19 リッチィさん、宰相様に疑われる
「どうですかな、リッカ殿。こちらの料理はお口に会いますかな?」
まさかの魔王様の不在という謁見の時間が終わり、私はメイドさんに案内をされること暫く、魔王城の来客用の食堂でランチを御馳走になっていた。
「うむ、旨いぞ。おかわりを頼む」
「貴女には聞いていないのですがね……」
宰相様からの私への問いに何故かギルド長が答える。ギルド長の様子に全く昔から変わりませんねと、優しく諭す宰相様だが……この人、中々のタヌキだ。
謁見が終わり食堂でランチを御馳走になっているのだが、この人、食事の最中に何度かきわどい質問を投げ掛けてくるのだ。
『リッカ殿は此方に訪れたのは初めてと聞いているのですが……ご出身はどちらのほうですかな?』
『あ、はい。昨日初めて此方に来ました。出身は……ここから遠い田舎からやって来ました』
『田舎ですか。それはどのあたりで?』
『……ここからうんと東の方ですかね。何分、名前も無いような隠れた田舎な村でしたので、私も外に出たのは今回が初めてでよく詳しい事は……』
『ふむふむ、成る程』
『……どうかしましたか?』
『いえいえ、リッカ殿の雰囲気や佇まい、最低限の礼儀から食事の作法等からして、何処か名のある名家の御出かと思ったのですが……』
『そんな大層なもんではないです。最低限のマナーは田舎の母から習いました』
『そうですか、ご立派なお母様ですね』
『はい』
『ところで、リッカ殿は勇者の言い伝えはご存知で?』
『いえ、特には。何分、娯楽もない隠れた田舎村でしたので……どうかしましたか?』
『いえ、なんでも勇者はお忍びで旅をする際は必ずと言っても良いほどに、自身の出身は東の遠く離れた田舎の方からやって来たと語るのです。そのくせ最低限の礼儀を身に付けているのがまた勇者の特徴でして、ね』
『そ、ソウデスカー』
『ときに、お伽噺として今なお多く語られる物語は遠い過去の勇者が広めた話だそうです。不死の王、アンデッドリッチーの存在もまた、ね』
『…………』
『いやはや、なんとも恐ろしい偶然ですなー』
『ソウデスネー』
そして今現在も『こちらの料理はお口に会いますか?』って聞いて来るのだが、それはどっちの意味で聞いているのだろうか。
あれ、これもうバレてないですか? バレてますよね? 面白いくらいに笑顔なんですが……何故だ。宰相様、めちゃめちゃ煽ってくるんですけど。
「旨い、旨いぞ。これもいけるな。料理人は腕を上げたようだ」
「……はぁ、魔王様」
この二人は相変わらずですね。
ギルド長はご馳走に夢中で宰相様の話を聞いていないし、ミラさんはミラさんで先程から心ここにあらずですし。
とりあえずと、私は宰相様からの追撃を逃れるためにギルド長へと気になっていた話を振ってみる。
「あの、ギルド長? 少し噂で昨日、人間族の王都で何かあったって聞いたんですが、どうなんですか?」
これは今朝、またまたガウルさんから聞いた情報である。
「何故それを聞く」
「少し気になって……駄目ですか?」
食事の邪魔をされ、少し不機嫌そうなギルド長ではあったが、どっちみち宰相様に報告しなけばいけない事であったらしく、少し食事を止めて話してくれた。
「別に構わん。どうせ直ぐに知らされるしな、二日前に人間族の王都でやっていたのは勇者召喚の儀式だ」
やっぱりか。
でも召喚される筈の勇者はここにいるのだから失敗だろう。
閻魔大王ありがとう!
私は自由だー!
いや、待って。
ここで喜ぶのはまだ早い。
勇者召喚に失敗したとは言え、まだまだ油断は禁物だ。
「あの、その後の……勇者召喚後の事を聞いてもいいですか?」
「詳しくは知らん。だが、今朝追加の情報で奴等は何かを探しはじめているらしい。後は知らん」
イヤー、私を探さないでー!
