表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
PR
55/157

研究

(ここが……機関部……)


 レイチェルがここに入るのは初めてだった。そのせいか、扉を開けて中に飛び込んだ瞬間、目の前の光景に圧倒されそうになったのだ。


「おお、これは……」


 背後からクリスの驚嘆の声も聞こえてくる。


 機関部自体はそれほど大きな部屋ではなかった。おそらく司令室ほどだっただろう。ただし、高さが三階建ての天井ぐらいまである。そして、その中央には、一見、何かの塔のようにも見える巨大な装置が備え付けられている。


(これが、反物質反応炉ね……)


 直径が7~8m、高さも3mほどの円形の台座のような大きな装置から、直径が2mほどの円柱が突き出て、高い天井にまで達していた。天井部分でも、やや小さいが似たような装置が取り付けられ、円柱の受け手となっている。台座部分も柱部分も様々な部品や装置が組み込まれ、それらの動作状態を表すような計器やパネルが取り付けられていた。

 さらに、機関部横の壁、二階ぐらいの高さのところに出入り口が設けられ、そこから円柱に向かって通路が延びていた。そして、その通路は円柱のところで、一周するようにぐるっと回る形で取り付けられている。おそらく、エンジニアたちが修理や調整をするためと、何かあったときに倒れないようにするためのものだと考えられる。

 そして、反応炉は作動中らしく、唸るような低い音をたてながら、計器類がさまざまな光を放っていた。

 また、1階部分では、壁に沿って大小さまざまな装置が備え付けられ、壁にも光るパネルのようなものが多数あり、何らかの図表や数値などが表示されていた。


「ねえ、これを破壊するの?」


 レイチェルの後ろからクリスが、心配そうに声を掛けてきた。


「そうよ」

「こんな頑丈そうな鉄のかたまり、破壊できるのかな?」

「ああ、それは大丈夫よ。この爆弾があればね」


 レイチェルは、後ろを振り返り、ハーフローブの両方のポケットをパンパンとたたく。中には、武器庫から取ってきた反粒子爆弾が入っている。


「へええ」


 一通り機関部の中を二人で見て回ったあと、レイチェルが振り返った。


「爆弾をセットするわね。誰か来ないか見張っててくれる?」

「うん、分かった……」


 クリスは入ってきた扉まで戻り、そのそばに立つ。

 レイチェルは、すぐに作業に取り掛かるべく、反応炉のそばに向かった。


 そのとき、ベスの声が聞こえてきた。


(報告します)

(何?)

(司令官がミサイル発射命令を出しました。準備が完了次第、自動発射されます。およそ残り23分です)

(……分かったわ)


 自動発射命令。それは、リチャードが死んでも次の司令官が来るまでキャンセルできない事を意味する。そして、この時代に「次の司令官」など存在しない。


(どうしてもアルティアを滅ぼしたいのね)


 仮に自分が死んでも、アルティアだけは滅ぼすというリチャードの執念が感じられた。

 レイチェルはポケットから反粒子爆弾のうち一つを取り出した。


(ベス、どこに爆弾を取り付けたらいいか教えて)

(了解しました)


 そして、ベスに正確な設置場所を聞いて、それに従って取り付ける。

 タイマーは、ミサイル発射3分前に合わせた。これだけあれば、ミサイル発射前に基地が完全に破壊されるというベスの計算だった。

 そして、念のため解除コードを設定し、4つの爆弾をリンクさせてある。リチャードが解除しようとしても、解除コードが分からなければオフにすることができず、無理やり外そうとしても4つの爆弾が同時に爆発する。これで、リチャードが機関部に来ても10分やそこらでは爆弾を解除できないだろう。


(ベス、これでいい? もう一度確認して)

(確認完了。反粒子爆弾は全て所定の位置に取り付けられています)

(分かったわ。ありがとう)


