47 リッチィさん、冒険者ギルドへ
隔離されました。
清々しい朝だ。
お日様に向かって両手を伸ばしストレッチをしていると、視界の向こうで側で田中君が畑を耕しているのが見える。
おはよーと手を振れば、田中君がこんにちはーと手を振り返してくれた。
うん、時刻はもうお昼過ぎである。
昨日は夕方前に眠りに付いたはずなのに、寝て起きてみればこんな時間だ。
「ふぁっ……」
朝が極端に弱い私からしてみれば至宝の寝覚めだ。当時の私の日常生活の頃とは比べものにならない。好きな時に寝、好きな時に起きる。
実家にいれば母親に『あんた仕事遅刻するわよ!』と叩き起こされ、実家を出て独り暮らししてからは上司の西さんに『てめえ何時まで寝てんだこら! 誰が携帯の電源を切れと言った!』とマンションまで叩き起こされたものだ。社畜ばんざい。
「さて、今日の折り込みチラシは……と」
もはや毎日の日課である固有スキルのチラシを発動、展開させる。
『期間延長大特価農業キャンペーン』は昨日で掲載期間が終了し、新たなチラシ広告へと変わっていた。
《今がお買い得! 新規一戸建て相談オープンハウス開催!》
「…………」
私はそっとチラシを閉じた。
何だろう、明確な悪意を感じる。
昨日新築のお家を建て、『あれ、これ中々いけてるんじゃね?』『もしかして私って建築の才能とかあったりして』『私って天才』と浮かれていた自分が恥ずかしい。
プロが建てたお家と比べたら私のお家なんて改めて見れば鼻くそもいいところだ。
おい、そんなに私を追い落として楽しいのかコラ。
「……まぁ、でも後で参考にさせてもらいましょうか」
自作のお家の外観は未だ作成途中なのだ。これを良い機会だと思ってパク──オマージュを込めてオマージュさせてもらおう。
ちなみに新規一戸建ての販売お値段は4600万円だった。
買えるか馬鹿野郎。
◇◇◇
「たらま~」
新種のゾンビこと、フローラルゾンビさんに背負われながらダンジョン入り口の門兵さんに挨拶をして門を潜る。実に楽チンだ。
無駄に広いダンジョンを歩き進むのが面倒で、試しに『おぶってください』とお願いしてみたらこれまた楽チンだった。
いやぁ~、これは駄目だ。これは人を駄目にするゾンビだ。
どんな命令をしても愚直なまでにこなすゾンビは正に社畜の鏡です。
若干ひきつり顔の門兵さんを後目に門をくぐり、フローラルゾンビさんとさよならをして別れる。
流石に魔王城都内をモンスターが歩くのは駄目ですと門兵さんに注意された。
暫く歩いていると冒険者ギルドが見えてきた。
一応はこれでも私は冒険者、日々クエストを受けて食べていかなければならないのだ。
本当はダンジョン産の野菜を売ってのんびりと暮らしていきたいのだが、あれは芽が出るまで時間が掛かるし、直植えだから成功するかも分からない。田中君がんばれ! 君に期待してますよ!
相も変わらずドス黒い何かが飛び散った扉を押して入る。
時間帯はお昼頃とあってか、あまり冒険者ギルド内に人はいない。
冒険者はだいたいは朝方に張り出される新しいクエストを受け、夕方に戻ってくる事が多いからだ。
酒場には相も変わらず酔っぱらいが何人か酔いつぶれてはいるが、昼間から仕事もせずにこんな所で何をやっているんだか…………あ、それは私にも言えることか。
「リッカさん!?」
とりあえず何かお手頃のクエストがないか掲示板を覗こうと歩いていると、真横から突然抱き付かれた。
「……ミラさん?」
「無事だったんですね、心配したんですよ!」
あ、まずい。そう言えば私は盗賊に拐われて帰るなり投獄されていることになってたんだった。
本当は解放されたその日に冒険者ギルドに顔を出そうとしたのだけど、あの時はソラに『早く帰る』と急かされて結局は後回しになってた。
どうやらとても心配させてしまったようで、涙目で抱き締めてくるミラさんにひどく申し訳なく思う。
「怪我は、怪我はしてませんか?」
わちゃわちゃと私の体をまさぐるミラさん。現在血まみれの状態の服の私を見て青い顔をしている。
「大丈夫ですよ。服に血はついてますが、これは全部モンスターの血ですので……」
こんな事なら適当に服を買って着替えておくべきだった。女物の服を買うのが抵抗あるとか、何か冒険者っぽく見えて格好いいと思ってそのままにしておくんじゃなかった。
「……それと、すみませんミラさん。せっかく頂いた服を汚してしまって……」
「そんな事よりもリッカさんが無事に帰って来た事の方が大切です!!」
「す、すみません……」
本気で怒るミラさんに思わず謝ってしまった。
ミラさんと出会って、文字通りローブ一つの私に服を譲ってくれた事を思い出す。お金も無く泊まる所もなかった私を助けてくれたのはミラさんであり、ミラさん達家族だ。
そんなミラさんをとても心配させてしまった事が本当に申し訳なく思うも、嬉しい思ってしまう。
「それに服は今度、リッカさんに似合うちゃんとしたお洋服を選んであげますから」
「そ、それは……」
