エピローグ フランチャイズ王と勇者たち
エピローグ フランチャイズ王と勇者たち
あれから、半年。
王国の地図は、変わっていなかった。
領地の境界線も、変わっていない。王都も存在している。公爵領も存在している。
だが、人々の生活は、大きく変わっていた。
そして、その変化は、想像以上に急激だった。
◇◇◇
公爵領のスーパーセンターを核にした新都市は、いつしか、こう呼ばれ始めていた。
センターシティ。
そのセンターシティは、今日も賑わっていた。
朝から、スーパー田中には行列。
ホームセンター西村には、農民たちが集まる。農業資材売場が拡張され、独立した店になったのだ。
ワークランには冒険者。ウニクロには家族連れ。フードコートは、昼前から満席。
もはや、単なる商業施設ではない。
一つの、都市機能そのものになっていた。
◇◇◇
公爵の執務室。
「公爵様!」
執事が、報告書を持って走ってくる。
公爵は、書類仕事の手を止めた。
「どうした」
「移住希望者です」
「またか」
公爵は、苦笑する。最近、そればかりだった。
「今回は、何人だ」
「三百八十七人です」
「今週だけでか?」
「はい」
公爵は、天井を見上げた。
本当に、人が増えすぎている。
理由は、単純だった。
便利だから。
センターシティに来れば、仕事がある。食べ物がある。服がある。薬がある。娯楽がある。学校すらある。
そして何より、将来がある。
移住者たちの仕事は、次々に作られていった。
スーパーの店員。飲食店のスタッフ。倉庫作業員。建設作業員。農業従事者。配送業者。
とにかく、人手が足りない。
「人を集めろ」ではなく、「人が足りない」状態だった。
◇◇◇
特に、公爵が力を入れたのは、農業だった。
ホームセンター西村の、農業資材売場。
「鍬を、五十本」
「了解」
「小麦の種を、百袋」
「了解」
「馬鈴薯も、追加だ」
「了解」
まるで、軍需物資の発注である。
だが、それが街を作る。
開拓地が増え、農地が増え、収穫量が増える。
結果として、さらに、人を受け入れられる。
好循環が、完成していた。
◇◇◇
一方、王都。
人がいなくなっていた。
特に若い庶民。
仕事がない、安く食べられる屋台がない、食べられたとしても奪い合い、しかも物価の値上がりが酷い。
そんな場所に住みたがる者などいるはずがない。
◇◇◇
王城、財政会議室。
長い卓の上に、数字の書かれた羊皮紙が、何枚も積まれていた。
「では、報告を」
宰相オルフェンが、促す。
財務官が、重い口を開いた。
「まず、人口です。貴族は、ほぼ変わりません。しかし、庶民が、この半年で二割減りました」
「……二割」
「職人、商人、若者が中心です。皆、センターシティへ」
国王は、黙って聞いていた。
「経済規模は、さらに深刻です」
財務官は、数字をなぞる。
「かつて、あの店主が納めていた税や使用料、雇用、仕入れで回っていた分まで含めますと、王都の経済は、四割が消滅しております」
「四割……」
「はい。半年前の水準から、四割です。
物の値上がりと流通する物品の減少、そして購入する若者の減少が全て同時に起こった結果です」
さすがの国王も、息を呑んだ。
「それから、冒険者です」
「うむ」
「王都を拠点としていた冒険者のうち、九割が、公爵領へ移りました」
「九割!?」
「残っているのは、引退間近の者と、移る気のない頑固者だけです」
「それが、何か問題か」
「大いに、問題でございます」
財務官は、顔を上げた。
「冒険者が減ったことで、王都へ入ってくる魔物素材が、激減いたしました」
「素材は、他領から買えばよいではないか」
「その通りです。ゆえに、他領から購入しております」
「で、価格は?」
「……三割増しでございます」
沈黙。
「皮、牙、魔石、鱗。全てです。他領は、公爵領経由で入手するか、自前で冒険者を抱えているため、足元を見られております」
国王は、額を押さえた。
「まだ、あるのか」
「騎士団長殿から、ご説明を」
財務官が、隣へ視線を送る。
老練な騎士団長ガルドが、重々しく立ち上がった。
「申し上げます、陛下」
「うむ」
