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第一章 無能スキルと空き地の牛丼屋

第一章 無能スキルと空き地の牛丼屋


人生とは理不尽なものだ。

少なくとも、その日までの俺はそう思っていた。


◇◇◇


相沢恭平、二十九歳。中堅商社の営業である。

その日の俺は、朝九時から夜十一時まで、一度も椅子の背もたれに体重を預けなかった。

「相沢君、この見積もり、先方にどう説明するつもり?」

「課長のご指示通りに作成したのですが……」

「指示? 俺が?」

上司は鼻で笑った。

昨日の会議で「この数字でいい」と言ったのは、間違いなくその本人だ。

だが、社会人にとって「言った言わない」は勝てない戦いである。

「申し訳ありません。すぐ修正します」

頭を下げる。

何度目かは、もう数えるのをやめた。

取引先には電話で三回、メールで二回、夕方には直接出向いて一回謝った。

謝罪回数なら、社内でも上位に入るだろう。

毎日会社へ行き、上司に怒られ、取引先に頭を下げ、終電で帰る。

そんな平凡な社畜人生だった。


◇◇◇


終電に間に合うぎりぎりの時刻。

駅へ向かう途中、見慣れた看板が目に入った。

赤い看板の牛丼屋。

駅前にある、二十四時間営業のチェーン店だ。

「……今日こそ、食べて帰るか」

昼は抜き、夕食はコンビニのおにぎり一個。

胃は空っぽだった。

並盛に生卵、それと味噌汁。

それが、ここ数年の俺にとって唯一のささやかな贅沢だった。

ガラスの向こうでは、サラリーマンが湯気の立つ丼をかき込んでいる。

たまらなく旨そうだった。

自動ドアに手を伸ばす。

その瞬間。

足元が光った。

「は?」

白い光。

円環状の文様。

見たこともない文字。

視界が真っ白に染まる。

最後に思ったのは、こんなことだった。

(……牛丼、食べたかったな)


