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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
54/157

再戦

 機関部を目指すシャトルリフトの中で、クリスたちは一様に無言で沈痛な表情をしていた。それも止むを得ないことであったであろう。彼らは、今、仲間を見捨ててきたという罪悪感に苛まれていたのだから。

 

 アルティアの街、ひいてはアルトファリア王国全てを守るために仕方のないことだったというのは承知している。あの時、扉を閉じずグレンとミズキを待つことは、レイチェルの身に危険が及ぶ可能性が高かった。そして、ミサイルの発射を阻止できるのは彼女だけなのだ。彼女の安全を第一に考えるのは当然である。

 おそらく、立場が逆でも同じことをしていただろうし、そのことで誰も自分たちを責めるものはいないだろうことも分かっている。しかし、だからと言って、仲間を置き去りにしたことに何の違いもない。

 マジスタにとって、パーティーの仲間は、家族同然である。たとえどのような理由があろうともそれを見捨てたという罪悪感はそう簡単に拭い去ることができるものではない。


 だが、今の彼らには後悔の念に押し流される暇も許されてはいなかった。


『お知らせします』


 いきなりリフトの天井から機械的な女性の声が聞こえてきたのだ。


「な、何だ?」

「え、な、何なのよ?」

「敵か?」


 突然の声にクリスたちが我に返り、敵襲かと身構える。


「シッ。静かにして」


 手を挙げてクリスたちを制し、レイチェルがリフト内アナウンスに耳を傾ける。


『シャトルリフトの緊急停止命令が出されました、最寄りの昇降口に停止します』

「えっ、そんな……」


 レイチェルが驚いた声を出した。


「どうしたのよ。今の誰?」

「誰か乗ってるの?」

「違うわよ。今のはリフトの音声案内よ。機械が話してるの」

「へえ。機械がねえ」


 クリスとパルフィ、そしてルティがお互いに顔を見合わせた。

 アナウンスは、惑星標準語で行われるため、三人にはほとんど理解できない。レイチェルの様子からして、敵ではないだろうことは察せられたが、機械が人の言葉を話すことに慣れていないため、誰かが上から話していると思ったのだ。


「で、何て言ったのよ?」

「リフトに停止命令が出されたから、近くの出口で止まるって」

「じゃあ、機関部までは行ってくれないってこと?」

「そうよ。きっと、リチャードが命令を出したんだわ」


 やがて、到着を知らせる音がして、リフトが止まった。中で感じた浮揚感から考えて地下に来たらしい。そして、シャッと扉が開く。そこは先ほどとは大きく異なる風景であった。

 昇降ホールはなく、リフトは直接通路に面して取り付けられていた。さらに、通路自体がこれまでのものより幅も高さも倍以上はあり、かなり大きい。また、壁や天井はこれまでの銀色の金属ではなく、表面がザラザラで、暗い色の金属でできており、さらに、天井には大きな管のようなものが何本も通路に沿って据え付けられていた。


 リフトから出て周りを見渡すクリスたち。


「ここは……」


 レイチェルがつぶやく。


「レイチェル、場所分かる?」

「ええ。この辺りは私も来たことがあるから……」

「機関部までは遠いの?」

「そうね、ここを真っ直ぐに行けばいいだけなんだけど、まだ少し歩かなきゃダメね」

「何だかここはさっきまでとは感じが違うねえ……」

「ええ、ここは大掛かりな資材や機械類が必要な区画が集まってるから」

「機械兵が待ち伏せしてるかと思いましたが……」

「今のところいないようだね」


 周りを見回しても、機械兵らしきものは見当たらず、大きな通路が続いているのが見えるだけである。


「さ、先を急ぎましょう。こっちよ」


 再び、一同は機関部に向かって走り出した。

 しばらく通路を進み、もしかすると何事もなくたどり着けるのではと一同が思い始めたとき、前方、通路右側にひときわ大きな扉が見えてきた。その扉は横幅もこれまで見たものと比べても広く、そして、高さも天井まで達するものであった。そして、それがクリスたちの到着を待っていたかのように、低い金属音を立てながら開いていく。


