第五章 異世界初のスーパーセンター
第五章 異世界初のスーパーセンター
移転は、驚くほどあっさりと決まった。
王都に残る理由が、もう無かった。
新規出店規制。増税。営業制限。
次は何をされるか分からない。
ならば、出て行くだけだ。
◇◇◇
翌朝。
俺は、店員たち全員をバックヤードに集めた。
九つの店舗を合わせて、総勢二十五人。
「実は、王都を出ることにした」
ざわめきが起きる。
「公爵領に、新しい土地をもらえることになった。住む家も、公爵様が用意してくださる」
「店長……」
最初に口を開いたのは、マルタだった。
「ついて来たい人だけでいい。残る人は、残ってくれて構わない。給料は払うし、紹介状も書く」
しばらく、沈黙が続いた。
「あたしは、行きます」
マルタが言った。
「銀の鈴亭の女将さんにも、背中を押されました。『あんな店で働けるなんて、羨ましい』って」
「俺も行きます」
ダンが、頷く。
「王都は、窮屈になりましたからね」
「わ、私も!」
リナが、勢いよく手を挙げた。
「お父さんとお母さんを、説得してきます!」
「わしも、新しい土地で物の価値を見るのが、楽しみじゃ」
トマスが、白い髭を撫でる。
結局、辞退したのは三人だけ。理由は、家族の事情だった。
二十二人が、ついて来てくれることになった。
「……ありがとう」
そう言うのが、精一杯だった。
◇◇◇
その日の午後。
公爵は、鳥貴一の奥の席に座っていた。
「移転の準備は、順調か」
「ええ。店員たちも、ついて来てくれるそうです」
「それは何よりだ」
公爵は、串を一本齧る。
「ところで、店主。一つ、助言をしておこう」
「助言、ですか」
「王都の貴族どもを、黙らせる方法だ」
「黙らせる?」
「兄上は、お前の店を追い出した。それは、貴族たちも知っている。多かれ少なかれ、不満はくすぶっている」
公爵は、串を置いた。
「そこへ、決定打を打つ」
「決定打」
「宝石だ」
意外な単語だった。
「貴族が買いたがる宝石を扱う、小さな店はないのか」
「宝石……」
「王都で買えない宝石が、公爵領でだけ手に入る。それが、兄上には一番きついはずだ」
「なぜ、王が?」
「王妃や、他の貴族夫人たちから、責められるからな」
公爵は、愉快そうに笑った。
「女の怒りは、税の増減より、よほど恐ろしい」
「……確認してみます」
その夜、俺は候補一覧を、改めて隅々まで確認した。
すると、末尾に、見落としていた一行があった。
【ニキモト】真珠専門宝飾店
契約費用:金貨5枚
「……これか」
公爵の勘は、侮れない。
◇◇◇
納付期限の朝。
フランチャイズ広場の前に、バルトロが立っていた。
後ろには、帳簿を抱えた徴税官が二人。
バルトロは、見るからに、申し訳なさそうだった。
「店長……。大変、心苦しいのですが」
「分かってます」
「空き地使用料と、営業税の増税分の、徴収に」
「ええ」
俺は、にっこり笑った。
「お支払いは、しません」
「……え?」
「営業しないので」
「は?」
俺は、スキルのウィンドウを開く。
店舗収納
全店舗を収納しますか?