 レイチェルは、安堵のため息をついた。これで、少なくともミサイルの発射は阻止することができるはずだ。あとは、自分たちが脱出するだけである。


「終わったわよ」

「……ああ、うん」


 クリスは、先程からほとんど何も話さずにいた。機関部に入ってきたときは、物珍しさも手伝ってか、熱心にいろいろな装置に見入っていたようだったが、その後は、また物思いに沈みがちだった。


「……」


 レイチェルは、そんな彼の様子を見て、何か励ますようなことを言おうとしたがやめた。何を言ったところで、仲間4人を失った悲しみは癒えるはずがないのだ。


「じゃあ、基地を出る前に、シールドを張る用意をするわね」

「……うん」


 基地はほとんどが埋没しているため、外に出るためには、最初に入ってきたレイチェルの研究室に戻る必要がある。しかし、リフトは、途中でリチャードに止められる恐れがあり、使うことはできない。レイチェルは、もう、走って戻るしかないと考えていた。ただ、この広大な基地の端から端に当たる研究棟と機関部をリフトなしで行くのは走っても時間かかる。今なら十分間に合うが、途中で何があるかわからない。時間は無駄にできなかった。


『えーと、管制コンピューター、聞こえる?』


 レイチェルがややぎこちない様子で、管制コンピューターを呼び出す。研究員である彼女は、基地の基幹機能を担う管制コンピューターを使うことはめったになかったのだ。とりあえず、リチャードがしていたように話しかけた。


『ハイ。動作中デス』


 壁のどこかにあるらしいスピーカーから、管制コンピューターの声が聞こえる。

 突然の声に、クリスは驚いた様子を見せたが、先ほどリフトの中で音声案内を聞いたせいか、危険ではないことを把握しているようだった。


『私たちは今から基地を脱出するから、それを確認したらすぐにシールドを張ってちょうだい』

『スデニしーるどハふるぱわーで作動中デス』

『えっ、いつのまにシールドなんて起動したのかしら。まあ、いいわ。じゃあ、私たちが出るまでいったん解除して』

『ソレハデキマセン』

『どうして?』

『解除シナイヨウ司令官ニヨリ命令サレテイマス』

『リチャードが?』


(なぜそんなことを……?)


 ふと、疑問に思ったが、よく考えてみると、その理由は明らかだった。


「レイチェル、どうしたの?」


 レイチェルの様子に気がついたのか、クリスが尋ねる。


「シールドがすでに起動していて、リチャードの命令で解除できないのよ」

「え? 何でそんなことを?」

「……たぶん、私たちをここから出さないためよ」

「なるほど……」


 シールドは外からの攻撃を防ぐため物質を通さないよう作られている。逆に言えば、中から外に出ることも不可能であり、起動中は外に出られないのだ。

 つまり、他国からの攻撃を受けるはずのない今、リチャードがシールドを起動したのは、レイチェルたちをここから出さないという意思の現れというのは間違いない。


「でも、それはまずいわね……」


 それからしばらくの間、レイチェルはシールド解除の方法を探ったが、どれもうまくいかなかった。管制コンピューターは、司令官の命令がないと解除できないの一点張りだったし、シールド発生装置の破壊も考えたものの、離れた場所にある複数の装置を破壊しなければならず、時間的に不可能だった。


(ベス、あなた、なんとか、シールドを解除できない?)


 最後の手段とばかりに、ベスに尋ねる。


(残念ながら、私もあなたと同じセキュリティレベルのアクセス権しか持っていませんので、これ以上は不可能です)

(管制コンピューターにハッキングは?)