「あっ、扉が開くぞ」

「あそこは、確か……。いけない、兵器格納庫だわ。みんな、ちょっと待って」


 レイチェルの声に、扉の少し手前でクリスたちが立ち止まる。

 格納庫というその部屋は照明がついていないのか、暗がりのため、中の様子を見ることはできない。しかし、ズシンズシンという何か巨大で重いものが歩くような音が奥から響いてきた。


「あたし、嫌な予感がするんだけど……」

「私もです」

「これってもしかして……」


 そして、扉の向こうからヌッと姿を現したのは、巨人ともいうべき大きな鉄の兵士だった。高さが機械兵の倍近くあるため、この通路の高い天井にも達しそうなくらいだった。また、手足と胴体が人の何倍も太く、樽を半分に切ったような頭が胴体の上に直接ついていた。顔は、鼻も口もなく、ただ赤い目が二つ不気味に輝いている。何らかの金属で覆われた体は、そのまま体を守る鎧の役目を果たすようであった。しかし、そのために相当の体重があるらしく、動作は緩慢で、歩くたびに地響きがする。まさにこの巨人は、先日、クリスたちを全滅寸前まで追い込んだのと同じものだった。


「……やっぱりコイツだったわよ」

「まさか、ここで遭うとはね……」


 うんざりしたように、クリスが頭を振った。


「えっ、あなたたち、あれと戦ったことがあるの?」

「うん。前に別の遺跡でね」

「一体倒したところで、危うく全滅しかけましたが」

「そうなの……。でも、これだったのね、ここでリフトを降ろされた理由は。もう、あと少しのところなのに……」

「ねえ、他に行く道はないの?」

「あるにはあるんだけど、すごく遠回りよ。リフトも乗れないかもしれないし、もう時間がないわ」


 巨人は、通路に姿を現すと、何かを探すように頭部をグリッと回して通路を確認した。

 クリスたちを見つけると、まるで見つけたといわんばかりに赤い目をさらに赤く光らせる。そして、地響きをさせながら、クリスたちに向かってきた。


「仕方ない、やるしかないか。ルティ、レイチェルを頼むね」

「はいっ」

「いくよ、パルフィ」

「うんっ」


 クリスとパルフィが次々と攻撃呪文を撃とうとした時だった。

 突然、巨人が左腕を前に突き出し、光線を撃ったのだ。一条の光が、ダメージ軽減のために唱えていたクリスの緩衝壁を吹き飛ばし、肩を直撃する。


「ぐっ」

「えっ?」

「クリス!」


 クリスが肩を押さえてうずくまった。押さえたところから、血が吹き出る。


『ヒール』


 すかさず、ルティの回復呪文が飛んできて、クリスの肩を包んだ。


「クリスっ」

「だ、大丈夫ですか?」


 パルフィとルティがクリスに駆け寄り、立ち上がるのを助ける。


「あ、ああ。ルティのヒールでなんとか大丈夫だよ。緩衝壁も消し飛んだけど、多少効いたみたいだし」

「ちょっと! あんなもの持ってるなんて聞いてないわよ」

「前回は持ってませんでしたよね?」

「そうよ。あいつ殴るだけだったんだから」

「でも、あのレイガンは内蔵武器なんだから、最初から装備されてるはずよ」

「あの時巨人を呼び出したのは闇召喚士だったから、もしかして命令してなかったのかもしれないわね」

「そうか。おっと。よし、こちらも反撃するよ!」


 巨人がさらに光線を撃つのを、今度はかわしてクリスが叫ぶ。


「うんっ」


 クリスとパルフィが攻撃呪文を唱えて、近づいてくる巨人を迎え撃つ。炎が燃え上がり、氷柱が突き刺さる。しかし、あまり効いているとは思えなかった。多少よろける程度である。ただ、前回よりも、よろける分だけマシだったのかもしれない。あのときは、5人で何度攻撃してもビクともしなかったのだ。


