第3話 冒険者ギルドと初めての依頼
ギィィィ……。
重厚な両開きの扉を押し開けると、賑やかな声が二人の耳に飛び込んできた。
「おお……」
思わず声を漏らしたのは夜だった。
冒険者ギルドの内部は、外から想像していたよりもずっと広かった。
高い天井に、木材をふんだんに使用した内装。壁には大小様々な武器や装飾品が飾られ、中央には大きなテーブルと椅子がいくつも並んでいる。
右手にはカウンターがあり、その向こうには数人の受付嬢が立っていた。
左手には掲示板が設置され、そこには大量の紙が貼り付けられている。
そして、建物の中には多くの人々がいた。
剣を腰に差した者。
大きな斧を背負った者。
杖を持った魔法使いらしき者。
鎧を身に着けた者。
その姿は様々だった。
「すごいね! 本当に冒険者ギルドって感じ!」
隣に立つ皐月も、興奮した様子で周囲を見回していた。
「確かに。想像していた通りだな」
「ねえ、あっち見て!」
皐月が指差した先には、大きな掲示板があった。
そこには依頼書らしき紙が大量に貼られている。
「クエストの掲示板かな?」
「たぶんそうだろうな」
二人は掲示板へ近づいてみた。
掲示板には、様々な依頼が貼り付けられていた。
《薬草の採集》
《ゴブリンの討伐》
《荷物の運搬》
《街道の警備》
《薬品の配達》
《森の調査》
それぞれの依頼書には、依頼内容や報酬、難易度などが記載されている。
「へえ、こんなにあるんだ」
「本当にいろいろな依頼があるな」
夜は一枚の依頼書を手に取った。
《薬草の採集》
依頼内容:指定された薬草を10本採集すること。
採集場所:始まりの街周辺の草原。
報酬:銅貨50枚。
難易度:F。
「薬草を採集するだけでも依頼になるんだな」
「そうみたいだね。戦闘以外の依頼もたくさんあるんだ」
「これなら戦闘が苦手な人でも冒険者になれるのか」
「うん。採集や運搬、生産系の依頼もあるみたいだしね!」
皐月は別の依頼書にも目を向ける。
《ゴブリンの討伐》
依頼内容:ゴブリンを5体討伐すること。
討伐対象:ゴブリン。
討伐場所:始まりの街北側の草原。
報酬:銅貨100枚。
難易度:F。
「こっちは討伐依頼だね!」
「ゴブリンか」
「ファンタジーの定番だね!」
皐月は楽しそうに笑った。
「最初の敵はゴブリンになるのかな?」
「どうだろうな。ほかにも魔物はいるだろうし」
「でも、最初に戦うならゴブリンがいいな!」
「そんなに戦いたいのか?」
「だって、せっかく剣士になったんだよ? 実際に戦ってみたいじゃん!」
皐月は腰に装備した剣の柄に手を添えた。
その表情には期待が浮かんでいる。
「まあ、確かに」
夜も自分の剣に目を向けた。
ゲームを始めてから、まだ一度も本物の敵と戦っていない。
チュートリアルで訓練用の人形を攻撃しただけだ。
実際の戦闘がどのようなものなのか、少し気になっていた。
「まずは受付で話を聞いてみようか」
「そうだね!」
二人は掲示板から離れ、カウンターへ向かった。
* * *
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」
カウンターに近づくと、受付に立っていた女性が笑顔で声を掛けてきた。
金色の髪を後ろでまとめた、穏やかな雰囲気の女性だった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あの、冒険者ギルドについて教えてもらいたいんですけど」
皐月が答える。
「かしこまりました。それでは、こちらをご覧ください」
女性が手をかざすと、二人の前に半透明のウィンドウが表示された。
《冒険者ギルドについて》
・冒険者登録
・クエストの受注
・クエストの報告
・冒険者ランク
・報酬の受け取り
・素材の売却
「おお、分かりやすいな」
「これなら簡単に理解できそうだね」
夜は表示された項目を確認した。
「まず、冒険者登録についてですが、お二人はすでに登録が完了しております」
「はい。さっき街に来たときに登録されました」
「それでしたら、現在のお二人の冒険者ランクはFランクとなっております」
「冒険者ランクって、どうやって上げるんですか?」
皐月が尋ねる。
「クエストの達成や、冒険者としての活動実績によって評価されます。一定の条件を満たすことで、上位のランクへ昇格することができます」
「なるほど」
「ランクが上がれば、より難易度の高いクエストを受注できるようになります。また、ランクに応じて利用できる施設やサービスも増えていきます」