「営業せず、移転します」
俺は、きっぱりと宣言した。
「今まで、ありがとうございました」
YES。
光が、走った。
まず、吉田屋が消える。続いて、ディッパーダイ。エコセカンド。ファミリーアート。バーガークイーン。さつき軒。鳥貴一。ワークラン。ウニクロ。
九つのコンテナショップが、次々と光の粒になり、俺の手元へ吸い込まれていく。
徴税官が、口をあんぐりと開けた。
バルトロは、固まっていた。
一時間後。
そこには、何もない、ただの空き地が広がっていた。
「……」
「それじゃあ、お世話になりました、バルトロさん」
「て、店長……」
バルトロは、しばらく呆然としていたが、やがて、はっと顔を上げた。
そして、帳簿を、ぱたんと閉じる。
「……全店舗の撤去を、確認いたしました」
「はい?」
「営業の実態が無い以上、営業税は発生いたしません。空き地使用料も、使用の事実が消えましたので、発生いたしません」
バルトロは、きっちりと言い切った。
「よって、徴収額は、ゼロでございます」
徴税官が、慌てて口を挟む。
「し、しかし、それでは王城への報告が」
「ええ。きちんと、報告いたしますとも」
バルトロは、何かを堪えるように、口元を引き締めた。
その肩が、ほんの少し震えていた。
笑っているのか、怒っているのか、よく分からなかった。
◇◇◇
その日の午後。
王城、国王の執務室。
バルトロは、商業ギルドの代表として、国王の前に立っていた。
「報告に参りました、陛下」
「うむ。フランチャイズ広場の件だな」
国王は、満足げに頷く。
「規制の効果は、出たか」
「はい。出ました」
バルトロは、淡々と言った。
「店舗は、全て撤去されました」
「なに?」
「営業せず移転する、と店主が宣言し、目の前で全店舗を収納いたしました。撤去は確認済みです。税も、使用料も、お支払いはございません」
国王は、一瞬、固まった。
「……出て行った、と」
「はい」
「ふん。所詮、その程度の男だったということだ」
国王は、鼻を鳴らす。
「して、移転先は」
「公爵領でございます」
「……レオンハルトのところか」
国王の顔が、わずかに引きつった。
だが、バルトロの報告は、そこで終わらなかった。
「陛下は、お忘れかもしれませんが」
「何だ」
「これまで、あの広場の店だけで、王都の商業税収は、三割増しになっておりました」
「……」
「それが、本日付で、元に戻りました」
宰相オルフェンが、顔をしかめて、目を閉じた。
「さらに」
バルトロは、続ける。
「増税と、空き地使用料の引き上げにより、屋台や借家で営業しておりました者たちも、王都から離れる様子を見せております」
「離れる、だと?」
「はい。『王都では、もう食っていけない』と」
国王の顔から、すっと血の気が引いた。
「それは、つまり」
「商いをする者が、王都から減る、ということです」
「……」
「以上でございます」
バルトロは、深く一礼して、退出した。
扉が閉まる。
静寂。
国王は、しばらく、机の上を見つめていた。
怒りに任せて出した規制。
あの時は、これで、あの男を潰せると思った。
だが、冷静になって、数字を並べてみると。
「…………」
国王は、ぽつりと呟いた。
「まずかったか、これ」
宰相は、何も答えなかった。
答えるまでもなかった。
◇◇◇
一方、王都の住民たちは、大騒ぎだった。
「消えた!」
「牛丼屋がない!」
「コンビニも!」
「クレープは!?」
「俺のバーガー!」
住民が叫ぶ。冒険者が絶叫する。
王城の勇者パーティからも、通信魔法が飛んできた。
「店長!」
「何だ」
「本当に引っ越したんですか!?」
「した」
「休日どうするんですか!」
「知らん」
完全に、レジャー施設扱いだった。
また、各地の広場で営業していた屋台が今日を境に店を出さなくなった。
空き地の使用料が値上がりして、大幅な値上げをしなければ店を開けても赤字になるからである。
しかも飲食店が多かったから、値上げなんてなかなかできるものではない。
よって、王都なのに食べ物屋が足りず、今まで外食で済ませていた庶民の食事が足りず、治安は急速に悪化した。
◇◇◇
そして、公爵領。
到着した俺は、絶句した。
広い。
とにかく、広い。
平原。空き地。平原。森。平原。
以上。
開発度は、低い。
だが逆に言えば、好きに出来る、ということでもある。
「土地は、好きなだけ使え」
公爵は、そう言った。
「無償で貸す。期限も設けん」
「本当に、いいんですか?」
「構わん」
公爵は、笑う。
