才能(2)
ピィィィピィィィ
必死に、ヘンリエッタを起こそうとしていたキャセルだったが、ヴェルフェールの声を聞いて、我に返ったのか、憎しみと怒りのオーラを全身にみなぎらせながら、振り返った。その目は、先ほどまでのクリクリとした愛らしい様子は一切なく、蛇のように細くなり、母親を殺された悲しみと憤怒の色に燃えて眼光は鋭さを増していた。
グルルルル
唸るような低い鳴き声が顎から漏れる。そして、威嚇するように羽を大きく広げ、首を上に伸ばした後、一気に前に顔を突き出して、咆哮する。
ガァァァアアア
それは、これまでクリスたちが聞いたことのないような、激しい雄たけびであった。もはや、さきほどまでのあどけなさは微塵も感じられない。幼くともシルバードラゴンはやはりシルバードラゴンなのだと思わせる迫力であった。
「キャセル……」
「ほう、やる気か」
「やめて! まだ小さな子供なのよ」
「コイツがやる気なら仕方があるまい。それに、せっかくの機会だ、我らも有効に活用したいのでな」
「それ、どういう意味よ?」
ヴェルフェールはパルフィの問いには答えず、口をゆがめて肩をすくめると、腰に手をやり、何やらベルトにつけていたらしい銀色の物体を取り出した。それは、掌より少し大きい楕円形の金属のようで、先端がやや尖っている。長軸に直交する形で短い握り手のようなものが突き出ており、ヴェルフェールはその部分を握って、楕円にあるツマミのようなものに触れた。
(なんだ、あれは?)
クリスは、魔道士が使う小型の杖か、それとも何かの呪術に使う形代かと思ったが、杖にしては楕円形である上に小さく、そして、形代というよりもむしろ何かの装置のような感じに見受けられる。
それと同時に、クリスは不思議な既視感に囚われていた。今初めて見たはずなのに、何処かで見たことがあるような気がするのだ。
(どこかで見たことがある……。しかし、あんなもの、どこで……?)
だが、その想いもヴェルフェールの声にすぐに引き戻された。
「来い。殺してやる。親はまだ利用価値があったが、おまえは生かしておいても仕方が無い。我らに敵意を抱いたまま成長されても面倒だしな」
そう言うと、金属の先端をキャセルに向けた。
グァァァァ
キャセルが挑むように吼える。
ヘンリエッタを直接倒したのはアルキタスである。しかし、幼いキャセルにも、本当に倒すべきは、アルキタスではないことがわかっているようで、翼を広げて威嚇しながら、ヴェルフェールに向かってドスドスと突っ込んでいった。
だが……
「バカが。お前ごとき、我らの相手になるとでも思うのか。死ね」
その言葉と同時に、彼が持つ金属の先端から、こぶしより小さい程度の赤い光の玉が放たれ、不快な低い音を立てながら猛烈な速さでキャセルに飛んでいった。
キャセルは、片翼を楯のように自分の前にかざす。
そこに、光の玉が直撃した。それだけでも相当の衝撃があったらしく、鱗がはじけ飛び、血しぶきが舞い、キャセルの体が後ろに逸らされる。
「キャセル!」
グウゥゥゥゥ
苦痛の鳴き声を上げるキャセル。しかし、キャセルは怯んではいなかった。その場に立ち止まると、大きく口を開けて火の玉を放つ。
ゴォォッと炎が風を切りながら、ヴェルフェールに向かって一直線に飛んで行く。
だが、彼は手をかざしただけで、動こうともしなかった。
そして、直撃するかと思われた瞬間、なにやらブゥンという低い振動音がして、彼の眼前に波打つような淡い光の壁が現れ、すぐに消えた。
「フフフ、効かぬな。思ったより、このフォースシールドとやらも役に立つものだな。ガルファス殿に感謝せねばならぬようだ」
ヴェルフェールは、その効果が意外だったかのように、軽く両手を上にあげて自分の体を見回し、満足そうな笑みを浮かべた。
「あ、あれは、防護壁か?」
「あの野郎、そんなものまで使えるのかよ……」
ガァァァァッ
一方、キャセルは、火の玉が効かないと見たのか、今度は冷気を吐いた。周りの空気を氷の結晶に変えながら、冷気がヴェルフェールに襲いかかる。
ブゥゥン
だがこれも、ヴェルフェールの前に光の壁が現れ、吸収されてしまい、まったくダメージを与えることができなかった。
