06話:夢を見た(アリシア視点)
これは少し前、ほんの少し前の記憶だ……。
『アリシア……今日の体調はどうだい? 身体は痛くないかい……?』
『こほこほ……ふふ、大丈夫ですよ、お父様……今日の体調は良くて凄く元気ですから……こほこほ……』
『アリシア……』
悲しそうなお父様に向かって私は笑みを浮かべながらそう言った。もちろん体調は良くない。でもお父様を悲しませないために私は強がりながらそう答えていった。
私は3年ほど前からずっと原因不明の病気に罹っていた。最初の頃は体調が少し悪いのと咳が止まらないだけだった。だから最初はただの風邪だと思っていた。
でも違ったんだ……私の病気はただの風邪ではなかったんだ……。
私の咳はずっと止まらないだけでなく、それから私の全身は熱を帯びていくようになり、身体に火傷のような跡もどんどんと現れていった。火になんて一切近づいてないにも関わらずだ。
そしてその火傷のような跡はどんどんと大きくなっていった。次第に私の全身は赤黒く変色していき、皮膚もどんどんと爛れ始めていった。
さらにその爛れ始めた皮膚の影響かわからないけど、私は毎日鉄板で皮膚を焼かれてると錯覚してしまう程の強烈過ぎる熱さと痛さに苛まれるようになった。
そんな強烈な熱さと痛さを毎日受け続けていった結果、私は動く事もままならない状態になり、ずっとベッドの上で生活する事を余儀なくされた。
『お、お願いします……ヒーラー様……ど、どうか娘を……アリシアを助けてあげてください……!』
だからお父様はそんな重い病気に伏した私を救うために、王都中にいる沢山のヒーラー様をこの屋敷に呼んでくれたんだ。
でも王都にいらっしゃった多くのヒーラー様の診察を受けても『原因不明』だと皆から診断されるし、回復魔法を施して貰っても全く良くはならなかった……。
さらに時間が経った事で私の全身の肌はより一層恐ろしい程にドス黒く変色していき、皮膚の爛れもさらに酷くなっていってしまった。
そんな私の酷く変色し爛れてしまった全身の姿を見て、屋敷に呼ばれた数多くのヒーラー様たちは……。
『うっ……』
『うわっ……』
『おえ……』
『うぷっ……』
そんな嗚咽を漏らすヒーラー様がどんどんと増えていってしまった。しかもそれだけではなく……。
『前金を貰ってるからこんな事言いたくないが……あんな気持ち悪い身体を診察しろなんて言われるのは嫌だな……』
『あんなにも醜い身体を見せられて……うっかりと吐きそうになってしまった……本当に気持ち悪いな……』
『何で生きているのかわからないくらい酷い姿だ……正直に言って不気味だな……』
私の部屋の前廊下でそんな会話をしてるヒーラー様も現れた。私の身体は誰がどう見てもどんどんと醜く気持ち悪い身体になっていたから、そんな感想を漏らす者が現れるのは当然だ。さらに……。
『うっ……な、なんだよ……こ、この身体は……!?』
『お、お願いします……! どうか娘を……娘を助けてください……!』
『い、いや、すまねぇが……あ、あんな奇病が俺にも移ったら最悪だ! こんなヒデェ依頼を受ける訳にはいかない! すまねぇが他をあたってくれ!』
陰でコソコソと私の悪口を言うだけでなく、私の身体を直視してそう言って断ってくるヒーラー様も中には出てきた。
私の事をまるで汚物を見るような目で見て来るヒーラー様もどんどんと増えていったんだ。そんな酷い目で見られる日々は本当に辛かった。
それでもまだこの当時は不快そうな顔をしたり、気味悪いといった顔をしながらも私の身体を渋々診てくれるヒーラー様はまだまだ残ってくれていた。だから私はそんなヒーラー様に感謝をしながら毎日ヒーラー様からの診察を受けていたんだ。
でもそれからしばらくして“ある事”が起きた……。
『……ギルバート様。アリシア様の病気の件なのですが……伝染病の類の可能性があるという話が出回っております。ですから申し訳ありませんが、今後はアリシア様の診察はご遠慮させてください……』
『そ、そんな……キミまでもそんな事を言うなんて……!? そんな事を言われたら困るよ……! キミは今までアリシアの診察と治療をずっと診てくれてたじゃないか! それなのにキミにまで診察を断られたら……い、一体誰がアリシアの身体を診てくれるというんだ……! た、頼む……考えを改めてアリシアの身体を診てやってくれないだろうか……!』
『……申し訳ありません。私にも家族がおります。ですから私がアリシア様と同じような奇病に罹ってしまったらと思うと……ですから……本当に申し訳ありませんが今回で診察は打ち切りにさせてください……』
『そ、そんな……』