「私の領地は、人が少ない。店も少ない。だから、増やせ」
実に、分かりやすかった。
王都の中心部が、すっぽり入るほどの広大な平地を、無償で、無期限で。
意味が分からない。
だが、ありがたく借りることにした。
俺は、自由財布を開く。
金貨 百二枚
「お」
ついに、百枚を超えた。
中規模店舗解放
契約可能
中規模店舗の解放条件、達成である。
だが、今は、それよりも先にやることがある。
俺は、昨夜見つけた一行を思い出した。
「まずは、あれからだ」
迷わず、契約ボタンを押した。
【ニキモト真珠店】契約成立
金貨五枚が、自由財布から消える。
◇◇◇
借りた土地の、一等地。
平原の真ん中に、光が走った。
現れたのは、小さな、白い、上品な店だった。
大きな窓。落ち着いた木枠。ビロード張りの内装。
ショーケースには、月光のような光沢を放つ真珠が、ずらりと並んでいる。
大粒。粒揃い。
「……これは」
俺も、思わず息を呑んだ。
この世界の真珠は、天然の小粒で、しかも極めて希少だと聞く。
だが、ここにあるのは、養殖の大粒真珠だった。
ネックレス。イヤリング。ブローチ。指輪。髪飾り。
どれも、息を呑むほど美しい。
「ウニクロのイミテーションとは、格が違うな……」
一番大きなネックレスの値札には、金貨四十枚とある。
四千万円。
さすがに、庶民の買い物ではない。
「いい店だ」
背後から、声がした。
公爵だった。
供を連れて、既に店の前に立っている。
「開店が、早いな」
「公爵様こそ、早いですね」
「待ちきれなかった」
公爵は、にやりと笑い、ショーケースの前へ進んだ。
「見せてもらおう」
彼は、順に、ケースを覗いていく。
そして、ある一点で足を止めた。
「この、一番大きなものを」
「は、はい」
店員のマルタが、慌ててケースを開ける。
直径十ミリを超える、乳白色の大粒真珠が連なった、ネックレス。
「これを、一つ」
「は?」
「それと、こちらも」
「は?」
「これも。あれも。ブローチも」
公爵は、淡々と、次々に指さしていった。
「……公爵様?」
「投資だ」
公爵は、涼しい顔で言った。
「領主として、また王弟として、贈り物をいくつか用意する必要がある」
会計は、金貨四百三十六枚に及んだ。
マルタが、ふらふらしていた。
俺は、自由財布を開く。
金貨 五百三十三枚
「…………」
絶句した。
三分前は、九十七枚だった。
「店主」
公爵は、満足そうに包みを抱えていた。
「早速、使わせてもらうぞ」
◇◇◇
その夜。
自由財布を眺めていると、ウィンドウが開いた。
総資産 金貨五百枚到達
大規模施設解放
【ショッピングモール】
【スーパーセンター】
どちらか一つを選択してください
「大規模施設……」
説明を開く。
ショッピングモール
専門店・娯楽施設が中心。アパレル、雑貨、飲食街、遊戯施設
スーパーセンター
生活必需品が中心。食料品、衣料品、日用品、農業資材、各種専門店、大型駐車場
「ショッピングモールも、悪くないが」
娯楽が中心だ。
だが、この領地には、まだ生活の基盤が足りない。
食料。衣料。薬。農具。
全部、揃えなければならない。
「ここは、スーパーセンター一択だな」
契約費用は、金貨百枚。
施設内に入る中規模店舗は、契約に含まれているらしい。
迷わず、契約した。
スーパーセンター建設開始
次の瞬間、大地が光った。
◇◇◇
工事音は、しない。職人も、いない。
だが、巨大な建物が現れる。
まず、広大な駐車場。
もっとも、馬車置き場になるのだが。
次に、巨大な平屋建ての施設。横幅だけで、城壁並み。
さらに、飲食エリア。中央広場。搬入口。倉庫。
全てが、完成していく。
見ていた公爵が、固まった。
「おい」
「はい」
「城より、でかくないか?」
「たぶん」
俺も、そう思う。
翌日。
領民たちが、全員で見物に来ていた。
「なんだあれ」
「神殿か?」
「城?」
「要塞?」
違います。スーパーセンターです。
誰にも、理解してもらえなかった。
◇◇◇
公爵領へ移転して、一か月。
俺は、完成した建物の前に立っていた。
異世界最大の、いや、少なくともこの王国で最大の商業施設である。
「何度見ても、おかしいな……」
自分で建てたのに、そう思う。
配置は、こうなっていた。
【スーパーセンター案内】
• 入口:馬車駐車場/ニキモト真珠店
• 食品:スーパー田中
• 衣料・生活:ワークラン/ウニクロ/美容室/床屋/化粧品店/ドラッグすぎやま