出来ればそれはマジで勘弁してほしいです。
抱き付きながらぶつぶつと『リッカさんにはもっと可愛いらしいお洋服が……ゴスロリとかどうですか?』と言い出すミラさんに凄く嫌な予感を感じる。
「何だ、騒がしいと思ったらリッカか……」
受け付けの奥から顔を出したギルド長に、口をモグモグさせながら話し掛けられた。
「その様子だと無事に牢屋から出られたようだな」
「……はい、その節はご迷惑をおかけしました」
本当は色々とギルド長に言いたい事(ソラを迎えに向かわせた事)があるのだけども、そのお陰で牢屋からすんなりと出られたのは事実なので何も言えない。
「あいつはどうした」
「ソラですか? ソラなら私のお家で寝てますけど……」
一応はソラにも声を掛けたのだけど、まだ眠いと断固として起きなかったのだ。
「……リッカさんのお家? 一体どういう事ですか? 確かリッカさんは私の家で暮らす事になったってお父さんが……え、ソラ……?」
ギルド長と話し込んでいると、私に抱き付いていたミラさんが顔を上げて見詰めてきた。
……そう言えば、ゾンビパニックの後におじさんと話したんだっけ。お金がないのでもう暫くお世話になりますって。
あの時は自分の貧弱ステータスに色々と今後の生活を含め絶望してたのだけど、今の私には土魔法やクリエイアンデッドのスキルがある。
初めは役立たずの死にスキルだと思ったのだけど、このスキルの有効性に気付いてからはとても感謝している。
これなら何とか一人で自立していけそうだし、おじさんやミラさん達家族にこれ以上迷惑を掛けることもなく、これまでお世話になった恩を返していけそうだ。
取り敢えずミラさんに『昨日お家を建てたので後日、改めて招待しますね』と言うと、
「そ、ソラってもしかして……あのソラさんなのですか?」
何やら神妙な顔をしたミラさんが訪ねてきた。
ミラさんのその一言に、受け付け手続きをしていたギルド職員に冒険者、酒場で酔い潰れていた酔っ払い連中までもが飛び起きて反応し、此方を凝視してくる。
「ミラさんが言ってる『ソラ』がどの人を指すのかは知りませんが……恐らく、周りの皆の反応を見るにその『ソラ』って人で間違いないと思います」
そう言うとミラさんが固まった。てか皆が固まった。私とギルド長以外が……。
何だこれ。
いや分かるけど。
だけどやっぱり皆過剰に反応し過ぎじゃないですかね。
あの子、少し頭はおかしいとは思うけど、なかなか素直で良い子ですよ?
昨日はピーマンとナスを片手に変な躍りをしながら喜んでましたもん。
「そ、それは本当なんですか? 本当に、あの、魔王軍一の……」
「はい、『魔王軍一のサイコパス』の二つ名持ちで間違いないです」
「ほ、本当にですか? あの炎竜の素材を取るためだけに炎竜を罠に掛け、縛り上げ動けなくなった炎竜を三日三晩いじくり回し素材の爪や鱗を全て剥ぎ取り『10年後に生え変わったらまた来る』と言い残し、何度も丸裸にされた炎竜が激怒し他の国を滅ぼしてはこの魔王城都を何度も炎の渦に巻き込んだあのソラさんなんですか……?」
「そ、そうですね。『炎竜を煽りし者』の称号持ちで間違い……ないです、はい」
お、おう。改めて詳細を聞くと本当に頭のおかしいサイコパスだ。
若干、今更ながらにあの子が恐ろしく思えてきた。
本当によく無事だったな、私。
「そ、そんな!!」
「あの御方が帰って来ただと?」
「ば、馬鹿な!! あの方は死んだ……んじゃなかったのか……?」
「だから言ったんだ俺は!! 昨日確かに俺はあの御方とリッチーちゃんが2人で歩いているのを見たって……!!」
「う、嘘だ!! どうせお前と同じでまたデマに決まってる!!」
「嘘じゃねえ!! 俺以外にも他に沢山見た奴はいたんだよ!! なのにあいつら、見間違いだとか、お前は疲れてるだとか、頭がおかしいとか……チクショウが!!」
「お、おしまいだ……またこの国はあの混沌の時代に逆戻りするんだ……」
「何故だ、ここ100年は何も音沙汰がなかった筈なのに……何故に今更……あのソラ様が……!!」
「馬鹿野郎!! その名を口にするんじゃねぇ!! 本当にあの方が現れたらどうするんだ!!」
何やら冒険者ギルド内が騒がしくなってきた。慌てふためく姿はまさにこれから世紀末が訪れるんじゃないかってくらいのものだ。
てか、ソラはこの国では一体何なんだ? 名前を呼んではいけない人物扱いされてるんだけど……これって下手したら魔王様よりも恐れられてるんじゃないの?
そんな阿鼻叫喚が続くこの雰囲気は、激しくドアを開けられ、冒険者ギルドに雪崩れ込んで来た兵士さん達がやって来るまで続いたのだった。
現在隔離中です。
まさかの事態に色々と周りも大混乱です。
運転で付き添ってくれた妹も強制的に巻き込んでしまい……本当に申し訳ない。
食あたりかなと思ってたら、全く違ってて困惑してます。咳も熱もなかったので、本当に油断してました。
もうこうなったらひたすらに書いてストックを貯めるしかない。