「冒険者向けの、武器屋、防具屋、鍛冶屋の売上が落ち、その大半が、公爵領へ移転いたしました」
「移転?」
「はい。客が、そちらへ移ったゆえに」
「それが、騎士団と、何の関係がある」
「王都で、騎士団や防衛隊が使う武器が、購入できなくなったのです」
騎士団長は、苦い顔をした。
「王都の鍛冶屋は、冒険者向けの量産品で生計を立てておりました。それが、潰れました。残っているのは、貴族向けの、装飾品のような剣のみ」
「……では、軍用の剣や、槍や、鎧は」
「他領から、購入せねばなりません。当然、運搬費と、足元を見た価格が上乗せされ」
「幾ら増える」
「三割増しでございます」
また、三割。
「そして、陛下」
財務官が、書類を差し出した。
「ただでさえ減っておりました予算から、軍事費の増額が、確定いたしました」
「増額、だと」
「はい。前線への補給は、センターシティの供給網のおかげで、むしろ改善しておりますが、王都の騎士団と防衛隊の装備は、別でございます。
また、王都在住の冒険者の9割がいなくなった事で、王都周辺の魔獣退治をする者が少なくなっているため被害が出ています。
このため騎士団出動の機会が増え、その分手当てや消耗品購入で軍事費増額が必要なのです」
国王は、書類をじっと見つめた。
赤い数字が、並んでいる。
「……削れる箇所は」
「ございません」
「宰相」
「ございません、陛下」
国王は、深く、息を吐いた。
「……まずかったか、これ」
「半年前にも、そうお呟きでしたな」
宰相の言葉は、事実であった。
◇◇◇
さらに、国王には、別の問題があった。
それは、家庭である。
王妃。そして、王女。
二人とも、敵だった。
「センターシティへ行って参りましたの」
王妃が、紅茶を飲みながら言う。
「……そうか」
「素敵でしたわ」
「……そうか」
「ウニクロが、最高でしたわ」
「……」
「化粧品も買えましたし」
「……」
「どうして、追い出されましたの?」
結局、そこへ戻る。
王女は、責めはしなかった。
ただ、父を見るたびに、静かに目を伏せる。
それが、一番堪えた。
そして、家庭の外にも、敵がいた。貴族夫人たちである。
「主人が、センターシティに別荘を持ちましたの」
「素敵でしたわよ」
「服も安いですし」
「ネックレスも綺麗ですし」
「どうして、追い出したのかしら」
そんな会話が、毎日、どこかで行われていた。
貴族夫人は、王の家族ではない。王国各地を治める、貴族たちの妻である。
だが、だからこそ、厄介だった。
妻たちは、王に不満を持つ。公爵領へ買い物に行きたい。王都に、あの店を戻してほしい。
そうなると、夫である貴族たちは、王に味方できなくなる。
しかも、彼ら自身の損得も、既に公爵側にあった。
美味い物が食える。暮らしが便利になる。領地の経済が潤う。軍備も、公爵領の装備のほうが、上等だ。
つまり、貴族たちは、妻のためにも、己のためにも、公爵に付いたほうが、得だった。
王城の窓から、景色を見る。
王都は、存在している。まだ大きい。まだ、王国最大級だ。
だが、確実に、何かが変わり始めている。
国王は、そんな予感を覚えていた。
そして、その予感は、やがて現実になる。
◇◇◇
それから、三年。
誰もが認める事実があった。
王国最大の都市は、どこか。
かつてなら、全員が王都と答えただろう。
だが、今は違う。
人々は、別の都市を思い浮かべる。
公爵領の公都と、そして、センターシティを。
三年間で、街は、さらに変貌していた。
その契機となったのは、ある夜の、一つの通知だった。
自由財布を眺めていると、スキルのウィンドウが、静かに開いたのだ。
総資産条件達成
スーパーセンター拡張契約が解放されました
• ガソリンスタンド
• 農機具センター
• 自動車販売店
• 土木建設会社
• 住宅ハウジング
• 携帯ショップ
「……これは」
息を呑んだ。
今までのフランチャイズ店舗とは、違う。
店というより、産業そのものだ。
◇◇◇
まず動き出したのは、土木建設会社だった。
契約と同時に、センターシティの外れに、重機が並ぶ基地が出現した。
ブルドーザー。ショベルカー。ロードローラー。ダンプカー。
