死闘の果てに(1)
ちょうどそのころ、オルベール宮殿の広大な敷地の外れに位置するエルミナール神殿。その地下深くにある大祭殿では、数十人の幻術士たちの一団が修業を行っていた。
大祭殿の最奥には、通常の神殿と同じように祭壇が備え付けられ、その横では篝火が焚かれている。ただし、それ以外は、神殿の構造物としてはかなり特殊な造りになっていた。まず、目につくのはその大きさである。地下深くに建造されているにもかかわらず、一般的な大聖堂よりも大きい。天井も三階分ぐらいの高さがある。これだけの空間を地下に設けるのは莫大な費用と時間がかかるはずあり、極めて異例と言えた。
しかし、最も異質であるのは、地下に造られていながら入り口が存在しないということだった。高い天井には、空気の循環と地上からの採光のために作られたような穴がいくつか見えるが、どこを見渡しても人が行き来できるような出入り口や扉の類は一切ない。つまり、この巨大な空間は外部とは遮断されており、幻術士のテレポートなしには入ることも出ることもできないのだ。
また、天井と壁は全面が特殊な金属で覆われており、祭壇の篝火に照らされ、銀色に鈍く光っていた。床は磨き上げられた石材が敷き詰められていて、ごく普通の造作であったが、中央には巨大な魔法陣が描かれていた。そして、術者一人用と思われる小さな魔法陣が、かなり距離を開けてそれを十重二十重に取り囲むように何十個も置かれていた。
そして、そこで修業をしている、幻術士たち。
彼らは、エルミナール神殿幻術士団と呼ばれていた。
その名の通り、エルミナール神殿付きとして特別に編成された幻術士団である。通常、神殿には祭祀を執り行う神官や、警護に当たる兵士はいても、幻術士団が配置されることはないため、その存在自体が稀有の事であった。
薄暗い光の中、呪文の光と音、そして術者の気合いのこもった声が響く。
そんな中、大祭殿の隅で、突然テレポートの光の柱が出現した。中から現れたのは二人の若い幻術士だった。
二人は、実体化するやいなや焦った様子で辺りを見回す。そして、祭壇の前で幻術士たちの修練の様子を見守っていた位の高そうな人物を見つけると、大声で呼びかけながら慌てふためいた様子で駆け寄った。
「だ、団長!」
「ルキウス団長! た、大変であります」
ルキウスと呼ばれた幻術士が振り返る。40代前半と思われる精悍な顔つきと鋭い目が、一団の長にふさわしい威厳を醸し出している。
「何事だ、騒々しい」
二人の取り乱した様子を叱責するかのように厳しい声で問うルキウス。
だが、彼らはそれどころではなかった。
「ひ、非常事態であります。ただいま、アルキタス老師から遠話による連絡がありました。パ、パルフィ殿下の覚醒が始まり、今からこの地下祭殿にテレポートするとのことでございます」
「なんだと? それは誠か?」
突然の事態に、ルキウスが血相を変えて聞き返す。
もう一人の幻術士が答えた。
「はっ。す、すでに殿下は非常に危険な状態であらせられ、事は一刻を争うがゆえに、ただちに受け入れ準備を整えよとのご命令であります」
そして、魔族が出現し、覚醒したパルフィが全滅させたこと。また、すでに正常の精神状態ではなく、アルキタスならびに同行しているマジスタたちとも交戦の危機にあることを報告した。
「何ということだ……」
突然のことにルキウスは一瞬、言葉を失った。
だが、悠長に構えている暇はなかった。まるでその知らせが事実であると証明するかのように、突如、中央部の床に描かれた巨大な魔法陣がブーンという音とともに発光したのである。
「こ、これは……」
半ば茫然として、魔法陣を見つめるルキウス。
周りにいた幻術士たちも、すぐに修練をやめ、魔法陣の周りに集まってくる。
「ま、魔法陣が……」
「ま、まさか、こんな……」
魔法陣の光に照らされる幻術士たちの表情は一様に硬く、そして、重苦しい雰囲気が漂っていた。