(管制コンピューターに侵入するのには、極めて難しい上に、特殊な装置が必要です)

(……そう)


 そして、悄然とクリスに向き直った。


「クリス、ごめんなさい……。もうシールドを解除する方法がないわ」

「それって、もう脱出できないってこと?」

「ええ。シールド起動中は、外に出られないから、そういうことになるわね」

「そうか……」

「せっかくここまで来れたのに、最後に脱出できないなんて……」

「……」

「爆弾を止めれば、私たちは助かるけど……」

「でも、それだとミサイルが発射されるんでしょ?」

「ええ……」

「じゃあ、それはだめだよ。ここまで来た意味がないし、みんな何のために……」


 クリスは、最後まで言うのがつらそうに、そこで言葉を飲み込んだ。


「そうね。あたしもそう思うわ。でも、それならあなたまで爆発に巻き込まれるわよ。それでもいいの?」

「それを言うなら、レイチェルもでしょ? まあ、何万人もの命を救えるなら、仕方ないよ。それに……」


 クリスが少し悲しそうな表情で、うつむく。


「それに?」

「ほら、自分だけ生き延びるってのもね……」


 クリスは顔を上げ、肩をすくめて、軽い口調で言おうとしたようだったが、その瞳に浮かんだ深い悲しみは隠しようもなかった。おそらく、パーティーの中で、自分だけこうして無事でいることに深い罪悪感を感じているのだろう。


「クリス……」

「だけど、レイチェル。せめて、君だけでも助けられたら良かったんだけどね。僕たちは君の警護役だったんだから。今となっては、それだけが心残りだな」

「いいのよ、そんなこと。それに、みんなが守ってくれたからこうやってここまで来れたんだから」

「……」


 しばらくの間、二人は黙っていたが、やがて、レイチェルが反応炉のそばに腰をおろし、台座にもたれかかった。


「ああ、何だか、力が抜けちゃったわ」


 そして、クリスに隣に来て座るように手招きする。クリスも、吹っ切れた表情で隣に座り、同じように反応炉の台にもたれた。


「ふう、やれやれだよ」

「せっかくここまで来たのにね」

「さすがに、ちょっと疲れたな……」

「そうね、ずっと戦ってたもんね」

「何だか、今日一日で、すごく修行した気がするよ」

「ふふふ」


 二人はひとしきり笑ったあと、また黙っていた。


「みんな、どうなったのかな……」


 しばらくして、クリスがポツリと言った。


「そうね……」

「結構、あれで、みんなしぶといんだよ。ランク以上の能力もあるし」

「ええ」

「もしかして生き延びて助けを待ってるかもしれない。ねえ、レイチェル、この基地の機械か何かで、みんなが生きているかどうか調べる方法はないのかな?」


 クリスは、ガバッと身を起こすと、熱心にレイチェルに尋ねた。


「あるわよ、たぶん。さっき、リチャードが管制コンピューター……、ええと、さっき話してた機械ね。それにこの基地の生存者の数を聞いてたから」


 それが確認できるということは、この基地全体に生体反応を感知する機能がついているということになる。管制コンピューターにはグレンたち4名は登録されていないため、それぞれの状況はわからないが、基地内生存者の数を聞けば、少なくとも何人が生きているのかが分かる。


「聞いてみる?」


 それでもいいのか、という表情でレイチェルがクリスを見た。本来なら、レイチェル、リチャード、そして、クリスたちのパーティー、合わせて7人が基地内にいるはずであった。それが、もし、生存者がそれより少ないと言われたら……。


 だが、クリスのほうは覚悟が決まっているようだった。


「うん。僕は、パーティーのリーダーとして、みんなの状況を知っておく責任があるから」

「そう……、わかった。聞いてみる」


 レイチェルは、すこし顔を上げて、管制コンピューターに命じた。


『コンピューター、基地内の生存者数を報告して』


 すぐに答えが返ってきた。


『生存者7名デス。タダシ、ウチ4名は生体反応ガ弱ク、意識不明ノ重体デス』

「えっ?」


 それを聞いて、レイチェルは驚き、あわてて身を起こした。まさか、4人とも生きているとは思っていなかったのだ。とは言え、意識不明の重体では喜べない。レイチェルは、やや複雑な表情で、クリスに知らせた。


