第四章 追い出した方が根に持つってどういう事?
第四章 追い出した方が根に持つってどういう事?
フランチャイズ広場は、日に日に大きくなっていた。
吉田屋。ディッパーダイ。エコセカンド。ファミリーアート。バーガークイーン。
五店舗。たった五店舗である。
しかし、王都の人間なら誰でも知る名前になり始めていた。
最近では、冒険者だけではない。
職人。商人。騎士。貴族の使用人。
さらには、下級貴族本人まで、やって来るようになった。
「店長!」
朝から、店員が駆け込んでくる。
「おにぎりが売り切れました!」
「追加を出す!」
「バーガーも!」
「出す!」
「牛丼も!」
「今出してる!」
忙しい。だが、順調だった。
自由財布の中身も、順調だった。
金貨 七十四枚
「百枚が見えてきたな……」
思わず呟く。
このペースなら、中規模店舗も遠くない。
スーパー。ドラッグストア。フィットネスジム。
考えるだけで、夢が広がる。
だがその前に、小規模店舗をもう少し増やしておきたかった。
◇◇◇
その夜、俺は候補一覧を眺めていた。
契約候補(契約費用:各金貨5枚)
• 【カレーの王爵】カレーショップ
• 【幸楽軒】ラーメンチェーン
• 【和幸福】とんかつチェーン
• 【鳥貴一】居酒屋
• 【ほっとモットリ】弁当店
• 【スターバックスター】コーヒーショップ
• 【さつき軒】定食専門店
前回より、候補が増えている。
「さつき軒?」
説明を開く。
さつき軒
定食屋
焼魚定食/生姜焼定食/唐揚げ定食など定食、丼、麺類、惣菜、ドリンク各種
味噌汁付き/ご飯おかわり自由
「強いな……」
間違いなく強い。日本人の胃袋を殺しに来ている。
そして、もう一つ。
鳥貴一
焼き鳥屋
焼き鳥/唐揚げ/枝豆などつまみ各種/串料理
各種酒類
こちらも、反則だった。
異世界にも、酒場はある。だが、居酒屋はない。
特に焼き鳥。絶対に人気が出る。
「決まりだな」
俺は迷わなかった。
さつき軒と、鳥貴一。二店舗同時契約である。
金貨十枚が消える。だが、それ以上の価値がある。
◇◇◇
三日後。
フランチャイズ広場に、新たなコンテナショップが並んだ。
吉田屋/ディッパーダイ/エコセカンド
ファミリーアート/バーガークイーン
さつき軒/鳥貴一
完全に商店街である。
いや、もはやフードコートに近い。
周辺住民も、そう思っているらしい。
「また増えたぞ」
「今度は何だ?」
「定食屋と酒場らしい」
「毎月、店が増えてないか?」
正解だった。俺もそう思う。
◇◇◇
まず成功したのは、さつき軒だった。
昼。定食。
その概念が、強かった。
「ご飯と味噌汁が付いてる!」
「肉も野菜も魚まである!」
「毎日食べたい!」
吉田屋よりも、年齢層が高い。しかもご飯のおかわり自由でご飯の満腹感を知った層が。
職人。商人。騎士。冒険者。その辺りが、大量に来た。
牛丼とは客層が違う。それが大きかった。
そして、本命。
鳥貴一である。
夕方になると、明かりが灯る。香ばしい匂いが漂う。
焼き鳥だ。
最初の客は、冒険者たちだった。
「なんだこれ」
「肉だな」
「串に刺さってる」
一口。沈黙。
二口。感動。
三口。
「酒持ってこい!」
予想通りだった。
居酒屋は、強い。強すぎる。
◇◇◇
一週間後。
鳥貴一は、夜の王都で話題になっていた。
仕事帰りの職人。冒険者。傭兵。商人。
全員が集まる。
その夜も、満席だった。
「ねぎま二十本!」
「皮十本!」
「唐揚げ追加!」
店員が叫び、俺がバックヤードで商品を生成して渡す。
いつもの流れだった。
だが、その時。
見慣れない客が、目に入った。
◇◇◇
地味な服装。年齢は五十前後。髭は、きれいに整えられている。
護衛もいない。商人に見えた。
しかし、雰囲気が違う。
言葉では説明できない。ただ、明らかに普通ではなかった。
男は、カウンターに座る。
「おすすめは?」
「焼き鳥盛り合わせです」
店員が答えた。
「ではそれを」
男は、静かに頷いた。
一口、焼き鳥を食べる。
固まった。
二口目。酒を飲む。
三口目。再び酒。
そして、ぽつりと呟く。
「……なるほどな。兄上が夢中になるわけだ」
一人で納得していた。
兄上?
