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World of Utopia ―万種界―  作者: 鯱島
第1章 始まりの世界
7/10

第7話 始まりの森への挑戦


 始まりの街の冒険者ギルドを出たナイトとサツキは、通りを歩きながら次の目的地について話していた。


「始まりの森かぁ。どんなところなんだろうね」


「受付の人の話だと、草原よりも強い魔物が出るらしいな」


「フォレストウルフにポイズンスネーク、だったよね」


「ああ。特にポイズンスネークは毒を持ってるって話だった」


 二人が次に挑戦しようとしているのは、始まりの街の北東に広がる森林地帯――始まりの森。


 推奨レベルは三から八。今の二人のレベルは三なので、挑戦するにはちょうどよい時期ではある。


 しかし、推奨レベルの範囲内だからといって、油断してよいわけではない。


 草原で戦ったスライムやホーンラビットとは違い、森には毒を持つ魔物や群れで行動する魔物がいる。慣れない地形も相まって、これまで以上に慎重な行動が必要になるだろう。


「まずは道具屋に行こう。毒消し薬を買っておきたい」


「そうだね。準備は大事だもんね!」


 サツキは元気よく頷いた。


 二人は通りに並ぶ店の中から、以前訪れた道具屋を目指した。


 店の扉を開くと、鈴の音が鳴る。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥にいた店主が二人を出迎えた。


