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この帝都において代々優秀な退魔師を輩出する桐生院家の現当主、そして神奈の父である桐生院玄瑞は、周囲から畏怖の念を抱かれている男。東雲の全部署を統括する副隊長を務め、多くの部下を束ねている超偉い人である。
睨みを効かせた視線だけで、ひとたび魔鬼を射殺せそうな佇まいに、付いた二つ名は「眼殺の退魔師」。
だが、その内実は娘を溺愛しているものの、その想いをきちんと伝えられない不器用な父親なのだった。
「これもやはり御幸君の影響か?! 芦屋家とは長年の付き合いもあるし、神奈ほどの娘ともなればスペック的にも芦屋家御曹司である御幸君くらいしか適当な男がいなかったこともあり渋々婚約を了承したが、やはりあの選択は、わしのミスだったのでは?! あんなかわいい娘を嫁に出すなど、この身を引き裂かれる思いで、最近は夜も眠れんのだ!」
「はあ」
娘への想いを熱弁する玄瑞の姿に、こういうところが親子だなと多紀はしみじみ思う。
娘の神奈が、御幸に積年の恋心を打ち明けられなかったのと同じように、父の玄瑞も娘への愛情をうまく表現できず、だいぶ拗らせてしまっている。
桐生院家の使用人たちにとっては玄瑞の「娘ラブ」な溺愛度合は周知の事実だが、きっと東雲の面々がこんな玄瑞の一面を知れば、さぞ驚くことだろう。多紀が苦笑いを浮かべながら「まあ、旦那さま」と宥めていた、その時だった。
「アンタ、そんなとこで何してますの」
多紀が振り向けば、呆れた顔で玄瑞を見つめる妻の藤乃がそこにいた。
どうやら神奈は部屋に戻ってしまったらしく、藤乃は「多紀、堪忍な」と言いながら夫の失態を詫びた。
「とんでもございません」と言う多紀に食事の用意を言い付けた藤乃は、台所の方へと女中が消えたのを確認して、玄瑞に向き直る。当の本人はいい年をして膝を抱えて丸くなり、ずんと沈んだオーラを放っていた。
「……藤乃、やっぱり神奈を嫁に出すのはなしにせんか」
玄瑞がぽつりとそんなことを呟き、それを聞いた藤乃は大きなため息をついた。かと思えば両目をカッと見開いて「そんなこと神奈に言ったら今度こそ嫌われますよ!」と、いじける夫を諫めた。
「それは嫌だ!!!」
「だったら娘が好いた男と結婚することを、もっと祝ってあげてくださいな」
「そ、それも嫌……!」
普段の威厳っぷりはどこへやら。部屋の片隅でいじける玄瑞に、藤乃は「ホンマに仕方ない人やわ」と再びため息をついた。
玄瑞が幼い頃から神奈を厳しく育てていたのは、将来命の危険と隣り合わせとなる過酷な環境で生きていく娘を思いやっていたからこそ。
そのせいで実の娘からは怖がられてしまっている玄瑞を思うと、藤乃は少し可哀想に感じることもあるが、まったく困った夫である。
一方、両親がそんな会話を繰り広げているとは露知らず。自室に戻った神奈は、本棚から料理本を取り出して、今度のデートで作る弁当について想いを馳せているなど、父の玄瑞は思いもしていないだろう。
そんな桐生院家の日常を見つめていたのか、窓の外にいる烏が「カァ」と一鳴きし、濃紺に染まった夜空に羽ばたいていった。




