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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
56/157

郷に従わぬ者

「リチャード……」


 レイチェルは突然のことに不意をつかれた。まさか、このタイミングでリチャードが現れるとは思っていなかったのだ。だが、すぐに動揺から立ち直り、覚悟を決めた。


(もう、こうなったら仕方ない……)


 そして、またテレポーターに向き直って、装置を操作するフリをしながら、胸のポケットからクリスからもらったお守りを取り出し、その中身を手のひらに出した。

 チャポンとかすかに液体の音が鳴る。それはマナ回復剤 の入った小型のビンだった。レイチェルは蓋を開け、一瞬、見つめた後、中に入っていた青い液体を一気に飲み干した。そして、ビンとお守りをポケットに戻す。


 バシッ


 何の前触れもなく、自分の足元の床から激しい音が鳴った。リチャードが背後からレイガンを撃ったのだった。


「操作をやめろというのが分からんのか。そして、こちらを向くのだ」

「わ、分かったわよ」


 レイチェルは、言われたとおりに振り向く。


(あ、れ……?)


 最初は、軽いめまいがしたのかと思ったレイチェルだったが、激しい悪寒と共に、めまいが急激に激しくなる。もはや、自分で立っていることができず、テレポーターにもたれかかった。さらに、今度は激しい咳が出て止まらなくなった。

 テレポーターに手をついて体を支えながらも、ゴホッゴホッと激しく咳き込むレイチェル。


「どうした? 体調でも悪いのか?」


 一瞬、自分をだます企みかと疑いの眼差しを向けたリチャードだったが、レイチェルの様子が明らかにおかしいことに気づいたようだった。


「ゴホッゴホッ、な、何でもないわ……ゴホッ」


(べ、ベス。どうなってるの?)


 レイチェルはこの状態に狼狽し、慌ててベスに尋ねた。まさか、このような激烈な反応を起こそうとは考えていなかったのだ。


(マナ回復剤に対するアレルギー反応です。ただいま、症状を和らげる処置を行っています)

(ま、まさか、ここまでとは……)


 ベスからは、「一度目は対処できるが、二度目以降は抗体ができるため、アレルギー反応をコントロールできない」と警告されている。たしかに、これより激しくなるなら体は持たないだろう。


 やがて、ベスの処置が功を奏したようで、めまいと咳、悪寒が収まってきた。

 はあはあと荒い息を落ち着かせながら、レイチェルがテレポーターに寄りかかるのをやめ、まっすぐ立つ。


「フン、難儀なことだ。まあ、いい。それよりも、時限爆弾の解除コードを教えろ」


 レイチェルの容態には全く関心がない様子で、リチャードが尋ねた。


「何のこと?」

「とぼけるな。お前が反応炉に仕掛けた爆弾の解除コードだ」

「いやよ。あなたに、ミサイルを撃たせるわけにはいかないわ」


(……ということは、機関部に行って爆弾を解除しようとしたのね)


 おそらく、レイチェルとクリスが機関部を出るのを見計らって、中に入り、そして、爆弾を解除しようとしたのだろう。その上でリチャードがここに来たということは、レイチェルにとってはいい知らせだった。この基地のテクノロジーを使っても、やはりリチャードは爆弾を解除できなかったのだ。


「ここで、お前も死ぬのだぞ」

「テレポーターがあるわ。あなたも一緒に脱出しましょう」


 そう言って、レイチェルは自分の後ろにそびえ立つ巨大な装置を指し示した。


「何を言っている。そいつは動作が不安定で、生物を使った実験もしていなかったではないか」

「いいえ。こちらに来て空間同定プロセスの改良方法を思いついたのよ。さっき、クリスたちをテレポートして脱出させたの」

「なんだと……?」

「私たちのテレポーターはとうとう完成したのよ!」


 レイチェルは、一瞬の間、この状況を忘れ、共に研究に打ち込んだテレポーターの完成を一緒に喜ぼうと、この事実をリチャードに告げた。


「フン、なるほど、それであの小僧どもの姿が見えないのか」


 だが、レイチェルの興奮や達成感という感情は、リチャードには一切感じられない様子だった。


(あなたも、あれほど情熱を掛けて取り組んでいたというのに……)


 それも無理からぬことかもしれない。自分にとっては現在の研究であっても、リチャードにとっては40年前のことである。


「……だから、お願い、一緒に脱出しましょう」


 テレポーターの完成がなんの感動も呼び起こさなかったことに失望を押し隠しながら、レイチェルはリチャードの説得を試みる。


「……」


 その言葉を聞いて、しばらく考えるようなそぶりを見せたリチャードは、言った。


「分かった。私の負けだ。ミサイル発射は取りやめる」

「ホントに?」

「ああ。その代わり、時限爆弾を解除してくれ」

「えっ?」

「私もまだ死にたくはない。お前もそうだろう。それに、この基地さえあれば、ミサイルを使わずともなんとでもなる」


 その言葉を聞いて、レイチェルは悟った。この基地がある限り、リチャードは自らの復讐のためにこの基地の圧倒的な武力と科学力を悪用するつもりなのだ。そして、今ここでミサイルの発射をやめさせたところで、今後、いつ発射するかもしれないし、発射させないようにし続けることも不可能である。なんといっても、彼がこの基地の司令官なのだ。やはりこの基地はどうあっても破壊しなければならない。もう、ことは今ミサイルの発射を止めるかどうかではないのだ。