何だろう。妙に気になる。
◇◇◇
閉店が近くなった頃。
男が、バックヤードの近くまでやってきた。
「お客様?」
店員が慌てる。
「店主と話したい」
俺は顔を出した。
「何か?」
男は俺を見て、少し笑った。
「面白い店だ」
「ありがとうございます」
「いや」
男は首を振る。
「店ではないな」
「?」
「街だ」
その言葉に、少し驚いた。
確かに、フランチャイズ広場は街のようなものだった。
男は周囲を見回す。
「牛丼。定食。居酒屋。コンビニ。甘味。中古品。その全てが、一か所にある」
確かに、そうだ。
「誰も思いつかなかっただろう」
そう言って、笑った。
男は、さらに聞いてきた。
「もし広い土地が手に入ったら、どうする?」
「広い土地?」
「ああ」
俺は即答した。
「もっと店を増やします」
男が笑う。
「迷わないな」
「迷いません」
「なぜだ?」
「楽しいからです」
本音だった。
商売は楽しい。新しい店を出す。客が喜ぶ。また店を出す。その繰り返し。
男は、しばらく黙っていた。
そして。
「そうか」
とだけ言った。
帰り際、男は金貨を置いた。
「多すぎます」
「いい」
「お釣りを」
「取っておけ」
そう言って、立ち去っていく。
妙な客だった。本当に、妙な客だった。
◇◇◇
翌朝。
商業ギルドのバルトロが、血相を変えて飛んできた。
「店長」
「なんでしょう」
「昨日、鳥貴一に来た客ですが」
「ああ、あの髭の」
「公爵様です」
数秒、思考が停止した。
「は?」
「公爵様です」
「公爵?」
「レオンハルト・ルミナス公爵閣下。この国で、三本の指に入る大貴族です」
ルミナス。王家と、同じ名だ。
「しかも、国王陛下の腹違いの弟君にあたられます」
「……王弟、ですか」
「先代の王が手を付けた、妾の御子でして」
バルトロは、声を潜めた。
「母君の身分が低かったがゆえに、継承からは外されました。ですが、もし生まれが逆であれば、今の玉座に座っていたのは公爵閣下だろう、と。今でも、囁かれております」
「……思いっきり政治的に危ない人じゃないですか」
「ええ。それでいて、民からの人望は、陛下以上かと」
俺は、昨日の男を思い出した。
焼き鳥を食べていた。皮を食べていた。唐揚げも食べていた。
普通に、常連みたいに。
「……マジで?」
「マジです」
頭を抱えた。
だが同時に、少しだけ予感がした。
あの公爵は、たぶん、また来る。
そして、俺の人生は、また大きく変わる。
そんな気がしてならなかった。
◇◇◇
公爵と出会ってから、二週間。
フランチャイズ広場は、さらに拡張されていた。
現在の店舗数は、七。
もはや広場どころではない。小規模な商業施設である。
自由財布を確認する。
金貨 八十八枚
「あと少しで百枚か」
中規模店舗の解放が近い。
そんな時、スキルに新しい表示が現れた。
追加契約可能
小規模店舗 ×2
「まだ増やせるのか」
思わず笑い、候補一覧を開く。
二つの店に、目が止まった。
【ワークラン】作業服専門店
【ウニクロ】総合衣料品店
即決だった。
◇◇◇
ワークランの説明を見た瞬間、強さが分かった。
作業着/安全靴/防寒着
雨具/手袋/工具類
「冒険者向けじゃん」
いや、冒険者だけではない。職人。農民。兵士。荷運び。全員が使う。
しかも、異世界の衣服より遥かに高性能だ。
売れないはずがない。
ウニクロは、さらに危険だった。
シャツ/ズボン/下着/靴下
コート/子供服/普段着
アクセサリー(イミテーション)
この世界の服は、高い。
仕立屋が一着ずつ作る。だから庶民は、服を何年も着続ける。
だがウニクロは違う。安い。丈夫。同じものが、大量にある。
革命である。
契約費用は、各金貨五枚。二店舗で、金貨十枚。
残りは、七十八枚。
迷いはなかった。
◇◇◇
三日後。
フランチャイズ広場に、さらに二店舗が追加された。
ワークラン。ウニクロ。
開店。
結果、大爆発した。
◇◇◇
「雨が染み込まない!」
「あったけぇ!」
「なんだこの靴!」
まず、ワークラン。
冒険者が狂喜乱舞した。