この魔法陣の光る意味。
それは、オーガスタスの力を受け継いだ者が不完全に覚醒し、幻術士がその者を連れて飛んでくるという知らせであった。
そして、当代でその力を受け継いでいる者。それは、パルフィ第二王女である。つまり、これはパルフィ王女の力が発現したことを示していた。
常に、この事態が発生するやもしれぬとは、ここにいる全員が分かっていた。そのために作られた地下祭殿であり、そのためにこの幻術士団が編成され、訓練してきたのだから。そして、昼夜を問わず、交代でここに詰めていたのだ。すべては、この時のために。
しかし、今、本当にその事態になるとは誰も予想していなかったに違いない。100年以上前に時の第三王子による力の暴走ならびに多数の死者が出た一件で、この神殿が建築されて以来、一度もこの地下祭殿が使われたことがなかったのだ。
パルフィのオーガスタスの力が覚醒するまであと三年ということは王家の中枢部以外には硬く伏せられていることであったが、役目上この幻術士団だけには知らされていた。
したがって、こうなることは団員すべてが現実の脅威として常に考えていた。しかし、あくまで、予想は三年後のことであり、実際に今日ここでこうなるとは誰も予想していなかったのだ。
「こうなれば是非もない」
一瞬の動揺から素早く立ち直ると、ルキウスの指示は早かった。
もうこの時点で悩んでいても仕方がない。パルフィの覚醒は現実のものとなり、事態は刻一刻を争うのだ。
「ルース、お前は直ちに国王陛下にご報告せよ。そして、ホーガンは全団員に非常呼集をかけてくれ。それと、当番の回復士たちも呼ぶのだ。その際はお前がここまでテレポートして連れてくるのを忘れずにな。準備が出来次第、殿下をお迎えする。行け!」
「ははっ」
二人の幻術士は一礼すると、それぞれにテレポートで去っていった。
「皆の者!」
ルキウスが右手を上げて叫ぶ。
相変わらず、中央の魔法陣は淡く発光している。それを取り囲むように立っていた幻術士たちが、ルキウスを見上げる。
「緊急事態だ。ただいま、アルキタス老師から連絡があった。パルフィ殿下の覚醒が始まったそうだ」
おお、という驚きの声が幻術士たちから漏れる。そして、緊張の面持ちでルキウスが続けるのを待つ。
「しかも、すでに正気を失われているご様子である。予想よりも早かったが、やむを得ぬ。いよいよ、我らのお役目を果たす時が来た。この日のために、我らエルミナール幻術士団は修業を重ねてきたのだ。このうえは、その成果を発揮し、何としてもカトリア王国の平和を守るのだ。我らの命に代えても殿下の暴走をお止めせねばならぬ。総員配置につけ! 直ちに受け入れ準備に入る」
ルキウスの号令一下、幻術士たちは、自分の持ち場である小さな魔法陣の中にそれぞれ入り、術を唱える。祭殿のそこかしこで魔方陣が光り出す。
同時に、非常呼集をかけられた幻術士たちが、早くも次々と祭殿内にテレポートで現れ、そのまま自分の魔法陣に入って術を唱えた。
その様子を確認し、ルキウスは独りごちた。
「神よ、どうか我がカトリア王国を……、そして、願わくば、パルフィ殿下を救い給え……」
いかにパルフィを救うことが難しいのかを知っているかのように、ルキウスは神に祈ったのだった。
◆◆◆
そして、再びロシュフォール山脈のドラゴン保護生息地。
そこでは、ちょうどアルキタスがテレポートの準備を終えたところであった。自分の足元に描かれた小さな魔法陣が淡く光っている。
エルミナール神殿の地下祭殿にある魔法陣とは呪文でリンクできている。ただし、向こうからの波動が感じられずにいた。まだ、受け入れ準備ができていないということであった。
