第三話 ~解答編~
この小説は、ネット小説やノベルゲーム、ラノベなどで僕が実際に目にした、“小説としてこれはどうなんだ”という部分を真似して書いた作品です。
第三話は解答編となっております。二話のどこにどのような問題があったのか、直樹が解説していくお話です。
なので、まだ二話をお読みになっていない方は先に二話をお読み下さい。よろしくお願いします。
2016.8.25──「」内で「」を使用する悪い例に対する指摘を追加いたしました。
2016.8.26──『物書き』→『物書き気取り』に修正いたしました。
ご指摘ありがとうございました! また何かありましたらよろしくお願いします。
「これってマジ書き?」
意識を取り戻した俺が見たものは、およそ小説とは呼べないイカレタ代物だった。
「如何にも」
憑依を解いて傍らに浮かぶ桃香の返答に、俺は間髪を入れず言い放つ。
「諦めよう」
「何故!? まだ冒頭しか読んでいないだろう? ここから先が面白いのである!」
「冒頭がこれだけ駄目なら全部駄目だ。読む価値無し」
「どこが駄目だというのである? 神の一筆は近いであろう?」
「神の一筆というより紙の無駄に近いな。隅から隅まで全部駄目」
俺の評価がよほど不服なのか、ぐぬぬぅ~、と桃香の唸る声がする。
「どこが駄目なのか、具体的に言ってみようか?」
「言えるものなら言ってみるのである。吾輩はどんな言い掛かりでも真摯に受け止めよう」
「まず初めに……」
俺はディスプレイを指で突いて言う。
「最低限の文章作法ができてない。悪いけどこれ、小説じゃないよ」
「そんな筈は無いのである! 吾輩の才能に嫉妬して因縁を付けるとは、坊ちゃんも所詮はその程度の男であったか! 見損なったのである!」
「真摯に受け止めるんじゃなかったのかよ! あのな、何でお前は台詞の前にキャラクター名を付けるんだ? こういうのをト書き小説って言うんだけど、俺に言わせればこの書き方は小説じゃない。趣味で文章を書いてるなら別にいいけど、神の一筆を目指す小説家志望の幽霊がこういう書き方じゃ駄目だろ」
「むむっ、なるほど。ではそこを修正すれば」
桃香が台詞を言い終えるより早く、俺は矢継ぎ早に口を入れる。
「あとは出だしが唐突過ぎるような気がする。物語が途中から始まっている印象を受けたぞ。演出として途中から始まってるのならこれでも構わないけど、その辺どうなってるの?」
「え、演出? いや……吾輩はそういう効果を狙って書いた訳では……」
「じゃあ後から詳しい状況説明が入るって事もないんだな? そういった技法を意識せずこうなってるんだとしたら、それはただの雑な小説だ。ここは丁寧に通学のシーンから書いてもいいんじゃないか?」
「そ、そうか。ではそこを」
「待て、それだけじゃないぞ。“太郎は辺りは見回した”、“俺は倒れていたのが”、これらを見て何か変だと思わないか?」
「思わないのである」
「思えよ! 明らかに助詞が変だろ? 正しくは太郎は辺りを見回した、俺が倒れていたのは、だ」
「いちいち細かい男であるな、坊ちゃん。それくらいどうでもよいであろう?」
「よくねぇし細かくねぇよ! こういう基本がちゃんとしてないから神の一筆に辿り着かねぇんだろーが……ったく。じゃあ次はここ、誤変換があるな。車に“惹かれそう”だってさ。よほどの高級車だったのか?」
「む、吾輩とした事が誤変換であるか。ではそこを」
「あぁ、それから行頭は一字空けろ。こんなのは初歩というより当たり前の事だぞ。他には余韻部分に中黒を好みの数並べて使うのも間違いだ。ちゃんと三点リーダを二つ並べろ。情景描写もまだまだ甘い。いつ、どこで、誰が、誰と、何を、どのように、どうして、どうなった……どんな場面でも必ず全部書けとは言わないけど、とりあえず気にしておいて欲しいよね、プロ目指すなら」
「う……行頭は一字空ける、三点リーダは好みの数を使う? 情景描写を甘くする?」
「難しく考えなくてもちょっと読み返せば分かる事だろ。異世界に転移する時に無駄な改行が多いとかさ。あとはここ、きゃあああーーーーって、悲鳴長過ぎだろ。ん? ちょっと待った。これって三人称かと思いきや、急に一人称になったりしてるよな。そこら辺もちゃんと統一しなくちゃ駄目だ」