「クリス、みんなまだ生きてるわよ! でも、意識不明だって……」

「ホ、ホントに? そうか、よかった……」


 クリスは、心の底から安堵したようにため息をつく。そして、しばらく何か考えているようだったが、やがて、希望を取り戻したかのように、勢いよく立ち上がった。


「ねえ、みんなを助けに行ってもいいかな。もう爆弾は取り付けたんだよね?」

「そうね……」


 レイチェルも立ち上がって、パンパンとほこりを払うと、後ろを振り返り、反応炉を見渡した。

 すでに、爆弾は取り付けられ、しかも連動して爆発するようにリンクされている。たとえ、機械兵なりリチャードなりがやってきて、爆弾を取り外そうとしても、爆発が早まるだけだ。それに、元々は取り付けたらすぐに脱出するつもりだったのだ。


「大丈夫よ、行きましょう」

「うん、行こう」


 急に元気を回復したクリスが、真っ先に機関部を飛び出した。


 だが、機関部を出たクリスたちの目に飛び込んできたのは、通路を遮断している隔壁だった。


「あれを開けないといけないわね」

「戦っている音はもう聞こえないけど……」


 耳をすませてみても、戦っている様子は感じられない。逆に、恐ろしいくらい静かである。


「パルフィとルティが中にいるんだ。開けて」

「分かった……」


 レイチェルが操作盤を操作した。

 低い振動音をさせながら、ゆっくりと隔壁が上がっていく。

 万が一に備えて、クリスが隔壁に駆け寄って、地面に伏せ、隙間からのぞき見る。もう戦闘は終結したようであった。巨人たちが待ち構えている様子もない。巨人が倒れているのが見えるだけで、立っているものは誰もいなかった。


「巨人はもう倒れているけど……、もしかして勝ったのか? まさか……」


 だが、その割にはパルフィたちの姿が見えない。

 隔壁が三分の一開いたところで、待ちきれないようにクリスが腰をかがめて中に入った。


 クリスの目に最初に目に飛び込んできたのは、煙を出して倒れている3体の巨人だった。やはり、パルフィたちは勝ったのだ。しかし、それを讃えている場合ではなかった。

 パルフィとルティの二人が、隔壁から少し離れたところで、巨人の陰に隠れるように血だらけで倒れているのが見えたのだ。


「レイチェル、早く入ってきて!」

 

 クリスは、レイチェルに大声で呼びかけて、まず自分の近くで倒れていたパルフィに駆け寄り、仰向けにして抱え起こした。


「パルフィ、パルフィ、しっかりするんだ!」


 だが、パルフィは目をつぶったまま何も答えない。顔は真っ青で全く血の気がなかった。体中血だらけである。特に胸からの出血がひどい。


「クリス、どうしたの?」


 クリスの声に慌てて、レイチェルも入ってくる。


「レイチェル、ルティを頼む」

「わ、わかった」


 レイチェルも状況が飲み込めたのか、慌ててルティに駆け寄った。

 クリスは、パルフィの首筋に手を当てて、脈を取った。

 かすかに、神経を集中していないと分からないほどだが、まだ脈が感じ取れる。


「よし、まだ生きてる」


 クリスは、パルフィの半身を起こし、体を片手で抱きかかえたまま、腰の革袋から回復ポーションを取り出した。そして、栓を口で抜いて、パルフィの口に流し込んだ。だが、意識がないせいか、喉の奥まで入っていかず、口の横から流れてしまう。

 クリスは、一瞬どうしようか考えたあと、ポーションを自分の口に含み、パルフィに自分の顔を寄せ、唇を重ね、口移しでポーションを流し込んだ。

 パルフィの体が緑色に発光する。しかし、普段ポーションを飲んだときよりも、光る量が少ない。もう生命力が尽きてきているのだ。


「パルフィ、しっかりするんだ」

「ルティも息があるわ!」

「レイチェル、これをルティに飲ませて」

「わかった」


 クリスはもう一つのポーションを取りだし、レイチェルに投げ渡した。レイチェルは受け取ると、すぐにルティの口に流し込むが、やはり光は極めて淡いものだった。


「ルティ、しっかりして。ルティ」


 レイチェルがルティに呼びかけるも、ルティは真っ青な顔のままピクリとも動かない。


「だめだ、二人ともこのままだともうすぐ……」

「……」


 だが、同時に、自分たちがいる状況がクリスの頭に思い出された。どうせ間もなく基地が爆発して自分たちは死ぬのだ。逃げることすらできないのに、ここでパルフィたちを回復することに躍起になる意味はあるのか。


