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「今まで片想い中にも、同じ系統の本をたくさん読んでいらっしゃいましたけど、その知識が実を結んだことはありましたか?! 膨大な知識を詰め込んでもなお、芦屋様との関係に進展がないと嘆いていたことは、一度や二度ではないでしょう?! 書店にある関連本を全て取り寄せ読破なさっていましたが、結局ことごとく実践に至らなかったではないですか!」
圧強めで熱弁してくる女中の指摘に、当の本人も思い当たる節しかなかったらしい。「た、確かにそうだったわ……!」と、顔面蒼白になっている。
「でも、手を繋ぐタイミングは……⁈ 『手を繋いでいいですか』とお聞きするべき……⁈ そもそも女の私から、そういうことをして、はしたないと思われないかしら……⁈」
半泣きになりながら、そんなことを尋ねてくる主人に多紀は再びため息をついた。
帝都の退魔師のなかでも指折りの実力者で、向かうところ敵なし。自分よりも図体の大きい魔鬼も華麗にひれ伏してきたエリート退魔師の神奈だが、こと恋愛に関しては実に弱気であった。
恋人と手を繋ぐこと一つで、こんなに頭を悩ませているとは、誰が考えられるだろうか。
(まあ、そういうところもお嬢様の魅力だけれど)
多紀は苦笑を浮かべた後、神奈に向かって「大丈夫ですよ、お嬢様」と両手の拳をぐっと握りしめた。
「そういうものは心の動いた時、自分の気持ちの赴くままにすれば良いのです!」
「自分の気持ちの赴くまま……」
「ええ、そうです! 恋愛は頭でするものではありません、心でするものですわ! 『したいから、する』……それでいいではないですか!」
拳を握りしめながらそう高らかに宣言した多紀に、神奈は「なるほど……!」と感動した様子でメモを取っている。
「それはそうと、そろそろ身支度をしませんと、出勤時間に間に合いませんよ」
「まあ、もうこんな時間! 急いで支度をしないといけないわ……!」
気づけば家を出る時間が迫っており、神奈はすぐさま準備に取り掛かることにした。窓の外は晴れやかな青空が広がっていて、清々しい。
桐生院神奈の朝は、こうして幕を開けたのだった。