もちろん、動かすのは、この世界の人間だ。
「これ、どうやって動かすんです?」
「座って、そのレバーを……」
講習から始まった。
数週間後、センターシティから四方へ延びる街道の舗装が始まった。
土と石の道が、平らな黒い道へ変わっていく。
「道が……硬い」
「馬車が、揺れねえ」
「雨でも、ぬかるまねえぞ」
領民たちが、目を丸くした。
そこへ、自動車販売店から、最初の車が納車される。
馬のいない馬車。鉄の箱。うるさい乗り物。
最初は、誰も信じなかった。
しかし、一度乗れば、分かる。
「速ぇ!!」
それだけだった。
隣の領まで数日かかった道のりが、数時間。
ガソリンスタンドが燃料を供給し、整備工場が車を直す。
遠征の時間は、激減した。物流も、激変した。
世界の距離感そのものが、変わったのだ。
◇◇◇
その結果、魔王軍との戦いにも、変化が起きた。
兵士が足りない。食料が足りない。薬が足りない。
昔は、そこで終わっていた。
だが、今は違う。
トラックが走る。補給物資が届く。弁当が届く。医薬品が届く。
戦線は、大きく押し上げられた。決着の日は、もう遠くないと言われている。
王国軍の将軍たちは、後に、こう語った。
「勇者たちは、戦場を変えた」
「だが、兵站を変えたのは、相沢商会だった」と。
さらに、冒険者たちの定番装備は、いつの間にか、魔剣でも魔鎧でもなくなっていた。
ワークランの、安全靴である。
「滑らねぇ」「疲れねぇ」「丈夫だ」「最高だ」
公爵領軍すら、正式採用した。
異世界最強の軍靴。
その正体が安全靴だと知ったら、昔の勇者たちは、どう思うのだろう。
◇◇◇
次に世界が変わったのは、農業だった。
農機具センターに並んだのは、トラクター、コンバイン、田植機、耕運機。
公爵は、それを見て、固まった。
「これで、耕すのか」
「はい」
「一日で?」
「一日で、五十人分は」
公爵は、しばらく黙っていた。
そして、静かに笑った。
「……領地が、変わるな」
実際、変わった。
人の手で一年かけて耕していた土地が、機械で、数日で耕される。
平原は、次々と、広大な農地に変わっていった。
収穫量は、数倍。
穀物は、余り始めた。
余った分は、センターシティから他領へ輸出され、公爵領の財政は、さらに潤った。
住宅ハウジングの衝撃も、大きかった。
「家を、建てたい」
移住者が、カタログを手に取る。
契約から、わずか三週間。
基礎。壁。屋根。内装。全てが整った状態で、完成する。
「早ぇ……」
「三週間で、引っ越せるのか」
「これなら、いくらでも住まわせられるな」
公爵は、にやりと笑った。
センターシティの外周には、整然と並ぶ住宅群が、次々に現れた。
人口は、さらに、爆発した。
◇◇◇
そして、ひときわ奇妙だったのが、携帯ショップだった。
「スマートフォン……?」
店頭に並ぶ、薄い板。
当然ながら、この世界に電波は無い。基地局も無い。
「使えますよ。魔法通信で」
店員のリナが、さらりと言った。
「魔法通信?」
「はい。電話は、魔法通信に変わっているそうです」
なぜ、そうなるのか。
俺にも、分からない。
とにかく、使える。
画面に触れれば、遠く離れた相手の声が聞こえ、文字が送れ、地図が見られ、写真まで撮れる。
「これだ! 俺たちの時代のやつ!」
蓮が、ガラスケースに張り付いていた。
勇者パーティの四人は、その日のうちに、全員、機種変更した。
便利すぎる。
深く考えるのは、やめた。
◇◇◇
センターシティの内部でも、変化が起きていた。
最初に移住してきたのは、屋台商人たちだった。
「もう、無理だ」
「王都じゃ、食っていけねえ」
「借地料が、高すぎる」
王都では、税収減に対応するため、借地料が上がり、営業税も増えていた。
小規模な商人ほど、苦しくなった。
行き場を失った彼らは、センターシティへ向かった。
「空き区画、ありますよ」
俺が言うと、彼らは首を傾げた。
「区画?」
「テナントです」
それが、始まりだった。
串焼き屋。パン屋。菓子屋。鍛冶屋の直営店。革細工の工房。木工店。花屋。雑貨店。貴金属店。古書店。
王都で営業していた数多くの店が、次々に、スーパーセンターへ入居した。