「くそっ、僕が幻術士で、テレポートでも出来ればよかったのに」


 悔しそうにクリスが言う。


「えっ?」

「そうすれば、みんなを脱出させることができるのにさ……」

「あぁ、そうね……」


 曖昧に返事をしたレイチェルだったが、突然、何かを思い出したかのように、大声で叫んだ。


「ああっ!」

「えっ?」


 クリスが驚いて、レイチェルを見る。


「私、忘れてた!」


 そして、ルティをそっと床に戻し、ものすごい勢いで立ち上がる。


「どうしたの一体?」

「ああ、何で私、今まで気がつかなかったんだろう。ずっと私の研究してきたことだったのに……。ホントにバカなんだから」


 レイチェルは、何かの考えに没頭するかのように、その場をうろうろと回り始めた。


「ど、どうしたの、急に?」


 一連の言動について行けず不安そうな表情のクリス。だが、レイチェルは、クリスの声が聞こえないぐらい集中していた。

 そして、しばらくして、クリスを振り返った。


「クリス、もしかしたら、うまくいくかもしれないわ!」

「な、何が?」


 話の見えないクリスは、レイチェルの興奮に戸惑うばかりである。

 レイチェルはどう答えようか一瞬迷った素振りをみせたが、クリスの質問に答える代わりに、ふと、いたずらっ子のような顔になった。


「……ねえ。前に私が氷の呪文を使えたときに驚いてくれたでしょ?」

「へ? う、うん、そうだね……」

「じゃあね、もし私がテレポートまで使えるって言ったらもっと驚いてくれる?」

「ええっ? ホントに? で、でも、そんな……」


 基本的に、魔幻語使いといっても、クラスによってその呪文の発生原理は大きく異なる。そのために、一般的にはよほど基本的なもの以外は、他のクラスの呪文を使うことはない。特に、テレポートのような大技は、幻術士としての厳しい修行が必要となるため、幻術士以外でテレポートを使えるものはいないのだ。