「どこまで上がるんですか?」
「当ギルドでは、Fランクから始まり、E、D、C、B、A、そして最高位のSランクまでございます」
「Sランク……」
皐月の目が輝いた。
「いつかそこまで上がってみたいね!」
「そうだな」
夜は苦笑しながら答えた。
「もちろん、ランクの昇格には相応の実績が必要となります。焦らず、少しずつ経験を積んでいくことをお勧めいたします」
「はい!」
皐月は元気よく返事をした。
「続いて、クエストについて説明いたします」
受付嬢が画面を切り替える。
《クエストについて》
冒険者ギルドには様々な依頼が寄せられます。
採集、討伐、護衛、調査、運搬など、その内容は多岐にわたります。
冒険者は自身の能力やランクに応じて依頼を受注することができます。
「クエストを受注するにはどうすればいいんですか?」
「掲示板から受注したい依頼を選び、こちらの受付までお持ちください。条件を確認したうえで正式な受注手続きを行います」
「なるほど」
「なお、クエストには制限時間が設定されているものもございます。受注の際には、依頼内容をよくご確認ください」
「分かりました」
夜は説明を聞きながら、頭の中で情報を整理していた。
冒険者ギルドは、冒険者に依頼を斡旋する場所。
依頼を達成することで報酬を獲得し、実績を積み重ねることでランクが上がっていく。
非常に分かりやすい仕組みだった。
「それでは、次に報酬についてですが……」
説明はさらに続いた。
報酬には主に通貨やアイテムがあり、依頼によっては特別な装備品や素材が手に入ることもあるらしい。
また、討伐依頼では対象の魔物から入手した素材を売却することもできるという。
「素材を売ることもできるんですね」
「はい。魔物の素材や採集物などは、ギルドの買い取り窓口で売却できます。もちろん、街の商店に持ち込んでいただいても構いません」
「それは便利だな」
「はい。冒険者として活動する際には、ぜひご活用ください」
夜は最後にひとつ質問をした。
「クエストを受けずに、街の外へ出ても大丈夫なんですか?」
「もちろん可能です。冒険者の皆様には自由に行動していただけます。ただし、街の外には魔物が生息しておりますので、十分にお気をつけください」
「分かりました」
これで基本的な説明は終わったようだった。
「ほかにご質問はございますか?」
「今のところは大丈夫です」
「ありがとうございます。それでは、良い冒険を」
「ありがとうございました!」
二人は受付嬢に礼を言い、カウンターから離れた。
* * *
「結構いろいろ分かったね!」
「そうだな。思っていたより本格的だった」
「クエストを受けて、素材を集めて、報酬をもらって……。これからやることがたくさんありそう!」
皐月は楽しそうに笑った。
「まずは何をする?」
「そうだな……」
夜は掲示板へ目を向ける。
初心者向けの依頼は、いくつか残っていた。
「とりあえず、簡単な依頼からやってみないか?」
「いいね! どれにする?」
「最初は薬草採集か、ゴブリン討伐あたりかな」
「私はゴブリン討伐がいい!」
皐月は即答した。
「やっぱりか」
「だって、戦ってみたいもん!」
「じゃあ、ゴブリン討伐にするか」
「うん!」
二人は掲示板へ戻り、先ほど確認したゴブリン討伐の依頼書を手に取った。
依頼書を受付に持っていくと、先ほどの女性が再び対応してくれた。
「ゴブリンの討伐依頼ですね。お二人で受注されますか?」
「はい!」
「それでは、受注手続きを行います」
受付嬢が依頼書を確認する。
「こちらの依頼は、始まりの街北側の草原に出現するゴブリンを五体討伐するものです。報酬は銅貨百枚となっております」
「五体で百枚か」
「はい。なお、討伐証明としてゴブリンの魔石をお持ちください。魔石は討伐した魔物の体内から入手できます」
「分かりました」
「それでは、クエストを受注いたします」
《クエストを受注しました》
《ゴブリンの討伐》
達成条件:ゴブリンを5体討伐する。
討伐場所:始まりの街北側の草原。
報酬:銅貨100枚。
「よし! 受注完了!」
皐月は拳を握った。
「これで冒険者らしくなってきたね!」
「まだ依頼を受けただけだけどな」
「細かいことは気にしない!」
夜は苦笑した。
「それでは、お二人ともお気をつけて。ゴブリンは群れで行動することもございます。無理はなさらないようにしてくださいね」
「はい!」
受付嬢の忠告を受け、二人はギルドを後にした。
