才能(3)
一方、クリスたちも、パルフィの尋常ならざる異変にすぐに気がついた。
「ん、な、なんだ?」
「パルフィの様子がおかしい!」
パルフィの毛は逆立ち、瞳が毒々しい赤色に輝いている。身体から圧倒的な魔力が発散され、それは、さながら禍々しく暗い紫紺のオーラのようであった。そして、まるで強風と同じ力を持つかのように、パルフィの服を激しくなびかせ、地面の砂を巻き上げ、周囲の草木を大きく揺らせていた。周囲ではビリビリと小さな放電がそこかしこで起こっている。
「な、何事だこれは……?」
「どうなってんだ?」
クリスたちが茫然とするそばで、アルキタスが不意に何かを悟ったかのように血相を変えた。
「ま、まさか、これは……」
「せ、先生?」
「いかん、パルフィ殿下、気を確かに持たれよ。力に取り込まれてはなりませぬぞ」
苦悶の表情でパルフィに呼びかけるアルキタス。
オオオォォォォォ
しかし、パルフィは、それには反応せず、うめき声とも叫び声ともつかぬ不気味な声を上げるのみだった。
「パ、パルフィ!」
「お、おい、どうした、パルフィ」
「ろ、老師、これは一体……?」
パルフィの異変に、クリスたちは戸惑うばかりである。
「か、覚醒じゃ、パルフィ殿下の覚醒が始まったのじゃ……」
「何だと?」
「しかも、力に飲み込まれつつある。目覚めさせることはできても、制御することができておらん」
「で、でも、それってまだ何年も先のことでは……」
「そうじゃ。覚醒が起こるのはあと三年後のはずじゃった。だが、殿下は、自らオーガスタスの力を呼び覚ましてしまわれたのじゃ」
「何だって?」
「何ということだ、ワシたちは、いつか起きてしまう覚醒に備えることばかり考えておった。じゃが、まさかこの若さで自らオーガスタスの力を目覚めさせてしまわれるとは、何という才能であろうか……。まさか、ここまでとは……」
さしものアルキタスも全くの予想外だったのか、為す術なく立ちすくむ。
「で、でもよ、か、覚醒って、火の玉を撃ったら暴走して黒コゲになるとかじゃなかったのかよ」
「何を言っておる。オーガスタスの力が暴走したら、大都市の一つや二つ簡単に滅びるのじゃぞ」
「そんな……」
「なんてこった……」
茫然とパルフィを見つめるクリスたち。
だが、驚いているのは、彼らだけではなかった。
「何だ、これは……」
異様な気配に後ろを振り返ったヴェルフェールは、パルフィの変貌に驚愕の表情を見せる。
他の兵士たちも、一様に怯えているのがわかる。それはそうであろう、多少なりとも魔力が感じられるものであれば、パルフィの放出するオーラから、どれほどの力を持っているのかが感じられるのだ。それは、シルバードラゴンさえも凌駕する魔力だった。そして、パルフィにはお得意の催眠攻撃が通用しないのだ。
「ヒイイ」
パルフィを押さえつけていた兵士たちも、恐怖におののき、これ以上は我慢できないといった体でパルフィの体を放し、じりじりと後ずさりする。
「え、ええい。殺せ、殺してしまえ」
ヴェルフェールにも、これまで見せなかった激しい動揺の色が見える。
そのとき、
オオオォォォォォ
パルフィが、どこから出しているのかわからないような低くシワがれた呻り声を上げた。
その声に気圧されて、兵士たちがさらに後ろに下がる。
「何をしている、引くな。こんな小娘、取り囲んでやってしまえ」
ヴェルフェールの金色の目が激しく瞬いた。
おそらく、心話で指示を受け取ったのだろう、焦っておぼつかない様子ながらも、兵士たちは手にしていた金属の道具をパルフィに向け、恐怖に駆られたように次々と光の弾を撃つ。
バシッバシッ
雨あられのように命中する光弾。しかし、パルフィの体に当たった瞬間、拡散するように消えてしまい、全く効いていない。それどころか、パルフィは全く防御姿勢もとらず、気にもしていないようだった。まるで、まだ何が起こったのか把握していないかのように、ただ、うつむき加減で自分の両手を見つめている。
「くっ、出力を上げろ」
効果がないと見たのか、ヴェルフェールはそう命じると、なにやら自分が手にしていた装置を手元で操作し、再びパルフィに向かって撃ち始める。残りの兵士たちも同じようにした。
バシュッバシュッ
大きい発射音と共に、先ほどよりも大きい光弾がパルフィを襲う。しかし、これも効き目はなかった。
「な、何だというのだこいつは……」
ヴェルフェールが、光弾を撃ちながらも、信じられないものを見ているかのように、パルフィを見つめる。シルバードラゴンの鱗ですら貫通する威力の武器が、全く効かないのだ。
一方、当のパルフィは、すでに覚醒が始まった時の自失状態から自我を取り戻したものの、自分の状態に戸惑っていた。
(え、あたし、どうしちゃったの……?)