レインウェアが売れる。作業手袋が売れる。防寒服が売れる。
「これ、魔道具か!?」
「違います」
「信じられん!」
本当に、飛ぶように売れた。
その中で、ひときわ静かに、しかし着実に売れ続けたのが、安全靴だった。
◇◇◇
きっかけは、一人の冒険者だった。
三週間ほど経った、ある日。
「店長!」
巨体の男が、片足を引きずりながら、ワークランに飛び込んできた。
見覚えがある。
吉田屋の開店初日に、最初に牛丼を食べた、あの筋肉質の大男だった。
「バルグさん!? 怪我ですか!」
「いや、違う」
バルグは、豪快に笑った。
「見てくれ」
彼は靴を脱いで、爪先を見せた。
ワークランで買った、黒い安全靴。
その先端が、大きくへこんでいる。
「昨日の依頼でな。岩トロールの棍棒を、足に食らった」
「足に!?」
「普通なら、足の骨ごと潰れてる。
回復魔法がなきゃ終わりだ」
バルグは、靴を叩いた。
「だが、ご覧の通り。痛みはあったが、骨は無事だ」
店員たちが、息を呑む。
「爪先に、鉄の芯が入っているんです」
リナが、説明した。
「だから、重いものが落ちても、潰れません」
「そんな靴、聞いたこともなかった」
バルグは、靴を抱えて、真顔になった。
「店長。礼を言う。この靴が、俺の足を守ってくれた」
「いえ、そんな」
「仲間にも、全員、履かせる」
その言葉は、冗談ではなかった。
翌週。
冒険者ギルドの掲示板に、一枚の張り紙が出た。
『魔物討伐における足部負傷対策、推奨装備:ワークラン製安全靴』
「……ギルドが、勝手に推奨してる」
「ありがたい話じゃないですか。
今までは普通の靴か鉄製の重いブーツしかなかったんですよ。
軽くて足が守れるなら、みんな飛びつきますよ」
ダンが、笑った。
こうして、ワークランの安全靴は、冒険者御用達となった。
◇◇◇
一方、ウニクロ。
こちらは、もっと凄かった。
「服が安い!」
「着心地がいい!」
「同じ物が、大量にある!」
女性たちが殺到する。家族連れまで来る。
フランチャイズ広場は、毎日がお祭り状態になった。
だが、そこで俺は、新たな問題に直面した。
「店長! Mサイズのシャツ、在庫ゼロです!」
「ズボンの黒、足りません!」
「子供用の靴下、補充お願いします!」
衣料品は、種類が多い。サイズも色も、無数にある。
しかも、ワークランの作業着に、エコセカンドの中古品。
俺がバックヤードで全部生成していたら、体がいくつあっても足りない。
「さすがに、限界だな……」
頭を抱えた、その夜。
スキルのウィンドウが、また新しい表示を出した。
店舗数が一定に達しました
新機能を解放します
【自動陳列機能】
腐らない商品は、設定した数まで、毎朝自動で棚に並び、手動でも棚の収容数最大まで自動品出しが可能
対象店舗:ウニクロ/ワークラン/エコセカンド
「……マジか」
思わず、声が出た。
詳しく読む。
※食品など、腐る商品は対象外です
※在庫数は、店舗ごとに設定可能です
「つまり、衣料品と中古品は、俺が毎回出さなくても、勝手に棚に並ぶ、と」
これは、助かる。
とてつもなく、助かる。
牛丼やバーガーなど、腐る商品は、今まで通り俺が出す。
だが、衣料品、作業着、中古品は、完全に自動化できる。
「神スキルか……」
翌朝。
ウニクロの棚には、サイズも色も揃った衣料品が、整然と並んでいた。
誰も、手を触れていないのに。
「店長、これ……」
「気にしないでくれ」
「また、それですか!」
店員たちは、もう慣れたようだった。
◇◇◇
そんなある日。
ウニクロのアクセサリー売り場に、見覚えのある銀髪が立っていた。
つばの広い帽子。簡素なワンピース。後ろには、三人の護衛。
「あら。店長さん」
「……セラさん」
王女は、小さく手を振った。
護衛の隊長が、俺を見て、深々と頭を下げる。
「先日は、馳走になった」
「いえ、大したものでは」
「あのポテトの味、忘れられん」
「任務中も、ですか?」
「……任務中も、だ」
隊長は、重々しく頷いた。
王女は、アクセサリーの棚を、じっと見つめている。