* * *
冒険者ギルドを出た二人は、北側の門へ向かって歩き始めた。
街の大通りは相変わらず賑やかだった。
道の両側には様々な店が並び、店員たちが客を呼び込んでいる。
「ねえ、夜」
「ん?」
「クエストが終わったら、武器屋にも行ってみない?」
「武器屋?」
「うん! 今の装備って初期装備でしょ? もう少しいい武器が欲しいなって」
「確かに。俺も防具とか見てみたいな」
「じゃあ、クエストが終わったら寄ってみよう!」
「ああ」
二人はそんな話をしながら歩いていく。
やがて、街の北側にある門へ到着した。
大きな門の両脇には、武装した兵士が立っている。
門の向こうには、広大な草原が広がっていた。
「ここから外に出るんだな」
「うん!」
門を通過すると、風が二人の身体を撫でた。
街の中とは違い、周囲には建物がほとんどない。
遠くには森が広がり、草原には色とりどりの花が咲いている。
その景色を眺めているだけでも、十分に楽しかった。
「さて、ゴブリンを探さないとな」
「どの辺りにいるんだろう?」
「クエストの説明だと、この草原にいるはずだ」
「じゃあ、少し歩いてみよう!」
二人は草原の中へ進んでいった。
しばらく歩いていると、夜の視界に小さなウィンドウが表示された。
《フィールド:始まりの草原》
《推奨レベル:1~5》
《出現魔物》
・スライム
・ホーンラビット
・ゴブリン
・その他
「おお、フィールド情報が出たな」
「本当だ! 出現する魔物も分かるんだね!」
「スライムもいるのか」
「定番だね!」
二人は周囲を注意深く観察しながら進む。
すると、少し離れた場所に青い球体のようなものが見えた。
「あれは……」
夜が目を凝らす。
半透明の身体を持つ、ゼリーのような生き物。
それが草原の上をぷるぷると動いていた。
「スライムだ!」
皐月が小声で言った。
「本当にいるんだな」
「かわいいね!」
「見た目だけならな」
二人はスライムに近づいた。
《スライム》
《種族:魔物》
《レベル:1》
「レベル一か」
「私たちと同じくらいだね!」
「試しに戦ってみるか?」
「もちろん!」
皐月は剣を抜いた。
スライムが二人に気づいたのか、ぷるぷると身体を揺らしながら近づいてくる。
「じゃあ、私が先に行くね!」
「気をつけろよ」
「大丈夫!」
皐月は一歩踏み出し、剣を構えた。
「えいっ!」
剣を振り下ろす。
刃がスライムの身体に食い込み、青い身体が大きく揺れた。
《スライムにダメージを与えました》
スライムのHPが減少する。
だが、倒すには至らない。
「もう一回!」
皐月は再び剣を振る。
二撃目が命中し、スライムの身体が崩れた。
《スライムを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
「やった!」
皐月は嬉しそうに笑った。
「初めて魔物を倒したね!」
「そうだな」
夜もスライムのいた場所へ近づく。
そこには小さな青い魔石と、透明な素材が落ちていた。
《アイテムを獲得しました》
・スライムの魔石×1
・スライムゼリー×1
「魔物を倒すとアイテムが手に入るんだな」
「うん! 素材もあるみたい!」
「魔石はクエストの討伐証明にも使えるかもしれないな」
「でも、今回の依頼はゴブリンだからね」
「そうだった」
二人はアイテムを回収した。
その後も少し歩き、途中でスライムを数体討伐した。
戦闘にも少しずつ慣れてきた。
皐月は剣士らしく積極的に攻撃を仕掛け、夜は騎士として盾を使いながら戦闘の感覚を確かめていた。
そして、しばらく進んだときだった。
「……あれ?」
皐月が足を止めた。
「どうした?」
「あそこ!」
皐月が指差した先。
草原の向こう側に、緑色の小さな人影が見えた。
手には粗末な棍棒を持ち、腰には布を巻いている。
頭には小さな角のような突起があり、鋭い目で周囲を見回していた。
「ゴブリンだ!」
夜は目を凝らす。
《ゴブリン》
《種族:魔物》
《レベル:2》
「見つけたな」
「うん! あれを倒せばクエスト達成だね!」
「まずは一体、様子を見てみよう」
「分かった!」
二人は武器を構えた。
ゴブリンはまだこちらに気づいていない。
夜は盾を構え、皐月は剣を握り直す。
初めての本格的な戦闘。
夜の胸の中に、わずかな緊張が生まれた。
しかし、それ以上に期待があった。
「行くぞ」
「うん!」
二人は同時に駆け出した。
ナイトとサツキ。
新しい世界での初めての冒険は、まだ始まったばかりだった。




