第4話 初めての討伐
草原を吹き抜ける風が、二人の頬を撫でた。
視線の先には、一匹の小柄な魔物がいる。
緑色の肌に、尖った耳。手には粗末な木の棍棒を持ち、腰にはぼろぼろの布を巻いている。
ゴブリン。
ゲームの世界ではありふれた魔物の一種だが、ナイトとサツキにとっては初めて対峙する敵だった。
「……あれがゴブリンか」
ナイトは小さく呟き、右手に持った片手剣を握り直した。
左手には小型の盾。装備自体は初心者用の簡素なものだが、今の二人にとっては頼れる武器であり、防具だった。
「うん。思ったより小さいね」
隣に立つサツキは、剣を構えながらゴブリンを観察している。
現実世界では剣道部に所属している彼女にとって、剣を持って相手と向き合うこと自体は初めてではない。
しかし、目の前にいるのは人間ではなく魔物だ。
しかも、ここは現実ではないとはいえ、視覚や触覚まで再現されたフルダイブ型のVRMMORPGの世界。
ゴブリンの表情や動きには不気味なほどの生々しさがあった。
「サツキ、どうする?」
「まずは一匹ずつ倒そう。二人で一匹を相手にする感じで!」
「了解。俺が前に出て攻撃を受け止める。サツキは隙を見て攻撃してくれ」
「分かった!」
二人は簡単に作戦を確認する。
騎士であるナイトは、剣と盾を扱う前衛向けのジョブ。
一方、剣士であるサツキは、剣による攻撃を得意とする近接戦闘向けのジョブだ。
役割としても、ナイトが敵の攻撃を受け止め、サツキが攻撃を加えるという組み合わせは悪くない。
もちろん、二人ともまだゲームを始めたばかり。
ジョブの特性を十分に理解しているわけではないし、実戦経験もない。
それでも、二人で相談して決めた最初の作戦だった。
「よし、行くぞ」
「おー!」
ナイトが一歩前へ踏み出した。
その瞬間。
「ギャッ!」
ゴブリンが二人の存在に気づき、耳障りな声を上げた。
そして、手に持った棍棒を振り上げながら、こちらへ向かって走ってくる。
「来た!」
ナイトは盾を前に構えた。
ゴブリンの動きはそれほど速くない。
しかし、初めての戦闘ということもあり、距離が縮まるにつれて緊張が高まっていく。
「ギャアッ!」
ゴブリンが棍棒を振り下ろした。
ガンッ!
鈍い衝撃が盾を通して腕に伝わる。
「っ……!」
思っていたよりも重い。
ゲームの中だということは分かっている。それでも、腕に伝わる衝撃は本物のようだった。
「ナイト、大丈夫!?」
「ああ! 問題ない!」
ナイトは盾を構えたまま、ゴブリンの攻撃を受け止める。
ゴブリンは棍棒を振り上げ、再び攻撃しようとした。
その瞬間。
「えいっ!」
横からサツキが踏み込んだ。
剣道で培った足さばきのように、地面を蹴って一気に間合いを詰める。
そして、ゴブリンの脇腹へ向けて剣を振り抜いた。
ザシュッ!
「ギャッ!?」
ゴブリンの身体がよろめく。
「おお、いいぞ!」
「まだまだ!」
サツキはそのまま一歩踏み込み、今度は横から剣を振るった。
二度目の攻撃がゴブリンの身体に命中する。
ゴブリンは苦しそうな声を上げ、数歩後退した。
しかし、まだ倒れてはいない。
「思ったよりしぶといね!」
「油断するな。まだ動いてる!」
ナイトはゴブリンとの距離を詰める。
ゴブリンは体勢を立て直すと、今度はナイトに向かって突進してきた。
「ギャアアッ!」
「こっちだ!」
ナイトは盾を構え、正面から受け止める。
ゴブリンの棍棒が盾にぶつかった。
ガンッ!
