第二章 クレープと中古品とフランチャイズ広場
第二章 クレープと中古品とフランチャイズ広場
金貨十枚。
それは、俺にとって最初の大きな目標だった。
追放された日に持っていたのは、金貨一枚。
そこから牛丼屋だけで十倍である。
普通に考えれば、十分な成功者だろう。
しかも、まだ開店から一か月ほどしか経っていない。
だが俺のスキルは、そこで終わらなかった。
◇◇◇
閉店後。
誰もいない吉田屋の店内で、俺はウィンドウを見つめていた。
条件達成
総資産 金貨十枚
小規模店舗契約可能
契約可能枠:1
「さて」
ついに二店舗目だ。
正直、ものすごく悩む。
牛丼屋だけでも十分に儲かっている。
だが次に何を選ぶかで、今後が大きく変わる気がした。
深呼吸して、候補一覧を開く。
契約候補一覧(契約費用:各金貨5枚)
• 【バーガークイーン】ハンバーガーショップ
• 【ケンタッピヨ】フライドチキン専門店
• 【サンドイッチハウス・サブウェイヴ】サンドイッチ専門店
• 【立喰亭そば八】立ち食いそば店
• 【カレーの王爵】カレーショップ
• 【スターバックスター】コーヒーショップ
• 【タピキング】タピオカ・ジューススタンド
• 【ディッパーダイ】クレープ専門店
• 【幸楽軒】ラーメンチェーン
• 【和幸福】とんかつ専門店
• 【牛角堂】焼肉店
• 【鳥貴一】居酒屋
• 【ほっとモットリ】持ち帰り弁当店
• 【ピザーララ】宅配ピザ
• 【銀の皿舟】寿司宅配
• 【エコセカンド】ブランド品・古着・骨董品買取
• 【もみの極】リラクゼーションサロン
「おお……」
思わず感動した。
まるで商業施設の案内板である。
金貨五枚は、日本円で五百万円。
現実のフランチャイズ加盟金としては、むしろ安いくらいだ。
詳しく見ていくと、注意書きも表示された。
注意
店舗増加によって運営業務が増加します
従業員の雇用を推奨します
「……だよな」
今は俺一人だ。
スキルで牛丼を召喚しているとはいえ、接客して、掃除して、会計する。
正直、既にぎりぎりだった。
二店舗なんて無理。三店舗なんてもっと無理。
そこで、別の項目を確認する。
フランチャイズ従業員機能
一般従業員の雇用が可能
商品の召喚及び補充は、契約者のみ可能
なるほど。
店員は雇える。接客も、掃除も、会計も任せられる。
だが商品の補充だけは、俺。
つまり俺は本部だ。
現代日本でいうところの、フランチャイズ本部そのもの。
各店舗へ商品を供給するのが、俺の役割らしい。
「これは、人を雇うしかないか」
◇◇◇
翌日、募集をかけた。
結果、驚くほど応募が来た。
理由は単純。吉田屋が人気店だからだ。
最終的に採用したのは三人。
三十代の女性、マルタ。元は「銀の鈴亭」で働いていたらしい。
二十代の冒険者上がりの男、ダン。
十七歳の看板娘候補、リナ。
全員、まともそうだった。
「よろしくお願いします」
「お願いします、店長!」
なぜか俺は、店長扱いだった。
三日後には、従業員教育が終わった。
接客は店員。掃除も店員。会計も店員。
俺は厨房で、商品を補充するだけ。
「これ、楽だな……」
ようやく経営者っぽくなってきた。
◇◇◇
そんなある日。
常連になった勇者たちが、揃って現れた。
「今日は相談があるんだ」
剣聖の神崎蓮が言う。
「何だ?」
「新しい店、作るんだろ?」
「どこ情報だよ」
「商業ギルド」
情報が早い。
異世界も噂社会だった。
「で、何が欲しい?」
「日本っぽいもの!」
全員、即答だった。
「カレーでしょ、ハンバーガーでしょ、ラーメンでしょ、スイーツでしょ」
蓮、美月、湊、あかり。言いたい放題である。
だが、気持ちは分かる。
俺だって同じ立場なら、そう言う。
異世界の料理も、食べられないわけではない。
だが毎日だと、元の世界の料理が恋しくなる。
日本人の魂である。
◇◇◇
その夜、王城。
食堂には、長い食卓が用意されていた。
上座には国王アルフォンス三世。隣には王妃エリザベート。その向かいに、王女セレスティア。