◇◇◇


「勇者召喚は成功しました!」

目を開けると、豪華な大広間だった。

床には巨大な魔法陣。

周囲には甲冑姿の騎士たち。

正面には玉座。

そして俺以外に、若い男女が四人。

典型的な異世界召喚だった。

玉座に座る初老の男が、満足そうに頷く。

「よくぞ参った、異界の勇者達よ。余はルミナス王国国王、アルフォンス三世である」

王様らしい。

隣の席には、穏やかな面差しの女性。

王妃エリザベートと名乗った。

その少し後ろには、銀髪の少女が立っている。

「王女のセレスティアと申します。突然お呼びしてしまい……本当に申し訳ありません」

十六、七歳だろうか。

深く頭を下げる姿に、少し驚いた。

王族が、見ず知らずの俺たちに頭を下げたのだ。

「セレスティア、下がっておれ」

王がたしなめる。

少女は唇を結び、一歩下がった。

説明によれば、この国は魔王軍との戦争中。

戦況は思わしくなく、起死回生の策として異世界から勇者を召喚したのだという。

正直なところ、少しだけ期待した。

漫画やラノベのようなチート能力があるかもしれない。

ひょっとすると英雄になれるかもしれない。

そう思ってしまったのだ。

しかし現実は甘くなかった。

いや、異世界だから現実ではないのだが。

能力鑑定が始まった瞬間から、俺の未来は決まっていた。


◇◇◇


鑑定用の水晶が運ばれてくる。

最初に手を置いたのは、短髪の青年だった。


「神崎蓮殿、固有スキル【剣聖】!」


歓声が上がる。

次は、髪を後ろで束ねた女性。


「白石美月殿、固有スキル【聖女】!」


大歓声。

眼鏡をかけた細身の青年が続く。


「篠原湊殿、固有スキル【大魔導師】!」


拍手が起こった。

最後は、小柄な少女。


「日向あかり殿、固有スキル【聖獣契約】!」


少女の肩に、どこからか現れた白い小獣がちょこんと乗る。

騎士団長が、感極まったように拳を握った。

全員が当たりだった。

そして最後。

俺の番。

水晶に手を置く。

光が走り、文字が浮かび上がった。

鑑定官が首を傾げる。


「相沢恭平殿、固有スキル……【フランチャイズ契約】」


静寂。

見事な静寂だった。

鳥の鳴き声でも聞こえそうなほど静かだった。

「それは何だ?」

王が尋ねる。

「分かりません」

「強いのか?」

「不明です」

「役に立つのか?」

「不明です」

「戦えるのか?」

「……恐らく無理かと」

王が露骨に顔をしかめた。


「外れか」


はっきり言われた。

本人の目の前で。

「あなた……」

王妃が小さく声を上げたが、王は手を振って遮った。

「お待ちください、父上! まだスキルの内容も分かっておりません!」

セレスティアが一歩前へ出る。

「せめて、検証だけでも」

「国庫は無尽蔵ではない。戦えぬ者に割く余裕はないのだ」

「でも――」

「あの、俺からもお願いします!」

剣聖の神崎蓮が声を上げた。

「同じ日に呼ばれた仲間です。せめて数日くらい……」

「勇者殿は魔王討伐にのみ専念されよ」

王の一言で、話は終わった。

蓮は悔しそうに俺を見た。

俺は小さく首を振る。

ここで揉めても、どうにもならないことくらい、社畜の経験で分かっていた。


◇◇◇


そして一時間後。

俺は王城の外にいた。

城門が閉まる。

ガタン。

終了。

「早くない!?」

思わず叫ぶ。

いや、ちょっと待て。

せめて三日くらい様子を見ようとかないのか。

スキルの検証とかしないのか。

だが、既に結論は出ていたらしい。

俺は不要。

以上。

渡されたのは革袋一つ。

中には金貨一枚。

迷惑料とのことだった。

「くそ……」

とはいえ、百万円相当の価値があるらしい。

完全な無一文ではない。

少しだけ安心していると、背後から小走りの足音が聞こえた。

振り向くと、城の通用門から年配の侍女が出てくる。

「相沢様。王妃様と王女様より、言伝を預かっております」

「言伝?」

「王都の宿、『銀の鈴亭』をお訪ねください。女将には話を通してございます。……それと」

侍女は声を落とした。

「『このような形になり、申し訳ありません。どうかご無事で』と」

俺は城を振り返った。

高い塔の窓に、銀色の髪が見えた気がした。

「……ありがとうございます、とお伝えください」

侍女は深く一礼して戻っていった。

追放はされた。

だが、全員が敵というわけでもないらしい。

◇◇◇

そのとき、不意に視界にウィンドウが浮かんだ。


追加スキル獲得

【自由財布】


「ん?」

説明を読む。


【通貨収納専用亜空間】

【収納量無制限】

【出し入れ自由】


「便利じゃん」

試しに金貨を収納してみる。

ふっと消えた。

取り出してみる。

現れた。

簡単だった。

財布というより、銀行口座である。

しかも盗難の心配がない。

「これはありがたいな」

追放はされたが、完全に詰んだわけでもなさそうだった。


◇◇◇


その夜。

「銀の鈴亭」の簡素なベッドで転がっていると、再びウィンドウが現れた。


固有スキル

【フランチャイズ契約】

契約店舗

・吉田屋


吉田屋?

聞いたことがあるような、無いような。

牛丼チェーンっぽい名前だった。

選択してみる。


牛丼並 450円

牛丼大盛 650円

牛丼特盛 850円

味噌汁 80円

生卵 100円

チーズ 100円

サラダ 150円

肉皿300円

ジュース各種 200円

ビール 350円


「おお?」

商品一覧が出た。

試しに牛丼並を押してみる。

ぽんっ。

目の前に牛丼が現れた。

「は!?」

思わず飛び上がる。

本当に出た。

湯気が立っている。

肉の香りがする。

箸まで付いている。

完全な牛丼だった。

赤い看板の牛丼屋の、あの味を思い出す。

食べ損ねた、今日の夕食。

一口食べる。

「……うまい」

思わず呟いた。

日本の味だった。

異世界に来て初めての日本食。

感動で少し泣きそうになる。

そして同時に気付く。

これ。

売れるのでは?