• フードコート:吉田屋/バーガークイーン/さつき軒/鳥貴一/ディッパーダイ/カレーの王爵/幸楽軒/ほっとモットリ ほか
• 暮らし:エコセカンド/コインランドリー白熊/学習塾一番館/フィットネス金剛
• 裏手:大型バックヤード(商品供給センター・相沢専用)
完全に、郊外型のショッピングモールだった。
異世界人には、理解不能である。
◇◇◇
スーパー田中は、開店初日から大盛況だった。
米。野菜。肉。魚。調味料。冷凍食品。
全部、揃っている。
領民たちは、絶句した。
「店の中だけで、市場になるぞ」
その通りだった。
市場そのものが、建物の中へ入り込んだような状態である。
ドラッグすぎやまも、負けていない。
薬。包帯。石鹸。歯ブラシ。洗剤。日用品。
特に石鹸が、飛ぶように売れた。
公爵領の衛生状態は、みるみる改善していった。
◇◇◇
そして、公爵が最も喜んだのは、別の場所だった。
農業資材売場である。
スコップ。レーキ。鍬。肥料。野菜の種。収穫箱。
ありとあらゆる農業用品が、並んでいる。
「これは、凄い」
公爵は、本気で感動していた。
「何がです?」
「全部だ」
公爵は、陳列棚を指さす。
「農民は、道具を買える」
「はい」
「開拓民は、種を手に入れられる」
「はい」
「仕事が、増える」
そこで、俺は気付いた。
公爵は、単に買い物を楽しんでいるわけではない。
領地経営を、考えているのだ。
実際、引っ越してきた人々の仕事は、増えていった。
スーパーの店員。飲食店のスタッフ。清掃員。警備員。開拓農民。建設作業員。運搬業者。宿屋。商会。
新しい街は、爆発的に成長した。
◇◇◇
一方、勇者パーティは、もっと凄かった。
「俺たち、決めた」
ある日、蓮が突然言った。
「何を?」
「拠点移転」
「へ?」
「公爵領へ移る」
俺は、コーヒーを吹きそうになった。
「いや、待て」
「王都には、月一回帰る」
「帰るのか」
「報告だけ」
さらっと、言った。
王都勤務のサラリーマンか。
「王城へ行って」
「うん」
「活動報告をして」
「うん」
「その日のうちに帰る」
「うん」
完全に、地方移住だった。
理由は、単純だった。
便利だから。ただ、それだけ。
「飯がある」
「うん」
「服がある」
「うん」
「道具がある」
「うん」
「娯楽がある」
「うん」
「ここ以外に住む理由、ある?」
なかった。
実際、なかった。
◇◇◇
その話は、冒険者たちにも広がった。
結果、引っ越しラッシュが始まる。
「俺も移る」
「俺もだ」
「向こうの方が、便利だろ」
「仕事もあるらしいぞ」
最初は、十人。次は、百人。やがて、千人規模になった。
そもそも外食できる店がほとんど無くなってしまったのである。
自炊する時間より気軽に外食で済ませていた者たちが安心して暮らせる場所ではなくなった、というのが現状の王都から冒険者たちが公爵領へ引っ越すのは必然と言える。
新しい酒場ができる。新しい宿屋ができる。鍛冶屋もやって来る。商会も、移転してくる。
公爵領は、完全に新興都市になっていた。
結果として、王都は、平和になった。
驚くほどに。
冒険者が、減ったからである。
揉め事を起こす若い者が一気に減ったからである。
だが、問題があった。
庶民も減った。職人も減った。若者も減った。商人も減った。
みんな、便利さに負けたのだ。
◇◇◇
その頃、王都。
「……税収が、さらに下がった?」
国王は、財務官の報告書を睨んでいた。
「はい。先月比で、二割ほど」
「二割?」
「屋台や借家で営業していた者の離脱に加え、冒険者、職人、若者の流出が止まりません」
「止めろ」
「止める手立てが、ございません」
財務官は、肩を落とした。
「公爵領のほうが、仕事も、物も、揃っておりますし、屋台がなくなったため外食を出す店が激減。
故に庶民が食事が取れなくなり、飢餓すら発生しています。
また、王都で店を構える商人も支店を出せなくなり、また賄いを出すしかなくなっており、維持費が高騰している様子で、王都で流通している商品の値上げは1割以上に達しています」
国王は、額を押さえた。
◇◇◇
そんな折、王城で、月例報告会が開かれた。
出席者は、国王、王妃、王女、そして公爵。
公爵は、満面の笑みだった。
「最近は、どうだ」
国王が、不機嫌そうに尋ねる。
「素晴らしいですよ」
公爵は、即答した。
「人口は倍増、税収も右肩上がり。領内の店は、どこも活況でして」
嫌な予感がする。
国王は、そう思った。
「ところで、兄上。本日は、土産を持参いたしました」
公爵が、二つの小箱を取り出す。