「グオーン」


 巨人が大きな拳をクリスに向かって振り下ろす。


「うわっ、と」


 ぎりぎりのところでかわすが、緩衝壁が拳にかすったらしく、ブンという音とともに、消え去った。


「か、かすっただけで、これか。相変わらず、凄まじい攻撃力だな」


 クリスが緩衝壁を唱え直す。


「だけど、これだとキリがないわよ」

「この巨人は足が遅かったですよね。うまく向こう側に回り込めば、戦わずに先に進めませんか?」

「それがいいか。よし、パルフィ、金縛りの呪文を撃って」

「うん、分かった」


 パルフィが呪文を唱えると、魔法陣が通路の床に白く浮かび上がる。その瞬間、巨人が硬直した。


「今だ。急げ」


 レイチェルとルティが先に巨人の横を走り抜ける。そして、クリスが続いた。

 ところが、


「気をつけて! 他にもいるわ!」


 レイチェルが、格納庫の扉の前で叫んだ。

 クリスが扉の中を見ると、暗がりの中、赤い目が全部で4つ見える。そして、重い歩行音が聞こえて来た。


「まずい、あと2体だ。パルフィ、君もこっちへ!」


 クリスは、パルフィに声をかけ、自分は扉に向かって呪文を唱えた。パルフィは、まだ金縛りの呪文を維持するために集中している。金縛りの呪文は、相手が一人なら掛けただけでしばらくの間効果が持続するが、対象が巨大な場合、または複数いる場合は、術者の念を魔法陣に継続して注ぎ込む必要があるのだ。

 クリスが呪文を投げつけると、炎が壁となって広がり、格納庫の入り口をふさいだ。


「グウォーン」


 炎の後ろで、巨人が立ち止まる。


「今だ!」

「うんっ」


 だが、パルフィが走り出したとたんに金縛りの呪文が解け、身動きの取れなかった巨人がパルフィを殴りつけようと振りかぶる。


 そこへ、


「ハアアッッ」


 クリスが気合いと共に、大きな炎の玉を投げつけた。狙い過たず、炎は巨人の胸に着弾し、上半身が炎に包まれた。


「グォーン」


 巨人は叫び声を上げ、炎を振り払おうと両手を振り回してあがく。その間に、パルフィが横を駆け抜けた。


「よし、行こう。みんな走れ!」


 その声にレイチェルたちも一斉に走り出す。

 鉄の巨人は足が遅い。普通に走っていれば、引き離せそうだった。

 だが、しばらく走ったところで、レイチェルがクリスたちを止めた。


「ちょっと待って」

「どうしたの? 早くしないと、追いつかれちゃうよ」


 こうしている間にも、後ろから床を踏み鳴らす音が3体分聞こえてくる。


「違うのよ。このままだと爆弾を取り付ける前に、巨人が機関部に着いちゃうわ」


 確かに、巨人たちは足が遅い。ただし、ここから機関部まではそれほど遠くないために、十分引き離せないのだ。


 ベスの分析では、爆発の衝撃波が共振するように4つの爆弾を取り付ける必要があった。おそらく、正確な配置と微妙な調整が必要になるだろう。巨人三体から逃げ回りながらできるとは到底思えない。


「じゃあさ、レイチェルに先に行ってもらって、あたしたちだけここで戦う?」

「いや、ここから先で待ち伏せされてたら終わりだ」

「なら、どうすんのよ?」

「うーん」

「そうだ、隔壁を下ろしてみるわ」


 レイチェルが、前方の天井を見上げた。


「何それ?」

「非常時のために、分厚い壁が降りて来るようになってるのよ。とても頑丈だから、そうは簡単に壊せないと思うんだけど……」

「へえ」

「確か、一定の間隔で備え付けられているはずなんだけど……。来て」


 レイチェルが走り出した。壁や天井を見回して何かを探している。クリスたちもあとに続く。


「あっ、あったわ!」


 レイチェルが、目当てのものを見つけたようで、近くの壁に向かって走った。壁のその部分は、何やら鉄のレールのようなものが天井から地面まで埋め込まれていた。そして、その横には操作盤のようなものが取り付けられており、レイチェルはそれを操作した。