◇◇◇


翌朝。

俺は再びスキル画面を眺めていた。

昨夜は気付かなかった項目がある。


出店機能

店舗形態を選択してください

・キッチンカー型(未解放) 条件:ガソリンスタンド契約

・コンテナショップ型

・常設店(テナント型)

・常設店(店舗型)


「なるほど」

少しずつ仕組みが理解できてきた。

キッチンカー型は未解放。

ガソリンスタンドとの契約が必要らしい。

常設店も選べるようだが、土地も建物も必要そうだ。

今の俺には厳しい。

ならば答えは一つ。

「コンテナショップ型だな」

説明を読む。


コンテナショップ型

空き地へ設置可能

設置・撤去自由

移動可能


「これだ」

今の俺にぴったりだった。


◇◇◇


王都の外れ。

冒険者ギルドと市場のちょうど中間にある空き地。

人通りはそこそこある。

俺はそこで屋台を出す契約をして、出店を実行した。


光が走った。

眩い光。

そして、何もなかった空き地に店が現れる。

「うわ……」

思わず見上げる。

赤い看板。

木製のカウンター。

その前に並んだいくつものテーブルと椅子のセット。

厨房設備。

収納棚。

冷蔵設備。

日本のイベント会場に置かれている、簡易店舗によく似ていた。

しかも同時に、知識まで頭へ流れ込んでくる。

接客方法。

衛生管理。

店舗運営。

レジ操作。

清掃手順。

売上管理。

全部理解できた。

「これがフランチャイズか」

ようやく理解する。

商品だけではない。

ノウハウまでが契約の対象なのだ。


◇◇◇


暖簾を出す。

吉田屋。

営業開始。

するとすぐに、人々が足を止めた。

「なんだ?」

「新しい店か?」

「昨日まで無かったぞ」

当然の反応だった。

一晩で突然現れたのだから。

やがて一人の冒険者がやって来る。

筋肉質の大男。背中には大剣。

「何を売ってる?」

「牛丼です。ご飯知ってますかね?穀物の米を炊いたものの上に肉料理を乗せたものです」

「ぎゅう……?

初めて聞く料理だけど試しに一つくれ」

円表記の値段は、この世界の貨幣へ自動で換算されるらしい。

並盛四百五十円は、銅貨四枚と小銅貨五枚。

受け取った硬貨を自由財布へ収納し、牛丼を提供する。

男は席に座り、一口食べた。

固まる。

二口目。

さらに固まる。

三口目。

突然、立ち上がった。

「どうした?」

周囲がざわつく。

俺もちょっと不安になる。

だが次の瞬間。

「うめぇぇぇぇぇぇっ!!」

市場中に響くほどの大声だった。

周囲が振り向く。

「何だ?」

「そんなにか?」

「どれどれ」

二人目が来る。

三人目も。

五人目も。

十分後には、列ができていた。


◇◇◇


「信じられねぇ」

「米がこんなに旨いのか」

「肉が柔らかい」

「毎日食いたい」

客たちの反応は、上々どころではなかった。

大当たりだ。

この世界の料理が不味いわけではない。

だが、保存技術も調味料も発達していない。

そこへ現代日本の牛丼である。

肉は焼くだけ煮るだけだった世界に日本の牛丼。

混雑がすごすぎて午後には閉店しなければいけない大混乱になった。

初日の売上を確認する。

自由財布を開くと、


現在:金貨1枚 大銀貨1枚 銀貨7枚


という内容。


中には大量の硬貨。

「おお……」

人生で初めて、商売の成功を実感した。

大企業の歯車だった頃には、なかった感覚だった。

自分の店。

自分の客。

自分の利益。

それがこんなに嬉しいとは思わなかった。


閉店作業を終えた時、再びスキルウィンドウが現れる。


総資産増加を確認

次段階解放条件:金貨10枚


さらにその下。


契約候補

???

???

???


