8
「桐生院神奈、さっさとその男を殺さないと、化物になるぞ? もう随分と異形化が進んでいるだろう?!」
背後から聞こえてきた嘲笑に、神奈は両手をギュッと握りしめた。
「桐生院、すぐさまその場から離れろ!」
「総員、厳戒態勢を取れ!」
四方八方から、そんな慌ただしい声が聞こえ、自分たちが取り囲まれているのが分かる。東雲に所属する退魔師として、自分がいま何をすべきか。そんなことは考えなくても理解していた。
目の前の御幸だって、それを受け入れようとしている。
『はじめまして、神奈さん。これから、どうぞよろしくお願いします』
一方的に恋心を抱いていた御幸の婚約者になり、初めて対面した時のこと。
『春の花のように美しい貴女に、ぴったりの髪飾りだと思って選んだんですよ』
誕生日に初めて贈り物をもらった時のこと。
『僕の好みの女性は、最初から貴女でしたよ……神奈さん』
積年の想いを打ち明け、心が通じあった時のこと。
これまで御幸と過ごした日々が、頭の中に次々と駆け巡る。どんな日も神奈にとって、かけがえのない宝物みたいな日々だ。
御幸の妻になり、これからしたいこと、やりたいことは山ほどある。伝えたいことだって、まだほんの少ししか直接言えていない。けれど――。
『僕は神奈さんがこの帝都を守るため、刀を振るっていることを誇りに思っています。……だから、どんな時も忘れないで。貴女は尊い使命を全うしているのだと』
御幸がそう言ってくれたことが、退魔師としての自分をいつも奮い立たせてくれた。ならは、すべきことは一つ。
「……御幸様」
俯いていた神奈が顔を上げれば、額に汗を滲ませながら優しく笑う御幸がいる。震える指先を必死に抑え、神奈はできるだけ意識して御幸に笑みを見せた。
「……『どんな時も、僕たちはずっと一緒ですよ』と、貴方はそう言ってくれました」
そう言って懐から何かを取り出し、ぎゅっと強く抱きしめると彼の耳元に唇を寄せる。
「だから私は絶対に、御幸様を一人になんてしませんわ」
神奈はそう言いながら、手にしていた小瓶を片手で開ける。
「私も、貴方をこの世で一番愛しています」
直後、手にした瓶の液体を飲みほす。放り投げられた空になった瓶。神奈は御幸の頬に手を伸ばし、優しく微笑みかけた。その背後に見える左手には、小刀が握られている。
それから神経を研ぎ澄まし、決意を固めると、ぐいと体を抱き寄せ御幸に口づけた神奈。
「んんっ……!」
「ふっ……」
神奈に口づけられた御幸は一瞬、驚いた様子で目を見開いた。だが直後、顔を歪めて苦しそうな表情を浮かべた。なぜなら神奈が、後ろから御幸の右肩を小刀で刺したからだった。