フランチャイズの店舗と、地元の商店。
両方が共存する、巨大な市場が出来上がった。
人口も、逆転した。
移住者。商人。職人。農民。冒険者。
その全てを吸収した結果、センターシティは、王都を上回る人口を抱えるようになった。
庶民たちは、いつしか、言うようになる。
「王都へ行く」ではない。
「センターシティへ行く」と。
もっとも顕著だったのは、冒険者だ。
王都の冒険者ギルドは、閑散としている。最盛期の一割ほど。
素材も、武器商人も、防具商人も、鍛冶職人も、全てセンターシティへ移った。
王都の騎士団は、今でも、苦労している。
「武器が高い」
「防具も高い」
「素材も高い」
全部、三割増し。品薄まで、発生する。
軍事費は増大し、国庫への負担は、増える一方だった。
◇◇◇
そして、俺が最も驚いたのは、最後の通知だった。
出店機能更新
【キッチンカー型(移動店舗型)】解放
解放条件:ガソリンスタンド契約 達成
「……あれか」
追放された翌朝に見た、あの「未解放」の文字。
あれは、三年越しに、ようやく、解けたのだ。
説明を読む。
移動店舗型
小規模店舗のみ対応
商品は、出発前に契約者が積み込む
補充は、帰還後
つまり、遠くへ行くほど、積んだ商品が尽きた時点で営業終了だ。
大規模な展開は、できない。
それでも、これは、革命だった。
今までは、公爵領でしか、店を出せなかった。
だが、これからは、違う。
他領の領主が許可すれば、そこで、キッチンカーを出せる。
小規模で、限定的ではあるが。
吉田屋が、北の領へ。ディッパーダイが、東の港町へ。ファミリーアートが、西の鉱山町へ。
各地の領主から、依頼が殺到した。
「うちの領にも、牛丼屋を!」
「クレープ屋が来れば、娘が喜ぶ!」
そんな中、蓮が、ふと尋ねた。
「王都は、どうするんだ?」
「行かない」
俺は、即答した。
「え」
「王都には、行かない、っていうか行けない。
キッチンカーは舗装した道路しか走れないし、王都では許可が降りてないから、王都の境界超えたら未だに石畳なんだよ。
だから行けないんだ」
王が定めた、増税。借地料の増額。そして、店舗数の営業制限。
それらは、三年経った今も、撤廃されていない。
「あの規制がある限り、キッチンカー一台、まともに商売できないからな」
「撤廃してくれれば、いいのに」
「それができるなら、とっくにしてるだろう」
撤廃すれば、過ちを認めることになる。
それが、あの国王には、どうしてもできないのだ。
◇◇◇
キッチンカーが向かったのは、各領の街だけではなかった。
魔王軍との戦いの、最前線である。
「前線に、温かい飯を」
きっかけは、勇者パーティの一言だった。
蓮たちが、戦いの合間に吉田屋の話をするたび、前線の兵士たちが、ごくりと喉を鳴らすのだ。
「……やるか」
俺は、キッチンカーに商品を積み込んだ。
牛丼。バーガー。おにぎり。味噌汁。温かい缶コーヒー。
荷台を満載にして、前線基地へ向かう。
舗装された道路と、ガソリンスタンドの燃料のおかげで、車は、驚くほど早く前線に着いた。
「な、何だ、あの鉄の箱は……」
「魔物か?」
「いや、食い物の匂いがするぞ」
疲れ切った兵士たちが、天幕の前で目を丸くしている。
「温かい食事、販売してます」
窓口から顔を出すと、兵士たちが、ぞろぞろと集まってきた。
「牛丼……?」
「一つ、いただこう」
一口。
固まる。
二口目で、泣いていた。
「あったけぇ……」
「戦場で、こんな飯が食えるなんて……」
「俺、明日も生きて帰る……」
大げさではなかった。
前線の食事は、冷たく、固い。それが、湯気の立つ丼に変わったのだ。
兵士たちの士気は、見違えるように上がった。
◇◇◇
さらに、別の車も、前線へ向かった。
ワークランの移動商店に、鍛冶職人を乗せた、修理工房の車である。
「剣が欠けた」
「鎧が割れた」
「盾が歪んだ」
次々に、破損した装備が持ち込まれる。
ワークランの職人たちは、その場で工具を広げた。
火花が散る。金属が叩かれる。
一時間後。
「ほら。直ったぞ」
「おお……!」