 それをレイチェルは、魔幻語使いでも何でもないのに、魔道士の氷の呪文を使えたばかりか、幻術士のテレポートまで使えると言ったのだ。クリスが驚くのは当たり前といえた。


「まあ、『使える』とまで言ったらちょっといいすぎだけどね。『使えるかもしれない』程度かな。だけど、何もせずに吹き飛ぶよりマシよね。さあ、時間がないわ、行くわよ」

「え、ど、どこに?」

「いいからついてきて」

「な、何を言ってるんだよ。この状態で二人を放っておいて逃げることなんてできないよ」

「ちがうのよ。もしテレポートが使えれば、この二人も、そして、グレンとミズキも脱出させられるの」

「ほ、ほんとに?」

「もし、使えたらだけどね……」

「だけど……」

「あなたがここに残っても、後少しでこの基地は爆発するのよ?」


 それを聞いて、クリスは決心したようだった。


「わかった。もしダメそうなら、また僕はここに戻って二人と一緒にいるよ、ミズキとグレンの様子も気になるし」

「そのときは、私も付き合うわ」

「パルフィ、ルティ、ごめん、ちょっと離れるけどすぐに助けてあげるから、がんばるんだよ」

 クリスは、そう言うと、抱きかかえていたパルフィの体をそっと床に置いて立ち上がり、レイチェルのあとについて行った。


 しばらく通路を走った後、二人は貨物室のような巨大な部屋に入った。

 さまざまな貨物類などにまぎれて、一番奥に巨大な装置が置かれていた。

 レイチェルはその装置に向かう。


「これよ」

「これ何?」

「テレポーターよ。物体をテレポートさせる機械ね」

「そ、そんなのまであるんだ」

「ええ。私の研究チームが作ったのよ。いえ、私たちだけじゃなくて、リチャードも……」


 レイチェルがリチャードとともに先住民の聖地に行ったのは、この装置に使う特殊な水晶を採掘するためだったのだ。そして、それを何の因果か、一万年後の世界で、リチャードの手から逃れるために使おうとしている。何という運命の変転だろうか。


「ああ、それで分かった」


 クリスが、ポンと両手を叩いた。レイチェルの思考が引き戻される。


「ん、何が?」

「レイチェル、前に僕たちと個別に話をして、魔道について調べたことがあったでしょ?」

「え? ええ、そうね」

「あの時、パルフィが言ってたんだよ。レイチェルにテレポートの話をしたら、ものすごく興味持たれて、いろいろ聞かれたって。きっと、これに関係あるんだよね?」

「ああ、あれね。ええ、そうよ。本当は、この装置はまだ実験段階なのよ。でも、パルフィのおかげで、ヒントをつかんだの」


 本来、これは実験機であり、動作が不安定だった。そしてまた、人間の移動実験も済ませていない。ここまでこの装置のことを思い出さなかったのは、人には使えないという思い込みがあったからだ。

 だが、この時代に目覚めて、意外なところから問題解決のヒントをもらったのだ。それがパルフィだった。

 レイチェルのテレポーターは、2つの地点の空間をつなげてしまうというものである。それは、パルフィが教えてくれたテレポート呪文の発生原理と極めて似ていたのだ。そして、パルフィに呪文について詳しく聞くうちに、自分の装置の改良すべき点に気がついたのだった。科学と魔道が異なるといっても、同じ原理で作用することは、やはり同じ法則が通用するのだ。それに、テレポートは、こちらでは確立された技術となっている。技術の成熟度がまるで違う。


「テレポーター、システム起動」


 レイチェルの声に反応し、装置が動き出す音が聞こえ、同時にいろいろな個所が点灯し始めた。レイチェルが、取り付けられた多数のボタンやつまみをあわただしく操作する。


「クリス。これを使う前に分かっていてほしいことがあるの」


 レイチェルは、手を止め、クリスに向き直った。


「何?」

「この機械はね、まだ完成したわけじゃないのよ。だから、もしかするとテレポートがうまく行かないかもしれない。それでも、いい?」

「うまく行かなかったらどうなるの?」

「次元と空間の狭間で引き裂かれてそれこそ原子にまで……、いえ、つまり本当にバラバラになるわ。まあ、死ぬのは一瞬だろうけど」

「でも、ここにいると必ず死ぬんでしょ。それなら文句は言えないよ」

「分かった。じゃあ、まずクリスから行くわね。もし、成功したら、そのあと、同じところに、パルフィたちもテレポートさせるから」

「うん」


 緊張した面持ちで、クリスは待った。

 レイチェルがベスに命じる。


(ベス、空間の同定プロセスに入るとき、パルフィに教えてもらった理論を使ってパラメータの算出をしてちょうだい)

(了解。シミュレーション中。テレポーターの動作チェックに入ります)

(シミュレーション終了)

(結果は?)

(99.76%で成功します)

(すごい、これなら大丈夫ね)


 0・24%の失敗率というのは、実用化にはまだ程遠い数値である。しかし、手段を選んでいられないこの状況で命をかけるには十分すぎる確率であった。


「いくわよ」

「う、うん」


 クリスがそう答えた瞬間だった。

 視界がぼやけて、瞬きした瞬間、突然世界が変わったかのように、自分が別のところに立っていたのだ。自分の体が移動した感じも全くなく、自分が瞬間移動したというよりも、自分の周りだけが取り替えられたという感覚である。

 あまりに何も感じなかったため、自分の頭のほうが、何が起こったのかを理解するのに時間がかかった。


(瞬間移動できたのか?)