「こんにちは。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


「おや、冒険者のお二人か。何を探しているんだい?」


「毒を治す薬ってありますか?」


「毒消し薬ならあるよ。森に行くのかい?」


「はい。始まりの森に挑戦しようと思って」


「なるほど。それなら持っておいた方がいいな」


 店主は棚から小さな瓶を取り出した。


 透明な瓶の中には、薄い緑色の液体が入っている。


「これが毒消し薬だ。毒状態を回復するための薬だよ。ただし、どんな毒でも完全に治せるわけじゃない。強力な毒には効かない場合もあるから気をつけな」


「なるほど……」


 ナイトは説明を聞きながら、瓶を手に取って確認した。


《毒消し薬》

・分類:消耗品

・効果:毒状態を回復する

・品質:通常


「値段はいくらですか?」


「一本、銅貨五十枚だ」


「五十枚か……」


 ナイトは所持金を確認した。


 ゴブリン討伐や草原での魔物討伐、素材の売却によって、二人ともある程度の銅貨を持っている。


 しかし、まだ高価な装備を買えるほどではない。


「二本ずつ買っておこうか」


「うん。もしものときに足りなくなったら困るしね」


 二人はそれぞれ毒消し薬を二本ずつ購入した。


 さらに、ナイトは初心者用ポーションの残りを確認する。


「ポーションはまだあるな」


「私も。チュートリアルでもらった分が残ってるよ」


「それなら大丈夫そうだな」


 必要な道具を揃えた二人は、店主に礼を言って道具屋を後にした。


「これで準備完了!」


「いや、まだだ。依頼を受けてから出発しよう」


「そうだった!」


 サツキは笑いながら、冒険者ギルドの方へ歩き出した。


 ◇


 冒険者ギルドに到着した二人は、まず依頼掲示板へ向かった。


 掲示板には、今日も多くの依頼書が貼られている。


 薬草採集、魔物討伐、荷物運搬、街道警備。


 その中から、二人は目的の依頼書を探した。


「あ、これじゃない?」


 サツキが一枚の依頼書を指差す。


《薬草採集依頼》

・依頼内容:始まりの森で薬草を十束採集する

・採集対象:薬草

・採集場所:始まりの森

・推奨レベル:三以上

・報酬:銅貨百五十枚

・備考:採集した薬草を冒険者ギルドに提出すること


「これだな」


「十束かぁ。どれくらいで集まるんだろうね」


「実際に行ってみないと分からないな」


 二人は依頼書を掲示板から取り、受付カウンターへ向かった。


「こんにちは。薬草採集の依頼ですね」


「はい。これを受けたいんですけど」


 受付嬢は依頼書を受け取ると、内容を確認した。


「始まりの森での採集依頼ですね。こちらは討伐依頼と違って、薬草を十束集めていただければ達成となります」


「分かりました」


「ただし、森の中ではフォレストウルフやポイズンスネークが出現します。薬草を探すことに集中しすぎないよう、周囲への警戒を忘れないでくださいね」


「毒消し薬も買ってきました!」


 サツキがアイテム欄を開いて見せる。


「それなら少し安心ですね。ただ、毒を受けてから薬を使うまでに時間がかかる場合もあります。できるだけ攻撃を受けないようにしてください」


「はい!」


「それでは、依頼を登録しますね」


 受付嬢がカウンターの端末を操作すると、二人の視界に通知が表示された。


《クエストを受注しました》

《薬草採集》

・目的:薬草を十束採集する

・達成条件:薬草十束を冒険者ギルドに提出する

・報酬:銅貨百五十枚


「これで受注完了です」


「ありがとうございます」


 二人は受付嬢に礼を言い、ギルドを出た。


「いよいよ森だね!」


「ああ。草原とは違うだろうし、気を引き締めていこう」


「もちろん!」


 サツキは剣の柄に手を添えた。


 二人の新しい冒険が始まろうとしていた。


 ◇


 始まりの街の北門を抜け、北東へと進む。


 しばらく歩くと、草原の向こうに大きな森が見えてきた。


 遠くからでも分かるほど木々が密集しており、森の奥は薄暗くなっている。


「うわぁ……大きいね」


「本当に広そうだな」


 森の入口に近づくにつれ、周囲の景色が変わっていく。


 草原を吹き抜けていた風は木々に遮られ、代わりに葉の擦れる音や鳥の鳴き声が聞こえてきた。


 木漏れ日が地面に斑模様を作り、湿った土と草の匂いが漂っている。