どうやったのかは自分でも分かっていないが、オーガスタスの力を目覚めさせたというのは、なんとなく理解していた。これまでなかったような圧倒的な力が自分の中に溢れてくるのが分かる。
だが、自分の魂が体の一段深いところに押し込められているかのように、体と精神が一体化していないという違和感があった。そのせいか、体が思ったように動かないのだ。
しかも、体に大きな負担がかかっているのが分かる。こんな低ランクの身で呼び起こしたため、力を使いこなせていないどころか、あふれ出す力を自分の体が支えきれないのだ。
(このままじゃ、いけない……)
これでは自分の体が持たない、そう考えたとき、別の異変に気がついた。
自分の感情や意識まで、急速に変容していくのだ。
力を呼び覚ましたのは、弱い自分に嫌気がさしたからだったはずだ。そして、それはキャセルの仇を討ち、クリスたちを助けたい一心からだった。しかし、だんだんとそれがどうでもよいことのように思えてきたのだ。もちろん、自分が仲間を守りたいと強く願ったことは、記憶にある。忘れたわけでも、自分の自我が乗っ取られたわけでもない。ただ、そんな「ささいな」ことよりも、とにかく、自分の力を使いたい、誰かにぶつけたいという気持ちが急激にわき起こってきたのだ。
(おかしい、あたし、こんな気持ち……)
(力に取り込まれてるんだ……)
あまりにも自分の性格や生き様に相反する衝動に、パルフィの理性が危険信号を出す。
しかし、それも一瞬のことだった。自分を抑えようと思った瞬間、その気持ちは別の感情、つまり、見境いのない破壊の衝動に押し流され、すべてをめちゃくちゃにしたいという誘惑に取りつかれ始めたのである。
(だ、だめ……、あたし……こんな……)
必死に抗うパルフィ。しかし、パルフィの理性はだんだんと隅に追いやられていった。自分にとって仲間たちがどれほど大切な存在だったのか、頭では分かっている。そして、それにもかかわらず、クリスたちを含めてここにいる全員を殺してやりたいなどと感じる自分の心がおかしいという判断もできている。しかし、目の前にあるすべてを壊したい、自分の力で息の根を止めたいという甘い誘惑と衝動は抗いようのないほど圧倒的であり、それを止めることはもうできなかった。そして、とうとう、理性も、倫理も、優しさも思いやりも、そして、愛情さえも、すべて破壊と殺戮の欲望に覆いかぶされるように、自我の奥底に沈められてしまったのである。
オオオォォォォ
不気味な声で、叫ぶパルフィ。
そして、ついには自我までも流されていき、もうパルフィは人としての心の働きを失ってしまった。残ったのは極めて原始的な破壊と殺戮の欲望のみである。
滅ス……
身を焦がすような欲望のはけ口を求めて周りを見渡すパルフィ。
そこで、ちょうど目の前に適当な獲物がいることに気がついた。
なにやら光を放つ武器で自分を攻撃しているものたちがいるではないか。しかし、その者たちの表情は恐怖にゆがんでいた。
その表情と、この者たちを殺戮できることに激しい愉悦を感じて、体が身震いする。
パルフィはノロノロと手のひらを上にしたまま右手を天に突き上げた。その動作は緩慢でぎこちない。
ゴォォォゥゥゥという音とともに、毒々しい紫色の光球が手のひらに生み出され、うねうねと光を波打たせながら、見る間に大きくなる。紫の球は帯電しているらしく、バチバチと小さな放電が球面のそこかしこで起こっている。そして、人の頭の二倍ぐらいの大きさになったところで、兵士たちに向かって投げつけた。
パルフィを遠巻きから攻撃していた魔族の一人に直撃した。紫色の光が大きく膨れあがり兵士を包み込む。