先ほどと同じような衝撃。
しかし、今度は少しだけ余裕があった。
ゴブリンの攻撃を受け止めることに集中し、相手の動きを見る。
棍棒を振り下ろした直後、ゴブリンの身体はわずかに前へ傾いていた。
「今だ!」
ナイトは盾を押し出し、ゴブリンの体勢を崩す。
そして、右手の剣を振り上げた。
「はあっ!」
剣がゴブリンの肩口を捉える。
「ギャッ……!」
ゴブリンはその場で大きくよろめき、地面に倒れ込んだ。
次の瞬間、その身体が淡い光の粒となって消えていく。
『ゴブリンを討伐しました』
視界の端にメッセージが表示された。
「……倒した?」
ナイトは剣を構えたまま、しばらく動かなかった。
「うん! 倒したよ!」
サツキが嬉しそうに声を上げる。
「やったね、ナイト!」
「……ああ。俺たち、初めて魔物を倒したんだな」
目の前からゴブリンの姿は消えていた。
そこには小さな石と、いくつかの素材だけが残されている。
「これがドロップアイテムかな?」
サツキが近づき、地面に落ちているものを拾い上げた。
『ゴブリンの魔石×1を入手しました』
『ゴブリンの棍棒×1を入手しました』
「おっ、魔石が出た!」
「これで依頼の討伐証明が手に入ったね」
「そうだな。あと四匹か」
ナイトはクエスト画面を開いた。
《クエスト:ゴブリンの討伐》
達成条件:ゴブリンを5体討伐する
進行状況:1/5
報酬:銅貨100枚
「ちゃんと一匹分、カウントされてる」
「よし! この調子で残り四匹も倒そう!」
サツキは拳を握り、やる気に満ちた表情を見せた。
「その前に、少しだけ確認しておこう」
「確認?」
「ああ。今の戦闘でHPが減ってるかもしれない」
ナイトはステータス画面を開いた。
《ステータス》
名前:ナイト
種族:人間族
ジョブ:騎士
レベル:1
HP:95/100
MP:100/100
「HPが五減ってるな」
「私は?」
サツキも自分のステータスを確認する。
「HPは?」
「私も少し減ってる。97になってるよ」
「攻撃を受けた分だけ減ったんだろうな」
「そっか。ゲームだからって、無傷で戦えるわけじゃないんだね」
「そうみたいだな」
ナイトは改めてステータス画面を眺めた。
HPやMP、レベル、ジョブなど、ゲームとしての情報が数字で表示されている。
だが、実際に攻撃を受ければ衝撃を感じるし、痛みも完全に消えているわけではない。
もちろん現実と同じ痛みではないのだろうが、それでも戦闘中に無茶をすれば危険だということは理解できた。
「ポーションを使うほどじゃないけど、次からは気をつけないとな」
「うん。私も気をつける!」
二人はステータスを閉じ、再び周囲を見渡した。
草原は広く、遠くには小さな丘が見える。
その先には森が広がっており、風に揺れる草の向こうでは、いくつもの魔物の姿が確認できた。
「ゴブリンって、他にもいるのかな?」
「依頼の対象なんだから、いるだろうな」
「じゃあ、探そう!」
「そうだな。あまり街から離れすぎないようにしよう」
二人は草原の中を歩き始めた。
少し進んだところで、ナイトがふと足を止める。
「……あれか?」
前方の岩陰に、二匹のゴブリンがいた。
一匹は木の棍棒を持ち、もう一匹は短い刃物のような武器を持っている。
どちらも先ほどのゴブリンと同じくらいの大きさだった。
「二匹いるね」
「片方は短剣みたいなものを持ってるな」
「どうする? 二人で一匹ずつ?」
「いや、最初は一匹を二人で倒そう。もう一匹に気づかれないようにしたい」
「分かった!」
二人は岩陰に隠れながら、ゴブリンの様子を観察する。
二匹は何かを話しているようだった。
言葉は聞き取れないが、ときおり奇妙な声を上げている。
「……あいつら、仲間同士なのかな」
「たぶんそうじゃない? ゴブリンって群れで行動する魔物なのかも」
「そうだとしたら、周囲にもいるかもしれないな」
「気をつけないとね」
ナイトは盾を持つ左腕に力を込めた。
今回は先ほどと違い、二匹を相手にする可能性がある。
一匹を倒す間に、もう一匹が襲ってくるかもしれない。
「俺が先に一匹を引きつける。サツキは攻撃の隙を見て、確実に一撃ずつ入れてくれ」
「了解!」
ナイトは岩陰から姿を現した。
そして、近くにいた棍棒持ちのゴブリンへ向かって声を上げる。
「おい!」
「ギャッ!?」
ゴブリンが振り向いた。
ナイトは盾を構えながら、少しずつ距離を詰める。
すると、ゴブリンは棍棒を振り上げて襲いかかってきた。
「来い!」
ナイトは盾で攻撃を受け止める。
ガンッ!