地下祭殿は、壁と天井が魔道を遮断する特殊な金属で覆われている。そのため、術者の力だけではよほどの近距離でしかテレポートできなかった。いくらアルキタスとはいえ、このように離れた地からクリスたちと覚醒したパルフィを連れて飛ぶためには、祭殿に設置された魔法陣を使い、しかも到着地側から多数の幻術士たちに呪文を増幅してもらわなければならないのだ。
すでに遠話を用いて、こちらの状況は伝えてある。おそらく、不意を突かれて魂消ただろうが、このために修業してきた幻術士たちである。すぐに体制を整えるだろうとアルキタスは考えていた。
「先生、まだ飛ばないのですか?」
テレポートの準備ができているにもかかわらず、じっとしたままのアルキタスに背後からクリスが尋ねた。
「まだじゃ、あちらの準備が整わねばテレポートできぬ」
「だが、パルフィがそろそろこちらに向かってくるぜ……」
グレンが、パルフィの方を顎で示す。
パルフィは、魔族の生き残りにとどめを刺すのに夢中になっていた。魔族たちはすでに瀕死の重症を負っているため、パルフィに対抗することはできないが、必死に逃げようとしている。パルフィも動作が緩慢で体の動きがぎこちないため、ノロノロとしか攻撃できないのだ。そのため、始末するのに時間がかかっていた。
「分かっておる。もう間も無く準備ができるはずじゃ」
その時、不意に、クリスの背後で淡い光が発生した。一同が振り返ると、ルティが呪文を唱えていた。
『ヒール』
ルティの声と同時に、緑色の光が、ヘンリエッタと、寄り添うように倒れているキャセルの体を包む。
ヘンリエッタからはすぐに光が消えたが、キャセルの体はまるで光を吸収したかのように、淡い緑色に光った。
「ルティ、それって回復呪文だよね?」
「はい。もしかしてと思って掛けてみましたが、まだ、キャセルは生きているようです」
ホッとしたようにルティが答える。
「おお」
「本当か?」
「でも、シルバードラゴンに呪文なんてかかるの?」
「今の感じだと、多少は効いたようです。多分、鱗が飛ばされたせいで、私の呪文が通ったのだと思います。ただ、ヘンリエッタには呪文は通りませんでしたが……」
「そうか」
シルバードラゴンの鱗は、あらゆる呪文を遮断する効果を持つ。したがって、普通なら攻撃呪文だけでなく、回復呪文も掛けることができないのだ。魔族たちの執拗な攻撃によって、鱗が剥がれたことが逆に幸いしたと言えるだろう。
だが、同時に悲しい現実が突きつけられる。ヘンリエッタ亡き今となっては、キャセルの面倒を見るものがいないのだ。かと言って、この状況では何もできない。
「……また、あとで様子を見に来よう」
励ますようにクリスがルティの肩に手を置いた。
「だな」
「はい」
だが、そのとき、魔族たちを残らず消滅させたパルフィがこちらを振り返った。相変わらず赤く濁った知性のかけらも感じられない目、そして、殺戮の悦びに表情が引きゆがんでいる。そして、まだ獲物が残っていることに喜びを見いだしているようであった。
「やべえ、次はオレたちの番らしいぜ」
その言葉に、クリスたちが身構える。
オオオオオ
グレンの言葉を証明するかのように、パルフィは右手を上に伸ばし、紫の光球を出す。
光球はどんどん大きくなっていく。
「皆、ワシの後ろから離れるでない」
慌てて逃げ出そうとしたクリスたちの気配に気づいたのか、アルキタスが止めた。
「ワシの後ろが一番安全じゃ。しっかり踏ん張っておるのだ」
「は、はい」
そして、パルフィが両手を広げたほどもある巨大な紫の球を投げつけてきた。
ブーンという低い音を立てながら飛んでくる。
ものすごい迫力に思わず手をかざすクリスたち。
そして、それが、先頭のアルキタスに当たろうかという瞬間、
バシッ
激しい音とともに、紫の光球が霧散した。アルキタスの正面に一瞬シールドが光って消える。
だが、その衝撃をすべて吸収できなかったのか、クリスたちは波動をまともに食らって、体を大きく揺さぶられた。
「うわっ」
「クッ」
思わずよろける一同。
「大丈夫か?」