グォォォォォ
自分の攻撃が通じないことに苛立ちの雄たけびをあげるキャセル。
「それで終わりか。話にならんな。では、こちらもいくぞ」
おそらく、ヴェルフェールが心話で命じたのだろう、パルフィを押さえつけている3人以外の兵士たちも、彼と同じものを持っていたらしく、ベルトから装置を取り出した。そして、後ろに並んで、キャセルに向けて光球を撃ち始める。
グウォォォォァァァ
当たってはいけないと思っているのか、キャセルが避けようとするが、光球の速度が速い上に、この巨体で素早くは動けない。次々と光の小球が体に命中する。そして、その度に、血しぶきが舞い、衝撃でキャセルの体が揺さぶられる。
そして、火の玉を放って反撃しようとするも、ヴェルフェールだけでなく、他の兵士たちも防護壁がかかっているようで何らダメージを受けていなかった。
「やめて! そんな小さい子によってたかって何すんのよ。卑怯者!」
一方的に攻撃されるキャセルを見て、パルフィが必死に叫ぶ。だが、ヴェルフェールは鼻でせせら笑った。
「なにを言うか。害獣を駆除するのに、卑怯も何もあるまい。むしろ、最大限の注意を払って、安全を確保するのがあるべき姿であろう」
「そんな……」
グァァァァ
キャセルは、炎と冷気による攻撃をあきらめ、魔族たちとの距離を詰めようと歩き出す。
「おっと。いいのか、私などに構っていて。そら、お前の母親が黒こげになるぞ」
光の小球が、今度はヘンリエッタの巨体に向かって飛んでいった。そして、胸の部分に命中し、鱗を剥ぎ飛ばして体を傷つける。
ピイィィィ!
キャセルは、慌てたような声を出して、ヘンリエッタの前に立ちはだかった。そして、次に飛んできた光の小球を、あろう事か、自分の体で受け止めたのだ。
グウウウウウ
血を吹き出させながら苦しそうにうめくキャセル。そこに、次々と飛んでくる光球。それを翼をかざして全て体で受け止めた。
キャセルにとっては、ヘンリエッタが死んでいようと死んでいまいと、もはや関係がないのか、それとも、幼すぎて母親の死が理解できないのか分からなかったが、少なくとも、一発たりとも攻撃を当てさせる気がないというのは間違いなかった。
しかし、光球の威力が強いうえに、身を守るはずの鱗がかなり剥ぎ飛ばされてしまっており、キャセル自身も相当なダメージを受けていた。すでに、身体中に深い傷を負い、内蔵も傷ついたのか口からも血を流している。
グオゥゥゥァァァ
それでも、ヘンリエッタをかばって立ち続けるキャセル。すでに目に力がなく、焦点も合っていない。
「やめてぇぇ。もう、やめてぇぇ」
パルフィが、喉元に押し当てられた小刀が自分を傷つけるのもかまわず、力の限り激しくもがきながら、声も枯らさんばかりに絶叫する。
「キャセル!」
「くそっ、お師匠さんよ、金縛りを解いてくれ! あいつらまとめて叩き斬ってやる!」
「外道どもが……」
ミズキは、金縛りの中わずかに動くこぶしを白くなるまで強く握りしめていた。あまりの力強さに皮膚を傷つけたのか、握りこんだ拳から血がしたたり落ちる。
「キャセル……」
ルティは、キャセルの母親を守ろうとする様子に心を打たれたようで、ただ涙ぐんでいた。
「先生、お願いです。僕たちの金縛りを解いてください!」
クリスも必死に懇願する。だが、アルキタスはにべもなかった。
「ならぬと言っておるであろう。お前たちではどうしようもない」
「で、ですが、このままでは……」
「分かっておる、が……」
アルキタスは、苦悶の表情でパルフィの方を見た。
彼女の喉に小刀を当てている兵士が、その視線に気がついたようで、小刀をさらに押し当てて、牽制する。
「こうなれば、やむを得ぬか……。だが、しかし……」
「先生……」
多少の怪我は覚悟の上であっても、パルフィを救い出すのが難しいと考えているのが、クリスにはよく分かった。いかに、大幻術師であるアルキタスといえども、呪文を唱えて術を発生させるには時間がかかる。どう考えても、パルフィが喉を裂かれる方が速い。そして、この状態では、ルティの回復呪文も無事に唱えられるかどうかも分からないのだ。
