20.寮の朝
「あんた、早く起きなさい!」
ガバッと布団をめくるのは鬼…かと思ったが鬼のような顔をしたお母さんだった。勉強机の上に置かれている時計を見るとまだ6時30分だ。だが、私の家は学校から遠いので7時過ぎには出なくてはならないから起きるのにはちょっと遅かったかな。
「は~い……。起こしに来てくれてありがと」
まだ眠い目を擦りながらお母さんにお礼を言う。ベッドから、のそのそと起き上がって目を覚ますために洗面所へ顔を洗いにいく。
「朝ごはん出来てるわよ」
お母さんが私の背中にそんな風に声をかけたので手を上げて返事した。微かにお母さんのため息が聞こえたが気にしない。これが我が家の朝の恒例なのだから。
洗面所でじゃぶじゃぶと顔を洗っていると鏡ごしに弟が見えた。それなりに顔の整っている弟は最近アイドルオーディションに合格し、夢をつかんだ。自慢の弟だ。絶対本人には言ってやんないけど。
「はよ、姉ちゃん」
「おはよ」
短く挨拶すると洗面所の位置を譲る。今からは弟が洗面所を独占する。そして、私は朝ごはんを食べる。うん、今日もいつも通りだ。
リビングへ行くとご飯がほくほくと湯気を立てている。朝はご飯、味噌汁、沢庵、梅干しそして、ソーセージと決まっている。席に着いて食べ始めると何故か幸せを感じた。
何だろう、凄く幸せを感じる。私、どうしたんだろうな。
そんな自分を変に感じながらも箸を動かし朝食を完食した。
「ふぁ~…。」
「おはようございます、お嬢様」
「おはようアンナ」
何だか凄く懐かしい夢を見た……気がする。起きたことで忘れてしまった。忘れたくないようなそんな記憶だったのに。
前世の記憶を思い出してからと言うものたまにこんな事が起こっていた。夢で懐かしさを感じるのに起きたら忘れてしまう。
きっと家族の事とかだと思うけど忘れてしまうものは仕方が無い。今はアンナもレイトもルイスもテスターもいる。それに公爵邸にはお父様や使用人の皆。あと、会った事無いけどお母様。いつまでも前世に浸ってへこたれている場合では無い。
「お嬢様!遂に授業が始まりますね!」
「そうね、でも今日は初日だしがっつりはやらないんじゃない?」
どこの学校も入学式の次の日から「さあ!勉強スタートだ!」みたいにはならないはず。そんなとこあったら、けっこう鬼だな…………………。
「確かにそうですよね。気が早すぎました。さ、お嬢様支度をしましょうか。今日は朝食を部屋で取るようにと学園側からお言葉を頂いています」
「部屋で?確か、とても立派な食堂があるって聞いたんだけど」
「まだ説明を受けてないからですかね?でもお嬢様!朝食は部屋で食べて行って下さい、毎日!!」
アンナから熱い視線のビームを感じながら苦笑いした。
学園の中にはとても立派な食堂がある。貴族も多く通うのでシェフが一流の料理を振る舞っているのだ。ただ、平民でも食べ頃価格で提供している料理も多くあるようで朝から繁盛しているんだとか。
朝は部屋でも取っていいことになってるから、それでもいいけどね。アンナもきっと寂しいんだろうし。授業には流石に使用人は付いて来れないから。
「分かったわ。毎日部屋で食べるわ。そのかわり一緒に食べてね?」
小首を傾げてアンナに言うと、パーッと表情が明るくなった。
「嬉しいです!約束ですからね!?」
「ええ」と答えれば嬉々として朝食の準備をし始めた。部屋前にワゴンが置かれていたらしく、ワゴンには朝から豪華な料理の数々が並んでいる。
オムレツにサラダ、スープにフルーツまで。見た目からして完璧なそれらは私にとって少し朝から重い。アンナにはパンとスープ、フルーツ。
えっ、アンナと料理が違う…!
この世界の身分という壁は大きい。そんなものによって私とアンナの差がこんなにも現れているのだ。
ベッドから起き上がりアンナが用意してくれたテーブルへと移動する。椅子に座るとアンナも反対側に座った。
「アンナ……。お願いがあるのだけれど、きいてくれる?」
「はい、何でしょう?何でもお嬢様のお望みのままにいたします!」
「ありがとう。実は、朝からご飯の量が多すぎて困ってるの。食べるの手伝ってくれない?」
これは事実だ。実際に公爵邸に居たときも朝はあまり食べていなかった。スープとパンぐらい。それなのに急に今日からパクパク大食いのようになれる訳がない。この量で大食いとはちょっと言えないけど。
「……そうですよねー。私も用意しながら思っていたんです。この量お嬢様には多いだろうなぁ、って。」
少し考える素振りを見せた後、そう答えたアンナに驚いた。気がついていてくれたなんて驚きだ。
「分かりました!私もお嬢様の朝食を頂きます!明日からは量を少なくするように言っておきますね!」
「ありがとう!」
アンナの快い答えに顔がほころんだ。ああ、朝からアンナが可愛い。
朝食をアンナと楽しく終えれば、制服に着替え、髪を整えて貰う。今日はハーフアップだ。私の髪はけっこう長いので手入れは大変だがヘアアレンジが沢山出来て楽しいらしい。くせっ毛ではなくサラサラのストレートというのもグッドポイントだ。
「お嬢様、そろそろ行かなくてはなりませんね。今日は校舎の入り口にて待機だそうですよ。ルイスやテスター様が女子棟の入り口で待っているはずです」
レイトの名前がないのは何故?と思ったけど口にする前に気が付いた。レイトは同じクラスじゃないからだ。学年内に人数が多すぎるため、クラスごとに集合場所や集合時間が異なる。クラスの数も多いからレイトには会えないかも。そう思うとちょっと悲しい。
「お嬢様、行きましょう?女子棟の入り口まで一緒にいきますね」
「あ、うん。そうね、行きましょうか」
椅子から腰を浮かし、玄関へと歩き出す。扉を開けて寮の一階まで魔法で降りると女子棟入り口にテスターとルイスがいるのが見えた。
何だか凄く周りの人に見られてるわね2人。昨日、パーティーに居なかった先輩たちからしたら、見たくなるし気になるよね。格好いいし。
で、その視線を受けている当の2人と言えば、知らん顔して2人で何やら話している。たまに声をかける女子もいるが鉄の鉄壁のごとく跳ね返す。
「お嬢様、どうしました?」
「ん~あの2人やっぱりモテるんだなぁと思って。まぁ、顔は格好いいわよね」
ガーンーー!!!!!!!!!