アルキタスが、自分の肩越しに問いかける。
さすがに大幻術師だけあって、アルキタスは微塵も衝撃を受けていないようだった。
「大丈夫です」
「そうか……。だが、さすがに今の一撃でシールドが消し飛んでしもうた。む、来たか」
そのとき、アルキタスの足元に描かれた魔法陣の光が青みを帯びた。到着地側のテレポート増幅呪文が発動した印だ。
「よし、行くぞ」
アルキタスが、テレポートの呪文を唱える。
すぐに、光の柱がクリスたちを包み込んだ。少し離れたパルフィも同じように光の柱に包まれる。だが、パルフィはそれがテレポートの光だと理解できていないのか、周りを見渡すような仕草をしていた。
そして、光の柱を通して見える風景がゆらゆらと揺れて、全く異なるものに変わったと思った時には、もうテレポートが完了していた。
「な、なんだ、ここは……」
「せ、先生、これは一体……」
テレポートの光の柱が消えたとき、そこは大聖堂のような大きな建物の中だった。
クリスたちが立っている床には普通の大きさの何倍もある大きな魔法陣が描かれており明るく発光していた。パルフィもその中にいる。相変わらずぎこちない様子で辺りを見回している。
その自分たちから、かなり距離をあけて遠巻きに囲むように、数十名の幻術士たちが並んで立っていた。幻術士たちも一人用の小さな魔法陣にいる。その後ろには、数は少ないが回復士たちも見える。
「ここは、エルミナール神殿の地下にある大祭殿じゃよ」
「地下……大祭殿……」
「アルキタス老師!」
幻術士たちの中で、この一団の団長と思しき位の高そうな者が声を掛ける。
「ルキウス殿。お役目ご苦労に存ずる。あとはよろしく頼む。さあ、皆、後ろに下がれ。幻術士たちの邪魔になる」
「は、はい」
アルキタスはクリスたちを引き連れ、魔法陣から離れ、取り囲んでいる幻術士たちの脇を抜けて、壁際まで歩いた。
それを見て、ルキウスが右手を高くあげた。
幻術士たちは、一斉に呪文を唱えた。大きな魔方陣がブーンという音と共にさらに発光し、それを覆うように光の半球が現れた。パルフィが中に閉じ込められる。
「あれは、パルフィを閉じ込めてるのか?」
「そうじゃ。どの程度持つかは分からぬがな」
パルフィは半球に閉じ込められ、しばらくキョロキョロとしていたが、やがて、端に近づき、手を伸ばして半球の内部から光の壁に触ろうとした。その途端、
バシッ
という、激しい音がしてパルフィの手がはじかれた。同時に、光の壁がうねうねと揺れる。
オオオォォォ
パルフィが、閉じ込められたことに気が付いたのか、苛立ったかのように上を見上げて雄叫びを上げた。
しばらくの間、光の半球の内部でうろうろしたあと、パルフィは、再び端近くまで寄り、今度は両手を前に突き出し、光の壁に触れた。
バシバシッ
激しい音が鳴り、パルフィの体内にも衝撃を伴う光のうねりが流れ込むのか、体が同じ色に光る。
グウゥゥゥゥ
まるで連続して雷に撃たれているかのように、ビリビリと体が震え、苦痛の呻きを漏らすが、パルフィは引かなかった。
両手を光の壁に押し付けたまま、力を込める仕草を見せる。
ウォォォォォ
パルフィの両手が赤く光り出す。そして、手が触れている所からジワジワとその赤い光が半球に広がっていく。
そして、半球の半分ほどが赤に染まった時、
ガシャン
と何かが壊れるような音がして、半球が粉々になって消えてしまった。
「おお、壁が消えた」
「なんと、あの壁を消してしまうとは……。予想はしておったが、これほどとはの」
オオオオオ
自由になったと見るや、パルフィは不気味な叫び声をあげて、右手を高々とあげ、紫色の光球を出した。
それを見て、ルキウスが手をあげて何かを命令する。
幻術士たちが右手をパルフィの方に向けて、すぐさま呪文を唱える。すると、それぞれの手から白い一条の光がパルフィに伸びていく。しかし、それは攻撃呪文ではなかった。