棍棒が盾にぶつかった。
その間に、サツキが横から回り込む。
しかし、もう一匹のゴブリンもこちらに気づいてしまった。
「ギャギャッ!」
短剣を持ったゴブリンが、サツキへ向かって走り出す。
「サツキ! 後ろ!」
「分かってる!」
サツキはすぐに振り返り、剣を構えた。
短剣を持ったゴブリンは、身体を低くして接近してくる。
その動きは先ほどの棍棒持ちよりも素早かった。
「速っ……!」
ゴブリンが短剣を突き出す。
サツキは咄嗟に身体を横へずらした。
短剣が彼女の脇を通り過ぎる。
「危なっ!」
「サツキ!」
ナイトは棍棒持ちの攻撃を盾で受け止めながら、もう一匹の様子を確認した。
サツキは短剣持ちと向き合っている。
「大丈夫! こっちは任せて!」
サツキはそう叫ぶと、ゴブリンの動きを見極めるように剣を構えた。
短剣持ちのゴブリンが再び突進してくる。
今度は短剣を横に振り払うような攻撃だった。
サツキは剣を立てて受け止める。
キンッ!
金属同士がぶつかる音が響いた。
「くっ……!」
サツキの身体がわずかに後ろへ押される。
力ではゴブリンの方が上らしい。
しかし、サツキはそのまま押し負けることなく、相手の攻撃を受け流すように剣を動かした。
そして、ゴブリンの腕が伸びきった瞬間。
「そこっ!」
一歩踏み込んで、剣を振るう。
剣先がゴブリンの腕を捉えた。
「ギャッ!」
ゴブリンが短剣を落とす。
「よし!」
サツキはその隙を逃さず、もう一度剣を振り下ろした。
今度は胴体に命中する。
ゴブリンはよろめき、地面に倒れた。
「はあっ!」
最後にもう一撃。
その身体は光の粒となって消えた。
『ゴブリンを討伐しました』
「よし、二匹目!」
サツキは嬉しそうに声を上げた。
しかし、まだ戦闘は終わっていない。
ナイトの前には、棍棒持ちのゴブリンが残っていた。
「ナイト、そっちは?」
「もう少しだ!」
ナイトは盾でゴブリンの攻撃を受け止めていた。
短剣持ちよりも動きは遅いが、棍棒の一撃は重い。
何度か攻撃を受け止めているうちに、腕が少しずつ疲れてきていた。
「ずっと受けてるだけじゃ、きついな……」
盾で攻撃を受け止めることはできる。
しかし、相手が攻撃するたびに衝撃が伝わり、少しずつ体力を消耗していく。
ナイトはゴブリンの動きを見ながら、攻撃のタイミングを探った。
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
その瞬間、ナイトは盾を少し傾けた。
棍棒が盾の表面を滑るようにして、横へ流れる。
「今だ!」
ナイトは前へ踏み込んだ。
そして、ゴブリンの腹部へ剣を突き出す。
「はっ!」
剣が命中する。
ゴブリンが苦しそうに声を上げ、身体を折り曲げた。
「もう一発!」
ナイトは剣を引き、今度は横薙ぎに振るう。
ゴブリンは後ろへよろめき、そのまま倒れ込んだ。
『ゴブリンを討伐しました』
「……ふう」
ナイトは息を吐き、剣を下ろした。
「お疲れ!」
サツキが駆け寄ってくる。
「サツキもな。そっちは大丈夫だったか?」
「うん! ちょっと危なかったけど、なんとか倒せたよ」
「短剣持ちは動きが速かったな」
「そうだね。でも、攻撃のタイミングは剣道と似てるところがあったよ」
「剣道?」
「うん。相手が攻撃してくる瞬間とか、動きが止まったところとか。そういう隙を見て攻撃するのは、普段の稽古にも通じるところがあるんだ」
「なるほどな」
サツキは剣を見下ろし、少し考えるような表情をした。
「でも、やっぱり現実の剣道とは違うね。剣の重さも違うし、相手の動きも全然違う。もっと慣れないと」
「俺も盾の扱いに慣れないとな。受け止めるだけだと、攻撃する機会が少なくなる」
「でも、ナイトが前にいてくれたから、私は攻撃に集中できたよ」
「それならよかった」
二人はお互いの戦い方を振り返りながら、戦闘で得た経験を確認していく。
最初はただ敵の攻撃を受け止め、剣を振るうだけだった。
だが、二度目の戦闘では相手の動きを観察し、攻撃の隙を見つけることができた。
ほんの少しではあるが、二人は確実に戦い方を覚え始めていた。
「そういえば、クエストの進行状況は?」
ナイトがクエスト画面を開く。
《クエスト:ゴブリンの討伐》
