第10話「機体は繋がり、心はほどける」
巨大な渦が、空に口を開けていた。
敵性端末《虚無螺旋》。
ヌルの中でも特異な共鳴型。時間と空間を歪ませ、搭乗者の「自己否定感」を吸収して成長する“感情捕食型”だった。
「気持ち悪……何あれ……」
和泉瑠璃がため息混じりに言った。
「嫌な予感しかしない……」
一ノ瀬歩夢は、コックピットで身を縮めた。
「……私、たぶん、こういう敵が一番苦手」
鷹津凪沙は、感情を抑えたまま淡々と告げた。
三機は出撃。
だが、開始早々から“違和感”が漂っていた。
通信は正常。出力も安定。にもかかわらず、共鳴が微妙に“かみ合わない”。
《負の感情リンク:不安定》
《感情干渉:断片化》
《同期率:51.2%(臨界以下)》
原因は、彼ら自身の感情だった。
敵の放つ“感情ノイズ”が、三人それぞれの心を揺らしていた。
歩夢は、「自分だけが足を引っ張っている」気がして。
凪沙は、「ふたりが繋がって、自分が置いていかれる」気がして。
瑠璃は、「誰にも本当の自分が伝わっていない」気がしていた。
それぞれの負の感情は、バラバラに共鳴し、互いを乱した。
「このままじゃ、負ける……!」
歩夢が叫ぶ。
「感情ログ、一時同期させる」
凪沙が言った。
「……それ、バグるよ? 私の中、見たら気分悪くなるかも」
「いいよ。……全部、見ていい。
……それでも繋がらないなら、たぶん無理なんだと思うから」
歩夢の言葉に、一瞬の沈黙。
だが次の瞬間、全員のコクピット内に警告灯が走った。
《ログ同期開始》
《感情帯域、強制共有》
《心理防壁、緊急低下──》
そして、流れ込む。
凪沙の、誰にも声をかけられず過ぎていく誕生日の映像。
瑠璃の、教室のLINEグループから消された通知音。
歩夢の、壊れた傘を持って黙って雨の中を歩く記憶。
それは、“誰かに見せたことのない痛み”の断片だった。
でも──その中に、ほんのわずかに光が差した。
「……誰かに嫌われてるって、ずっと思ってたけど」
「もしかして、自分でそう思ってただけだったのかも」
「……そんなの、あるかもね」
「……わかんないけど……ある、かも」
その、ちいさな言葉の“連鎖”が。
機体を、揺らした。
《共鳴帯域:安定化》
《三機間レゾナンス確認》
《機体形状変化──モード転移》
《レゾナンスモード発動》
三機のシルエットがわずかに発光し、互いの動作が完全同期した。
刹那、歩夢の機体が敵の空間歪みを突破。
続けて凪沙の《インヴォイド》が中枢を貫き、
瑠璃の《グリムブレス》が笑いながら炎の嵐を落とした。
「キャハッ☆──って、言ってる場合じゃないか。
……終わった、のかな」
戦闘終了。
帰還した3人は、無言だった。
ただ、並んで歩いた。
格納庫の前で、歩夢がぽつりと言った。
「……また戦えるといいね」
凪沙が、少しだけ頷いた。
瑠璃は、ふっと笑ってから、
「戦うの、好きじゃないけど……
ひとりでいるよりは、マシかもね」
言葉は少なかった。
だけどその日、機体は繋がり、心がほんの少しほどけた。
それは、彼らにとって──小さくて、大きな変化だった。