「ギャアァァァァァ」
その瞬間、断末魔の叫び声とともに、ほとんど何も残さないくらいに完全に消滅した。
テレポートしたのではない、光の中でずたずたに引き裂かれ分解され、消えてしまったのだ。
「うわあぁぁ」
「ヒィィ」
あまりの威力に、恐れをなしたのか、兵士たちは半ばパニックのように後ずさりしながら、次々と光弾を打つ。
それを一切ものともせず、次の球を発生させ投げつけるパルフィ。
だが、自分の力と体をうまくコントロールできないのか、全く見当違いのところにも投げている。
とはいえ、圧倒的な威力で、玉が近くを通過するだけで兵士たちは地面に叩きつけられ、直撃を食らおうものなら、先ほどと同じように完全に分解消滅である。
「す、すげえ……」
「こ、これがパルフィの……覚醒……」
いまパルフィが出している呪文は、これまで一緒に戦った中で見たことのないものであり、その威力はまさに別次元の強さだった。
そして、自分たちの目の前で起きているのは、戦闘ではなく虐殺と言ってよかった。
あるものは、跡形もなく吹き飛ばされ、あるものは、重傷を負い、緑色の血を流して地面に這いつくばっていた。兵士たちも必死に抵抗するが、なすすべがまったくない。すでに、十余名いた魔族のうち立っているのはヴェルフェールとあと二名ほどである。
「いかん、これでは話にならん。退却だ」
ヴェルフェールは、そう叫ぶと反転し、森の方めがけて逃げ出した。やや遅れて、残った二人の兵士も後を追った
パルフィはそれを見ても追いかけようとはしなかった。そのかわり、
「ウ……ア……」
人間の言葉とは思えないようなうめき声を発し、ヴェルフェールたちに向かって背後から呪文を撃った。
紫色の球は、ものすごいスピードで飛んでいき、一番後ろを走っていた兵士に直撃する。
「ギャアアアアア」
呪文のあまりの強さに、兵士はそのまま跡形もなく霧散して消し飛んでしまう。
森の中に入れば木々が障害物となり自分たちの身を守ってくれる、そう思っているのだろう、ヴェルフェールともう一人の兵士は、いまやられた兵士に目もくれず必死に森の中に向かって走って行く。
パルフィは、もう一度紫色の球を撃った。しかも、今度は両手を広げたくらいの巨大な球である。
ゴォォォォォ
一直線に飛んでいく光の球。
すでに、ヴェルフェールたちは森の中に入り、姿が見えない。
しかし、光の球は木々に妨げられることなく、途中の障害物をすべて消滅させながら、まっすぐに突き進む。
「ギャアアアアア」
「グァァァ」
断末魔の叫びが、二名分、森の中から響いてきた。
球の通過したところにあった木は何本も消滅し、地面も激しくえぐれていた。それが、森のはるか奥まで続いている。
圧倒的な破壊力であった。
「やっちまいやがった……」
パルフィは一人で魔族全員を片付けてしまったのだ。
これで、クリスたちは助かったのだ。
魔族からは……。
だが、それで事が済んだわけではなかった。
パルフィが、ゆっくりと振り返る。
「!!」
息を飲むクリスたち。
その表情は、おぞましいといっていいくらいの喜悦の表情に引きゆがんでいた。
それは、いつもの少し気が強くて、しかし、朗らかなパルフィの笑顔とは全くかけ離れたものだった。
ただ本能の赴くまま命を奪い、それにより無上の悦楽を感じるような、まさに獣のような笑い。そこには、知性のかけらもない。
愛らしさと利発さの光に輝いていた瞳は暗く濁り、ドロリと赤く澱んでいる。
それは、もはやパルフィではなかった、人が変わったと言うよりも別の生き物と言うべき有様であった。