パルフィの両手、両足首、そして、腰の部分で光の輪のようになり、そこから放射状に幻術士たちの手に繋がる。
端から見ると、何十本の光の鎖でパルフィを縛っているかのようであった。
オオオォォ
パルフィがもがこうとするが、自由に動くことができない。
そのうちに、右手に出していた紫色の球も消えてしまう。
「せ、先生、今度は何ですか?」
「幻術士たちが、殿下を光の鎖で縛っているのじゃよ。通常の金縛りや睡眠呪文など、今の殿下には役にたたんでな。とりあえず、あの状態であれば、むやみに攻撃呪文も唱えられぬはずじゃ」
「だが、それでどうするんだ? 縛りつけてるだけじゃ意味ねえだろう?」
「そうだ。だが、我々にできるのは、ここまでなのだ……」
「え?」
「師匠殿、それはどういうことですか?」
ミズキが思わずといった体で、アルキタスに尋ねる。
クリスたちも納得がいかないという様子で、アルキタスを見た。パルフィの体を押さえてから、治療なり術なりが始まると思い込んでいたのだ。それが、これで終わりとは……。
「言った通りだ。我々ができるのは、このまま殿下をここから出さないということだけだ」
「で、でも、先生。ここに飛んだのはパルフィを助けるためではなかったのですか?」
クリスの問いに、アルキタスは、悲痛な表情で首を横に振った。
「いや、先ほども言うた通り、一旦オーガスタスの力が覚醒したら、今の我々ではそれを元に戻すことはできぬのじゃ」
「そ、そんな……」
「では、我らは何のためにここに……?」
「犠牲者が出ないようにするためじゃよ」
「え……」
「今の殿下をそのままにしておけば、街から街へとテレポートし、多くの人民が犠牲になるやもしれぬ。ここにいる限り、周りに大きな被害を及ぼさなくても済む」
「でも、このまま抑えておけるのでしょうか? もし、だめだったらパルフィは……?」
ルティが不安げに尋ねる。実際に、パルフィは幻術士たちの光の半球をたやすく打ち破っているのだ。この鎖の呪文もどれだけ持つのか分からない。そして、周りに犠牲を出さないためだけに連れて来られたパルフィが、無理やり出ていこうとした時どういう目に遭うのか心配になったのだ。
だが、アルキタスは、それに苦悶の表情で答えた。
「最悪の場合は……、もし、われわれに殿下を引き留めることができず、国民に害を及ぼすと判断された場合は……、国王陛下が、殿下の処刑をお命じになる」
「な、なんですって?」
「しょ、処刑?」
「そ、そんな、まさか……」
クリスたちはみな言葉を失って立ち尽くした。
確かに、圧倒的な魔力を発現させたパルフィが、この状態で大都市に現れたら、一体どれほどの命が奪われるか分からない。あの魔族たちでさえ、覚醒したパルフィの前にあっというまに壊滅したのだ。
しかし、かと言って、納得できるものではなかった。あまりにも理不尽といえば理不尽な話である。
「い、いくらなんでも、王女の……娘の命を奪うなんて……」
「……お前たちの気持ちも分かる。だが、このままにしておけば、あまりにも多くの人間が死ぬことになる。お前たちも見たであろう、魔族たちが消滅させられるところを。それだけではない。もし王宮に飛ばれでもしたら、陛下とご一家全てが危険にさらされる。そうなったら、国が大きく乱れる。もう事態は殿下お一人の話ではないのじゃ」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
たしかに、今のパルフィの状態なら、相手が家族だろうがなんだろうが容赦なく消滅させるだろうと思われた。そして、もしそうなれば、まさしく動乱の元である。この封建社会にあって、国王と王位継承権者が殺されるというのは、国の存亡にかかわることなのだ。よくて有力貴族によるお家騒動、場合によっては内乱、またはその機に乗じて他国から攻め込まれる可能性すらある。まさに、国難であった。
