第11話「哲学系陰キャ、現る」
地下訓練棟に、無音のような足音が響いた。
歩夢、凪沙、瑠璃の3人は、訓練後のモニタールームにいた。
その中に、静かに入ってきたのはひとりの少年。
制服は正しく着ているのに、まるで空気のように“存在感”がなかった。
「……誰?」
凪沙が問いかける。
彼女にしては珍しく、明確な警戒の色を宿して。
葉月教官が答える。
「新しい候補者。月丘透くん。14歳。感情反応領域:最低圏」
瑠璃が軽く笑ってみせた。
「へえ〜、クール系男子? よろしくねー☆」
月丘は無表情のまま、視線を一瞬だけ向けて、こう言った。
「……“よろしく”という言葉が、関係性の前提になり得るのなら、
僕と君の関係は成立していない。だから無意味だよ」
一同、固まる。
歩夢が、ひそかに思った。
(……これは……重いぞ)
葉月が、彼の適性記録を読み上げる。
「月丘透、感情駆動反応:『存在虚無感』。
自己否定でも他罰でもない、“意味の完全喪失”が彼のエネルギー源」
その言葉を裏付けるように、月丘は淡々と語り出す。
「生きる意味なんてものは、外部から与えられた幻想に過ぎない。
それを理解したとき、人はようやく自由になる。
苦しみも、喜びも、価値評価の幻影──ならば、敵とて意味を持たない」
凪沙が眉をしかめた。
「……何言ってんの? 意味ないって言うなら、なんでここにいるの」
「意味はないよ。でも、因果はある。
ヌル──あれは“人類の自我が環境に滲み出た結果”だと考えている。
簡単に言えば、“この世界に居場所がないという感情”の、具現化だ」
瑠璃がポカンと口を開けたまま、歩夢に耳打ちする。
「……なんか……すごいこと言ってるのかもだけど……
頭がグルグルしてきた……」
「俺も……聞いてるうちに、なんか……
“俺、今日なに食べたっけ”みたいな気持ちになってきた……」
葉月が笑う。
「哲学型陰キャ──通称“存在そのものが気まずいタイプ”ね。
でも、彼の機体《MD-07 ヴォイドレイン》は、
感情反応なしでも出力安定する稀有なモデルよ」
その直後、月丘の初期起動試験が始まる。
コクピットに座る彼は、まるで誰にも期待していない表情のまま、静かに起動コードを呟いた。
「この世界に意味はない。
だからこそ、僕はただ──滅びを受け入れる」
そして、機体がゆっくりと目を覚ます。
《起動率:91.4% 安定》
《反応タイプ:感情遮断型》
《副作用:心理解離傾向》
その動きは滑らかで、恐ろしいほど“感情がなかった”。
敵の模擬端末に対し、ためらいなく急所を撃ち抜き、消去する。
戦闘後、歩夢がぽつりと呟いた。
「……なんていうか……あの人、怖いんじゃなくて、
“もう何も期待してない”って感じが、……痛い」
凪沙は、小さく言った。
「……あれ、分かるけど……真似したくない」
瑠璃は笑いながらも、どこか沈んだ声で。
「陽キャの私でも、ちょっと、無理。あの感じ……目を見ちゃいけない気がする……」
その頃、月丘は独房のような私室に戻り、ベッドに横になりながら、何も見ない目で天井を見ていた。
(意味はない。価値もない。
でも、無意味なものが世界を守るという構図──
それ自体が、世界の“冗談”なのかもしれないな)
そして彼の唇が、微かに動いた。
「……笑えないな」