勇者たちも同席していたが、今夜は少し空気が違った。
蓮が、大きな布包みを抱えている。
「陛下。今夜は、お持ちしたものがございます」
「ほう、何だ」
「王都で評判の料理です。冷めないうちに」
包みの中から、木製の折り箱が出てくる。
蓋を開けた途端、甘辛い香りが広がった。
食堂の空気が、変わった。
「これは……」
王妃が、目を丸くする。
「牛丼、という料理です」
あかりが小声で補足する。
王は眉をひそめた。
「庶民の食い物ではないか」
「はい。でも、美味しいです」
セレスティアは、既に匙を手にしていた。
一口。
銀色の睫毛が、ぱちりと跳ねる。
「……美味しい」
「でしょう?」
蓮が頷く。
王妃も、そっと口へ運ぶ。
「まあ。お米が、こんなに……」
二人の様子に、王は鼻を鳴らした。
「大げさな。余は騙されんぞ」
そう言って匙を取り、一口。
沈黙。
二口目。
沈黙。
三口目で、匙が止まらなくなった。
「……これを作ったのは、何者だ」
「旅の料理人です」
蓮は、淀みなく答えた。
「気まぐれで店を出しているだけの、身分もない人物でして」
「王宮の料理人に迎えたい」
「断られると思います。自由を愛する人なので」
「余の誘いを断るというのか」
「……はい。多分」
王は、不満そうに唸った。
その向かいで、セレスティアは何も言わず、小さく微笑んでいる。
食後。
廊下で、蓮は呼び止められた。
「神崎様」
振り返ると、王女が立っていた。
「あの方は、お元気でしたか」
蓮は一瞬だけ迷い、それから苦笑した。
「元気すぎるくらいです」
「……そうですか」
セレスティアは、ほっと息をついた。
少し離れた柱の陰で、王妃が静かに頷いていた。
◇◇◇
同じ夜、俺は本気で候補を検討していた。
まず、ハンバーガー。
強い。絶対に強い。
だが、肉と米と、食事がかぶる。
次に、カレー。
これも強い。日本人なら皆好きだ。
しかし客層が、牛丼とほぼ同じ。
ラーメン。
かなり魅力的だ。しかし調理の負担が重い。
そして最後。
俺の目が、ある一行で止まった。
【ディッパーダイ】
クレープ専門店
予想売上:A
競合店:なし
女性人気:SS
「……これか?」
よく考えれば、この世界にはスイーツ文化が少ない。
あるにはある。だがケーキも焼き菓子も、貴族の嗜好品だ。
庶民が気軽に食べられる甘味が、ほとんどない。
そこへ、生クリーム。チョコ。フルーツ。クレープ。
どう考えても強い。
「しかも、牛丼と客層が被らない」
昼飯は吉田屋。食後にクレープ。
完璧である。
だが、そこでもう一つの候補が気になった。
【エコセカンド】
ブランド品・古着・骨董品買取
「これも面白いな……」
異世界には、大量の中古品が眠っている。
冒険者の装備。貴族の古美術。古着。アンティーク。
説明を読む。
全て値付けは自動で行われ、買い取った商品は自由財布へ収納可能
再販売可能
「は?」
思わず声が出た。
これ、下手をすると牛丼屋より強い。
仕入れが現地調達だからだ。
しばらく悩んだ。本気で悩んだ。
そして、決める。
「よし。ディッパーダイと、エコセカンド」
甘味と中古品。方向性が全く違う。
だからこそ、強い。
だが契約可能枠は、一つしかない。
そう思った時、ウィンドウに新しい表示が現れた。
特例条件達成
総資産の余剰を確認
小規模店舗契約枠を追加解放します
契約可能数:1→2
「え?」
二度見した。
そして、思わず笑った。
「なるほどな」
このスキル、思っていた以上に経営者向けらしい。
◇◇◇
だが契約ボタンに指を伸ばしたところで、重大な問題に気付いた。
「待てよ……」
画面には、スキルの説明がもう一度表示されている。
契約商品の生成権限
契約者本人のみ使用可能
「だよなぁ……」
他人は、商品を出せない。
つまり、ディッパーダイを市場の反対側に出したら、クレープが売れるたびに俺が走ることになる。
吉田屋へ戻る。呼ばれる。再び走る。