兵士は、元通りになった剣を握り、感極まっていた。
食事と、修理。
その二つが、前線で完結する。
それは、補給のあり方そのものを変えた。
◇◇◇
そして、勇者パーティは、前線での戦闘を終えると、必ず、王都へ立ち寄るようになった。
王への、報告のためである。
車で行けるのは、王領の境までだった。
その境には、馬車の乗り継ぎ場がある。
舗装された黒い道は、そこで、ぶつりと途切れていた。
先に続くのは、ごつごつとした、古い石畳である。
境界を示す石柱の脇に、王領の兵が立っていた。
「ここから先は、王領。自動車は、通行できません」
「はいはい」
蓮は、慣れた様子で車を停める。
「降りて。馬車に乗り換えるぞ」
乗り継ぎ場には、王都行きの馬車が待っていた。
「うへえ……」
美月が、顔をしかめる。
「毎回、これが嫌なのよね」
「さっきまで、あんなに静かだったのに」
湊が、座席の硬さに眉を寄せた。
車なら、数時間の道のりである。
だが馬車は、石畳の上を、がたがたと揺れながら進む。
揺れる。跳ねる。軋む。
「尻が……」
「酔いました……」
「シロが、寝ちゃった」
あかりの膝の上で、シロが、ぐったりと丸くなっていた。
窓の外には、王領の景色が流れる。
畑は、昔のままの、細長い小さな区画。人が鍬を振るい、牛が犂を引く。
道端の家々は、古い木と土の壁。
ついさっきまで見ていた、機械が走る広大な農地や、整然と並ぶ住宅群とは、まるで別の国のようだった。
「……同じ国なんだよな」
蓮が、ぽつりと呟く。
誰も、答えなかった。
やがて、王都の城門が見えてくる。
「前線は、押し上げております」
蓮が、謁見の間で報告する。
「魔王軍の拠点を、また一つ、落としました」
「うむ。大儀であった」
国王は、頷く。
勇者たちは、本来の務めを、きちんと果たしているのだ。
そこには、何の問題もない。
ただ。
「ところで、陛下。最近、キッチンカーに、新商品が入りまして」
「……何だ」
「吉田屋の牛丼に、新しい味が出たんです。ねぎ塩だれと、トマトチーズ」
美月が、目を輝かせる。
「バーガークイーンには、期間限定の、照り焼きバーガーも出ました」
「ディッパーダイは、季節のフルーツクレープです」
あかりが、うっとりと続ける。
「ウニクロの新作も、すごく良くて」
湊も、さりげなく付け足した。
国王は、黙って聞いていた。
土産は、ない。土産話だけだ。
その土産話が、一番、堪えた。
「……以上か」
「はい。以上です」
「ご苦労」
勇者たちは、一礼して、謁見の間を出る。
廊下を曲がった先で、王妃と王女が待っていた。
「お帰りなさい、皆様」
「ただいま戻りました」
「お疲れさまでした」
あかりが、小さな包みを差し出す。
「王妃様に。ディッパーダイの、新しい焼き菓子です」
「まあ!」
「王女様には、ニキモトの、小さな髪留めを」
「ありがとう存じます」
宰相にも、ウニクロのネクタイが、渡された。
「……恐縮です」
宰相は、わずかに、口元を緩めた。
ただ、国王には、無い。
それは、誰も口にしないが、全員が心得ている、暗黙の了解のようになっていた。
勇者たちは、その日のうちに、王都を発つ。
日帰りである。
王領の境の乗り継ぎ場で、再び車に乗り換え、センターシティへ。
「帰ってきたー!」
「風呂だ!」
「その前に、牛丼!」
「ラーメンも!」
スーパーセンターへ飛び込み、思う存分、満喫する。
もはや、どちらが本拠地か、言うまでもなかった。
◇◇◇
一方、王都では、平和が、静かに崩れ始めていた。
原因は、冒険者の不在である。
九割が公爵領へ移ったことで、王都周辺に出現するモンスターを討伐する人手が、足りなくなったのだ。
騎士団が対応しただけでは足りなくなってしまっていた。
ギルドの依頼は、溜まる一方だった。
「森の狼が、街道に出ています」
「畑が、猪に荒らされました」
「洞窟のゴブリンが、増えています」ー
住民からの訴えが、次々に、王城へ届く。
代わりに、軍や警備隊が、出動する。
出動が増えれば、装備の破損も増える。
「剣が折れました」
「鎧が、もう限界です」
「盾の補充を」
騎士団長ガルドが、苦い顔で報告した。