並んでいるのは、真珠のような光沢のネックレス。小さな宝石を模したイヤリング。繊細な髪飾り。
「これは、本物の宝石ですか?」
「いえ。イミテーション、模造品です」
俺は、正直に答えた。
「見た目は綺麗ですが、価値のある宝石ではありません」
「存じております」
セラは、ネックレスを手に取った。
「でも、とても綺麗」
光に透かして、うっとりと眺める。
「来週、母が主催する夜会があるのです」
「夜会、ですか」
「ええ。貴族の方々が、大勢集まります」
彼女は、悪戯っぽく笑った。
「このネックレスを、着けていこうかと思いまして」
「え」
「だめでしょうか?」
「いえ、だめとかでは……」
「でしたら、これと、あのイヤリングと、髪飾りを」
三点で、銅貨三十三枚。
本物なら、金貨数十枚はするだろう見栄えの品が、庶民の小遣いほどの値段である。
彼女は、きちんと代金を支払った。
そして、帰り際に、小声で言った。
「夜会の結果は、後ほどお知らせしますね」
何の結果だ。
嫌な予感がした。
◇◇◇
そして、夜会の夜。
王城の大広間は、きらびやかな光に満ちていた。
王妃エリザベートが主催する、秋の夜会。国中の貴族が集まる、年に一度の社交の場である。
国王は、軍議のため欠席していた。
その中心に、一人の少女が現れる。
王女セレスティア。
淡い青のドレス。胸元には、真珠のように輝くネックレス。耳には、小さな宝石のイヤリング。髪には、繊細な髪飾り。
会場が、ざわめいた。
「なんて、美しい……」
「あの首飾りは、どちらの宝石商の?」
「あのような光沢の真珠は、見たことがありません」
貴族の夫人たちが、次々と王女のもとへ集まる。
セレスティアは、優雅に微笑んだ。
「城下の、フランチャイズ広場というところで求めましたの」
「フランチャイズ……広場?」
「ええ。ウニクロというお店ですわ」
会場が、静まり返った。
「模造品、ですの」
さらに、場が凍る。
「ですが、本物にも負けない美しさでしょう? しかも、とてもお手頃でしたのよ」
沈黙。
やがて、一人の宝石商の夫人が、扇で口元を隠した。
「王女殿下ともあろうお方が、模造品を……」
「あら。いけませんでしたか?」
セレスティアは、小首を傾げた。
「美しいものを、美しいと思って身に着けるのに、価値や出自が、そんなに大切でしょうか」
誰も、言い返せなかった。
その時、王妃が、静かに前へ出た。
その髪には、同じ店の髪飾りが、光っていた。
「わたくしも、いただきましたの」
微笑みながら、王妃は言った。
「娘と、お揃いで」
会場が、どよめいた。
王妃と王女が、揃って身に着けている。
それは、事実上王室御用達宣言だった。
◇◇◇
翌朝。
ウニクロの前には、ものすごい行列ができていた。
貴族の使用人。商家の若奥様。町娘。農家の娘。老婦人まで。
「王女殿下と同じものを!」
「あの真珠の首飾りを!」
「髪飾りはありますか!」
アクセサリー売り場の棚は、昼前に空になった。
自動陳列機能が、翌朝には棚を満たす。
そして、また売り切れる。
「店長! 昨日から、何回目の補充ですか!」
「……自動だから、俺は何もしてない」
「でも、売れ続けてます!」
貴族から庶民まで。身分の壁を越えて、同じアクセサリーを身に着ける。
それは、この国では前代未聞のことだったらしい。
そして、当然、面白くない人々もいた。
宝石商組合。服飾ギルド。仕立屋組合。
「王女殿下を、あのような店に……」
「価格を、破壊されている……」
苦情は、王城へ殺到した。
◇◇◇
王城、国王の執務室。
机の上には、苦情の書状が山積みになっていた。
国王アルフォンス三世は、それを睨みつけている。
「服飾ギルドが、仕立屋が、宝石商からの苦情が……」
「陛下。どれも、一人の商人に関するものです」
宰相オルフェンが、慎重に述べた。
「フランチャイズ広場の主です」
「……ああ」
王は、報告書を手に取る。
広場の売上、来場者数、店舗一覧。全てが、そこに記されていた。
「おまけに、王妃と王女が、あの店の安物を着けて夜会に出たというではないか」