達成条件:ゴブリンを5体討伐する
進行状況:3/5
報酬:銅貨100枚
「三匹だ。あと二匹!」
「もう半分以上だね!」
「この調子なら、すぐに終わりそうだな」
「よーし、頑張ろう!」
サツキは元気よく返事をした。
そのときだった。
「……ん?」
ナイトがふと、草むらの向こうに目を向けた。
遠くの方で、何かが動いたように見えたのだ。
「どうしたの?」
「いや、今何か見えた気がして」
二人は目を凝らす。
草原の先、少し大きな岩が転がっている場所。
その近くに、緑色の小さな影が見えた。
「ゴブリンだ」
「本当だ。今度は一匹だけかな?」
「いや……奥にもいる」
ナイトが指差した先には、さらに二匹のゴブリンがいた。
どうやら、先ほどの二匹とは別の集団らしい。
「三匹いるね」
「三匹か……」
ナイトは少し考えた。
クエストの達成条件はあと二匹。
つまり、三匹全てを倒す必要はない。
しかし、三匹を相手にするとなると、今までよりも難しい戦闘になるだろう。
「どうする? 二匹だけ倒して帰る?」
サツキが尋ねる。
「そうだな。依頼を達成するだけなら、それで十分だ」
「でも、三匹相手に戦う経験もしてみたい気はするね」
「……確かに」
二人は顔を見合わせた。
無理をする必要はない。
初めての戦闘で、まだゲームの仕組みも完全には理解できていない。
だが、せっかくのゲームだ。
少しずつ挑戦していくことも大切だろう。
「まずは二匹を倒す。残りの一匹は状況を見て判断しよう」
「了解!」
二人は再び武器を構えた。
ナイトは盾を前に出し、サツキは剣を両手で握る。
「今度は俺が二匹の注意を引く。サツキは一匹ずつ確実に倒してくれ」
「分かった。無理はしないでね」
「そっちもな」
ナイトは草むらから飛び出した。
「おーい!」
ゴブリンたちが一斉に振り向く。
「ギャッ!?」
「ギャギャッ!」
三匹のゴブリンがこちらに気づいた。
そのうち二匹がナイトに向かって走ってくる。
残りの一匹は、少し離れた場所で様子をうかがっていた。
「よし、こっちだ!」
ナイトは盾を構え、二匹の攻撃を受け止める。
一匹目が棍棒を振り下ろす。
ガンッ!
盾に衝撃が走る。
続いて、二匹目が横から攻撃してきた。
「くっ!」
ナイトは身体をひねり、盾を向ける。
しかし、二匹の攻撃を同時に受け止めるのは簡単ではない。
片方を防いでいる間に、もう片方が攻撃してくる。
「ナイト!」
サツキが声を上げる。
「大丈夫だ! こっちは任せろ!」
ナイトは盾を構え直した。
二匹の動きを見ながら、少しずつ後退する。
相手を一か所に集め、攻撃のタイミングをずらす。
そうすれば、同時に攻撃されることを防げるかもしれない。
「よし……!」
一匹目が棍棒を振り上げた。
ナイトはその攻撃を盾で受け止める。
その瞬間、もう一匹が横から近づいてくる。
ナイトは盾を少し傾け、最初のゴブリンを押し返した。
そして、空いた側へ身体を移動させる。
二匹目の攻撃は、盾の端をかすめるだけに終わった。
「今なら!」
ナイトは二匹目に向かって剣を振るう。
しかし、攻撃は浅く、ゴブリンの腕をかすめただけだった。
「ギャッ!」
それでも、ゴブリンの動きが一瞬止まる。
ナイトはその隙を使い、再び盾を構えた。
一方、サツキも別のゴブリンと戦っていた。
「えいっ!」
サツキの剣がゴブリンの肩に当たる。
ゴブリンは棍棒を振り回して反撃してきた。
サツキは後ろへ下がって攻撃を避ける。
「もうっ、当たらないよ!」
そのまま剣を構え直し、相手の動きを待つ。
ゴブリンが再び突進してきた。
サツキは真正面から受け止めず、身体を少し横へずらす。
そして、ゴブリンが通り過ぎる瞬間に剣を振るった。
「そこっ!」
剣が背中に命中する。
「ギャッ!」
ゴブリンが倒れ込んだ。
「あと一撃!」
サツキはすぐに追撃を加える。
ゴブリンの身体が光に包まれ、消えていった。
『ゴブリンを討伐しました』
「やった!」
その声に反応したのか、ナイトと戦っていたゴブリンの一匹がサツキの方を向いた。
「ギャアッ!」
「えっ、こっち!?」
ゴブリンがサツキへ向かって走り出す。
「サツキ!」
ナイトはすぐに追いかけようとしたが、もう一匹のゴブリンが立ちはだかった。
「邪魔だ!」