それでは経営どころではない。ただのマラソン大会である。
コンテナショップ型の説明を、読み直す。
設置自由/撤去自由/移設自由
「なら、答えは簡単か」
同じ場所に並べればいい。
◇◇◇
翌日。
王都の空き地。吉田屋の客で、すっかり賑わう場所だ。
土地の持ち主は、地主のオルド老人。吉田屋の区画は、商業ギルドを通じて借りている。
「空き地全部借りたいんだけど」
「良いけど結構広いぞ。形が悪くて遊んでいた土地だが、全部に今やってるような屋台なら5店舗は入るぞ。」
「うん、全部。」
「何を作るんだ……」
オルドは呆れていた。
だが、金貨を見せるとすぐに了承した。
世の中、そんなものである。
◇◇◇
そして、契約。
ディッパーダイ、契約成立。エコセカンド、契約成立。
金貨十枚消費。
その瞬間、吉田屋の隣に白いコンテナショップが出現した。
「おお……」
おしゃれだった。
白とピンクを基調にした外装。大きなガラス窓。可愛い看板。
完全にスイーツショップである。
さらにその隣に、落ち着いた木目調のコンテナショップが現れる。
エコセカンド。中古品買取店。
こうして、王都の空き地に三店舗が並んだ。
吉田屋
ディッパーダイ
エコセカンド
しかも、裏側は一つに繋がっている。
共通のバックヤードだ。
「これ、もう小さい商店街じゃないか」
思わず笑ってしまった。
◇◇◇
まずは従業員の教育から始まった。
吉田屋には、既に三人。
新たに、ディッパーダイへ三人。エコセカンドへ二人。
合計八人である。
エコセカンドの二人のうち一人は、古物商を営んでいた白髪の老人、トマスだ。
「物の価値が分かる者は、そう多くないからのう」
頼もしい限りである。
最初の説明会。全員が緊張していた。
「皆さんにやってほしいことは、簡単です。接客をしてください」
「店長は?」
「裏にいます」
「え?」
「だいたい、裏です」
全員、不思議そうだった。
当然だろう。普通の経営者は、表に立つ。
だが俺は、特殊だった。
◇◇◇
翌日の営業で、その理由がすぐに分かった。
「牛丼並一つ!」
吉田屋の店員が叫ぶ。
「はいよ」
俺はバックヤードで商品を生成し、手渡す。店員が客へ提供する。
数秒後。
「特盛二つ!」
「了解」
さらに生成。さらに手渡し。
それを見た新人たちは、愕然としていた。
「どこから……?」
「気にしないで」
「気になります!」
そりゃそうだ。
ディッパーダイも、同じだった。
「イチゴチョコクレープ、お願いします!」
俺が裏で生成し、店員へ渡す。店員が販売する。
これだけだ。
クレープ専門の知識は頭に入っているが、実質的には、俺が巨大倉庫と物流センターを兼ねている。
店員は、販売に専念できる。こちらの方が、ずっと効率が良い。
◇◇◇
そして、開店初日。
王都に衝撃が走る。
最初の被害者。
いや、最初の客は、若い女性だった。
「クレープ?」
「甘いお菓子です」
恐る恐る購入する。
一口。停止。
二口。硬直。
三口。絶叫。
「何これぇぇぇぇ!」
周囲が、一斉に振り向いた。
そこからは早かった。
「私も!」
「私も食べる!」
「こっちも!」
昼には行列。夕方には大行列。
翌日には、女性客だらけになっていた。
特に生クリームは反則だった。
異世界の菓子職人たちが、研究を始めるレベルである。
◇◇◇
一方、エコセカンド。
こちらも、予想外の人気だった。
「古い剣、買い取ります」
看板を出しただけ。
それなのに、客が来る。次々来る。
「壊れた盾でも?」
「はい」
「使わなくなった鎧でも?」
「はい」
「祖父の遺品でも?」
「はい」
どんどん集まる。
この世界には、買い取りの文化が無かったのだ。
不要になったら捨てる。だから、買い取りという概念そのものが珍しかった。
そして俺は、査定機能の恐ろしさを知る。
カウンターの端末に品物を置くと、価値が表示されるのだ。
古代銀貨
推定価値:銀貨48枚
「これ、ガラクタじゃなかったのか?」
持ち込んだ冒険者も、目を丸くしていた。