「王都には、修理できる職人が、おりません。新しく買おうにも、売る店がございません」
「では、どう
「公爵領から、購入する他は、ございません」
購入が増える。騎士団の予算が、さらに膨らむ。
予算が膨らめば、他が削られる。
悪循環は、止まらなかった。
さらに、国王を追い詰める事実があった。
王都は、公爵領の真似が、できないのだ。
自動車は、王領に入れない。
城門は狭く、石畳の街並みは、鉄の箱が通るようにはできていない。
それ以上に、国王自身が、「鉄の箱を、王領に入れてはならぬ」と、令を出していた。
あの男の持ち込んだ物など、王領には要らぬ、という意地からである。
令は、それだけでは終わらなかった。
道路の舗装も、農地の改良も、機械の導入も。
王都だけではない。王都の周辺、そして各地に点在する王領の全てで、停止された。
「王領には、一切、許可せぬ」
それが、国王の命だった。
その意地が、仇となった。
道路は造れない。物流は変わらない。農業機械は入れられない。住宅も、あの速さでは建たない。
公爵領の発展を、真似することが、できない。
つまり、今後、王都と公爵領の差が、完全に逆転することは、確定していた。
その報告を、宰相が、淡々と読み上げる。
「以上でございます」
「…………」
国王は、両手で、頭を抱えた。
「どうしてこうなった……」
◇◇◇
一方、公爵領の周辺では、まったく逆のことが起きていた。
「うちの領にも、あの道を通していただけないか」
隣接する貴族領の領主たちが、公爵のもとへ、続々と訪れたのだ。
「農機具も、売っていただきたい」
「自動車を、領内で走らせたい」
土木建設会社の重機が、公爵領の外へ向かう。
舗装された道は、境を越え、隣の領へ、そのまた隣の領へと、少しずつ伸びていった。
農地も、同じだった。
トラクターとコンバインが入った領では、収穫量が、目に見えて増える。
余った穀物はセンターシティへ送られ、代わりに、新しい機械と車が領へ届く。
好循環が、公爵領の周囲へ、静かに、確実に、広がっていった。
地図を広げれば、一目瞭然だった。
公爵領を中心に、舗装路が、蜘蛛の巣のように伸びている。
その外側に、白い空白が広がっていた。
王領である。
財務官が、宰相の執務室で、試算を見せた。
「現時点では、まだ、差は、はっきりとは出ておりません」
「……現時点では、か」
「はい。公爵領と、周辺の貴族領が、機械と道路を導入し始めて、まだ三年です」
財務官は、数字の列を指でなぞる。
「ですが、このまま推移した場合」
「ああ」
「五年後には、収穫量で、王領の二倍。十年後には、物流の速度も含めて、五倍以上の差が」
「……」
「王領は、今のまま、何も変わりません。差は、広がる一方です」
「止める手立ては」
「陛下の令を、撤回していただくより、他にございません。
しかも公爵領からすると、王都で遮られる以上、王都から先の貴族領へはキッチンカーの派遣やトラックを使った流通も無理ですね。
ですので、今後王都から先の貴族からの王への突き上げは熾烈になると思われます。」
宰相は、深く、息を吐いた。
「それが、できれば、苦労はしませんな」
三年目の今は、まだ、始まったばかりだ。
だが、数年後には、絶望的な差が広がっていることが、はっきりと見えていた。
◇◇◇
王城。
「キッチンカーが、各領を巡っているそうですわね」
王妃が、静かに言った。
「……らしいな」
「王都にも、来ていただきたいのですけれど」
「……規制が、ある」
「ええ。陛下が、お定めになった」
「……」
「撤廃なされば、よろしいでしょう?」
「……できん」
「あら。なぜ?」
「それは……」
国王は、言葉を失った。
撤廃すれば、あの決定が誤りだったと、認めることになる。
分かっている。分かっているのだ。
だが、それを口に出すことが、どうしてもできない。
貴族議会でも、状況は、変わらなかった。
議題は、予算案のはずだった。
「陛下。その、予算の件ですが」
老いた侯爵が、咳払いをした。
「恐れながら、陛下のご決断が、王都の現状を」
「侯爵」
「は」
「何が言いたい」