 ナイトは森の入口で立ち止まり、メニューを開いた。


《フィールド情報》

・名称:始まりの森

・推奨レベル:3~8

・主な出現魔物:ゴブリン、フォレストウルフ、ポイズンスネーク

・採集可能素材:薬草、木の実、樹皮など


「よし。ここが始まりの森か」


「なんだか本当に冒険って感じがするね」


「草原も十分冒険だったと思うけどな」


「それはそうだけど、森ってだけで雰囲気が違うじゃん!」


 サツキは森の奥を眺めた。


 その表情には、期待と少しの緊張が浮かんでいる。


「まずは入口付近から調べてみよう。いきなり奥まで行く必要はない」


「賛成。薬草を探しながら、魔物がいたら慎重に戦おう」


 二人は森の中へ足を踏み入れた。


 ◇


 森の中は、外から見ていた以上に薄暗かった。


 頭上には枝葉が広がり、太陽の光はところどころから差し込むだけだ。


 足元には木の根や落ち葉が広がり、草原のように自由に走り回ることは難しい。


「足元にも気をつけないとな」


「うん。木の根に引っかかったら危ないしね」


 二人は周囲を確認しながら、ゆっくりと進んでいく。


 しばらく歩いていると、サツキが足を止めた。


「あっ、ナイト。あれって薬草じゃない?」


 彼女が指差した先には、地面から生えている小さな草があった。


 葉は三枚に分かれ、中央には淡い緑色の小さな花が咲いている。


「どれどれ……」


 ナイトが近づいて確認すると、視界に情報が表示された。


《薬草》

・分類:採集素材

・用途:回復薬などの調合素材


「間違いないな」


「やった! さっそく採集しよう!」


 サツキがしゃがみ込み、薬草に手を伸ばす。


 すると、採集方法を示す案内が表示された。


《採集可能》

《採集しますか?》


 サツキが採集を選択すると、短い動作の後、薬草がアイテム欄に収納された。


《薬草×1を入手しました》


「おお、簡単!」


「これなら見つければどんどん集められそうだな」


「十束なんてすぐかも!」


 サツキは嬉しそうに笑った。


 その後も二人は周囲を探しながら進み、さらに二束の薬草を見つけた。


《薬草×1を入手しました》

《薬草×1を入手しました》


「これで三束!」


「順調だな」


「この調子でいこう!」


 しかし、森の探索はそれほど簡単には進まなかった。


 薬草を探すために足を止めると、周囲への警戒が疎かになりやすい。


 また、木々の陰は視界が悪く、少し離れただけでも相手の姿を見失ってしまう。


 草原とは違う難しさがあった。


「ナイト、ちょっと待って」


「どうした?」


「今、向こうで何か動かなかった?」


 サツキが森の奥を指差す。


 ナイトは盾を構え、そちらへ視線を向けた。


 数秒後、木々の間から一匹の魔物が姿を現した。


 狼に似た姿。灰色の毛並みと鋭い牙を持ち、こちらを警戒するように低く唸っている。


「フォレストウルフ……!」


 ナイトの視界に魔物の情報が表示された。


《フォレストウルフ》

・レベル:3

・種族:魔物

・状態:警戒


「レベル三か。俺たちと同じだな」


「でも、狼ってことは素早そうだね」


「無理に近づかず、動きを見よう」


 二人が武器を構えると、フォレストウルフは地面を蹴った。


「来るぞ!」


 狼が一気に距離を詰めてくる。


 その速さは、これまで戦った魔物よりも明らかに速かった。


「ナイト!」


「任せろ!」


 ナイトは盾を前に出す。


 直後、フォレストウルフの牙が盾にぶつかった。


 ガンッ!


「くっ……!」


 衝撃が腕に伝わる。


 しかし、ナイトは踏ん張って攻撃を受け止めた。


「今だ、サツキ!」


「うん!」


 サツキが横へ回り込み、剣を振るう。


 しかし、フォレストウルフは素早く身を翻し、攻撃を避けた。


「速い!」


 サツキの剣は空を切る。


 フォレストウルフは距離を取り、再び二人を睨みつけた。


「正面からだと当てにくいな……」


「動きが読みにくいね」


「次は俺が動きを止める。サツキは無理に追いかけず、攻撃できるタイミングを待ってくれ」


「分かった!」


 ナイトは盾を構え直した。


 フォレストウルフが再び飛びかかってくる。


 今度は攻撃を受け止めるのではなく、盾を斜めに構えた。


 ガッ!