 すると、天井から何か重いものが降りてくる音が聞こえてきた。見上げると、金属でできた壁がゆっくりと降りて来るのが見える。その分厚さは、両手を広げたほどもあった。


「おお。こんなものがあるんだ」

「これは、分厚いわね」

「みんな、こっち側に来て」


 レイチェルの声に、三人が隔壁の下をくぐって駆け寄る。

 やがて、地面が揺れるような振動がして、隔壁が完全に閉まった。

 分厚いために防音効果もあるのか、近づいてきているはずの、巨人の足音もかすかにしか聞こえなくなった。


「さすがにこれを蹴破って、突破するのは無理そうね」


 パルフィが、ペチペチと手のひらで隔壁を叩く。


「今のうちに、行きましょう。機関部までにあと2箇所ぐらいに隔壁があるはずよ」

「これで、もう大丈夫でしょうか?」

「とりあえず、爆弾を仕掛ける暇はありそうね」


 少し安心して、一同はまた駆け出した。

 ところが、走り出して間もなく、背後から、金属を殴りつけるような激しい音が響いてきた。


「……巨人が、隔壁を殴ってるんじゃない?」

「いや、体当たりしてるような気がする。まあ、それで壊せるとは思えないけど」


 だが、そのうち、音が止み、しばらくして今度は何か重いものが倒れるかのような音が響いてきた。


「ちょ、ちょっと、一体あいつら何やってんのよ」

「もしかして、隔壁を壊したんじゃ……」

「大丈夫。もう一つあるわ」


 レイチェルが壁のパネルを操作する。再び、先ほどと同じ隔壁が降りてきた。もうあまり時間に余裕がない。クリスたちは隔壁が降りるのを待たずに先を急ぐ。


「壁はあといくつあるの?」

「たぶん、あと一箇所ね。機関部の前にあるやつよ。この調子だと、ぎりぎりになりそうね」

 

 隔壁は思ったよりも効果を上げていない。とうてい余裕があるとは言えなかった。


「見えたわ」


 レイチェルが突き当たりを指差す。


「あれが機関部よ」


 通路の一番奥が昇降ホールのように大きくなっており、そのさらに突き当たりに大きな扉が見えた。

 ようやく見えた最終目的地に、先を急ぐ四人。


 だが……。


「あっ」

「ちょっと待った」


 あわてて急停止する。

 昇降ホールに入ったところで、左手奥に機械兵の一団が待っていたのだ。そのそばには、シャトルリフトの扉があることから、おそらくリフトに乗って現れたと思われる。その数、およそ20体。銀色の鎧が鈍く光っている。


 機械兵の少し手前で態勢を整え、クリスとパルフィが身構える。


「やっぱり、出たわね」

「今度は機械兵か」

「挟み撃ちにしようって魂胆だったのね」

「20体はいるな……」


 機械兵が赤い目を光らせ、一斉に光の剣を出し、近づいてきた。


「待ってください、この兵士たち、体に血がついてます!」


 ルティが叫び声を上げた。確かに、先頭の何体かにベットリと血がついていた。おそらく、大量の血を浴びたのだ。それだけではない。よく見ると、ほとんど全ての機械兵に血痕やへこみなど、激しい戦闘の跡が見られた。


「こいつら、二人と戦ってここに来たんだ……」

「そんな……」


 クリスたちは愕然とする。この機械兵たちはグレンとミズキと激しく戦って、ここに立っている。では、二人は一体どうなったのか。もはや、その答えは一つしかない。


「グレン、ミズキ……」


 だが、感傷に浸る暇はなかった。今走ってきた通路の後ろの方から、かすかにだが巨人の歩く音が響いてくる。もう、巨人と彼らの間にあるのは、隔壁一枚だけである。


「……仕方がない。こいつらを倒そう」

「……そうね」


 パルフィもまた、悲愴な顔でうなづいて、呪文を唱える。接近戦の苦手な魔道士と幻術士にとって、機械兵20体と戦うのは無謀の極みである。しかし、なんとしてもここを切り抜け、レイチェルを機関部に送り届けなければアルティアの街が滅ぼされるのだ。そして、機関部の扉はもうそこに見えている。ここでやられるわけにはいかなかった。