そうしている間にも、キャセルは次々と攻撃を受けていた。光球を撃つ低い音と、キャセルに命中する音があたりに響いている。そして、意識が朦朧としてきたのか、キャセルの足取りもおぼつかなくなってきた。だが、それでも、倒れそうになりながらも、必死に体を支え、母親を守ろうと攻撃を一身に受けていた。
「なかなか、しつこいな。さすが、幼体とはいえシルバードラゴンというところか。その生命力だけは褒めてやる」
ガアアッ
キャセル自身も、炎や冷気を一生懸命に吐くが、魔族たちの防護壁に防がれて、ダメージは与えられていない。そして、そのうちに、威力がなくなってきて、それ以上吐くことができなくなったのか、ひたすら攻撃を受けるだけとなった。
「ふははは、愚かなやつよ。死んだ母親の体など守って何になる」
嘲笑いながら、光球を撃ち続けるヴェルフェールと兵士たち。
「お願い。もうやめて。やめてよ!」
パルフィは、涙を流しながら必死に叫ぶ。
そして、ついに……
グ、グゥゥゥ、グフッ
ヴェルフェールの一撃がとどめになったのか、苦しげなうめき声を上げて、硬直したように体の動きを止めた。そして、口から血を吐き出し、ゆっくりとキャセルが倒れた。ズンと地面が震える。
「キャセル!」
キュ、キュウウウウ
だが、それでもキャセルは、懸命に半身を起こし、翼をと後ろ脚を使って地面を這うようにしながら、ヘンリエッタに寄り添った。そして、首を伸ばして顔を母の体にこすりつけると、
ピュルルルウゥゥ
という悲しげな声で鳴いて、動かなくなった。
「キャセル、キャセル! いやぁぁぁぁぁ」
パルフィは、あらん限りの声で泣き叫んだ。
「キャセル!」
「く、くそっ」
「どうして、あんたたち、こんなひどいこと……、なんで、ぅぅぅ」
パルフィの嗚咽があたりに響き渡る。
「フン、母親の死体を守って死んだか。意味のない犠牲だな」
ヴェルフェールが、蔑むかのように皮肉な笑みを浮かべながら、肩をすくめた。
それを聞いて、パルフィがキッと面を上げてヴェルフェールを睨み付けた。
「……よくも、よくも、キャセルを……。許さない……、あんただけは、絶対に許さない……」
ヘンリエッタを卑怯な手で追い込み、アルキタスに殺させた上、あろうことか、キャセルまで手にかけたのだ。しかも、親子の情愛を逆手にとったやり方で。これほど心を弄ぶような殺し方もないだろう。パルフィは、今まで感じたことのないぐらいの激しい怒りに、我を忘れていた。
「離しなさい。離せって言ってるでしょ。離してよっ」
ヴェルフェールを睨みつけたまま、力任せに自分の体を引き剥がそうともがく。
だが、背後から羽交い絞めにされているうえに、左右も抑えられており、小柄で華奢なパルフィの力では振りほどくことはできない。
「心配せずとも、お前たちも殺してやる。おとなしくするんだな」
「ゆ、許さない、絶対に許さない……」
パルフィは、涙を流しながら怒りの言葉を吐く。しかし、同時に心の中では、自分の力では何もできないことも分かっていた。
(くやしい……。あたしに、もっと力があれば……)
パルフィは、怒りと同時に、自分の無力さを呪った。
ヘンリエッタも倒れ、今、キャセルまで力尽きた。本来なら、この程度の敵なら、アルキタス一人で撃退できたはずなのだ。それが、自分が人質に取られたせいでこうなったのは間違いない。
自分のせいで、シルバードラゴンの親子が、あれほど自分になついてくれたキャセルまでむごい死に方をさせてしまった。
しかも、それはカトリアの守護神を失ったことを意味する。カトリアにとっては国家にかかわる一大事である。
そして、このままでは自分が尊敬する師も、自分の仲間たちも殺されるだろう。
自分のせいで。
(そんなのいやよ、何でこんな……、あたしのせいで……。あたしが弱いから、あたしの出来が悪いから、みんなこんなひどい目に……)
(何が、王女よ。何が、『幻術の才能がある』よ。あたしのせいで、こんな奴らにみんなが、みんなが……)
幼少より、希代の幻術師の素養があるだの、訳の分からないオーガスタスの力を受け継いでいるだの、さんざん言われてきたが、結局はこの様である。