「一人称に統一するのか?」
「別に三人称でも、好きな方でいいよ。うわ、大急ぎで急いだっておかしいでしょ。二重表現になってるって自分で分からなかったの? あとこの行もヤバイ。女の子の目の前の茂みの中にって、どんだけ“の”を連発する気だよ。そのすぐ後も、“何かが居るように見えた。そうみえた太郎は”って……最初の“見えた”を漢字にしたなら次の“みえた”も漢字で統一しろ。な~んか展開も唐突だなぁ……俺が護る! ありがとう! これ武器ね! って何? この変なノリは」
「いや、そこは命を懸けて女の子を助けるのが男として当然であろう?」
「当然だけど不自然だ。もっと流れを丁寧に作ってくれよ。今のままだと太郎君が勇まし過ぎるし、女の子が順応し過ぎ。いきなり現れた見知らぬ男に欲しがってもいない剣を手渡すとか、狂気の沙汰だぞ。そしてこの太郎君は剣の心得でもあったの? いきなり必殺技っぽいの使ってるけど、ただの高校生にこれは無理でしょ」
「あぁ、それは昔考えて結局ボツにした作品の主人公が使う予定だった必殺技である。なかなか格好良いであろう?」
別作品からの流用かよ。まぁそれはいいとして、なぜその技を太郎君が使えるのかが問題なんだが……。
「そういえば、何で太郎君は自分が現実世界から異世界に迷い込んでしまったと断言してるんだ? 目が覚めたら森にいたってだけじゃ、そんな事まで分からないだろ」
「えっ! そ、それは……」
「あとはここか。現実世界より強くなっているのかもな、の部分。“かも”っていうか、明らかに強くなってるじゃん。根拠は分からんけど」
「…………」
俺はさらに読み進める。
「誰が予想出来ただろうって、これギャグなの? 予想出来る要素が無いよ……あ! ここ駄目だ。感嘆符の後は一字空けなきゃ。疑問符の後もな」
「そ、そうなのか?」
「お前さぁ、プロの小説読んだ事無いの? 自分の書いた物と見比べた事無いの?」
「あ、あるとも。勿論あるが、一字空けなかったくらいでそこまで神経質に」
「うわ! お前これもやってんのかよ! 閉じ括弧の前に句点は打たない、これ常識。お前がどんだけ昔の幽霊かは知らんけど、少なくとも現代のラノベは閉じ括弧の句点を省くのが主流なんだ」
「なるほど。ならば主流に倣うべきであるな」
「あとは、え~と、まぁその……この辺」
俺は口に出すのも恥ずかしいので、再びディスプレイを指差す。
「触手プレイのエロシーンがどうかしたのか?」
「おいこらぁっ! 少しは恥らえ! そんなだから臆面もなくこういう性的描写ができちゃうんだよ。だ、大体なぁ、ここでいきなりエロが必要か? こうしとけば読者が食い付くとか安易に思ってないだろうな?」
「見かけ通り初心な男であるな、坊ちゃん。それほど過激な表現でもなかろう。吾輩の調べによると、今の時代はこういうものが読者に最も受けるのである」
「そんな事だけ詳しいのな……」
確かに桃香の言う通り、エロも萌えもラノベには必要だ。かくいう俺もエロは望むところだし、萌えがなければ読む気にならない。
だが、最近のラノベはキャラ萌えやエロだけを前面に押し出し、他の見所は特に無しといった感じに仕上がっているように思う。物語の根幹となる部分はもっと硬派で重厚な作りにして、エロや萌えは必要に応じて挟んでいくくらいが丁度いいのではないだろうか、なんてね。
中々小説が読まれない昨今、読まれる物を書くのはプロでもアマでも、書き手として当然の事だ。むしろ、そういう世の中にしてしまった俺達読者にこそ、責任があるのかもな。
俺は軽く溜め息をつき、ディスプレイに視線を戻す。
「あぁ、ここもおかしいと思った所だ。太郎君がなぜか女の子の名前を叫ぶんだよな。まだ自己紹介してないのに」
「おっと、それは吾輩のミスである。修正しなくては」
「まだあるぞ。モンスターを前にして太郎君が剣を使わず説得を試みる展開も甚だ不自然だし、唐突に魔法の呪文を詠唱するのは如何なものか」
「別におかしくはないのである」