遺跡の出土品らしい。
価値の分かる人間が、いなかっただけだった。
「この店、すげぇ……」
評判は、一気に広がった。
◇◇◇
一か月後。
空き地の呼び名が変わった。
最初は「牛丼屋の空き地」。
だが今は違う。
「フランチャイズ広場、行こうぜ」
「クレープ買ってから牛丼な」
「中古の盾も見たい」
そんな会話が、普通になっていた。
吉田屋で食事。ディッパーダイでデザート。エコセカンドで買い物。
客が、完全に回遊している。
商売として、理想的だった。
◇◇◇
そして当然、あの四人も来る。
「牛丼四つ」
「その後、クレープ」
「そのあと、中古品」
完全に常連だった。
「お前ら、毎日いるな」
俺が言うと、蓮が真顔になる。
「重要任務だ」
「何の?」
「日本食補給」
美月も、真面目な顔で頷いた。
「精神衛生上、必要です」
「公認なんだ……」
もはや何も言うまい。
「そういえば、王様は最近どうなんだ?」
「陛下ですか。……実は、牛丼のことをずっと気にされていて」
湊が眼鏡を押し上げる。
「毎晩、持ち帰りを要求されます」
「おい」
「でも、店主が誰かは、まだ知りません」
あかりの肩で、シロがきゅうと鳴いた。
◇◇◇
王城、執務室。
宰相のオルフェンが、書類を差し出した。
「陛下。商業ギルドより、税収の報告が上がっております」
「……ふむ」
王は書類へ目を落とし、ぴたりと動きを止めた。
「先月分の王都の税収が、三割増しだと?」
「はい。原因は、ほぼ一点に絞られます」
「何だ」
「王都の外れの空き地に、近頃三つの店が並んでおりまして」
「牛丼とやらを出す店か」
「それに加え、菓子の店と、古物の買取店が。いずれも連日、行列が絶えません」
王は、低く唸った。
「たった一人の商人が、これほどとは」
「商人というより、あの空き地全体が、一つの商会のような様相でして」
「その店主を、城へ召し出せ」
「かしこまりました。ただ、陛下」
宰相は、言いにくそうに続けた。
「店主の素性が、ギルドでも掴めておりません。『フランチャイズ』と呼ばれる、聞いたこともない商いの形だそうで」
「構わん。余が直々に会って確かめる」
その時、扉の脇に控えていたセレスティアが、一歩前へ出た。
「お父様」
「何だ」
「召し出す前に、わたくしに、様子を見に行かせてください」
「王女が、市井へか」
「民の暮らしを、この目で見ておきたいのです」
王は眉をひそめる。
「ならぬ。危険だ」
「あなた」
王妃エリザベートが、静かに口を開いた。
「勇者様方も、毎日のように通っておられる場所です。それほど危険とは思えません」
「しかし……」
「あの子も、そろそろ城の外を知るべき年頃ですわ」
王はしばし黙り込み、やがて深く息を吐いた。
「……護衛を三名つける。目立たぬ装いで、日が落ちる前には戻れ」
「ありがとうございます、お父様」
セレスティアは、静かに頭を下げた。
その口元が、ほんの少しだけ緩んでいたことに、王は気付かなかった。
◇◇◇
その夜。
閉店作業を終え、自由財布を開く。
金貨の数字を見て、俺は黙り込んだ。
金貨27枚
契約費用で、手持ちはほぼ空になったはずだった。
それが一か月で、二十七枚。
たった三店舗で、これだけ増えた。
「怖いな、このスキル」
本気で、そう思う。
すると、ウィンドウが開いた。
契約枠増加
小規模店舗追加契約可能
さらに、一覧が表示される。
• ファミリーアート
• バーガークイーン
• カレーの王爵
• スターバックスター
• 幸楽軒
• 和幸福
• ほっとモットリ
「おお……」
思わず笑った。
ついに来た。
コンビニ。そしてハンバーガーショップ。
日本人なら誰でも知っている店たちだ。
そして間違いなく、勇者パーティが泣いて喜ぶ店でもある。
どうやらフランチャイズ広場は、まだまだ大きくなるらしい。
明日もまた、バックヤードで走り回ることになりそうだ。
第二章・完
第三章「ファミリーアートとバーガークイーン」へ続く