ナイトは盾を構え、ゴブリンの攻撃を受け止める。
そして、盾で相手を押し返した。
「はあっ!」
剣を振り下ろす。
ゴブリンの肩に攻撃が命中した。
さらに一歩踏み込み、剣を振るう。
二度目の攻撃が胴体を捉えた。
「ギャッ……!」
ゴブリンが地面に倒れ、光の粒となって消えた。
『ゴブリンを討伐しました』
「これで……!」
ナイトはすぐにサツキの方を振り返る。
サツキはゴブリンの攻撃を避けながら、なんとか距離を取っていた。
「サツキ!」
「大丈夫! 今、倒すから!」
サツキは剣を構え直す。
ゴブリンが棍棒を振り上げた。
その攻撃を、サツキは剣で受け止める。
しかし、力の差で押され、身体が後ろへ下がった。
「くっ……!」
そのまま体勢を崩しかける。
だが、サツキはすぐに足を踏み直した。
そして、ゴブリンの棍棒が戻る前に、剣を振り上げる。
「せいっ!」
剣がゴブリンの腕に命中した。
棍棒が地面に落ちる。
「今だ!」
サツキは間合いを詰め、剣を振り下ろした。
ゴブリンはその場に倒れ、光となって消えていった。
『ゴブリンを討伐しました』
「はあ……はあ……」
サツキは剣を下ろし、肩で息をしていた。
「サツキ!」
ナイトが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと疲れただけ」
「HPは?」
「確認するね」
サツキはステータスを開いた。
「HPは……82になってる」
「結構減ったな」
「最後に押し負けちゃったからね。でも、まだ大丈夫!」
「無理はするなよ」
「分かってるって!」
サツキは笑顔を見せた。
その様子に、ナイトも少しだけ安心する。
「それより、クエストは?」
「ああ、確認しよう」
ナイトはクエスト画面を開いた。
《クエスト:ゴブリンの討伐》
達成条件:ゴブリンを5体討伐する
進行状況:5/5
達成
報酬:銅貨100枚
「……終わった」
「やったああ!」
サツキが両手を上げて喜ぶ。
「ゴブリン五匹、討伐完了!」
「これで初めての依頼達成だな」
「うん! やったね、ナイト!」
二人は顔を見合わせて笑った。
ゲームを始めてから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、初めての街を歩き、冒険者ギルドで依頼を受け、初めて魔物と戦った。
そして今、その依頼を達成した。
ただのゲーム内のクエストかもしれない。
しかし、二人にとっては初めての冒険だった。
「……なんか、いいな」
ナイトがぽつりと呟く。
「ん? 何が?」
「こうやって二人で冒険するの」
ナイトは草原を見渡した。
青い空。どこまでも続く草原。風に揺れる草の音。
そして、隣には一緒に戦ってくれる仲間がいる。
「昔、陸上をやってた頃も、こうやって目標に向かって頑張ってたんだ」
「……うん」
「でも、怪我をしてからは、何かに向かって頑張ることもなくなってた」
ナイトは自分の手を見つめた。
ゲームの中の手には、剣と盾が握られている。
「まだ始めたばかりだけど、ここでは少しずつ強くなっていける気がする」
「なれるよ」
サツキは迷いなく答えた。
「ナイトなら、絶対に強くなれる。私も一緒に強くなるから!」
「……そうだな」
「それに、私たちは最強のギルドを作るんだから!」
「まだギルドすら作ってないけどな」
「細かいことは気にしない!」
サツキは胸を張って言った。
その姿を見て、ナイトは思わず笑った。
「そうだな。まずは強くならないとな」
「うん!」
二人はもう一度、クエストの達成状況を確認した。
討伐数は五匹。
しかし、討伐証明となるゴブリンの魔石も確認しておく必要がある。
「魔石は何個ある?」
「えっと……」
サツキがアイテム欄を開く。
「ゴブリンの魔石が三個あるよ」
「俺の方にも二個ある。合計五個だな」
「これなら問題ないね!」
「よし、街に戻ろう」
二人は始まりの街へ向かって歩き始めた。
草原を進む途中、何度かスライムやホーンラビットの姿を見かけたが、今は討伐依頼を達成したばかりだ。
余計な戦闘は避け、二人は街へ戻ることを優先した。
「そういえば、さっきのゴブリンって全部同じレベルだったのかな?」
歩きながらサツキが尋ねた。