 狼の牙が盾に当たり、その身体が横へ流れる。


 完全に止めることはできなかったが、一瞬だけ体勢を崩させることができた。


「そこ!」


 サツキが踏み込む。


 剣が狼の胴体を捉えた。


 フォレストウルフは短く鳴き、地面に着地するとすぐに距離を取った。


「当たった!」


「いいぞ!」


 ナイトは追撃しようとしたが、フォレストウルフが低く唸る。


 その身体が再び沈み込んだ。


「また来る!」


 狼は今度、ナイトではなくサツキへ向かって飛びかかった。


「えっ!」


 サツキは咄嗟に剣を構える。


 だが、相手の勢いを正面から受け止めるには体格も力も足りない。


「サツキ、避けろ!」


 ナイトの声に反応し、サツキは身体を横へ投げ出すようにして回避した。


 フォレストウルフの牙が、彼女のいた場所を通り過ぎる。


 その隙を逃さず、ナイトが踏み込んだ。


「はあっ!」


 剣が狼の側面を斬る。


 フォレストウルフは大きくよろめいた。


「今なら!」


 サツキも立ち上がり、剣を握り直す。


 二人は左右から挟み込むように距離を詰めた。


 フォレストウルフは一瞬だけ逃げ道を探すように周囲を見回したが、すでに遅かった。


 ナイトの剣が振り下ろされ、続いてサツキの一撃が命中する。


 フォレストウルフの身体が光の粒子となって消えた。


《フォレストウルフを討伐しました》

《経験値を獲得しました》

《フォレストウルフの魔石×1を入手しました》

《狼の毛皮×1を入手しました》


「ふぅ……」


 ナイトは盾を下ろし、息を吐いた。


「倒せたね!」


「ああ。でも、草原の魔物よりかなり手強かった」


「速かったもんね。私、一回攻撃を外しちゃった」


「俺も最初の攻撃を受けたとき、思ったより衝撃が強くて驚いたよ」


 二人はお互いの状態を確認した。


 HPは少し減っているものの、大きなダメージは受けていない。


「ポーションを使うほどじゃないな」


「うん。まだ大丈夫そう」


「それにしても、森だと盾の使い方も考えないといけないな」


「どういうこと?」


「草原みたいに広い場所なら、相手の動きを見てから対応できる。でも森だと木が邪魔になるし、横から攻撃されることもある」


「確かに。さっきも木の陰から出てきたもんね」


「これからは周囲にも気を配らないと」


「了解!」


 二人はフォレストウルフが現れた方向を警戒しながら、探索を再開した。


 ◇


 それからしばらく、二人は森の入口付近を中心に薬草を探した。


 途中で何度か魔物の気配を感じたが、無理に戦わず、距離を取ってやり過ごすこともあった。


 そして、四束目の薬草を見つけた頃だった。


「ナイト、こっちにもあるよ!」


「本当か?」


 サツキが見つけたのは、木の根元に生えている薬草だった。


 ただし、そのすぐ近くには落ち葉が不自然に盛り上がっている場所がある。


「……待って」


 ナイトはサツキの前に手を出した。


「どうしたの?」


「あそこ、何かいるかもしれない」


 ナイトが指差した場所を、サツキも注意深く観察する。


 すると、落ち葉の隙間から細長い頭が現れた。


 黒と緑の模様を持つ蛇だった。


 その口から、細い舌が何度も出入りしている。


「蛇……?」


 ナイトの視界に情報が表示された。


《ポイズンスネーク》

・レベル:3

・種族:魔物

・状態:警戒

・特徴:毒牙による攻撃を行う


「ポイズンスネークだ」


「これが毒を持ってる魔物……」


 サツキは一歩後ろに下がった。


「毒消し薬を買っておいてよかったね」


「そうだな。でも、できれば毒を受けずに倒したい」


「うん。噛まれないようにしないと」


 二人は武器を構える。


 ポイズンスネークは鎌首をもたげ、二人の動きを窺っていた。


「俺が前に出る。サツキは横から攻撃してくれ」


「分かった!」


 ナイトが盾を構えながら、ゆっくりと近づく。


 ポイズンスネークの身体が大きく揺れた。


「来る!」


 蛇が地面を滑るようにして飛びかかってくる。


 ナイトは盾を前に出した。


 しかし、ポイズンスネークは盾にぶつかる直前で身体をひねり、横へ回り込もうとする。


「こいつ、盾を避けるのか!」


 ナイトは慌てて身体の向きを変えた。


 その瞬間、サツキが反対側から踏み込む。


「はあっ!」


 剣が蛇の身体を捉えた。


 ポイズンスネークは地面に落ちると、すぐに身体を丸めて反撃の姿勢を取る。


「まだ来るぞ!」


 蛇は身体を伸ばし、再びサツキへ飛びかかった。


 サツキは横へ避ける。


 しかし、蛇の動きは素早く、完全には避けきれなかった。


「きゃっ!」


 牙がサツキの腕をかすめる。


 直後、視界に赤い通知が表示された。


《状態異常:毒》

《HPが一定時間ごとに減少します》


「サツキ!」


「大丈夫! ちょっとかすっただけ!」


 サツキは距離を取り、腕を押さえた。


「毒状態になってる。すぐに毒消し薬を使おう」


「でも、まだ魔物が……」


「俺が引きつける!」