「はい。それが、更なる火種に」
「して、その店主の素性は、分かったのか」
「それが……」
宰相は、言い淀んだ。
その背後で、静かに口を開いたのは、公爵レオンハルトだった。
「私から、ご報告いたします、兄上」
「レオンハルト。お前が調べておったな」
「はい。店主の名は、相沢恭平」
「相沢……」
「勇者召喚の日。固有スキル【フランチャイズ契約】を理由に、城を追放された者です」
沈黙。
王の表情が、固まった。
「……あの、外れの」
「はい」
「馬鹿な」
王は、報告書を机に叩きつけた。
「外れスキルだったはずだ。あのような者が、王都で最も成功する商人の一人だと?」
「兄上」
「あり得ぬ。あり得ぬのだ」
王は、立ち上がった。
「なぜ、今まで黙っていた、レオンハルト」
「裏が取れるまで申し上げぬのが、調査というものです」
公爵は、淡々と答えた。
本当は、とうに確信していた。だが、それは口にしなかった。
「……まあ、よい」
王は、椅子に沈み込んだ。
認めたくない。
絶対に、認めたくない。
自分が追放した男が、今や王都の商業を揺るがしている。
それは、王の判断が誤りだったという、何よりの証明に他ならなかった。
「宰相」
「はっ」
「王都内の商業活動に関する、追加規制を出せ」
「規制、と申しますと」
「空き地の使用料を、十倍にせよ。営業税も引き上げよ。店舗数にも制限を設けろ」
「しかし陛下、それは」
「余の命だ」
宰相は、口を閉ざした。
公爵は、何も言わなかった。
ただ、静かに、兄の背中を見つめていた。
◇◇◇
数日後。
俺のもとへ、役人がやって来た。
「通知です」
「何の?」
嫌な予感がした。
役人は、事務的に紙を読み上げる。
「王都内商業活動に関する、追加規制」
「は?」
「空き地使用料、十倍」
「は?」
「営業税、増税」
「は?」
「店舗数制限」
「は?」
意味が分からない。
いや、理由は分かる。
露骨だった。あまりにも、露骨だった。
バルトロが、顔を青くして駆けつけてきた。
「店長……」
「やっぱり?」
「狙い撃ちです」
だろうな。
そもそも、既存の店舗は対象外。
屋台だけだ。
屋台で大儲けしているフランチャイズの狙い撃ち。
誰が見ても、明らかだった。
◇◇◇
同じ頃。王城、王妃の私室。
窓の外には、秋の夕暮れが広がっていた。
テーブルには、紅茶と、ディッパーダイのクレープ。
集まっているのは、三人。
王妃エリザベート。王女セレスティア。そして、公爵レオンハルト。
「兄上は、規制を出された」
公爵が、静かに告げる。
「空き地使用料の十倍。営業税の増税。店舗数の制限。しかも、対象はフランチャイズ広場だけだ」
「そんな……」
セレスティアが、青ざめた。
「わたくしが、ネックレスを着けたせいで……」
「あなたのせいではありません」
王妃が、すぐに否定した。
「あの人は、いつかこうなっていました」
「義姉上の仰る通りだ」
公爵も、頷く。
「あの店主の名を報告した時、兄上は、実に分かりやすく顔色を変えられた」
「……あの人は、気付いているのです」
王妃は、静かに言った。
「あの方を追放した判断が、間違いだったかもしれない、と。だから、余計に認められない」
「兄上は、昔からそうだった」
公爵は、苦い笑みを浮かべた。
「間違いを認められぬ方だ。特に、私の前では」
妾腹の弟。
玉座に、手が届き得た男。
その存在に、兄がどのような感情を抱いてきたか。公爵は、誰よりも知っていた。
「このままでは、どうなりますの?」
王女が、尋ねる。
「店主の商売を、潰そうとなさる。それは、民の暮らしを潰すことでもある」
公爵の声は、低かった。
「あの広場は、もはや、ただの商店街ではない。冒険者の装備も、前線への補給も、庶民の食卓も、既に、あそこに頼り始めている」
「勇者様方も、毎日のように通っておられますわ」
王妃が、静かに付け加える。
「それが断たれれば、前線も揺らぎます」
沈黙が、落ちた。
「では、どうすれば」
セレスティアが、ぎゅっと手を握る。