「……だめよ。残念だけど、私は今のあなたが信用できない。基地はこのまま破壊するわ」

「お前も一緒に死ぬというのか」

「そうね。覚悟はできてるわ。自分たちの兵器で、この時代の人たちが殺されるのを見るよりましよ」

「バカなことはよせ。この基地があれば、世界は我々の思うままにできるのだぞ」


 そういって、さらにレイガンを突きつける。その表情には焦りの色が見えた。


「何を言ってもお断りよ」

「……フン、どうしても解除コードを教えないのなら仕方がない」

「どうするつもり?」

「手足一本ずつ、レイガンで撃ち抜いてやる。どこまで苦痛に耐えられるのか見ものだな」

「な、なんてことを……。リチャード、あなた、本当に変わってしまったのね……」

「やかましい。さあ、教えろ。まずは右足から行こうか」


 そういって、レイガンを右足に狙いを定めた。


「3つ数えるまで待ってやる」


 そこまで聞いて、レイチェルも覚悟を決めた。もう、彼は昔の彼ではない。おそらく、脅しではなく本当に撃つだろう。今、自分の前にいるのは、残虐な人殺しなのだ。


(ベス。オミクロン波の発動をお願い)

(了解しました)


 ベスに命じて、レイチェルは急いで呪文を唱える。


『大気に眠る水よ。我が捧げる祈りに応え、万物の根源である汝の力を、我に使わしめ給い……』


「ん? 何の世迷言を唱えておるのだ?」


 リチャードは、最初、それが魔幻語の呪文だとは気がついていなかった。一つには惑星標準語が彼の母国語であること、そして、レイチェルに魔道が使えるなど夢にも思っていなかったということがあるだろう。しかし、さすがにこの世界に40年も住んでいたせいか、やがて、それが魔幻語使いの呪文であることに気がついた。


「も、もしや……、それは……?」


『……凍てつく氷柱となりて、仇なす者を貫け』


 レイチェルは、呪文を唱え終わると、両手を上に突き上げた。

 その瞬間、頭上にいくつもの氷柱が現れる。

 それを悪夢のように見上げるリチャード。


「えいっ」


 レイチェルが両手を振り下ろすと、ヒュンヒュンという音を立てて、猛烈なスピードでリチャードに殺到した。


「うわああ」


 慌てふためいたリチャードがレイガンを撃ちまくる。何条もの光線が放たれ、次々と氷柱を破壊する。だが、氷柱のうちの一つがリチャードの胸を刺し貫いた。


「ぐふっ」


 リチャードは悪夢を見ているかのように呆然とした表情で、自分の胸に突き刺さった氷柱を見る。そして、レイガンを床に落とし、のろのろとした動作で、氷柱を両手で抜き取ろうとする。だが、氷柱を掴もうとした瞬間、氷柱はまるで最初からそこになかったかのように消えた。そして、そこから血がどくどくと流れ出す。


 リチャードは、胸を押さえながら、顔を上げた。


「ぐうぅ、な、なぜだ。なぜ、お前に魔道が使える? か、科学者ともあろうものが、ま、魔道など……」

「郷に入れば郷に従う。異文化交流の原則でしょ? あなたが昔教えてくれたことよ……」

「……そ、そうか、そ、そうだったな……。だが、こ、こんな、未開の文明で、魔道に従うなど……」

「それは、違うわ。魔道は、あやしい力でも何でもなく科学の法則に則って発動してるのよ。ただ私たちが、その力を解明していなかっただけなのよ」

「ど、どういうことだ?」

「私、魔道を分析したの。そして、ある程度の理論は分かったわ。だから、今の呪文も、私がBICを使って科学的に出したのよ。別に魔道士の修行を積んだわけじゃない」

「な、何だと……、そ、そうだったのか……、クッ、そ、そんなことなら……」

「あなたも魔法使いになれたのにね……」

「あ、ああ。そ、そうだな……、フフ、ざ、残念だよ、私も……、グフッ」


 それだけ言って、リチャードは崩れ落ちた。


「……」


 レイチェルはかつて恋人だった男の亡骸を、ただ悲しみの気持ちで見つめていた。

 最後にリチャードが見せた表情、あれは復讐に身を滅ぼされた男の顔でも、残忍な人殺しの顔でもなかった。おそらく、自分が信じていた科学を使って魔道を研究しようとする姿勢になれなかったことへの後悔を感じていたのだろう。そして、科学を駆使して呪文を発動する自分を想像して、微笑んだのだと思えた。


(やっぱり、あなたも科学者だったわね……)


 最後の最後に、かつてのリチャードの面影を見た気がして、レイチェルは少しだけ慰められた気がした。


(時限爆弾のタイマー発動まであと5分です)


 ベスの声がレイチェルを物思いから引き戻す。


(いけない、いそがなきゃ)


 今の状況を思い出し、再びコンソールに向き直る。感傷に身をゆだねるのは脱出してからでも遅くない。


 しかし


「そ、そんな……」


 テレポーターを振り返って、レイチェルは目の前の光景に愕然とした。


 目に飛び込んできたもの。それは、リチャードのレイガンに撃たれて激しい損傷を受けたテレポーターだった。氷柱を撃とうとして放った光線が、いくつも直撃したのだ。


 操作パネルからいくつもの煙が上がっている。バチバチッと小さな放電もそこかしこで起こっていた。焼き焦げた跡も見える。

 テレポーターが使えなくなったのは明らかだった。

 

 レイチェルは、今度こそ本当に脱出の手段を失ったのだった。

 



【次回予告】


テレポーターが壊れた今、脱出の手段はなくなった。レイチェルは最後の決心をして、クリスと遠話で話をする。一方、パルフィたちの容態は、もはや手の施しようのないところまで悪化していた。


(みんなと、そしてあなたと一緒にいられて楽しかった)


「クリス、もう、我々では、どうしようもない……」


(無理だよ、こんなの、レイチェル……)


次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第二十五話「爆発の中で」をお楽しみに。



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