 ナイトは盾を構え、ポイズンスネークの前に立った。


 蛇の攻撃を警戒しながら、少しずつ距離を詰める。


 ポイズンスネークが飛びかかってきた。


 ナイトは盾を横に動かし、攻撃の軌道を逸らす。


 蛇の身体が地面に落ちた。


「今だ!」


 ナイトが剣を振るう。


 刃が蛇の身体に命中し、ポイズンスネークは大きくのけぞった。


 さらにもう一度、盾で押し返す。


 その隙にサツキが毒消し薬を使用した。


《毒消し薬を使用しました》

《状態異常:毒を回復しました》


「よし、治った!」


「無理するなよ!」


「分かってる!」


 サツキは改めて剣を構えた。


 ポイズンスネークは再び頭を持ち上げ、二人を睨んでいる。


「ナイト、今度は私が横から動きを止める!」


「分かった。無理に攻撃を受けるなよ!」


「任せて!」


 ナイトが盾を前に出して近づく。


 蛇はナイトの動きに反応し、身体を伸ばした。


 その瞬間、サツキが横から踏み込む。


 剣が蛇の頭のすぐ後ろを捉えた。


 ポイズンスネークの動きが鈍る。


「これで!」


 ナイトが剣を振り下ろした。


 最後の一撃が命中し、蛇の身体が光の粒子となって消えていく。


《ポイズンスネークを討伐しました》

《経験値を獲得しました》

《ポイズンスネークの魔石×1を入手しました》

《蛇の皮×1を入手しました》

《毒牙×1を入手しました》


「倒せた……!」


 サツキは剣を下ろし、大きく息を吐いた。


「怪我は?」


「大丈夫。毒も治ったよ」


「よかった」


 ナイトはほっと胸を撫で下ろした。


 初めて経験する状態異常。


 これまでの戦闘とは違い、HPが減るだけでなく、戦闘中に回復の判断を迫られる危険がある。


「毒って、思ったより厄介だね」


「ああ。もし毒消し薬を持っていなかったら、もっと危なかったかもしれない」


「準備しておいて正解だったね」


「本当にそうだな」


 二人は改めて道具の重要性を実感した。


 そして、ナイトはサツキの腕に視線を向けた。


「もう痛くないか?」


「うん。ゲームだから傷は残ってないよ。それに、毒もちゃんと治ったし」


「ならよかった」


「心配してくれたの?」


「そりゃするだろ。パーティーメンバーなんだから」


 サツキは一瞬きょとんとした後、嬉しそうに笑った。


「そっか。じゃあ、これからもよろしくね、ナイト!」


「ああ。よろしく」


 ◇


 その後、二人は少し森の奥へ進んだ。


 フォレストウルフやポイズンスネークとの戦闘を経験したことで、周囲への警戒も以前より慎重になっている。


 薬草を見つけたときも、すぐに採集するのではなく、まず周囲に魔物がいないか確認するようになった。


 木の根元、岩の陰、少し開けた場所。


 探す場所によって、見つかる薬草の数も違う。


「ここにもあった!」


「本当だ。これで何束目だ?」


「えっと……」


 サツキはアイテム欄を開いて確認した。


「七束! あと三束だよ!」


「思ったより集まったな」


「この調子なら、もう少しで終わりそう!」


 そのとき、少し離れた場所から物音が聞こえた。


 ガサッ。


 二人は同時に動きを止める。


「……また魔物かな?」


「かもしれない。少し様子を見よう」


 木々の向こうに、複数の影が動いている。


 ナイトは目を凝らした。


 緑色の肌。小柄な身体。手には粗末な武器を持っている。


「ゴブリンだ」


「草原にいたのと同じ?」


「見た目は似てるな」


 ナイトの視界に情報が表示される。


《ゴブリン》

・レベル:3

・種族:魔物

・状態:警戒


 その数は三体。


 草原で戦ったゴブリンよりもレベルが高い。


「三体か……」


「どうする?」


「今の俺たちなら戦えると思う。でも、ここは森の中だ。周囲にほかの魔物がいないか確認してからにしよう」


「分かった」


 二人は少し距離を取り、ゴブリンたちの様子を観察した。


 ゴブリンたちは何かを探しているようで、木々の間を歩き回っている。


 やがて一体がこちらに気づいた。


「ギャッ!」


 ゴブリンが声を上げる。


 残りの二体も振り返り、手に持った武器を構えた。


「見つかったか!」


「来るよ!」


 三体のゴブリンが一斉に走り出す。


「サツキ、右の一体を頼む! 俺は二体を引きつける!」


「了解!」


 ナイトは盾を構え、前に出た。


 ゴブリンの一体が棍棒を振り下ろす。


 ナイトは盾で受け止めた。


 もう一体が横から攻撃を仕掛けてくる。


「くっ!」


 ナイトは身体をひねり、剣で相手の武器を弾いた。


 一方、サツキは一体のゴブリンと向き合っていた。


 相手の攻撃を見極め、身体を横へ動かす。


 棍棒が空を切ったところで、剣を振るう。


「はあっ!」


 ゴブリンの腕に攻撃が命中した。


 ゴブリンは後ろへ下がるが、すぐに体勢を立て直してくる。


「まだまだ!」


 サツキは距離を詰め、もう一度剣を振るった。


 その間、ナイトは二体のゴブリンを相手に防戦を続けていた。