自分は王女失格で、辛うじて幻術だけが取り柄だったのだ。しかし、その幻術で仲間たちを助けることもできない。それどころか、自分の弱さのためにみんな死んでいくのだ。自分は、役に立たないどころか、人に厄災をもたらす存在だったのだ。
(ごめん、みんな、ごめん。あたしのせいで……。あたしがもっと強ければ……、あたしにもっと力があれば……)
結局、王女である自分は一体この国に何をもたらしたのか。
シルバードラゴンの親子と、当代最高の幻術師を失い、自分を受け入れてくれた仲間たちも自分のために死ぬ。
どうして、自分は兄や姉みたいにこの国の役に立てないのか。
どうして、自分に力がないのか。
どうして、自分はいつもこんなに惨めなのか。
これまで味わったことのないような激しい自己嫌悪の感情が湧き上がり、胸が焼かれるような痛みを感じる。
そのせいだろうか、
ドクン
と、鼓動が飛び跳ねた気がした。
(苦しい……)
そして、胸をかきむしりたくなるほどの、後悔と自己に対する侮蔑と嫌悪に心が埋め尽くされる。
ドクン
そしてまた、鼓動が飛ぶ。
パルフィは、息苦しさに我知らず、自分の左胸を押さえていた。
(もうイヤ、こんなのいや。イヤなの……)
そして、今度は、兄や姉に対する羨望、嫉妬、そして、激しい劣等感、これまで見て見ぬふりをしてきた、ありとあらゆる負の感情が一気に自分に押し寄せてくる。
(こんなあたしなんて、もうイヤ。強くなりたい。もっと、強くなりたい。こんなやつら、蹴散らせるぐらいに……)
もっと力が欲しい。
知らず知らずのうちに、パルフィは自分の魔力を呼び起こし全身にみなぎらせていた。
しかし、その程度の力では何の役にも立たないことは分かっていた。たとえ自分の魔力を一時に全部ぶつけても勝てる相手ではない。キャセルを手玉に取るような奴らなのだ。
(これじゃだめ。こんなのじゃ足りないの。お願い、あたしに力を……)
一体、誰に願っているのか、いや、それより、願うことに意味があるのか、それも分からないくらいの力への激しい渇望で頭に血が登ったのか、顔が火照り、激しい頭痛がする。
ドクンドクンドクン
知らないうちに、鼓動がこれ以上ないくらい速く激しく打っている。
(我に力を!)
そして、全ての思いを自分にぶつけた、その時だった。
(え?)
突如、自分の視界が真っ赤になったのだ。目に見える何もかもが、まるで血を浴びたかのように不吉な赤色に見え出したのだ。一瞬、どこかにケガをして血が目に入ったのかと思ったが、そうではない。単に、塗り替えたようにすべてがおどろおどろしい赤色に見えるだけだ。
(な、なにこれ?)
突然のことに、パルフィは戸惑う。
そして、その直後、体の内部から力があふれ出すような感覚が体中を駆けめぐった。
回復呪文でもかかったのかと思ったが、それとは全く異なることはすぐに分かった。
回復された時に感じる、清々しいあの感覚とは全く異なる、暴力的なまでの激しさ。
それは、まるでため池が決壊して、一気に鉄砲水が押し寄せる感覚に似ていた。猛烈な力が自分の中で爆発的に湧き出して、体中を覆い尽くす。そして、その力の波に押し流され、溺れるような錯覚に陥った。自分が立っているのか、倒れているのか、どこを向いているのかすらあやふやで、意識も混濁し始めた。
同時に、
(そうよ、こうすればよかったのよ)
という理解と
(いけない)
という本能的な警戒心が沸き起こる。しかし、それは、ほんの一瞬のことで、パルフィはもう正常に物事を考えられなくなっていた。
「アアアアァァァァ」
何が何だかわからず、周りもよく見えず、真っ赤な世界でただ力の波に翻弄され、ひたすら大きな声を上げた。そして、自分の体内を濁流となって巡るだけだった底なしのエネルギーが、突如、外に向かって一気に放出されるような感覚に襲われる。
「アアァァァァァ」
再び大声で叫ぶパルフィ。
だが、すでに自分が何をしているのかは分かっていなかった。叫んでいることすら理解できていない。ただ、体の中から突如放出された猛烈な力になすすべもなく蹂躙されているだけである。
そして、これが、オーガスタスの力だった。
パルフィの覚醒が始まったのだ。