「おかしいよ! 剣が通じなくて、じゃあ魔法で応戦だ! とかならまだ分かるけどこれはないでしょ」
「剣はモンスターに通じなかったのである。もっと良く読んで欲しいのである」
「いや、通じなかったんじゃなくて太郎の勘違いで草刈りしただけだったんだろ? だったら今度こそ触手を剣で狙うのが筋ってもんだ」
「うぐ、それはそうであるが……」
「しかも何? いにしえの契約? 異世界に来たばかりの太郎がいつそんな契約結んだの? 詠唱の呪文とかも微妙だし……って、ちょっと待った」
「ど、どうしたのである?」
「ここ、詠唱の呪文を強調したいのは分かるが、台詞の中にカギカッコを使うのは無しだ。せめて二重カギカッコにした方がいい。他には二重山カッコや隅付きカッコなんかを使うラノベもよく見かけるな」
「なるほど。ではそのように直せば最高にカッコイイ呪文詠唱の完成であるな!」
得意顔で言う桃香に、俺は首を横に振ってこう答える。
「いんや全然。肝心の魔法のネーミングが小学生以下のセンスだぞ」
「しょ、小学生以下……」
厳しい現実を突き付けられて青ざめる桃香。ほほう、一丁前に落ち込んでいらっしゃる。
「ちなみに『キングゴットメガボンバー』の“ゴット”って何?」
「ふ、ふん! そんな事も知らないとは口ほどにもないのである。ゴットとは神の事である」
「へぇ~……だったらそれは“ゴッド”だな。GODと書いてゴッドと読む。口ほどにもないのは桃香、お前の方だ。他によく見かけるのは、寝台をベットと書いたり、鞄をバックと書いちゃう奴かな……実はこれ、結構恥ずかしい間違いなんだぜ?」
「こ、細かすぎるのである!」
「確かに細かすぎる。だがお前が書いてるのはブログでもメールでもない、小説だ。お前にも分かり易く大袈裟に言うなら……たとえばサッカーボール。これをザッガーホールと書いてしまえば、もう何の事だか分からなくなるだろ? 表記が違えば、意味まで違ってくる。言葉ってのはそれくらいデリケートなものなんだよ。お前みたいな無神経な物書き気取りが美しい日本語を駄目にしていくんだ」
「わ、吾輩が使っているのは英語ではなくドイツ語なのである。ドイツ語ならゴットもベットも間違いではないのである」
「じゃあ何でキングなんだよ。王様はドイツ語ならケーニッヒだろーが」
俺がそう言うと、桃香は「へぇ~」という顔で俺を見てくる。コイツの知識なんて所詮そんなもんだ。
「口答えしてる暇はないぞ? はいココ、コレ来ました日本語の誤用、お前ならやると思ったよ。底が尽きるって、そんな言葉ねーし! 正解は底を突く、だな」
「底が尽きるという言葉はないのか!? 知らなかったのである……」
「ちゃんと辞書引きなさい。で、太郎君が次に取る行動だけど、なぜ左手で右肩を押さえるの? 怪我した訳でもないのに変だろ? 何も考えずついノリで書いちゃった?」
ねちねちと迫る俺から目を背け、顔を真っ赤にして唇を噛む桃香。ほうほう、一丁前に悔しがっておられる。
「そんでお母さん登場っと。意味不明の極みだけど、さぁここでも問題ありだ。お母さんが取り出したるは一個の銃……そう、一個。適当にも程があるな。ここは一挺とするべきだと俺は思うが、どうかな?」
「う、うむ、では一挺を採用するのである」
「本当ならどんな種類の銃なのかも書くべきだけどな。拳銃、小銃、騎兵銃、狙撃銃、対戦車ライフル、散弾銃、機関銃、擲弾銃、ウィキペディアをチラ見しただけでも上辺だけは繕えるもんだ」
俺はテキストを更に読み進める。
「母親が太郎に与えたのは銃だったはずなのに、次の行で剣と書いてあるのはミスか?」
「剣? そんな馬鹿な……あ、本当である。それは銃の間違いである」
「じゃあこれも間違いか。太郎の一人称が俺から僕に変わってる」
「むぐ、そ、それも間違えたのである」
「ちゃんと推敲したのかよ。あとはまぁ……奇跡の力で敵を撃破ってのも甚だ納得いかないけど目を瞑ろう。だけど最後の太郎の台詞はいただけない。魔王を倒せば元の世界へ帰れるという設定はどこから来た? そして(笑)を使うな、恥ずかしい」
「……はぁ。自信作だったのに、結局最初から最後まで駄目が出たのである」
