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「常在戦場」という言葉がある。戦場にいるときのように、いかなる時も気を引き締め、ことに当たれという意味だ。
一時は婚約破棄を申し出た神奈だったが、長年恋心を抱き続けていた婚約者の御幸と晴れて両想いになったのは、つい最近のこと。
恋愛超ド初心者な神奈は、美麗な婚約者を前に、ようやく鼻血を我慢して手を繋ぐことに慣れてきたばかりである。
だが、それでも神奈は御幸との距離を少しずつでも縮められている幸せを、噛みしめる日々を送っていた。
美しく、優しい愛しの婚約者。
これからも、そんな彼とゆっくりと時を重ねていく毎日を大事にしていけたら。神奈はそう考えていたのだが……。
どうやら自分は御幸に甘えすぎていたのかもしれない。
「芦屋御幸」という男を婚約者にするということは、いかなる時も気を引き締めなければならないことを、神奈はいま改めて実感しているところだった。
「会いたかったよ、御幸君」
「ちょっ、やめ……っ、どこ触ってるんですか……っ!」
「ふふ、そんな風に顔を赤くして可愛いな」
「ダメですよ、こんな……っ、何考えているんですか……っ!」
障子の向こうから聞こえてくる声に、神奈は拳をギュッと握りしめ、小さく肩を震わせた。いま戸一枚を隔てた向こう側で、どんなことが繰り広げられているのだろうか。
色気をはらんだ婚約者の艶っぽい声に、そんな彼を誘うような甘い声。なぜ、どうしてという言葉がぐるぐると神奈の頭を駆け巡る。
神奈だって、一度も聞いたことのないその声を、自分以外の人間がさせているのかと思うと、腹の底から湧き上がるような嫉妬に苛まれるようだった。
(……許せませんわ)
心の中でそう呟いて、小さく息を吸う。それから神奈は無表情のまま障子に手を掛けると、勢いよくそれを引き、「失礼いたします!」と、いつもの彼女らしからぬ大声を上げた。
部屋の中へと視線を向ければ障子の向こうにいたのは、着物を着た婚約者の御幸……そして、同じく着物姿の、艶やかな長い髪をもつ麗しい《《一人の男》》だった。
御幸は壁際に追い込まれ、男に迫られていた模様。そこには美青年が、美青年を口説いているという耽美な光景が出来上がっていたのだが――。
「お兄様、御幸様から離れてくださいませ!」
神奈はそう言ってずんずんと詰め寄ると、涼しい顔をして笑う兄から婚約者を引き離したのだった。