「どうだろう。最初の一匹はレベル2だったけど、後のやつらは確認してないな」
「次からはちゃんと確認した方がいいね」
「そうだな。敵のレベルや種類を見てから戦うようにしよう」
「あと、魔物によって攻撃方法も違うみたいだしね」
「棍棒を持ってるやつと短剣を持ってるやつでは、動きが全然違ったな」
「うん。短剣の方は速かったし、棍棒の方は一撃が重かった」
「同じゴブリンでも、装備や個体によって戦い方が違うのかもしれない」
「そう考えると、魔物って結構奥が深いね」
サツキは楽しそうに言った。
ナイトも同じことを考えていた。
この世界には、まだ見たことのない魔物が数多く存在するのだろう。
草原だけでもスライムやホーンラビット、ゴブリンがいる。
さらに森や山、洞窟、海など、様々な場所に異なる魔物が生息しているはずだ。
それだけではない。
このゲームには、人間族だけでなく、エルフやドワーフ、獣人など、様々な種族が存在している。
街で見かけた人々の中にも、まだ知らない種族がいたかもしれない。
「……本当に広い世界なんだな」
「そうだね。まだ始まりの草原しか見てないのに、行ってみたい場所がいっぱいあるよ」
「まずはこの街の周辺からだな」
「うん! 少しずつ行ける場所を増やしていこう!」
二人が街の北門へ到着すると、門の近くには何人ものプレイヤーが集まっていた。
装備や武器は様々で、パーティーを組んでいる者もいれば、一人で草原へ向かう者もいる。
「お、プレイヤーが増えてるね」
サツキが周囲を見渡す。
「ログインしたばかりの人もいるんじゃないか?」
「確かに。あっちの人、初期装備っぽいし」
門の近くでは、何人かのプレイヤーが装備を確認したり、パーティー募集をしたりしていた。
「俺たちも、いつかああやって仲間を募集するのかな」
「もちろん! ギルドを作ったら、たくさん仲間を集めるんだから!」
「その前に、まずは俺たちが強くならないとな」
「そうだね。まずは冒険者ランクを上げて、レベルも上げて、装備も整えて……」
「やることが多いな」
「だから楽しいんでしょ!」
サツキの言葉に、ナイトは頷いた。
確かに、やるべきことが多い。
だが、それは決して嫌なことではなかった。
むしろ、これから何をしようかと考えるだけで、少し胸が弾む。
二人は門をくぐり、始まりの街へと戻っていった。
⸻
冒険者ギルドへ戻ると、建物の中は相変わらず賑わっていた。
依頼を受ける冒険者、報酬を受け取る冒険者、仲間と談笑する冒険者。
様々な人々が行き交っている。
「戻ってきたね!」
「まずは報告だな」
二人は受付カウンターへ向かった。
カウンターの向こうでは、以前と同じ金髪の女性が冒険者たちの対応をしていた。
「お帰りなさいませ。ご用件をお伺いします」
「先ほど受けたゴブリン討伐の依頼を達成しました」
ナイトがそう告げると、受付嬢は穏やかに微笑んだ。
「まあ、お二人とも。初めての依頼を達成されたのですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
サツキが元気よく返事をする。
「それでは、討伐証明を確認させていただきます。ゴブリンの魔石をお持ちでしょうか?」
「はい。これです」
ナイトとサツキはアイテム欄からゴブリンの魔石を取り出し、カウンターに置いた。
受付嬢は魔石を一つずつ確認する。
「はい。五個、確かに確認いたしました。これで依頼達成となります」
受付嬢が手元の端末を操作すると、二人の視界にメッセージが表示された。
『クエストを達成しました』
『報酬:銅貨100枚を獲得しました』
「おお、報酬が入った!」
「やったね!」
二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「初めての依頼達成、おめでとうございます。これからも様々な依頼に挑戦してみてくださいね」
「ありがとうございます。ちなみに、他にはどんな依頼があるんですか?」
ナイトが尋ねる。
「そうですね。現在、初心者の冒険者の方におすすめしている依頼ですと、薬草採集や荷物運搬、周辺の魔物討伐などがございます」
「薬草採集かあ」
サツキが呟く。
「戦闘以外の依頼もあるんですね」