「いえ。ただ、我々としましても、そろそろ、新しい風が吹いてもよいのでは、と」
国王の眉が、ぴくりと動く。
「新しい風、とは」
「……例えば、王女殿下のような」
周囲の貴族たちが、一斉に咳払いをした。
あからさまな、退位の勧告だった。
陰に日向に、毎日のように、同じことを言われる。
宰相ですら、遠回しに言った。
「陛下。お疲れではございませんか。そろそろ、ご静養を」
味方は、いなかった。
ちなみに、この侯爵、王都で遮られた先に領地があるし、娘はクレープの大ファンである。
王妃は敵。王女は敵。貴族たちも、妻の機嫌と己の損得を天秤にかけ、とうに公爵へ傾いている。
宰相は、最低限の仕事しかしない。いや、正確には、する。するのだが、感情がない。
「陛下、書類です」
「うむ」
「以上です」
それだけ。
◇◇◇
そんな状況だから、王都では、妙な噂が広がっていた。
一つ。王を、早期に退位させる。
一つ。成人した王女を、早期に女王として即位させる。
一つ。王女は経験不足なので、王弟である公爵を、一時的な王にする。
一つ。王女が即位すれば、公爵が宰相になる。
一つ。女王の王配は、おいおい、決まるだろう。
しかるべき貴族の嫡男か。他国の王子か。公爵家の誰かか。
いやいや、センターシティの、あの店主では。勇者パーティの、剣聖殿では。
噂は、尾ひれを付けて、拡がり続けた。
国王の耳にも、当然、入っている。
そのたびに、国王は、頭を抱えた。
「どうしてこうなった……」
王城の廊下に、その声が、毎日のように響く。
もはや、使用人たちの間では、名物のようになっていた。
「あ、今日も始まりましたよ」
「今日は、午前中だけで、三回目です」
◇◇◇
ある日の、王都の夜会。
大広間には、着飾った貴族たちが集まっていた。
だが、以前とは、様子が違う。
夫人たちの胸元で光っているものが、違うのだ。
「ご覧になって、このニキモトの真珠」
「まあ、素敵ですこと」
「こちらは、センターシティの、3℃の貴金属ですの」
「ああ、あの、繊細な細工の」
「王都の宝石商には、出せない品ですわよね」
「ええ。やはり、公爵領ですわ」
競うように、自慢し合う。
その中心へ、王妃と王女が、現れた。
会場が、一瞬、静まる。
王妃の胸元には、大粒の、乳白色の真珠。公爵から贈られた、ニキモトの最高級品である。
王女の胸元には、さらに一回り大きな、淡い桜色の真珠が連なっていた。
「それは……」
「まさか」
「店主様が、これまでの感謝を込めて、特別に仕立ててくださった一点物ですの」
セレスティアが、静かに答える。
「世界に、一つしかございません」
夫人たちが、ため息を漏らした。
「なんて、美しい……」
「王女殿下だけは、別格ですわね」
「ああ、わたくしも、あのような品を」
王妃は、微笑んだまま、少しだけ、胸を張った。
その輪の外れで、国王は、玉座に座っていた。
表情は、変わらない。
何の装飾も、身に着けていない。
贈られた品など、一つもない。
それどころか、ささやき声が、否応なく、耳に入ってくる。
「陛下は、あの店主を追い出されたのでしょう?」
「ええ。おかげで、王都では、まともな宝石すら、手に入りませんわ」
「主人が、公爵領へ移りたがって、困りますの」
「うちもですわ。毎日、センターシティの話ばかり」
「公爵様のほうが、よほど、頼りになりますものね」
「声が大きいですわよ」
「あら、聞こえても、構いませんわ」
聞こえている。
全部、聞こえている。
国王は、杯を持つ手に、力を込めた。
夫人たちの背後で、貴族たちも、頷いていた。
「公爵領の武器は、品質が違いますな」
「うちの領の騎士団も、そちらから調達しております」
「王都の鍛冶屋では、もう、限界ですからな」
「ええ。経済も、軍事も、公爵領の方が、上でしょう」
陰口は、愚痴は、不満は、途切れなかった。
国王は、何も言わなかった。
言えなかった。
反論する材料が、一つも、なかったからである。
玉座の上で、ただ、静かに、天井を見上げた。
◇◇◇
その頃、センターシティ。
商品供給センターの裏口に、見慣れた銀髪の女性が立っていた。
