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カコン、と鹿威しが聞こえる桐生院邸の応接間からは、中庭に咲く色とりどりの花が見える。部屋の中央にある机の上には、湯気の立つ湯呑みと御幸が手土産に持ってきてくれた羊羹が乗せられた皿が人数分置いてあった。
室内に静かな沈黙が広がる中、優雅に茶を飲む兄を前に、神奈はスンとした表情で姿勢正しく座っている。
彼の名は桐生院時雨。この桐生院家の次期当主であり、神奈の実の兄である。胸ほどある長い髪に、切れ長の流麗な瞳。青藍色の着物は首元が緩くたゆんでおり、見かけ以上に鍛えられた体躯が見え隠れしている。
「いやぁ、それにしても先ほどの神奈の顔は面白かった。我が妹ながら般若のようで実に恐ろしい」
「でしたら、そのような顔を私にさせないような行動をなさってください」
冷たくそう言い放つ妹を見て、にやりと笑った時雨は「『そのような顔をさせる行動』というのは、こういうことか?」と、隣に座る御幸の肩をぐいと掴み、再びその距離をゼロに等しくした。その瞬間、机に手をつき「お兄様!」と、腰を上げた神奈。
「何、このくらい別に問題ないだろう。御幸君は未来の私の義弟になるのだから」
「時雨お兄様のそれは、世間一般でいう『義弟』の距離感と異なりますわ! 御幸様にあんな声を出させて、何をなさっていたのですか!」
先ほどの光景を思い出したのか、頬を赤く染めながらぷんすかと怒る妹をよそに、兄の時雨はどこか愉しそうだった。「聞きたいか?」と、妖しげに笑いかけてくる。
そんな時雨に、よからぬ想像を膨らませてしまったのか、神奈は「や、やっぱり知りたくありません!」と顔を真っ赤に染め上げて視線をふいと逸らしてしまった。
「もう、時雨さん。神奈さんをからかうのは、やめてあげてくださいよ」
そんな兄妹のやり取りを苦笑しながら眺めていた御幸が、神奈に助け船を出す。
今日は久々に家に帰ってくる兄に挨拶をするため、わざわざ御幸が時間を作って会いに来てくれたのだ。夜には両親も揃って食事をする予定で、いまも屋敷の使用人たちが忙しなく準備に勤しんでいる。
「からかうだなんて心外だな。……私は、君に会えて嬉しくて仕方がないだけなのに」
時雨はそう言いながら御幸の顎をくいと遣り、首を傾げながら微笑んだ。そんな婚約者の兄に御幸はタジタジ、といった様子である。すると、すかさず対面に座っていた神奈が側に来て、兄の手首をがしっと掴んだ。
「お兄様、御幸様は私の婚約者ですのよ!」
「いいじゃないか、別に減るものじゃないだろう?」
「そういう問題ではありませんわっ!」
ぐぬぬぬといがみ合って御幸から離そうとする妹の手を掴み、時雨はにっこりと微笑んだ。目の前で繰り広げられるそんな兄妹のやり取りを前に、やはり御幸は苦笑を浮かべるほかなかったのだった。