 機械兵とはまだ距離がある、今のうちにと二人が呪文を唱えだすと、機械兵も近づきながら左手を前に突き出し、フォトンガンを撃ってきた。

 クリスとパルフィは出来るだけ光の玉を避けつつ、ひたすら攻撃呪文を撃ちまくった。

 二人の攻撃呪文が、機械兵に次々と炸裂する。

 だが、苦戦を覚悟した二人だったが、戦闘は意外な方向に進み始めた。

 機械兵が一発かそこらの呪文でバタバタと倒れていくのだ。


(おかしい、さっきよりも手応えがない……)


 クリスは、炎の玉を撃ちまくりながら、首をかしげた。先ほどは、何発かずつ食らってもそう簡単には倒れなかったのだ。

 

(……そうか、グレンとミズキに攻撃されて、それで……。いや、待てよ、ということは……)


 そこで、クリスは二人の意図に気がついた。多数の敵に囲まれ倒されたなら、無傷で残る敵が多いはずだし、本人たちも、万遍なく少しずつダメージを与えるような戦い方はしないだろう。何重にも取り囲まれた状態で、間合いの外にいる敵を攻撃するのは危険かつ無謀であり、しかも戦術的に意味がない。

 だが、グレンとミズキはそれを選んだ。それは、おそらく、自分たちが生き残るためではなく、自分たちがやられたあと、クリスたちだけでも戦えるようにするためだとクリスは気がついた。きっと、二人は自分たち自身では全部を倒せないと気がつき、途中で戦術を変えたのだ。つまり、2人で倒せるだけ倒してあとは残った無傷の機械兵をクリスたちに任せるのではなく、5人で機械兵全部を倒そうという考えだったに違いない。ただし、これはグレンとミズキには相当な負担となる。彼らは自らの命を省みず、クリスたちに後を託したのだった。

 ふと横を見ると、パルフィが目を指でぬぐっているのが見えた。パルフィも、二人の意志に気がついたのだ。


(グレン、ミズキ、気持ちは受け取った。二人のおかげだよ……)