「これで自信作とか良く言えるなぁ。まぁ、とりあえず言いたい事はこれで全部だよ。そうそう、お前は気付いてないだろうけど地の文がほぼ“た”で終わってて単調だったぞ。手抜きか文章力が無いと思われても仕方の無い出来だ。お前が書いてるのはただの状況説明であって情景描写とは言い難いしな。もう少し文章の組み立てと言うか、リズム感のある文章を書いて欲しいなぁ。俺も詳しくは分からないけど、何かあるじゃん? 倒置法とか体言止めとか、そういう奴。あといちいち漢字を多用し過ぎ。作家志望の子供がちょっと気取って難読漢字を多用するのと同じ感覚に陥ってるんじゃないか? 俺はこれくらいの漢字なら余裕で読めるけど、少し漢字に弱い人が読んだらどう思うかな。まぁ逆に平仮名ばっかりでも頭悪そうな文章になっちゃうけどね。あとはそうだな、“その刹那”を使い過ぎ。それしか言葉知らんのか、と思われても言い訳出来ないレベルだぞ。瞬間とか、直後とか、途端とか、拍子とか、何でもいいからバリエーションを持たせてくれよ。他にも執念とすべきところが信念になってたり、デーモンキングが一か所デモーンキングになってたり……」
「言いたい事はまだまだ言い足りないようであるな……」
げんなりした表情の桃香が、大きな溜め息とともに肩を落とす。
「あ、ごめん、長くなっちゃった。でも意外だったよ」
俺の一言に、桃香が顔を上げる。
「お前が書こうとしてる神の一筆ってさ、ラノベだったんだな」
そう。
俺は桃香が言う神の一筆とは、純文学だと思っていた。
ラノベ好きの俺が言うのも何だけど、ラノベってどっちかと言うと馬鹿にされる分野だと思ってたし。
簡単に作られた世界の上に、簡単に作られたキャラが居て、簡単に作られた物語を紡ぐ。
気軽に書けて、気軽に読める。そんなライトなノベルに神の一筆なんていう高尚な夢を追い求めるのは、どう考えても無理がある。
けど……そうじゃなかったんだ。
純文学とラノベに本質的な違いはない。読んだ人の心に残る小説に、優劣も善し悪しも存在しない。
小説はアスレチックではなく、アートだ。
小説家はアスリートではなく、アーティストだ。
明確な一等賞を決められない曖昧な土俵で、何だかんだと条件を付けて値踏みするから──本当に価値あるモノが埋もれていく。
……それなら、書いてやる。
「いいぜ桃香、付き合ってやるよ。お前が言う神の一筆ってヤツに、な」
「ほ、本当であるか!」
俺が目指すのは、神の一筆。
天下無双の小説ではなく、唯一無二の小説。俺だけの究極至高。
「書き上げようぜ、俺とお前の神の一筆を。今日から俺が、お前の『ゴーストライター』だ!!」
こうして、俺と桃香の飽くなき挑戦が幕を開けるの、
「ところで坊ちゃん」
「何だよ、せっかく綺麗に終わろうとしてたのに」
「いやな、大事な事なので一言だけ言っておかねばと思って」
「大事な事?」
「うむ。吾輩が書こうとしている神の一筆は、ラノベではなく純文学だぞ」
「……はい?」
「ラノベなんて、馬鹿でも書ける低レベルな小説もどきではないか! そんな妄想作文で神の一筆を目指すなど愚の骨頂! ガキとオタクを釣るための簡易エロ本に文学を語る資格など無いのである! あー気持ち悪っ!」
……ふ、ふぅぅ~~ん……なるほどなるほど、よぉく分かった……この幽霊が、救いようのない大馬鹿だって事が。
「今すぐあの世に送り返してやるよ、この馬鹿ゴーストッ!!」
「ど、どうした坊ちゃん!? 一体何を怒っているのであるぅ~~っ!?」
こうして、俺と桃香の飽くなき挑戦は幕を閉じたのであった──って、なんじゃこりゃ。
ご閲読ありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか?
さて、この作品を読んで下さった方がどんな感想をお持ちになったかは分かりませんが、これを書くにあたって僕には一つの目的がありました。
それは、“反面教師となる小説を書く”、という事です。
『悪い小説を知る』事は、その逆に『良い、あるいは悪くない小説を知る』事に繋がると思います。
意図的に駄作を練るという通常とは違った作業でしたが、書いていて予想以上に楽しかったです。