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「芦屋御幸君、悪かったですね。こんな薄汚い場所に拘束なんかして」
目の前の男は悪びれもない表情でそう言うと、御幸ににこりと微笑みかけてきた。長い前髪から覗くその瞳には悪意は一切見当たらない。けれど、体をぞわりと駆け抜ける悪寒が、「この男は危険だ」と教えてくれている。
「……今回の騒動の首謀者は、貴方ですか」
怒りを抑えた御幸が静かにそう問えば、男は「ええ」とあっさり返す。
「初めまして、俺は帝都の退魔師組織『東雲』技術部所属、日比谷宗介と申します」
目を細めながらご丁寧に自己紹介した男もまた、この場にいる他の男たち同様に黒の隊服に黒マントを身に纏っていた。
御幸は男らに「立て」と促され、鎖で手首を拘束されたまま、建物の外へと歩かされた。
屋外に出ると潮風が頬を撫でるのを感じ、ここが港近くだと気づく。建物の前は視界が開けていて、身を隠せそうな場所は見当たらない。
「……東雲の方々とは面識がありますが、貴方の顔を見るのは初めてです。役職のない一般隊士である貴方が、本当にこの騒動の首謀者なんですか」
「ああ、そうだ。驚いただろう?」
日比谷はククッと笑みを零しながら前髪を搔き上げた。途端に口調が変わり、気弱そうな男から勝気な表情を浮かべる男へと変貌する。どうやら、本来の自分は隠していたらしい。御幸を見下ろすその姿は、まるで別人のようだった。
「禁術と呼ばれる魔鬼を操る術符を完成させた俺は、秘かに仲間を集めて帝都襲撃の計画を立てていたのさ」
「……なぜ、こんな馬鹿げた真似を」
「そんなもの決まっているだろう? この帝都をぶっ壊すためだよ」
狂気をはらんだ瞳に御幸はひるむことなく、まっすぐ見つめた。
「人付き合いが苦手な俺は、人前で思ったような成果を出せず、周りから『無能者』扱いを受けてきた。誰よりも優秀な力を持っているのに馬鹿にされ認めらず、この力を手持無沙汰にしていたんだ。……だが、ある時思ったのさ。『知られない』のなら、誰もが有無を言わさぬ形で俺の能力を帝都中に知らしめればいいんじゃないかって」
なんと馬鹿げた理由だろうか。だが、それを指摘したところでこの男には通用しないだろうと、御幸は胸の内で思う。
「その計画に邪魔だったのが桐生院神奈だった。一騎当千の戦力を削ぐには、婚約者であるお前を餌にするのが一番だと思ってな。それに代々優秀な名門家出身のお嬢様、誰もがその才能を認める天才、麗しい婚約者……すべてを手にするあの女が腹立たしかったという個人的な恨みもあった」
日比谷はそう言うと、御幸の前にしゃがみ込んだ。
「あの女がどういう選択をするのか……とても興味がある。さあ、お前の婚約者はどうするのだろうな? 帝都にいる大勢の人間か、自分の男か。選ぶのは、どちらなのか」
日比谷は心底愉快だと言わんばかりの笑みを浮かべながら、自分の反応を伺っており、御幸はふと俯いた。
男たちから殴る蹴るの暴行を受け、冷たい地面に寝かされていたので、スーツは汚れ皺だらけになっていた。今もなお痛む体。体を庇う時にできた傷なのか、頬からは薄っすらと血が出ていた。けれど、不思議と恐怖は感じない。
「彼女がそういう時、どんな選択をするのか。……その答えを、僕は知っていますよ」