「はい。冒険者の仕事は魔物の討伐だけではありません。採集や護衛、調査、運搬など、様々な仕事がございます」
「なるほど」
「また、冒険者として活動を続けていけば、より難しい依頼を受けられるようになります。お二人も、まずはEランクを目指して頑張ってくださいね」
「はい!」
サツキが元気よく返事をした。
「そういえば、冒険者ランクを上げるには、どれくらい依頼を達成すればいいんですか?」
「一概には言えません。依頼の難易度や達成状況、冒険者としての実績などを総合的に判断して昇格が決まります」
「ただ依頼をこなせばいいわけじゃないんですね」
「はい。冒険者としての実力も大切ですから」
受付嬢は優しく説明してくれた。
「それから、魔物の素材をお持ちでしたら、こちらで買い取ることもできますよ」
「素材の買い取りもしてくれるんですか?」
「ええ。魔石だけでなく、魔物の牙や皮、骨なども買い取っております。素材によっては、武器や防具の材料として利用されることもございます」
「なるほど。じゃあ、これも買い取ってもらえますか?」
ナイトはアイテム欄からゴブリンの棍棒を取り出した。
「はい。こちらはゴブリンの棍棒ですね。状態を確認させていただきます」
受付嬢は棍棒を確認した。
「こちらは銅貨三枚で買い取り可能です」
「三枚か」
「売る?」
サツキが尋ねる。
「今のところ使う予定もないし、売っていいんじゃないか?」
「そうだね。じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
受付嬢は棍棒を受け取り、報酬を加算した。
『銅貨3枚を獲得しました』
「これで少しお金が増えたね!」
「そうだな。装備を買うときの足しにできる」
「もっと強い武器とか防具も欲しいなあ」
「そのためにも、まずはお金を貯めないとな」
二人は受付嬢に礼を言い、カウンターから離れた。
依頼掲示板の前には、先ほどよりも多くの冒険者が集まっている。
掲示板には新しい依頼書も追加されていた。
「次は何を受けようか?」
サツキが依頼書を眺める。
「今日は初めての依頼を達成したところだし、いったん街を見て回らないか?」
「街?」
「ああ。武器屋や防具屋、道具屋も見てみたい。今の装備でどれくらい戦えるのかも知りたいしな」
「いいね! 私もお店を見てみたい!」
二人は掲示板から離れ、冒険者ギルドの出口へ向かった。
⸻
外へ出ると、街には夕方の光が差し込んでいた。
空は少しずつ橙色に染まり始め、建物の壁や石畳を柔らかく照らしている。
「うわあ、綺麗……」
サツキが空を見上げた。
「時間によって景色も変わるんだな」
「そうみたいだね。さっき来たときとは雰囲気が違うよ」
街を歩く人々の姿も、昼間とは少し違って見える。
店先では店じまいの準備をしている人がいたり、冒険者たちが酒場へ向かっていたりする。
街の中には生活があった。
単なるゲームの背景ではなく、そこで人々が暮らしているように感じられる。
「まずは武器屋に行ってみようか」
「賛成!」
二人は街の通りを歩き始めた。
しばらくすると、壁に剣と盾の看板が掲げられた店が見えてきた。
「ここかな?」
「たぶんそうだな」
扉を開けると、金属を打つ音が響いてきた。
店の奥では、ドワーフらしき男性が大きな槌を振るっている。
壁には様々な剣や斧、槍が並び、棚には盾や防具も置かれていた。
「いらっしゃい。武器を探しているのか?」
店主らしき男性がこちらを振り向く。
「はい。今使っている装備より、少し強い武器があるか見てみたくて」
ナイトが答える。
「なるほど。冒険者になったばかりか?」
「そうです」
「なら、まずは初心者向けの装備からだな。無理して高い武器を買っても、使いこなせなければ意味がない」
店主は棚から一本の剣を取り出した。
「これは鉄の片手剣だ。今のお前さんが使っている初心者用の剣よりは頑丈で、攻撃力も高い」
ナイトは剣を受け取り、手に持ってみる。
少し重い。
だが、扱えないほどではない。
「いいですね」
「値段は銀貨二枚だ」
「……銀貨二枚」
ナイトは思わず呟いた。
今の所持金では、とても買えそうにない。
「こっちはどうだ?」
店主が別の剣を見せる。
「銅貨八十枚の鉄製短剣だ。片手で扱いやすく、初心者にも向いている」