俺は笑った。

なるほど。店を増やしていくゲームっぽいスキルだとわかった。

だったら、やることは決まっている。

まずは稼ぐ。徹底的に。

王に捨てられた勇者だろうが関係ない。

店がある。客がいる。そして利益が出る。

だったら俺は、商売で生きていく。


◇◇◇


開店から三日。

俺は早くも一つの現実に直面していた。

「忙しい……」

嬉しい悲鳴ではある。

だが本当に、客が途切れないのだ。

朝も、昼も、夕方も。閉店時間ぎりぎりまで。

「並盛三つ!」

「特盛!」

「生卵付けてくれ!」

完全に人気店だった。

理由は単純だ。この世界にない味だからである。

甘辛いタレ。柔らかい牛肉。炊きたての白米。

特に白米への反応が凄かった。

「パンじゃない主食だと!?」

「米だけで食えるぞ!」

「どうなってるんだこれ!」

そして一度食べた客は、必ず友人を連れてくる。

客が客を呼ぶ状態だった。

口コミが最強の宣伝なのは、異世界でも同じらしい。


◇◇◇


閉店後、店内で自由財布を開く。

透明なウィンドウが浮かんだ。


自由財布

金貨 一枚

大銀貨 三枚

銀貨 二枚

大銅貨 三十五枚


「増えてるなあ……」

思わず笑う。

たった三日だ。

三日前まで、追放された無職だった。

それが今では、毎日利益が出ている。

牛丼を出す。売る。利益が出る。その利益を自由財布へ収納する。

極めて単純だ。

だが非常に強い。

盗難の心配も無い。金貨だろうが銅貨だろうが、全て収納される。

商売人にとっては神スキルだった。

「自由財布の方が、当たりスキルじゃないか?」

そんな気すらしてくる。


◇◇◇


一週間後。

問題が発生した。

席が足りない。

「並盛一つ!」

「その前に俺だ!」

「いや俺が先だ!」

「行列を作れ!」

「あんた誰だよ!」

朝からカオスだった。

俺は額を押さえた。

コンテナショップは便利だ。空き地に置くだけ。撤去も移動も自由。

だが規模は小さい。席数にも限界がある。

そして今、その限界が来ていた。

そんな時だった。

「店主」

不意に声を掛けられる。

振り向くと、壮年の男性が立っていた。

上等な服。落ち着いた物腰。商人らしい。

「何か?」

「少し話がしたい」

男は笑った。

嫌な予感がした。

◇◇◇

店の裏。

男はバルトロと名乗った。

「私は商業ギルドの職員だ」

「ギルド?」

「お前の店について、調査に来た」

なるほど。来ると思っていた。

これだけ売れていれば当然だ。

「何か問題でも?」

「むしろ逆だ」

バルトロは、牛丼を食べながら言った。

「……美味いな」

「ありがとうございます」

「非常に美味い。本当に美味い」

どうやら気に入ったらしい。

「警戒するな」

「しますよ」

「普通の新店舗ならな」

そう言って周囲を見回す。

「だがお前の店は普通じゃない」

その通りだった。

一晩で現れた店。見たことのない料理。存在しない食材。

怪しまない方がおかしい。

「安心しろ。ギルドは敵ではない」

「なら?」

「今は空き地の借地料だけだが、本当はこれだけだと店はやれんのだ。

だから、正式な営業許可を出す。

代わりに毎日売り上げから税金を払ってくれ」

思わず聞き返した。

「いいんですか?」

「いいさ。それが商売だ。

あんたが王城から追い出されたって事も知ってるが、そんなのは関係ない。

商売人とギルドってのはそもそもそういう関係だよ。

思わず笑う。バルトロも笑った。


◇◇◇


それからさらに二週間。

吉田屋は完全に定着した。

冒険者ギルドの近くという立地も良かった。

遠征前も、遠征後も、みんな食べに来る。

特に人気なのは特盛だった。

「なんで異世界人って、こんなに食うんだろう」

毎日思う。

中には三杯食べる化け物もいた。

そんなある日のこと。

見慣れない一団が現れ、周囲が少しざわついた。

「あれ、勇者じゃないか?」

「本物か?」

「マジかよ」

勇者。

その単語で思い出した。

そういえば俺も、勇者として召喚されたのだった。

