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桐生院時雨が妹の神奈をこうしてからかうのは、幼い頃からのことだった。
幼少期から整った顔立ちをしていた二人は、近所で「美人兄妹」と謳われるほど。母譲りの凛とした切れ長の目元がよく似ており、「お人形さんみたい」と、もてはやされていた。
だが、見た目こそよく似た兄妹だが、中身は正反対。自分の胸の内を秘めるタイプの神奈と異なり、兄の時雨は喜怒哀楽がはっきりとしていて感情豊か。自由奔放に遊び回るような子どもだった。そんな兄には、神奈もよく泣かされたものである。
『ほら、神奈。イモムシだ』
『お、お、お兄さま、やめてください!』
『何だ、怖いのか』
『早くそれをむこうへやってくださいませ……っ!』
時雨はキョトンとした顔で『成長したら、美しい蝶になるというのに』などと言っていたが、虫嫌いの神奈にとっては恐怖でしかない。こういうことが多々あって、神奈は兄に対して苦手意識を抱いていたのだ。
そんな兄が桐生院邸を出ていったのは、神奈が退魔師養成所に入る前。異国を渡り歩き、商いの勉強をするなどと言い、親族の反対を押し切って旅立ってしまった。
代々優秀な退魔師を輩出してきた桐生院家の次期当主だというのに、退魔師にならない時雨を周りは随分非難した。父の玄瑞ともひと悶着あったらしいのだが、母の藤乃は何も言わずに息子を優しく送り出したと聞いている。
『達者でな、神奈』
『お兄様もお気をつけて』
旅立ちの日。神奈がそう言って見送れば、にっと笑って行ってしまった時雨。当時の神奈は急に兄が家を出て行ったことに戸惑いを感じていたのだが、その後は退魔師の訓練が一層厳しくなり、慌ただしい毎日を送る日々で、それどころではなくなった。
けれど、本当は心のどこかで寂しい気持ちがあったのも事実……。
だからこそ久々の兄との再会を少なからず神奈は楽しみにしていたというのに、当の本人は幼い頃と変わらずにからかわれてばかりいるので、つい反抗的な態度を取ってしまう。
「元気そうでよかったですね、時雨さん」
来客があるからと時雨は部屋を出ていってしまい、今は御幸と二人きり。縁側に並んで腰掛け、庭に咲く芍薬を眺めながら雑談をしているところだった。
「相変わらずでしたわ……。お兄様は、いつもああやって私をからかって遊んでばかりです」
「仲が良い証拠じゃないですか」
御幸はそう言ってクスクスと笑っていた。
今日の夜は和食ということで、御幸は新緑が芽吹く季節にふさわしい深緑の着物、神奈は青竹色に菖蒲が描かれた着物を着ていた。時折吹く優しい風が芍薬の花を揺らし、花の香りを運んでくる。
「一人っ子の僕には羨ましい限りですよ。時雨さんがいたら、ずっと笑っていられそうですね」
時雨の言葉に、神奈は「そうでしょうか」とため息をついた。
ふと過るのは、御幸に迫っている兄の姿。あんな真似をしたのは、確実に自分をからかうためだということは明白だ。何より、愛しの婚約者のあんな声を聞かされて、神奈の内心は穏やかではなかった。