私はもうリッチよ、勇者じゃないよ、アンデッド。
「にしても、やけに魔王城の外壁がボロボロだったが、今代の勇者はそこまでの奴だったのか?」
ここに来るまで特に魔王城の外見に気にしているように見えなかったギルド長だが、やはり少しふに落ちない所はあったみたいだ。宰相様も、ギルド長の珍しく真面目な問いに困ったようにして答えた。
「ふむ、どうでしょうな。今回は我々、寝ていただけなので詳しくは分かりませぬ」
大丈夫だろうか、この城の魔族達。
「むしろ魔王城がここまでの事になったのは、勇者を撃退した後日、逃亡を図ろうとした魔王様をお止めになった際に起こった事ですので」
本当に大丈夫だろうか、この城の魔族達。
まぁいつのもの事ですのでと締める宰相様に、話はこれで以上だと食事を再開するギルド長。
宰相様はその後、暫くギルド長からの勇者召喚の報告に少し眉間を寄せて考え込み、ミラさんは先程と変わらずうつむきながら『……はぁ、魔王様』と呟いている。
「…………」
というか、そろそろ誰かいい加減にこの銀髪の少女についてつっこんでほしい。
この食堂についてからもずっと隣で私を半目でジット見詰めているのだが……正直、怖い。
まぁ、そのお陰で宰相様からの恐ろしい煽りの効果も半減しているのだが。
「デザートをお持ちしました」
そんなこんなしていると、食堂の奥から銀食器に入れられたデザートがメイドさんに運ばれて来た。
本日のランチは御馳走と言うこともあり、オードブル形式のフルコース。前菜から始まり、スープ、魚料理、肉料理、デザートと言う順番で運ばれて来た。
正直、ミラさんの宿屋と同じように肉料理、肉料理、肉料理と来たらどうしょうかと思ったが、それは流石に杞憂だったみたいだ。
「どうぞ」
目の前に置かれたデザート。
ぱっと見は透明の細長い麺に何かしらのタレが掛けられている単純そうな料理に見える。
コース毎に新しく変えられた食器、お箸を手に一口食べてみる。
うん? 寒天? いや、杏仁?
それを細く長くしたもの。
普通の杏仁や寒天よりも匂いが少し独特。
タレはよく分からない。
少し甘いのかなってくらい?
「…………」
何かしら興味が出たのか、半目で此方をジット見詰めていた少女の視線が下がった。寒天杏仁擬きに。
「…………」
食べたいのかなと視線を向ければコクりと頷いた。
食べたいらしい。
こっそりと周りにバレないように一口あげる。
「…………」
微妙な顔をしている。
どうもあまりお気に召さなかったようだ。ってあれ、幽霊って食べられるのだろうか?
更に一口自分で食べて見る。
やはり微妙だ。
フルコースは美味しかったが、最後のデザートが少し物足りない。甘味が少し足りないのかな?
「…………」
そして此方をジット見詰める作業を再開した銀髪の幽霊少女。
もうカンニンして。
本当にこの幽霊少女は何なんだろうか。先程からジット此方を見詰めてくるが、一体何なのか。
デザートには一瞬興味を持ったが、美味しくなかったからか直ぐに興味を失った。
もしかしてデザートになにか未練があるのかもしれない。
きっと生前は美味しいデザートが食べたかったのかもしれない。
そして美味しいデザートを食べられれば満足して成仏するかもしれない。うん、きっとそうだ。
ならばと少し自分の固有スキルを試してみる。
《固有スキル:チラシ》
効果は今朝方に実証済みだ。
テーブルの下でチラシをこっそりと展開する。掲載期間はまだ半日以上残っていたので『東友』さんのままだ。
二枚チラシを捲るようにしていくと、目的の物を発見。砂糖、ではなくシロップ。メープル風味の安いシロップである。お値段なんと198ゴールド。
「……?」
さっそく購入とチラシをタップしょうとしてみると、隣から横やりが入る。
「……??」
テーブルの下で展開されるチラシが気になったのか、銀髪の少女の指が私を真似るようにしてチラシに触れようとする……が、しかし、
「……?!」
悲しいことに少女の指はチラシをすり抜ける。幽霊だからね、仕方がないです。
「……!?!?」
なおも諦めずチラシを指で触ろうとする少女を横目に、シロップを購入していく。代金、200ゴールド。やっぱりこれ、消費税じゃなく四捨五入してますね。8%の消費税率では計算が合わない。少額の品物ならまだいいけど、高額の品物で四捨五入されて高額になったら洒落にならないですよ、これ。閻魔大王様どうなってんですかこれ。
購入が完了しましたと手元にシロップが現れる。残金、残り600ゴールド。おじさんがくれた大切なお金だ。残りは大切にしないといけない。え? これは無駄遣いじゃないのか? 違います。これは成仏させるために仕方ない消費なんです。てかこのまま一生ジット見詰められて過ごすとか無理ですから、本当に怖いですから。成仏して。