「あの方を、守りたいのです」
「方法は、一つある」
公爵は、紅茶を置いた。
「私の領地へ、迎える」
「……領地へ」
「土地ならある。税も、優遇できる。あの男が望むなら、街一つ、作らせてもいい」
「それは、王都から、あの広場が消える、ということですの?」
「そうなる」
「……お父様が、お怒りになるのでは」
「だろうな」
公爵は、肩をすくめた。
「だが、兄上が自ら追い出したのだ。私が拾って、何が悪い」
王妃が、小さく笑った。
「あなたらしい答えですわね」
「義姉上。反逆と取られぬよう、あくまで、一商人の移転として運びます」
「ええ。わたくしも、そう思います」
王妃は、娘に向き直った。
「セレスティア」
「はい、お母様」
「あなたは、お父様のそばに残りなさい」
「え……」
「誰かが、あの人の足元を、見ていなければなりません。あの人が、これ以上、道を誤らぬように」
セレスティアは、唇を噛んだ。
「……分かりました」
「大丈夫」
王妃は、娘の手を握った。
「あの方なら、きっと、新しい場所でも、笑って店を出されます」
「ええ」
公爵が、立ち上がる。
「今夜、私が直接、会ってくる」
その口元には、どこか楽しげな笑みがあった。
◇◇◇
その夜。鳥貴一。
いつもの席に、四人の勇者がいた。
「意味が分からない」
蓮が、机を叩く。
「税金十倍って何だよ」
「私も、聞いたことありません」
美月も、怒っていた。いつも穏やかな人間なのに、珍しい。
「どう考えても、嫌がらせですよね」
湊が、溜息を吐く。
「あの人、まだ根に持ってるんですね」
あかりが、小声で呟いた。
肩の上で、シロがぴくりと耳を立てる。
完全に、その通りだった。
「というか、追い出されたのは俺の方だぜ。
追い出した方が根に持つってなんだよ」
奥の席から、低い声が響いた。
あの公爵である。
お忍びで来ていた。最近は、すっかり常連だった。
焼き鳥を食べながら、勇者たちの話を聞いていたらしい。
「店主」
◇◇◇
「店主」
公爵が、俺を見た。
「何でしょう」
「出て行くか?」
「どこへ?」
「私の領地だ」
空気が、止まった。
勇者たちも、固まる。
公爵は、平然と続けた。
「土地ならいくらでもやる」
さらっと、言った。
「は?」
「税も、優遇しよう」
「は?」
「欲しいなら、街ごと作っていい」
「はあ?」
ちょっと待ってほしい。
スケールが、おかしくなっている。
公爵は、広場を見渡した。
夜なのに、人が溢れている。
牛丼。ハンバーガー。クレープ。定食。焼き鳥。服。作業着。中古品。
そして、人々の笑顔。
「王都の連中は、勘違いしている」
「何をです?」
「お前は、商売をしているのではない」
「?」
「街を、作っている」
その言葉に、俺は少し黙った。
考えたこともなかった。
だが、確かに、そうかもしれない。
公爵は、酒を飲み干した。
「どうだ。私の領地へ来ないか。好きなだけ、土地をやろう」
「……」
俺は、広場を見た。
そして、自由財布を見る。
金貨 九十五枚
あと少しで、百枚。
中規模店舗の解放。スーパー。ドラッグストア。
今の王都では、もう無理だろう。
圧力は、強くなる。店を増やせば、さらに嫌がらせをされる。
「店長」
蓮が、口を開いた。
「俺なら行く」
「私も」
美月も、頷く。
「その方が、面白そうです」
湊も、笑った。
あかりまで、頷いている。
「どうせ、休暇の時に行きますし」
「別荘扱いか」
だが、少しだけ、楽しくなった。
王都から、追い出される。
考えてみれば、二回目だ。
一回目は、王城。今度は、王都。
縁が、無いらしい。
それならそれでいい。
もっと広い場所で、やればいいのだから。
「考えておきます」
俺がそう言うと、公爵は、満足そうに笑った。
「期待している」
その瞬間、俺はまだ知らなかった。
この移転が、王都の商業を、根底から揺るがすことになることを。
そして、公爵領が、やがて王国最大の商業都市へと変貌することを。
まだ、誰も知らなかった。
第四章・完
第五章「公爵領大移転計画」へ続く