 一対一ならそれほど苦労しない相手でも、二体を同時に相手にするのは難しい。


 盾で一体の攻撃を防いでいる間に、もう一体が横から迫ってくる。


「やっぱり二体同時はきついな……!」


 ナイトは一歩後退し、木の幹を背にした。


 これなら、背後から攻撃される心配は少ない。


 ゴブリンの一体が棍棒を振り上げる。


 ナイトは盾で受け止め、そのまま押し返した。


 体勢を崩したゴブリンに剣を振るう。


 もう一体が攻撃してくる前に、ナイトは距離を取った。


「よし……!」


 しかし、ゴブリンたちは簡単には倒れない。


 そのうちの一体が再び棍棒を振り上げた。


 その瞬間、横から剣が飛び込んでくる。


「ナイト、こっちは倒したよ!」


「助かる!」


 サツキが倒したゴブリンの身体が消えていく。


 彼女はすぐにナイトの方へ駆け寄り、残った二体のうち一体に攻撃を仕掛けた。


 これで二対二。


 状況は大きく変わった。


「一体ずつ確実にいこう!」


「ああ!」


 二人は互いの動きを合わせ、ゴブリンの攻撃を受け流しながら反撃する。


 最後はナイトが一体の攻撃を盾で受け止め、サツキがその隙を突いて一撃を与えた。


 続けてナイトが剣を振るい、ゴブリンを討伐する。


《ゴブリンを討伐しました》

《経験値を獲得しました》

《ゴブリンの魔石×1を入手しました》


 残る一体も、二人の連携によって倒された。


《ゴブリンを討伐しました》

《経験値を獲得しました》

《ゴブリンの魔石×1を入手しました》


「ふぅ……。三体はさすがに疲れるな」


「でも、ちゃんと倒せたよ!」


「ああ。サツキが一体倒してくれたおかげだ」


「ナイトも二体を引きつけてくれたじゃん」


 二人は笑い合った。


 森の中での戦闘は、草原とは違う難しさがある。


 けれど、その分だけ新しい発見も多かった。


 木々を利用して背後を守ること。


 複数の敵を相手にするときは、立ち位置を考えること。


 相手の攻撃を受け止めるだけでなく、軌道を逸らして隙を作ること。


 一つ一つの経験が、二人の戦い方を少しずつ変えていく。


 ◇


 それからさらに探索を続けた二人は、ようやく十束目の薬草を見つけた。


「やった! これで十束!」


 サツキが薬草を採集すると、視界に通知が表示された。


《薬草×1を入手しました》

《クエスト達成条件を満たしました》


「よし、依頼達成だな」


「やったね!」


 二人はアイテム欄を確認した。


 薬草十束。


 途中で何度か魔物と遭遇したものの、無事に依頼に必要な数を集めることができた。


「これ以上奥へ進む必要はないな。今日はここまでにしよう」


「そうだね。毒も受けたし、思ったより戦闘も多かったし」


「帰り道も気をつけよう」


 二人は来た道を戻り始めた。


 途中でフォレストウルフの姿を見かけたが、無理に戦わずに迂回した。


 薬草を集めるという目的は達成している。


 余計な危険を冒す必要はない。


 やがて森を抜けると、明るい草原が広がっていた。


「はぁー! 外に出た!」


 サツキは大きく伸びをした。


「森の中はちょっと息が詰まる感じがしたな」


「分かる! でも、楽しかった!」


「そうだな」


 ナイトは振り返り、森を見つめた。


 木々の向こうには、まだまだ広い森が続いている。


 今回探索したのは入口付近だけだ。


 奥にはどんな魔物がいて、どんな素材が手に入るのか。


 考えるだけで、少しわくわくしてくる。


「また来ようね」


「ああ。今度はもっと奥まで行ってみたいな」


「そのためにも、もっと強くならないとね!」


「そうだな」


 二人は並んで始まりの街へ戻った。


 ◇


 冒険者ギルドに戻った二人は、受付カウンターへ向かった。


「お帰りなさい。依頼はいかがでしたか?」


「薬草を十束集めてきました」


「確認しますね」


 ナイトがアイテム欄から薬草を取り出すと、受付嬢は一つずつ数を確認した。


「はい。十束、確かに受け取りました。これで依頼達成です」


 受付嬢が端末を操作する。


《クエストを達成しました》

《薬草採集》

《報酬:銅貨百五十枚を獲得しました》


「おめでとうございます。これで薬草採集の依頼は完了です」


「ありがとうございます!」


「始まりの森はどうでしたか?」


「草原よりも大変でした。フォレストウルフもポイズンスネークも、思っていたより強くて」


「そうでしたか。毒を受けたのですか?」


「一度だけ。でも、毒消し薬を持っていたので大丈夫でした」


「それはよかったです。森では毒を持つ魔物も珍しくありません。今後も準備を怠らないようにしてくださいね」


「はい!」


 受付嬢は二人の冒険者カードを確認した。


「お二人とも、冒険者として順調に経験を積んでいるようですね」


「そうですか?」


「ええ。依頼を達成することも大切ですが、危険を判断して撤退することも冒険者には必要な能力です。今回、無理に森の奥へ進まず、依頼を達成した時点で帰還したのはよい判断だったと思います」