目的の物を買い終え、チラシを消したことで銀髪の少女の興味がチラシから再び此方に移る。眠そうな半目が私の顔とシロップに交互に向いている。本当にかんにんして。
購入したシロップを手に、目の前に置かれたデザートにたっぷりと掛ける。少し掛けすぎたかなと思ったが、この杏仁寒天擬きの独特の匂いを思えば仕方ない。
お箸を手にデザートをこっそりと銀髪の少女に向けてみる。
「…………」
しかし、反応がない。
此方をジット見詰めているだけ。
再度、デザートをこっそりと向けてみるも、
「…………」
明らかに微妙な顔をして此方を見詰めている。分かります。正直、こんな得体の知れない物が掛かっているものなんて怖くて食べられませんよね。
「うん、美味しい」
なのでまずは一口、自分で食べて見る。
先程の微妙な感じとは違い、今度ははっきりと甘味を感じる。多少、シロップの掛けすぎで甘味が強いではあるが、先程の微妙な味と比べれば普通に美味しい。
再度もう一度、銀髪の少女にこっそりとデザートを向けてみると、今度はパクりと食べた。
「……!?」
物凄い顔をしている。
凄く美味しい……と言うよりも、甘味があるのを驚いている様子だ。
「お味はどうですかな、リッカ殿。本日のデザートは少し趣向を変えてみたのですが……」
半目が目開かれるほど驚いている銀髪の少女を暫く眺めていると、ふいに宰相様から声が掛かった。
「はい、初めて食べたので独特の匂いは気になりますが、結構美味しいですね」
不味くはないが、匂いになれてしまえば結構美味しいと感じるかもしれない。ギルド長を見ても、結構美味しそうに食べているのが見える。ミラさんは何故か苦戦しているように食べているが、それでも味が苦手といった感じはしない。
勿論、匂いに慣れた所で、シロップを掛けるかと言われれば私は掛けるのだが。
「ほほう、初めて。……それに独特ですか。面白い表現をされますな」
ニヤリとした顔で此方を眺める宰相様。
「リッカ殿は実に分かりやすいですな」
ん、あれ?
私なんか変な事を言ったっけ?
周りを見てみればギルド長とミラさんが不思議そうな顔をして、
「独特? 特にいつもと変わらん味だが……」
「そうですね。昔からある子供のオヤツと変わらない味だと思います」
…………
「我々魔族は産まれた時から離乳食としても食べなれているので分かりづらいですが、初めて食べる方には少し匂いが気になる方もいらっしゃるそうですな」
…………
「むしろ人間族でも離乳食として多く食べられているそうなので、本当に匂いが気になる方は極々少数ではあるらしいのですがな……例えば、召喚された勇者とか」
……どうしょう。
指が、私の、私の指が勝手にチラシをテーブルの下で展開していく。
「それにしても素晴らしいですな、リッカ殿。ギルド長はともかく、ミラ様さえ苦労するお箸をここまで上手に扱えますとは……本来、魔族の中でもこの食器をまともに扱えるのは魔王様とギルド長くらいなのですが。どうやらリッカの殿のお母さん様は随分と広く教養のある方でいらっしゃるようで、いやはやお見事。お箸の使い方が随分とお上手ですな」
このクソ爺!!
ふふふ、どうしょう、私の指が勝手にチラシを展開して洗剤を買おうとしている。無色透明だからデザートに混ぜてもバレないかな。
丁度ここに銀髪の幽霊少女がいることだし、こっそりと宰相様のデザートに混入することも可能……って、いないし! あれ、成仏しちゃったのかな? もう少し待ってて欲しかったです。
宰相様からの追撃に助けてとギルド長に目線を送るも、
「お代わり」
我関せずと追加のお代わりを頼んでいた。
知ってた。
なのでミラさんの隣に移動する。
するとどうでしょう。
見事に宰相様からの追撃が止んだ。
私、知ってる。
宰相様、ミラさんとここまで一度も目を合わせてない。
いや、明らかに避けてる。
その懐の緑色の状態異常回復ポーションが証拠である。
それにギルド長は除いて、私の事はリッカ『殿』と呼ぶのに、ミラさんだけは『様』と呼んでいた。
結論、ミラさんは本当に何者だ?
魔王様でしたと言われても私は驚かない。
そんなこんなで、未だうつむきながら『……はぁ、魔王様』と呟くミラさんを盾に、楽しい楽しいランチは過ぎていったのであった。
読んでくれてありがとうございます。
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