すっかり忘れていた。

やって来たのは四人組。

見覚えがある。

同じ日に召喚された、あの四人だ。

「相沢さん!?」

神崎蓮が、目を見開いた。

「久しぶり」

なんとも微妙な再会だった。


◇◇◇


「何してるんですか?」

「牛丼屋」

「見れば分かります!」

その通りである。俺もそう思う。

「王都で噂になってた店って、ここだったのか……」

「有名なの?」

「無茶苦茶有名です」

白石美月が頷く。

「遠征帰りの騎士団も利用してるんですよ」

「へえ」

「へえじゃないですよ」

妙に呆れられた。

そして四人は、そのまま席へ座った。

「おすすめは?」

「単なる牛丼屋だよ。

並大盛り特盛が基本で、チーズ載せるかどうか、玉子どうするか。

後はサラダと味噌汁つけるかどうか、ってとこだな。」

「なら並を4人前玉子と味噌汁付きで。

しばらくして、四人は固まっていた。

一口。二口。三口。

無言になる。

少し不安になった、その時。

「これだぁ……」

白石が泣いていた。

本当に、泣いていた。

「日本の味だ……」

「分かる」

篠原湊も、遠い目をしている。

「味噌汁がある……」

「卵だ……」

「牛丼だ……」

みんな感動していた。ちょっと面白い。

日向あかりの肩では、白い小獣のシロが、カウンターへ身を乗り出している。

「この子、卵が好きみたいで……」

「生卵、一つ追加で」

シロは嬉しそうに鳴いた。

すると蓮が、真顔で聞いてくる。

「毎日来てもいいですか?」

「客なんだから、自由だけど」

「やった!」

その日から、彼らは本当に毎日来るようになった。


◇◇◇


一か月後。

売上はさらに爆発した。

勇者たちが常連になった結果、噂が王都中へ広がったのである。

「勇者様も通う店」

という肩書きは強かった。

行列はさらに伸びる。毎日売り切れ。閉店時には商品ゼロ。

信じられない盛況だった。


◇◇◇


その頃、王城。

「近頃、王都で妙な店が評判だそうだな」

国王アルフォンス三世は、執務室で報告書をめくっていた。

「牛丼とやらを出す店で、騎士団の者も遠征帰りに通っているとか」

「はっ。勇者様方も、毎日のように」

「ほう、勇者殿が」

王は満足げに頷く。

「民の暮らしに溶け込もうとは、感心なことだ」

その店の主が誰なのか、王はまだ知らない。

扉の脇に控えていた王妃エリザベートは、手元の紅茶へ視線を落とし、ほんの少しだけ口元を緩めた。

窓辺では、セレスティアが王都の外れを見つめている。

「お父様。わたくしも、その牛丼を食べてみたいです」

「王女が市井の店になど、行くものではない」

「では、勇者様方に持ち帰りをお願いしてみます」

「……好きにせよ」

王女は、小さく微笑んだ。

あの空き地に灯る明かりが、ここからでも見える気がした。


◇◇◇


その夜。

自由財布を開いた瞬間、通知が現れた。


条件達成

総資産 金貨十枚到達


俺は目を見開いた。

ついに来た。次の段階だ。

続いて、新しい表示が開く。


小規模店舗の契約が可能になりました

契約可能数:1

候補一覧を表示しますか?


心臓が高鳴る。

ついに、新しい店が手に入る。

牛丼屋だけで、ここまで来た。

なら次は何だ。

クレープ屋か。コンビニか。中古ショップか。それとも別の何かか。

俺は唾を飲み込み、表示された一覧を見た。

その瞬間、思わず笑みが浮かぶ。

「なるほどな」

フランチャイズ契約。

このスキル、やっぱりとんでもない。

「王国一の商人どころじゃ、済まないかもしれないな」

王都の夜空には、月が浮かんでいた。

牛丼一杯から始まった、俺の異世界生活。

だがそれはもう、ただの牛丼屋の話ではなくなり始めていた。

王都の片隅で始まった小さな牛丼屋が、やがて王国そのものを揺るがす存在になることを。

まだ誰も知らなかった。


第一章・完

第二章「クレープと中古品と商売戦争」へ続く

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