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「御幸、さまが……?」
そう呟いた神奈に、時雨は沈鬱な表情を浮かべて内ポケットから一通の手紙を取り出した。
「うちの家や芦屋家、東雲の隊舎にこの手紙が届いたらしい」
いつも飄々としている兄らしくない様子に、事態の深刻さが伺えた。時雨が差し出した手紙を受け取り広げると、そこには流れるような字で「芦屋御幸の身柄は拘束した」などと書かれている。
「『婚約者を返してほしければ、下記の場所に来られたし。桐生院神奈本人が来なければ、男の命はない』って……」
隣から手紙を覗き込んでいた夏樹や有栖も、言葉を失う。神奈は唇を噛み、拳をギュッと握りしめた。その横顔には怒りと苦悶の表情が浮かんでいる。
「……分かりやすい罠ですわね」
「ああ、お前を帝都の中心部にある御所から引き離すための、な」
「ということは、やはりこの騒動はただ魔鬼が自然的に大量発生したのではなく、黒幕がいるということですか」
「そう考えるのが妥当だろう」
御所には帝がお住まいになっている。帝都中で魔鬼の大量発生という騒動が起これば、退魔師たちは現場に向かわなければならず、必然的に御所周辺の警備が手薄になる。中でも隊内有数の退魔師である神奈の力を削ぐことは、敵にとって重要な戦術の一つらしい。
「でも、どうして御幸様が……」
神奈の言葉に、時雨は手紙に視線を落とした。
「理由は分からないが、御幸君は海運業で財を成す芦屋家の跡取りだ。金銭的理由で狙われた可能性も考えられるだろう。……それに彼は、お前の婚約者でもある」
時雨は俯く妹の肩に、気遣うように手をやった。
「彼を人質にお前をおびきよせることができれば、戦力を削ぐことができる。敵にとって、御幸君は格好の的だったのだろう」
「そんな……」
時雨の言葉を受け、有栖も悲痛な顔をする。俯いた神奈は、両手をギュッと握りしめた。
(……退魔師である私と婚約したがために、御幸様がこんな目に)
今頃、敵地でひとり囚われている御幸を想うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
もし御幸が自分の婚約者でなければ、彼が危険な目に遭うことはなかったかもしれない。そんな考えも、頭をよぎった。
(けれど今は、嘆き悲しんでいる場合じゃありませんわ)