「短剣か……」
「武器は自分の戦い方に合ったものを選ぶことだ。騎士なら盾との相性も考えた方がいい」
店主はナイトの装備を見ながら言った。
「お前さんは騎士だろう? なら、剣と盾を使う戦い方を身につけるといい。盾で敵の攻撃を受け止め、隙を作って剣で反撃する。基本を大切にすることだ」
「分かりました。ありがとうございます」
ナイトは頷いた。
その隣で、サツキも剣を見ていた。
「私は剣士なんですけど、剣士におすすめの武器ってありますか?」
「剣士なら、まずは扱いやすい片手剣だな。慣れてきたら自分の好みに合わせて変えていけばいい」
「なるほど……」
サツキは並べられた剣を見比べる。
「これ、いいな」
彼女が手に取ったのは、細身の鉄製片手剣だった。
「軽くて振りやすそう!」
「そいつは銅貨九十枚だ。剣士には悪くない選択だぞ」
「九十枚……」
サツキは少し残念そうに剣を戻した。
二人の所持金は、依頼報酬を合わせてもまだ十分ではない。
「今は買えないな」
ナイトが苦笑する。
「うん。でも、いつか絶対買おうね!」
「そうだな」
二人は店主に礼を言い、武器屋を後にした。
その後、防具屋や道具屋も見て回った。
防具屋には革鎧や鉄製の胸当て、手袋、ブーツなどが並んでいた。
道具屋にはポーションや薬草、携帯食料、ランタンなど、冒険に必要な品が揃っている。
まだ買えるものは少なかったが、街の施設や必要な道具について知ることができた。
「この街だけでも、見るところがいっぱいあるね」
「そうだな。まだ行ってない場所も多い」
「明日はもっといろいろ見て回ろうよ!」
「明日もログインするつもりなのか?」
「もちろん!」
サツキは即答した。
「せっかく始めたんだもん。もっと冒険したい!」
「……そうだな。俺も、もう少し続けてみたい」
ナイトは自分でも驚くほど自然にそう答えていた。
ゲームを始める前の自分なら、こんなふうに次の日を楽しみにすることはなかったかもしれない。
けれど今は違う。
明日になれば、またこの世界へ来られる。
まだ見たことのない場所へ行ける。
まだ知らない魔物と出会える。
そして、隣にはサツキがいる。
それだけで、明日が少し楽しみになっていた。
「じゃあ、今日はそろそろログアウトしようか」
サツキが言う。
「そうだな。初日から結構遊んだし」
「明日は何をしようかなあ」
「まずはレベル上げだろうな。もう少し戦闘にも慣れたい」
「うん! それから、もっといろんな魔物を倒してみたい!」
「無理はするなよ」
「分かってるって!」
二人は街の広場へ向かった。
広場の中央には大きな噴水があり、その周囲にはプレイヤーたちが集まっている。
楽しそうに話す者、パーティーを募集する者、街の景色を眺めている者。
それぞれが、自分なりの冒険を楽しんでいるようだった。
「……また明日な」
ナイトが言う。
「うん! また明日!」
二人はログアウト操作を行った。
視界が白く染まり、身体の感覚がゆっくりと現実へ戻っていく。
⸻
「……戻ってきた」
ナイトが目を開けると、見慣れた自分の部屋があった。
VRギアを外し、ベッドから身体を起こす。
隣ではサツキもギアを外していた。
「お疲れ、ナイト!」
「ああ。お疲れ」
「楽しかったね!」
「そうだな」
ナイトは窓の外を見た。
現実の空も、すっかり夕方になっている。
ゲームの中で感じた風や草の匂い、剣を振るった感覚が、まだ身体に残っているような気がした。
「ねえ、ナイト」
「ん?」
「明日も一緒にやろうね」
「ああ。もちろん」
ナイトは頷いた。
「今度はもっと強くなろう」
「うん! そして、いつか最強のギルドを作ろう!」
サツキは笑顔で拳を握る。
「そのためにも、まずはレベル上げだね!」
「そうだな」
二人は笑い合った。
こうして、ナイトとサツキの最初の冒険は幕を閉じた。
まだレベルは一。
装備も初心者用のまま。
冒険者ランクもF。
彼らはまだ、広大な万種界のほんの一部に足を踏み入れただけに過ぎない。
それでも、二人にとっては大きな一歩だった。
そして、この小さな一歩が、やがて多くの仲間と出会い、数えきれないほどの冒険を重ね、世界に名を刻むことになるとは――このときの二人は、まだ知る由もなかった。




