報告
報告と経過
伊勢で、大巫女が話を待っていた。
豊穣祭が終わり、一息ついて、伊勢に向かった。
「母は、どのような様子だった。」
大巫女の最初の言葉であった。
「上手くいった。巫女様も笑顔がお戻りになっていた」
「うむ、婆様に感謝だな。ほんにありがとう。」
近畿圏は、難しいらしい。
大巫女に、吉野の霊水のことや豊穣祭の民衆の様子を話した。
さらに、俺が《海彦》と名付けてもらった事も話した。
「母には、今後もお主らを使い、やりとりをお願いしたい。いかがか」
俺も弓男も、今年は秋まで、巫女様の所と、婆様に言われているので、大巫女様もお使いください。
と言った。
ここには、遠くの国の声も聞こえてくる。いまは、あちらこちらで米作が行われ、仕組みが変わろうとしている。
渡来の者どもは、海の向こうに多く来ておるのじゃ、母を通して、近畿圏との繋がりを強めたいと思ってる。
という事であった。
奈良盆地に戻り、館の巫女に報告すると、なるほどと納得し、これからも使いも、よろしくお願いすると言われた。
夏になり、夏の祭事を済ませると、一度、浅間山の婆様を訪ねた。
婆様に伊勢と大巫女と近畿圏の巫女様の動きを伝えると、伊勢の大巫女は、混ざり者じゃが賢いの、と笑った。
そして俺に顔を向け続けた。
「息子と娘は、うまく動いている。お前の判断は確かだった安心せい」
それにしても《海彦》とはよい名をつけてもらったな。と、また笑った。
大巫女が米作は、これからも増えるという話に、婆様は時の流れは止められないことだと言ったが、弓男と俺は理解が出来なかった。
八ケ岳、諏訪、伊那は、変わらずの様子だったし、愛知には少し米作が出来たかも知れない。
秋が近づき、稲が青々として目立った。
婆様の意に合ってる事を確認したことを大巫女に伝え、奈良盆地にもどった。
秋の収穫祭は、豊穣祭を上回る祭りになった。
近畿圏での巫女様の地位は確かに上がった。
元々この集落に対する成果はあったのだが、祭りが民を導くことは、渡来の者どもには出来ないことであった。
また、伊勢の大巫女との関係も周知された。
近畿圏の動きが安定したものになっていた。
秋の夕日は真っ赤に平地を染めていた。
刈り取られた田んぼにトンボが飛んでいた。