 その言葉に、ナイトは少しだけ嬉しくなった。


 ただ魔物を倒すだけではなく、状況を見て行動する。


 それも冒険者として大切なことなのだろう。


「ありがとうございます」


「これからも頑張ってくださいね」


 二人は受付嬢に礼を言い、カウンターを離れた。


「初めての森の依頼、無事に終わったね!」


「ああ。思ったよりいろいろあったけどな」


「毒を受けたときはびっくりしたけど、毒消し薬を使えばちゃんと治るって分かったし」


「それに、フォレストウルフの動きも少し分かった。次に戦うときは、もう少しうまくやれそうだ」


「じゃあ、次も森に行く?」


「そうだな。でも、その前に装備やアイテムを確認しておきたい」


「了解!」


 二人はギルドの出口へ向かった。


 そのとき、ナイトの視界に通知が表示された。


《レベルアップ》

《ナイトのレベルが3から4になりました》


「おっ」


「どうしたの?」


「レベルが上がった」


「えっ、私も!」


 サツキの視界にも同じ通知が表示されていた。


《レベルアップ》

《サツキのレベルが3から4になりました》


「やった! レベル四だ!」


「森の魔物は経験値も多かったみたいだな」


 二人はギルドの端に移動し、ステータスを確認することにした。


 ◇


《ステータス》


名前:ナイト

種族:人間族

レベル:4

ジョブ:騎士


HP:増加

MP:増加


《スキル》

・剣術Lv1

・盾術Lv1

・身体強化Lv1


《ステータス》


名前:サツキ

種族:人間族

レベル:4

ジョブ:剣士


HP:増加

MP:増加


《スキル》

・剣術Lv1

・身体強化Lv1


「レベルは上がったけど、スキルは変わってないな」


「うーん。スキルってどうやったら強くなるんだろうね」


「スキルレベルを上げる方法は、まだよく分かってないな」


 二人はスキル欄を確認する。


 剣術も盾術も身体強化も、レベルは一のままだ。


「何度も使っていれば上がるのかな?」


「そうかもしれない。今度、ギルドで聞いてみよう」


「うん!」


 ナイトはステータス画面を閉じた。


 ゲームを始めてから、まだそれほど時間は経っていない。


 それでも、レベルは上がり、戦える魔物も少しずつ増えてきた。


 最初は何も分からなかった世界で、今では自分たちで依頼を受け、魔物と戦い、素材を集められるようになっている。


 少しずつではあるが、確実に前へ進んでいた。


「ねえ、ナイト」


「ん?」


「私たち、結構冒険者らしくなってきたと思わない?」


「そうだな。最初はメニューの開き方すら分からなかったのに」


「それは言わないでよ!」


 サツキが頬を膨らませる。


 ナイトは小さく笑った。


「でも、楽しいな」


「え?」


「このゲーム。まだ知らないことばかりだし、行ったことのない場所もたくさんある。もっといろんなところを見てみたい」


 それは、以前の夜なら口にしなかった言葉だった。


 現実では、陸上を失ってから何かに夢中になることなどなかった。


 けれど今は違う。


 目の前には、まだ知らない世界が広がっている。


 どこまでも続く草原。木々が生い茂る森。そして、その先にあるであろう無数のフィールド。


 強くなれば、もっと遠くへ行ける。


 もっと多くの人と出会える。


 まだ見たことのない景色を見ることができる。


「私も! もっといろんなところに行きたい!」


 サツキは満面の笑みで答えた。


「それに、いつか自分たちのギルドも作るんだからね!」


「そうだったな」


「最強のギルドを作るんだよ! ガルドたちにも声をかけて、もっと仲間を増やしてさ!」


「まだまだ先は長そうだけどな」


「だからこそ楽しいんじゃん!」


 サツキの言葉に、ナイトは頷いた。


「ああ。そうだな」


 二人はギルドの扉を開き、街の通りへと出た。


 夕暮れの光が、街並みをオレンジ色に染めている。


 今日の冒険は終わった。


 けれど、彼らの冒険はまだ始まったばかりだ。


 次はどこへ行こうか。


 どんな魔物と出会うのだろうか。


 どんな仲間が待っているのだろうか。


 その答えを知るために、二人は明日もこの世界へやってくる。


 まだ誰も知らない世界へ。


 まだ誰も見たことのない景色へ。


 二人の冒険は、少しずつ広がっていく。

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