「義姉上、セレスティア。受け取ってくれるか」
箱が、開かれた。
次の瞬間、王妃と王女が、同時に息を呑んだ。
乳白色の、大粒の真珠。
それが、一粒ずつ、完璧な丸みで連なったネックレス。
燭台の光を受けて、虹色の光沢が、ゆらめく。
「……綺麗」
王妃の声が、震えた。
「こんな真珠、見たことがありませんわ」
「本物、ですの……?」
セレスティアが、ネックレスと公爵を、交互に見る。
「本物だ。この世界では、ここでしか手に入らん大粒だ」
「まあ……!」
王妃は、完全に心を奪われていた。
目が、少女のように輝いている。
「他にも、あるのですか?」
「ありますとも。いくらでも」
公爵が、笑う。
「買いたいわ! 王城へ、持ってきていただけないのかしら」
すると公爵は、困った顔をした。
「それは、無理です」
「なぜ?」
「彼は、王都で商売を出来ませんので」
国王の顔が、ひきつる。
「なぜです?」
王妃が、尋ねた。
公爵は、さらりと言った。
「追い出されましたので」
沈黙。
「誰に?」
さらに、沈黙。
公爵は、国王を見る。王妃も、見る。王女も、見る。
全員が、国王を見た。
「……」
「……」
「……」
気まずい。非常に、気まずい。
「つまり」
王妃が、静かに言った。
「わたくしは、そのお店へ行かなければ、買えないのですか?」
「その通りです」
「公爵領まで?」
「その通りです」
「……」
王妃が、国王を見る。
「あなた」
笑顔だった。だが、怖い。
「は、はい」
「どうして、そのような方を、追い出されたのです?」
「いや、その」
「どうして?」
「……」
国王は、黙った。
セレスティアは、ネックレスをそっと抱きしめた。
その唇が、ほんの少し、笑っていた。
◇◇◇
数日後。
王城では、冬の初めの夜会が、開かれた。
大広間には、国中の貴族が集まっている。
王都から店が消えた時から、貴族たちの間には、王への不満が、静かにくすぶっていた。
国王も、主催者として、玉座に座っている。
そこへ、王妃と王女が、現れた。
会場が、どよめく。
王妃の胸元。王女の胸元。
そこに輝いているのは、見たこともないほど大きな、真珠だった。
燭台の光に、虹色の艶が揺れる。
「なんて、見事な……」
「あれは、本物の真珠ですの?」
「あのような大粒、どこの宝石商にも、ございませんわ」
夫人たちが、次々に、王妃と王女を取り囲む。
王妃は、優雅に微笑んだ。
「公爵領の、ニキモトという店で求めたものですの」
「公爵領……?」
「ええ。義弟が、お土産にと」
ざわめきが、さらに大きくなる。
「ニキモト、とは、もしや」
一人の夫人が、はっとした。
「先日まで、王都にあった、あのフランチャイズ広場の……」
「ええ。あの店主が、新たに開いた店ですわ」
「あの、ウニクロの……」
「そうですわ」
セレスティアが、静かに頷いた。
「王都を離れて、公爵領で、新しい街を作っておられます」
夫人たちの表情が、変わった。
「では、王都では」
「もう、買えませんのね」
「……ええ。王都では、買えません」
王妃は、あくまで穏やかに答えた。
「追い出されてしまいましたから」
次の瞬間、会場の温度が、すっと下がった。
「追い出された……?」
「あのお店を?」
「どなたが、そのような」
夫人たちの視線が、玉座へ向かう。
国王は、杯を持ったまま、固まった。
「陛下」
最初に口を開いたのは、侯爵夫人だった。
「あのお店の品が、王都で手に入らなくなったと聞いた時は、耳を疑いましたわ」
「い、いや、それは」
「わたくしの娘は、あの店の髪飾りを、とても気に入っておりましたのに」
「うちは、毎日の服を」
「うちの子は、あそこの靴下しか、履かなくなりましたのよ」
「夫は、焼き鳥がないと、帰りが遅くなりますの」
「陛下!」
夫人たちの声が、次々と重なる。
「なぜ、あのような素晴らしいお店を、追い出されたのですか!」
「王都の民の暮らしを、何だと思っておいでです!」
「今すぐ、お戻しくださいませ!」
怒涛だった。
国王は、玉座の上で、ほとんど身動きが取れなかった。
貴族の男たちは、そっと目を逸らしながら、妻たちの背後で、深く頷いている。
その様子を、広間の隅で、公爵が杯を片手に、楽しげに眺めていた。
王妃は、淡々と、真珠に指を添えている。
王女は、扇の陰で、必死に笑いをこらえていた。
国王は、天井を見上げた。
そして、心の底から、呟く。
「どうしてこうなった……」
その答えを知らぬ者は、広間の中に、国王ただ一人だった。
第五章・完