 最後の機械兵が自分の呪文で倒れるのを、クリスは万感の思いで見届けた。


「クリス……」


 パルフィが近寄ってきて、何かを言いかけたが言葉にならないようで、ただ涙に濡れた目でクリスを見つめた。


「ああ。そうだね」


 クリスは、パルフィにうなづきかけた。


「よし、行こう」


 そのとき、背後から隔壁が倒された音が聞こえてきた。


「とうとう、来たか」

「レイチェル、急いで。もうそこまで来てるわよ」

「え、ええ」


 レイチェルが機関部の扉に駆け寄り、扉横のパネルに手のひらを当てる。

 だが、低い警告音がするだけで、扉は開かない。


「えっ?」


 レイチェルは、もう一度手のひらを当てるが、やはり扉は開かなかった。


 そのとき、今走ってきた通路の奥に、三体の鉄の巨人が見えた。床を震わせながら一歩ずつ向かってくる。


「巨人がきたぞ。レイチェル、早く開けてくれ!」

「だめ、開かないわ」

「隔壁を閉めるんだ!」


 その声に、レイチェルが慌てて、別の操作盤を操作する。

 昇降ホールと通路を遮断する形で、ゆっくりと隔壁が降りてきた。降下速度は遅いが、鉄の巨人が来るまでには閉まるであろう。これが最後の隔壁である。


「でも、これだと時間稼ぎにならないわね」


 すでに、これまでの隔壁も破られているのだ。ここを突破されるのも時間の問題である。


「レイチェル、まだ開かない?」

「扉がロックされてるのよ。リチャードがやったんだわ……」

「くっ、ここまで来て……」

「でも何とかやってみる。お願い、時間を稼いで」


 そういいながらも、レイチェルは操作盤を懸命に操作している。

 おそらく、ベスの力も借りてるのだろう。クリスには内容まではわからないが、激しく会話しているのがクリスの脳裏に聞こえてきた。

 クリスは覚悟を決めた。


「よし、僕が隔壁の中で時間を稼ぐから、あとは頼んだよ」


 そう言い残して、閉まりつつある隔壁の向こうに走って行こうとしたときだった。


「えいっ」


 パルフィの気合と共に、クリスの周りに魔方陣が浮かび上がる。その瞬間、彼は身動きが取れなくなった。金縛りの呪文である。

 もがこうとするが、身体は完全に固まってしまい、びくともしなかった。


「パ、パルフィ。何をやってるんだ。ふざけるのはよせ。呪文を解くんだ」

「ゴメンね。時間稼ぎならあたしの方が向いてるから、あたしが行くわ。あとは頼んだわよ」


 そう言って、タッタッタと駆け足で、降りてくる隔壁の向こうに走って行った。


「パルフィ!バカな真似はやめろ、君では無理だ。戻ってくるんだ」


 クリスが大声で叫ぶ。


「それじゃあ、私も行きます」


 ルティも、隔壁の向こうに駆けていった。すでに隔壁は三分の一の高さまで降りてきていた。


「待ってくれ、それなら僕も行く。三人で戦えば勝てるかもしれないだろう?」


 二人の背中に向かって必死に叫ぶクリス。


「だめよ。誰かがレイチェルのそばにいないと。他に敵が出てきたらどうするのよ」

「そ、それは……」

「ね? だから、あとは頼んだわよ」

「必ず、アルティアの街を守ってくださいね」

「そ、そんな……」


 二人はクリスの方を振り返り、にこっと笑った。

 そして、隔壁が降りてきて、クリスの前で閉まった。

 その瞬間、金縛りの術が解ける。

 クリスは隔壁に走り寄り、両手で激しく叩く。


「パルフィ! ルティ!」


 やがて、隔壁の向こうからかすかに何かの金属を殴りつけるような音が聞こえてくる。戦闘が始まったのだ。もうここで隔壁を開けても意味がない。クリスはその場に膝をつき、最後に両手で思い切り隔壁を叩いて嗚咽の声を漏らす。そして、さらにもう二人の仲間を犠牲にしてしまったことに、深い喪失感と激しい後悔の念を感じながら、動くことができなかった。


 そして、しばらくして。


「開いたわよ……」


 レイチェルの呼ぶ声が聞こえてくる。クリスは我に返った。

 振り返ると、すでに、機関部の扉が開かれ、そのそばでレイチェルが待っていた。


「……ああ」


 すぐに立ち上がって、レイチェルの元に駆け寄り、あとについて機関部に入る。

 クリスが中に入ると、扉が再び閉まった。





 一方、隔壁の向こう側では、パルフィたちが思わぬ形で、善戦していた。


「ふう、これで、やっと一体か」


 ズシンと大きな音と震動を立てて巨人が倒れた。早くも一体を倒したのである。

 

 意外なことに、戦っている相手が機械兵ではなくて巨人であることがこの善戦の原因となっていた。巨人は大きすぎて通路内では並んで戦うことができない。そのため、三体を同時に相手にする必要があまりなく、しかも一体でも思うように動き回ることができなかったのである。パルフィとルティは、すばしっこく巨人の攻撃をよけながら、着実にダメージを与えていた。さらに、倒れた巨人の体は他の二体にとって邪魔になるのは間違いなかった。

 ただし、今倒した巨人は、兵器庫前で最初に出てきた個体である。クリスと一緒に攻撃してダメージを与えていたはずだ。問題は、ほとんど無傷の二体であった。

 二人はもときた道を戻るように巨人たちをおびき出すことも考えた。そうすれば、無理せず戦える上に、巨人たちを機関部から遠ざけることになる。だが、巨人たちには優先順位があるようで、パルフィたちが隔壁から離れると、相手にするのをやめて、代わりに隔壁を壊そうとするのだ。それなら、もう倒すしかない。