つばの広い帽子は、そのまま。だが、少女の面影は、三年前よりずっと、大人びている。
「ご無沙汰しております、店主様」
「セラさん」
もう「王女様」と呼ぶべきなのだが、本人が、「セラ」でいいと言うのだ。
後ろには、護衛が三人。先頭は、あの隊長で、手には既に、バーガークイーンの袋がある。
「お父様は、毎日、頭を抱えておいでです」
「でしょうね」
「三年経っても、まだ」
セラは、くすりと笑った。
「あの噂は、ご存知ですか? わたくしが、近々、女王になるという」
「ああ……。耳には入ってます」
「噂ですわ」
彼女は、悪戯っぽく微笑む。
「ですが、もし、本当にそうなったら」
「はい」
「その時は、王都にも、店を出してくださいますか?」
俺は、少し考えた。
そして、笑った。
「規制が、無ければ」
「ええ。無くしますとも」
セラは、はっきりと言った。
「十倍の使用料も。増税も。店舗数の制限も。全部」
その横顔は、もう、少女ではなかった。
一人の、王の顔をしていた。
「ちなみに、その噂には、あなたのお名前も、入っておりますのよ」
「は?」
「ご冗談ですわ。……たぶん」
◇◇◇
国王の執務室。
また、いつものように、報告書が届く。
「センターシティ、人口増加」
「新規移住者、増加」
「新規商会、移転」
「新規道路、建設」
「大型会員制倉庫店、オープン予定」
「家電量販店ミドリ電気堂、オープン予定」
「ペットショップ、開業準備中」
「リフォームセンター、開業準備中」
「レンタカー事業、開始」
「アウトドア用品専門店、開業」
「更なる増築計画」
国王は、静かに報告書を閉じ、窓の外を見た。
王都は、まだ存在している。
だが、もはや、時代の中心ではない。
全ての始まりは、あの日。
たった一人、無能だと決めつけた勇者。
追放した商人。
その判断が、国の未来そのものを、変えてしまった。
「どうしてこうなった……」
国王は、今日も呟く。
誰も、答えない。
いや、本当は、皆、知っている。
だが、もう、誰も口にしない。
◇◇◇
一方、センターシティ。
フードコートでは、勇者たちが、賑やかに騒いでいた。
「今日は、何から行く?」
蓮が聞く。
「まず、牛丼」
美月が、即答する。
「その後、バーガー」
湊が続く。
「クレープだね」
あかりが笑い、肩の上のシロも、期待するように、きゅうと鳴いた。
食べることしか、考えていない。
「お前らな……」
俺は、呆れる。
だが、少し笑った。
「そういえば、店長」
蓮が、バーガーを頬張りながら言う。
「次の店は?」
その瞬間、全員の目が輝いた。
俺は、苦笑して、店舗一覧を表示する。
「大型会員制倉庫店」
「おお!」
「家電量販店、ミドリ電気堂」
「おおお!」
「ペットショップ」
「ほう!」
「リフォームセンター」
「ほうほう!」
「アウトドア用品専門店」
「欲しい!」
盛り上がる。まるで、新作ゲームの発表会だった。
俺は、賑やかなフードコートを見渡した。
牛丼を食べる冒険者。クレープを持って歩く子供たち。買い物袋を抱えた家族。新しい農機具を買う農民。ホームセンターへ向かう職人。
みんな、幸せそうだった。
異世界に召喚された日、俺は、無能と言われた。外れスキルと言われた。王城を追放された。王都まで、追放された。
だが、今なら思う。
あの日、追放されたから、今がある。
剣もない。魔法もない。英雄でもない。
けれど、店を作った。街を作った。仕事を作った。人を笑顔にした。
それで、十分だった。
「店長!」
また、呼ばれる。
「なんだ」
「新店舗ができたら、一番乗りだからな!」
「味見役は、俺たちだ!」
「予約!」
勇者たちが笑う。俺も、笑う。
空は青い。車は走る。人々は笑う。
今日も、センターシティは賑やかだ。そして明日も、きっと同じだろう。
無能スキルと笑われた【フランチャイズ契約】。
その力は、誰かを倒すための力ではなく、誰かを幸せにする力だった。
人を集め、街を作り、世界を変えた。
それが、少しだけ、誇らしかった。
――無能スキル【フランチャイズ契約】で追放された俺、異世界にチェーン店を出したら国家インフラ扱いされました――
完結




