第13話「共鳴しすぎて壊れる」
出撃から、十数分。
作戦空域は沈む夕焼けに染まっていた。
だが美しさは、すぐに歪んで崩れた。
「目標、確認……ヌル中核断片、コードネーム《プロトノイド》」
凪沙が低い声で呟いた。
目の前に浮かぶそれは、人型のようで、人ではなかった。
肉体もなければ、質量もない。
ただ“誰かの絶望”を象ったような黒い影──それが敵だった。
四機、レゾナンスモードへ移行。
《リンク構築:一ノ瀬・鷹津・和泉・月丘》
《感情共鳴:同期率78%》
《負の共鳴拡張モード:発動》
だが、その瞬間だった。
影が空を割った。
《プロトノイド》が放つ“咆哮”が、物理ではなく“精神”に突き刺さる。
「ねえ、なんで生まれてきたの」
「誰かの役に立てなかった、君は」
「あの時、助けられたのに、逃げたよね?」
「お前だけは、生き残るべきじゃなかった──」
“音”ではない“記憶”のような問いかけが、
各機体の感情リンク回路に流れ込んできた。
「……あ、あれ……?」
凪沙の声が、震えていた。
「ちょっと待って……これ、なに……私の……じゃ、ない……」
彼女の脳裏に、見知らぬ“家庭の記憶”が流れ込んでいた。
暗い廊下。置き去りの弁当箱。浴室の鏡に「死ね」と書かれた文字。
「……やだ……やだやだやだやだ、誰これ……誰なの、私じゃないのに!」
《共鳴過剰:鷹津機 リンク暴走》
《精神干渉:外部記憶流入》
《意識崩壊の兆候──》
「鷹津、リンク切れ!今すぐ遮断を──!」
葉月教官の指示が飛ぶが、遅い。
凪沙の叫びが、機体の内部スピーカーを通して響く。
「誰の声なの! 私、私、私じゃないって言ってるのに!」
そのとき、歩夢が動いた。
「待って!」
彼は凪沙のコアチャンネルに、直接回線をつなぐ。
「……俺だって、怖かったよ。
他人の記憶なんか見たくなかった。
自分の気持ちさえ分からないのに、誰かの絶望なんて、抱えられない……!」
彼の声は震えていた。
「でも、だからこそ、怖いって言ってくれたほうがいい。
無理して黙られるより、ずっといいよ」
その一言で、凪沙の中の共鳴が、少しずつ弱まっていく。
“誰かの声”が、“自分じゃないもの”として、分離されていく。
「……歩夢……」
《過剰共鳴、低下》
《脳内回路、通常領域へ復帰》
《レゾナンス強度:安全域まで減衰》
戦闘は瑠璃と透が引き継ぎ、《プロトノイド》は沈黙。
虚無の影が、かき消えるように崩れた。
帰還後。
モニタールームにて、4人は無言で座っていた。
葉月が静かに言う。
「……レゾナンスは、諸刃の剣。
分かりあうほど、あなたたち自身が壊れていく。
“自分と他人の感情の境界”──それを守れなければ、あなたたちは次第に、溶けるわ」
歩夢は、凪沙の隣でぽつりと呟く。
「……でもさ、それでも……誰かに“怖い”って言えて、
“わかるよ”って返されたなら……
少しだけ、世界にいてもいい気がするんだ」
誰も返事はしなかった。
けれどそのとき、凪沙の目に宿っていた怯えが、少しだけ和らいだ気がした。