 自分の手を見つめる。どこにも異常は感じられない。


(ものすごい術だな……)


 クリスは、旧文明の科学力の高さに畏敬の念を感じずにはいられなかった。


(それにしても、ここはどこだ?)


 科学力に圧倒された余韻を引きずりつつ、自分の場所を確認する。どこかは分からなかったが、前方を見下ろす形で、遠くに湖や発掘現場が見える。おそらく現場から少し離れた山の中腹にいるものと思われた。


(クリス、無事にテレポートできた?)


 レイチェルの声が脳裏に聞こえてきた。


(レイチェル! 無事に到着したよ)

(そう、よかった。じゃあ、これからパルフィたちも順番にテレポートするわね)

(わかった)


「クリス!」


 突然、後ろから呼びかけられ、振り向くと、ウォルターだった。その向こうに、エドモンドや村人たちも見える。ここに発掘隊は避難していたのだった。木々の間に天幕をはり、臨時の野営地を作ったようだった。おそらく、レイチェルが、ここを選んでテレポートさせたのだろう。


「父さん!」

「クリス」


 ウォルターはクリスのもとまで走り寄り、グッと力強く抱きしめた。


「無事だったか。だが、どうやってここに?」

「レイチェルが、テレポートさせてくれたんだ」

「何だと?」


 そして、簡単に経緯を説明した。


「そうだったのか……」


 ふいに、背後で発掘隊のメンバーたちが大声を上げるのが聞こえて、振り返ると、ミズキとグレンがテレポートされて横たわっていた。そして、さらに、パルフィとルティも、基地で寝かせて来た格好のまま送られてきた。

 ウォルターが4人の元に走り寄り、そばにしゃがんでそれぞれの脈を取った。


「いかん。4人ともまだ生きてるが、脈が弱い。すぐ治療を始めるぞ。リンツ、救急セットを持ってきてくれ」

「はい」

「エドは、熱い湯と清潔な布を大量に頼む」

「へい」


 慌ただしく、ウォルターたちが治療を始めるのを心配そうにじっと見守るクリスだった。



 ◆◆◆◆



 一方、レイチェルは、5人を脱出させた後、自分をテレポートさせるための準備をしていた。自分を空間転移させるためには、半自動運転させなければならないため、設定に時間がかかる。


(無事にテレポートできてよかった。でも、この古代文明に来て、テレポーターが完成するとは思ってなかったわ)


 まさか、こんな科学力が全く発達していない古代レベルの時代で、科学の粋を結集して作ったテレポーターについて教わることがあるというのは意外だった。だが、せっかく完成にこぎ着けたというのに、あと少しで基地ごと破壊される。複雑な思いに沈みながらも、レイチェルはテキパキとテレポートの準備をしていた。


そのとき、


「レイチェル、そこまでだ」


 不意に自分の後ろから声が響いてきた。慌てて振り返る。


「リ、リチャード!」


 貨物室のドアのところに、リチャードがレイガンを突きつけながら立っていた。そして、そのまま自分に向かって歩いてくる。遠目にも怒りに打ち震えているのがよく分かる。


「邪魔ばかりしおって、だが、それもここまでだ」


 ピッと聞こえるのは、レイガンの安全装置をオフにする電子音だ。自分の頭を狙っているのは間違いなかった。

 そして、用心からかレイチェルから少し離れたところで、立ち止まった。


「観念してもらおう」









【次回予告】


クリスたちをテレポーターで脱出させたレイチェル。しかし、自分をテレポートする前に、リチャードが現れた。はたして、レイチェルは基地から脱出できるのか。そして、リチャードの行動は?


「ここで、お前も死ぬのだぞ」


(べ、ベス。どうなってるの?)


「分かった。私の負けだ。ミサイル発射は取りやめる」


次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第二十四話「郷に従わぬ者」をお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