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漂流者  作者: 熊さん
第二章:移動するグループ
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移動するグループ

移動するグループ



浅間山に戻り、婆様と話した。

弓男は、俺と動いていいらしい。

二人で移動するグループとして動くことにした。


拠点は保倉川の小屋にして、子育ては任せ、山を移動するグループとして動くことにした。

俺が、引き継いだ形だ。


移動するのは、春日山、戸隠、諏訪、八ヶ岳から佐久平を経て浅間山だ。


また、妙高から塩尻湖を経て、千曲川を渡り、山へ入り、三日ぐらいかけて浅間山の森へ入る。


浅間山の婆様は、俺らの指針になっていた。弓男も婆様が中心であった。


俺は、自分達の持ち物として、塩を作った。

海水を陸に上げ、田んぼのように広く日の光に当てた海水を使う事で効率を上げた。

さらに魚の干物は手軽な土産となった。


まず、春日山での弥生集落の発展だ。


春日山の巫女は、近くの住民が平地で暮らすことの求心力にはなっていたが、技術は渡来人の知識が大きいらしい。


馬による農地の開拓や水利管理等の事である。


緑の穂が、秋には金色に広がる新しい作物が、食料の安定化に寄与していると感じる。


あの近畿圏で見た緑の大地が今後平地にも広がるんだと感じていた。


一気に人口が増えた。


年が進むうちに、諏訪地域に於いて、米作の田んぼが増えていた。


平地で、働く人間が増えた。


南北を移動するグループは、南と北で、二手に分かれたようだ。

北側に移動するグループは、春日山に入り込んでいた。


南側の移動するグループは、敦賀の拠点はそのままに、保倉川の小屋が連絡先になった。


敦賀ではいまも、大きな船が着いて、兵隊みたいな男どもが入ることがあるようだ。


諏訪は、縄文部落が生きていて、山裾や反対の諏訪湖畔には集落が点在していた。

集落とは顔見知りになったが、主に諏訪の縄文巫女に挨拶をしていた。


「浅間の婆様は、動きが遅れてくると言ってたが、春日山の渡来人たちの様子は、どうじゃ」


諏訪の縄文巫女達から、聞かれた。


「春日山の麓の集落は、平地に田んぼを作って、米を作るらしい。一気に人が増えたよ」


諏訪の縄文巫女は、米がどんなものか知りたがっていた。

それで、俺たちが諏訪湖畔と山裾の間の湿地帯に、夏前に米をまいてみた。

どうなるかわからない。

巫女たちは喜んでくれた。


そんな事をしながら移動していたら、浅間山の婆様が、伊勢の顔を見てきてくれと言われた。


俺と弓男は、秋に茅が佐久平で収穫して、伊勢の大巫女に届けることにした。


諏訪を通過し、伊那を通り、愛知へ向かうのだった。


愛知を抜け、海を左側に広がり伊勢路を通ることになった。


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