えっ、何?なんか凄い効果音聞こえて来たのだけれど!?
アンナに聞こうと隣を見ると、!!!?????
アンナが口を開けて顔を白くさせ、こちらを凝視していた。口はパクパクと何かを言おうとしても声になっていない。
あの効果音の発生源はアンナ!?私も驚いて言葉が出ない。
「お、お嬢様……!!あの2人のことが…っ」
やっと発したアンナの言葉がの意味が分からなくて困惑する。第一に、アンナは私の何の言葉に驚いたんだろう…。
「アンナ…?それど」
「おーい、お嬢ー!!」
どういう意味?と聞こうとしたところで背中に声がかかった。この声はルイスだ。それに学園では「お嬢」って呼ぶなって言ったのに!?周りの人がこっち見てるじゃない!
振り返るとルイスとテスターが手を振っている。女子棟には入って来れないからあんなに叫んだんだろう。
「アンナ、ごめんなさい。話しの続きはまた後でね!」
そう言ってアンナを残しルイス達の元へと走っていく。ルイスが腕を指さしたから。それは時間の合図。つまり、集合時間が迫ってるって言うこと……!!
走りながらちらっと後を見るとアンナはポカンとしていた。大丈夫かしら?
「ごめんなさい、遅くなってしまって!」
「いいよ、おはようルーナ」
「おはようございます。時間は守りましょうねお嬢」
朝から2人の顔が眩しい。テスターは屈託のない顔で微笑んでくれる。ルイスは呆れたような顔をしながらも少し走り疲れた私の手をとり支えてくれる。
「お嬢、鞄持ちましょうか?」
「いいえ、いいわ。ありがとう」
「そうですか。あ、それと学園の中では走らないでくださいね!」
ルイスの言葉にテスターもうんうんと頷く。
「どうして?」
「そりゃあもちろん…こっ転んだら困るからですよ!ハハハ!…………ほんとはスカートがめくれて太ももまで見えちまうからだけど。そんなの見せられたら男どもは興奮するし、お嬢があぶねーよ。」
ルイスの後の方の発言は全くルーナに届く事はなく、転ぶからという理由にルーナが頬を膨らませる。
「私ももう大きくなったんだからそんなちょっとやそっとのことで転ばないわ!」
「そうか?分からないぞ?ルーナは昔っからおっちょこちょいだからな」
ルイスの発言を肯定するテスターが苦笑交じりにルーナを見て言う。どうも、テスターはルイスの味方らしい。
「もういいわよ。それより時間が無いんじゃ無かったの?」
「そうっすね」
私の言葉に軽ーく返事をする。どこまで行ってもルイスの態度は一緒だ。そういう所に安心感を覚えるのだけれど。私も歴とした公爵令嬢なのだから嫌でも人を疑う目は持たなくてはならない。初対面の人や親しくない人とは、中々心を許して話せたりしないのでそう言った意味ではルイス達は良い。
「テスター時間分かる?」
「ん?ああ集合時間まで後10分だ。ほら」
そう言ってテスターが指指す方に目を向けると時計があった。校舎の一角、時計台。大きいそれは校内の何処からでも見えそうな高い位置に大きくあった。
って、それより!あと、10分!!!?
「集合場所って校舎の入り口何でしょう!?ここからどのぐらい!?」
「お嬢の足で20分?」
はぁ!!??無理じゃない!?初日から遅刻はヤバイでしょう!何でそんなに呑気で居られるのか分からない。焦りの1つも2人は見せないんだから
「大丈夫だってお嬢。お嬢の足でって言ったでしょ。俺達に任せればいいから」
「ま、任せろってどうやって……っ!」
ぐるぐると頭の中で考える私をルイスがかばっと抱き上げる。突然の行動に驚くと同時にふらついてルイスの首にがっつりと手を回し抱きついた。
「な、何するの!?」
「ん~運んだ方が早いから。途中でテスターに変わりますね~」
そう言う事を言ってるんじゃなーい!
私の抵抗も虚しくルイスは私を抱えスタスタと歩いていく。周りの目が怖くてぎゅっとルイスに抱きついて顔を隠した。そういえばルイスによく抱えられてきたかも、私。
でもやっぱり恥ずかしーいー!!!