 二人はともに、疲労困憊である。これまでの連戦で、そろそろマナも切れかかっていた。

 パルフィは、腰に付けたポーチからマナ回復剤を取り出して飲んだ。体力回復ポーションもいくつか入っている。これは、ルティのマナが切れてから飲むつもりだった。


 パルフィが振り返った。


「ルティ、あなたまで残らなくても良かったのに……」

「いえ。私がクリスたちについていくよりも、ここで二人で敵を食い止めたほうが時間が稼げますから」


 ルティは、息を切らしながらも、にっこり笑ってパルフィに答える。


「そうね。 私一人だと体力持たないから助かるわ」


 火力では、魔道士に一歩遅れを取る幻術士であり、攻撃呪文をほとんど使えない神官であったが、死なないしぶとさでは魔道士よりはるかに優れる。

 こちらが50のダメージを受けても、先に100のダメージを与えれば勝つではないか、というのが魔道士の基本理念である一方、30しかダメージを与えられない呪文しか持っていなくても、相手に攻撃させなければいい、というのが幻術士、そして、パーティーの誰も死ななければ最後には勝つ、というのが神官を含めヒーラーの戦闘姿勢である。

 そのため、魔道士の戦いは、勝つのも負けるのも極めて短時間でケリがつく。自分より強い敵と当たって、死なずに長く生き延びるだけなら幻術士と神官の組み合わせが一番いいのだ。


(今回は違うわよね、エミリアさん)


 前回、パーティが全滅しかかったとき、その原因は自分たちの命を軽んじていたこと、そして、準備を何もしなかったことだった。しかし、今回、この状況で戦っているのは、あの時とは事情が違うはずだと感じていた。隣国カトリアから来たパルフィにとって、アルトファリアは母国ではない、しかし、あんな訳のわからないヤツに何の罪もない人たちを殺されるのを見過ごすわけにはいかなかったし、ことはアルトファリアだけですまないかもしれない。あの取り憑かれたようなベルグ卿が他の国は襲わないなんていう保証はどこにもないのだ。


 二体目の巨人が、不快な金属音を立てて動き出す。


「さあ、かかってらっしゃい。あたしたちを舐めてると痛い目に遭うわよ」


 パルフィが気合いの入った顔で、身構えた。


「いくわよ、ルティ!」

「はいっ」




◆◆◆◆



 その頃、武器庫近くのシャトルリフト昇降ホール。


「う、うう……」


 グレンがうめきながら目を開けた。


(オレは……まだ、生きてるのか……)


 意識が朦朧とし、視界も霞んでいるが、壁際で床に倒れているのは分かる。

 起き上がろうとしたが、体が思うように動かない。何とか半身を起こして、そばの壁にもたれかかるのが精一杯だった。もう立ち上がるどころか、足を動かすこともままならなかった。


「グッ、ゲホッゲホッ」


 喉に何かがつかえた感じがして、急に咳き込んだ。口に当てた手を見ると、激しく吐血していた。体中血だらけで、どこに傷を負っているのか判別できないぐらいだった。もう、すでに痛みを感じることもなく、身体の感覚も全くなかった。


(どうやら、ここまでか……)


 医術の心得がなくとも、自分の状態ぐらいは分かる。あとわずかの命であるのは間違いない。


 霞んだ目で、周りを見渡すと、機械兵の残骸があちこちに転がっており、いくつかはまだ煙を出したり、バチバチと放電を繰り返していた。

 そして、その残骸に半ば埋もれるように、ミズキが倒れているのが見えた。


「……ミズキ、大丈夫か?」


 ほとんどささやくような、かすれた声しか出せないが、ともかく声をかけた。

 だが、彼女は身動き一つしない。体の下には血が水たまりのようになっていた。激しく出血しているようだ。気を失っているのか、それともすでにこときれているのかは、分からないが、この状態ではどちらにしても同じことだろう。いずれにしても、間もなく二人とも死ぬのは間違いない。