それからしばらくすると、私の病気は“伝染病”だという噂がヒーラー様たちの間で広まり始めたそうだ。今までは気持ち悪い醜い身体の持ち主というだけの評判だったのが、私は伝染病に感染してる醜い女という評判に変わったんだ。
そのせいで私の身体の診察、治療してくれるヒーラー様は激減していってしまった。最初の頃からずっと診察してくれていたヒーラー様たちもこぞって診察を打ち切りにされていってしまった。
その結果、私の身体を診察及び治療をしてくれるヒーラー様は誰一人として現れなくなってしまい……こうして私は治療を一切受ける事が出来ずに毎日ベッドの上で苦しみながら佇む日々を送る事となった。
『……すまない、アリシア……毎日辛い状況なのに……アリシアの身体を誰にも診て貰えない日がこんなにも長く続いてしまうなんて……』
『こほこほ……いえ、しょうがない事です……私の病気は原因不明ですし、ヒーラーの皆様も診るのを躊躇する気持ちは私もわかりますから……私の病気がもしも伝染してしまったら……そんなの私も辛いですから……こほこほ……』
『アリシア……だがアリシアがこんなに辛い目に遭ってるのに……誰にも助けて貰えないなんて……』
『こほこほ……ふふ。大丈夫ですよ、お父様。私は思ってるよりも凄く元気ですから……だからそんな顔をしないでください……こほこほ……』
私は笑みを浮かべながらお父様にそう言った。そして私はヒーラー様たちに診察を断られている現状を嘆いだり恨んだりする事は決してしなかった。
だって断られるのは仕方ない事だもの。これは未知なる病気だと言われてるし、この病気が伝染病であるという可能性は誰にも否定なんて出来ないからね。この病気が伝染する可能性が少しでもあるのなら断るのは当然だと思う。
それにこんなにも辛い病気が誰かに伝染してしまったら……そんなの辛すぎるもの……こんな辛い気持ちをするのは私だけで良いのよ……。
だけど……。
(……辛い……)
私は心の中で毎日そう呟いていた。お父様には全然辛くないと毎日強がりを見せていたけど、でもやっぱり身体は毎日とても痛い。灼熱の太陽に身を焦がされてるような痛みを毎日浴びている。
それに今まで数多くのヒーラー様たちから侮蔑的な目で見られるのも凄く辛かった。私は好き好んでこんな病気になった訳ではないのに……それなのに沢山の人たちから気持ち悪がられたり、侮蔑的に見られるのは……やっぱりとても辛かった。でも……。
―― ぎゅっ……!
『……アリシア様は醜くなんてありませんよ。むしろ逆です。アリシア様はとても綺麗な方ですよ』
『……え?』
そう言ってあの御方……セツナ様は私の手をぎゅっと優しく握りしめてくれたんだ。久々に家族以外から手を握られてビックリとした。でもそれ以上にそんな優しい言葉を聞いて……私は凄くポカポカとした気持ちになった。
だって誰がどう見ても私は凄く醜い姿だった。今まで何人ものヒーラーの方々に侮蔑的な目で見られてきたのだから。それなのにセツナ様は……。
『……私の身体は誰がどう見ても酷く醜い姿をしていますから……ですからセツナ様もそんなお世辞を言わなくて大丈夫ですよ……』
『いえ。俺は本心からそう言っています。アリシア様は醜くなんてないです。誰よりも心が綺麗でとても優しい素敵な方ですよ』
それなのにセツナ様は私の外見ではなく内面をしっかりと見てくれて……そしてあんな優しい言葉を投げかけてくれたんだ。
本当に……本当に凄く優しい御方だった……。
◇◇◇◇
―― チュンチュン……
「あ、れ……? 朝……?」
目を覚ますと朝になっていた。私はベッドから起き上がった。こんなにも長い時間睡眠が出来たのは数年振りだ。
いつもなら眠ってる途中に咳き込んで深夜に何度も起きてたのに……今日は一度も咳き込まずにぐっすりと熟睡する事が出来たようだ。
「あぁ……私、本当に病気が治ったんだ……」
私はそう言いながら自分の手を見ていった。昨日までずっと赤黒くて皮膚が爛れていたのに、今ではとても白くて綺麗で健康的な肌になっている。
そしてそんな白くて綺麗な手をじっと眺めていると、何だか急にポカポカとした温かい気持ちが胸いっぱいに広がっていった。
もちろん温かい気持ちになった理由はわかる。昨日セツナ様が私の手をぎゅっと握りしめてくれたのを思い出したからだ。
セツナ様が優しい言葉を投げかけてから私の手をぎゅっと握りしめてくれた記憶が蘇ってくる。本当に優しい御方だった。あんなにも心優しくて素敵な男の子がいらっしゃるなんて……。
「……ふふ。本当に……本当に心優しくて素敵な男の子でしたよね……」
私は自分の白く綺麗になった手をじっと見ながら、もう一度セツナ様の事を頭に思い浮かべていき……そして病気が治った事に喜びを感じながら朝のまったりとした時間を久々にゆっくりと過ごしていった。