そして、その表情から、パルフィがクリスたちを殺すつもりであるということはあまりに明らかであった。
口を大きくゆがめてニタァと残忍な笑いを浮かべるパルフィ。
「パ、パルフィ……」
「おめえ……」
クリスたちは、ただパルフィの変わり果てた姿を茫然と見つめるだけだった。
「いかん、お前たち、金縛りを解くぞ。すぐにワシの後ろに来るのだ」
「は、はい」
アルキタスが短い呪文を唱えると、一瞬クリスたちの体が淡く発光し、金縛りが解けた。
急に体が自由になり、たたらを踏みながらも、慌ててアルキタスの後ろにつこうとするそのとき、
オオオオゥゥゥゥ
パルフィが両手を前に突き出し力を込める仕草をした。
ゴオオウウウウ
猛烈な波動が襲いかかる。
「うわぁぁ」
「ぐっ」
激しい嵐が吹き抜けるような魔力の波動を受け吹き飛ばされたクリスたちは、ゴロゴロと地面を転がる。
それは、呪文でもなんでもなかった。ただ、力を込めて気を発散させただけなのだ。
「くっ、何という力だ」
「パルフィ、しっかりするんだ! 僕たちが分からないのか?」
「馬鹿野郎が。さっさと、目を覚ましやがれ」
クリスたちが立ち上がりながら必死に呼びかけるが、全く効果がなかった。言うことを聞かないのではなく、全く理解していないか、自分たちが誰なのかも分かっていないようである。それどころか、呼びかけられて、さらに紫の球を撃ってきた。
まさに直撃コースで飛んでくる。それに当たったらどうなるかは先ほどから散々見せつけられている。
「みんな、避けろ!」
「うわあ」
「くっ」
必死によけるクリスたち。しかし、避けはしたものの、すぐそばを通過した波動の強さだけで、体を支えきれず、後方に吹き飛ばされる。
「ぐうっ」
「本当に、私たちのことも分からぬようだな」
「どうするよ?」
「どうするって言っても……」
「お前たち、早ようワシの後ろに来るのじゃ」
「は、はい……」
流石に当代最高の幻術師と言われるアルキタスだけあって、今のパルフィの波動を食らっても飛ばされることはなかった。しかし、クリスたちを守りながら、パルフィと向き合うのは不可能だったのだ。
パルフィは、地面に転がったクリスたちにとどめを刺すそぶりを見せたが、ちょうどそのとき、横で倒れていた魔族の兵士が肩を押さえながらよろよろ立ち上がって、逃げようとした。
ギギギィ
「ギャアアア」
それが目に入ったのか、体をそちらに向け呪文の一撃を食らわせ消滅させた。そして、そのまま、地面にはいつくばってはいるもののまだ息のある残兵たちに気がついたらしく、順番にとどめを刺し始めた。すでに、瀕死の状態である兵士たちは、ほとんど声も出せずに消滅させられる。
「いまだ!」
「みんな、先生の後ろに」
その間に、クリスたちはアルキタスの後ろに入った。
「よいか、ワシの後ろから離れるでないぞ。いかにワシでも殿下を相手にするので精一杯なのじゃ」
アルキタスは、パルフィから目を離さず、背後にいるクリスたちに話しかける。パルフィは、残兵を一人残らず消滅させようとしていた。
「は、はい」
「で、どうするんだ?」
「今から殿下と共にテレポートする」
「ど、どこへ……」
「エルミナール神殿じゃよ。王宮の敷地にある」
「そこでパルフィを治すんですか?」
かすかな希望を抱いて、クリスが尋ねる。だが、アルキタスの返事はその希望を打ち砕くものだった。
「いや、一度始まった覚醒を外から止めることはもはや叶わぬ……」
「なら、何しに飛ぶんだよ?」
「……」
グレンの問いには答えず、アルキタスは苦悶の表情のまま、無言で呪文を唱えはじめた。