「だが、あのパルフィを相手にして、命を取るなんてできるのかよ?」
グレンが尋ねた。確かに、高ランクの幻術士が束になって勝てないなら、処刑など無理な話である。だが、アルキタスはそれに答える代わりに、クリスたちに問うた。
「では、お前たちに尋ねるが、なぜ、この祭殿がこのような地下深くに作られたか分かるか?」
「そ、それは、パルフィの力が他に及ばないようにするためだと……」
「そうじゃ。だが、実はもう一つ重要な理由がある。……お前たちは知らぬであろうが、この祭殿は非常にもろい地盤の地下に作られておってな」
「え、それはどういう……?」
クリスたちは、地盤の話とパルフィの運命に何の関係があるのか分からず、だが、何か不吉な予感に、戸惑った表情で、アルキタスを見た。
「……最悪の場合は、幻術士たちが自らの生命エネルギーを放出し、この大祭殿を爆発させることになっておる。その爆発ならびにその後の建物と地盤の崩壊で生き延びるものはおらぬだろう。たとえ、爆発と崩壊を生き延びても、生き埋め状態となり地上には出られぬ。また、いくら、覚醒したとしてもその状態ではテレポートはできぬ。オーガスタスの力といえども無限ではないでな」
「……」
「そこまでして、パルフィの命を……」
数十人の幻術士の命を犠牲にし、この大規模な地下祭殿を崩落させてまで、一人の少女を殺すという凄絶な方法に、クリスたちは言葉を失った。
「そうじゃ。オーガスタスの力が覚醒した状態で、殿下を自由にしてしまうと、あまりにも多くの犠牲が出る。そして、我々には殿下を止める力がない。もはや、こうするしか民を守る方法がないのじゃよ」
「め、めちゃくちゃじゃねえか」
「その通りじゃよ。正気の沙汰ではない。だが、他に方法がないのだ。何しろ、このようなことは極めて稀でな、というより、およそ100年前に当時の王子が初めてこうなって以来のことなのだ。そのために、対処法を編み出すことができなかったのじゃよ。口惜しいことにな」
そして、アルキタスは、その時大きな犠牲が払われたこと、それがまた後世に繰り返させぬようにこのエルミナール神殿と地下祭殿が建設され、幻術士団が編成されたことをクリスたちに説明した。
「それゆえ、我らはここでパルフィ殿下を閉じ込めておくしかないのだ」
「でも、それじゃ、パルフィはどうなるんですか?」
「ずっと、あのままなのかよ?」
グレンが、パルフィを顎で指し示す。
パルフィは相変わらず、光の鎖から自由になろうともがいていた。
「分からぬ。もしかしたら、覚醒が一時的なものかもしれぬし、もう戻れないのかもしれぬ。何しろ、先例がなさ過ぎるでな。それに、覚醒が始まっただけで、完全には目覚めてはおらぬ」
「なら、このまま収まっちまう可能性もあるってことか?」
かすかな希望をにじませて、グレンが尋ねるが、アルキタスは首を横に振った。
「我々が覚醒の原理を理解していない以上、その可能性もないとは言えぬ。だが、問題は今の殿下のお体では、オーガスタスの力を収める器としては脆すぎるということじゃ。おそらく、今の時点でも相当に肉体的な負担がかかっているはず。この状態では、もうあまり持たないかもしれぬ」
「も、持たないってどういう意味ですか?」
「……百年前の一件では、覚醒した王子は最後には力によって自ら爆発したと伝えられておる」
「そ、それじゃ、パルフィはどちらにしてももう……」
「……そうじゃ」
幻術士たちがこのままパルフィを祭殿内に留め置いても、覚醒した力によって自ら爆死してしまい、もし、幻術士たちを振り切ってここから逃げ出そうとすれば、祭殿を爆破してパルフィを生き埋めにする。つまり、どちらにしてもパルフィはここで死ぬことになるのだ。
「そんな……」
「……」
「……」
クリスたちは絶望的な状況に、ただ茫然と立ち尽くすのみだった。