(奴ら、とどめを刺さずに行きやがった……)


 クリスたちをシャトルリフトで先に行かせた後、二人は機械兵たちと激しく戦った。かなりの敵は倒したはずだ。そして、倒せなくとも、あとで彼らのところへ行った時、楽になるように万遍なくダメージを与えておいた。だが、いかに機械兵が弱くとも、数で圧倒されるグレンとミズキは次第に押され、最後には、たたきのめされた。まず、ミズキが倒れ、そのあと自分も倒れた。そして、光の剣で刺し抜かれるのを覚悟した瞬間だった、機械兵たちは、突然、グレンたちに一切興味がなくなったかのように戦いをやめ、その場から去っていったのだ。おそらく、リチャードがクリスたちのところへ向かわせたのだろうとグレンは推測した。

 

 だが、たとえとどめは刺されなくとも、もうこの状態では同じである。それに、もしレイチェルの計画がうまくいけば、ここも爆発するはずだ。そして、自分は立ち上がることすらできない。


(あとは任せたぜ、クリス)


 だんだんと、意識が薄れてきたとき、ふとエミリアのことが頭によぎった。


(もう会えないと思うとつらいな……)


 自分は、果たしてエミリアの伴侶に選ばれていたのか、その答えを聞けなかったのだけが心残りだった。


(まあ、いいさ。エミリア……どうか幸せになってくれ)


 グレンの目が何も映さなくなり、辺りが闇に落ちたとき、ふと、脳裏にエミリアの優しい微笑みが浮かんだ。



◆◆◆◆


 そして、機関部前の隔壁の向こうでは、パルフィたちの戦闘が終わろうとしていた。


「グオーン」


 最後の巨人が、地面に膝をつき、そして、そのままうつ伏せに倒れた。

 ズンと地面が震える。


「や、やったわ……」


 クリスの懸念とは裏腹に、パルフィとルティは、巨人を三体とも倒してしまったのである。だが、それは、犠牲も大きかった。

 思わぬ勝利に喜びながらも、パルフィは苦痛に顔を歪める。


「あ、あんたたちと、相打ちなら……、文句は言えない、わね……」


 そして、血で真っ赤に染まった胸部を押さえて、その場に崩れ落ちた。すでに、出血がひどく、目が霞んでいる。

 パルフィが最後の呪文を撃つのと、巨人のレイガンがパルフィの胸を貫くのがほぼ同時だった。

 何とか体をひねって急所は外したために即死は免れたが、完全にはよけきれなかったのだ。そして、シールドはその前の攻撃で消し飛んでしまっていた。

 すでにルティも少し離れたところで倒れている。もう、最前から身動き一つしていない。


 最初に倒れたのはルティだった。自分自身には回復呪文をほとんど掛けずに、パルフィにかけ続けた。倒れる時も、最後の回復呪文をパルフィに掛けて力尽きたのだ。


「ルティ……」


 パルフィは、ズルッズルッと床を這いながら、彼のそばまで行こうとするが、途中でもう動けなくなった。意識も朦朧としている。


(もう、だめ……なのかな……)


 目をつぶると、自然とクリスの笑顔が浮かんできた。


(ああ、クリス……)

(もう、会えなくなるのね……)


 自分が死ぬことよりも、クリスに会えなくなることの方が辛いと思っていることに気がついた。自然と涙が溢れてくる。


(あなたは生き残ってね……)


 そして、クリスの名前をかすかにつぶやきながら、パルフィは意識を失った。




【次回予告】


グレン、ミズキに続いて、パルフィとルティまで失ったクリス。果たして、機関部に爆弾を取り付け、基地を脱出することができるのか。


「……ねえ。前に私が氷の呪文を使えたときに驚いてくれたでしょ?」


「クリス、ごめんなさい。あなたまで巻き込んでしまった……」


「それに、自分だけ生き延びるってのもね」



次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第二十三話「研究」をお楽しみに。


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