エピローグ 2人はいますぐ婚約したい。
数回に及ぶ長いキスを終え、テオは名残惜しそうにクラウディアから顔を離した。
「幸せです、クラウディア」
「……私もです」
できることなら、ずっとこうして2人でいたかった。しかしそれはテオの立場上許されることではないだろう。ただでさえ、先ほどからクラウディアが独占してしまっているのだから。
「戻りましょうか?私、ヴェーラー公爵を問い詰めなくてはいけないし……あと、一番大事なことを頼まなくてはいけないので」
クラウディアの提案に、テオは「そうですね」と頷いた。
2人は手を繋いだまま、大ホールへと戻る。扉を開けた瞬間、一斉に貴族たちの視線が2人へと集まってくるのがわかる。急にサンティエ王国の王弟が自国の貴族とともにどこかへ消えてしまったから、そうなるのはわかっていたが、流石のクラウディアもこれにはたじろいでしまう。
「クラウディア、テオドール王弟殿下」
その2人を助けようと声をかけてきたのはヴェーラー公爵夫妻だった。ヴェーラー公爵と夫人は2人の繋がれた手を見て、一瞬で事情を把握したようだった。
「テオドール王弟殿下。驚きましたわ、あなたがまさかテオ・ルグランさんだったなんて」
ヴェーラー公爵夫人が扇子で口元を隠しながらテオに向かって小さい声で言った。
「あなたはどうせ全部知っていたのでしょう?もうっ!この調子なら、フェリクスだって知っていたに決まっているわ。どうして教えてくれなかったの!」
しかし夫人は、ヴェーラー公爵がテオの正体を知りながらもそれを隠していたことに少しご立腹だったようだ。
「すまなかった、ヒルデガルド。顔を見てすぐに王弟殿下だとわかったんだが……それを言うわけにもいかないだろう。わかってくれ」
「まあ、わかりますけど……それならクラウディアの相手が平民とかそういう心配なんて、一切いらなかったじゃないですか!もう!心配して損したわ!眠れなくなるくらいだったのに……」
「すまない、ヒルデガルド……」
必死で夫人を宥めるヴェーラー公爵の姿は、いつも威厳溢れる公爵の姿ではない。しかしクラウディアはそれに同情することはできなかった。もっと問い詰めなくてはならないことがある。
「おじさま。私に……隠していることがありますよね?」
クラウディアは追い討ちをかけるように公爵へ言う。
「このドレス、本当におじさまが贈ってくださったものなのですか?」
「そう!それよ!気になっていたの。あなた、私に内緒でクラウディアにドレスを贈ったの?センスがないっていつも悩んでいるのに……クラウディアにとても似合っていたからよかったけど、相談も何もなくよくこんな美しいドレスを選ぶことができたわね?」
夫人もやはり疑問に思っていたようで、公爵を問い詰める。
「私はついさっき、テオからの贈り物だって、聞きましたけど。手紙もあるんですよね?それも渡してくれませんでしたよね?」
「……え?どういうことなのあなた……王弟殿下がクラウディアに贈ってくださったものを自分からだって偽ったの?」
それを聞いた夫人もやはり初耳だったようで、かなりお怒りの様子だ。公爵は青い顔をしている。
「クラウディアがあんなに悩んでいたのに、どうしてそんなひどいことをするのかしら!」
「いや、しかし、それは王弟殿下がクラウディアを置いて……」
「そんなのどうでもいいんです!こうやって心を込めたプレゼントをくださったのに、それを邪魔するなんて!こうやって2人が出会えたからよかったかもしれないですけど、クラウディアのことだから早々に祝賀会を抜け出して帰っていたかもしれなかったのですよ!」
夫人に言い訳は通じないようだった。クラウディアは夫人がこんなに怒るところを見たことがないほどだった。
「すまない、いや、少し意地悪をしようとして……可愛いクラウディアを泣かす奴がどうしても許せなくて……」
「それとこれとは話が別です!」
クラウディアの代わりに夫人が怒ってくれているようで、クラウディアは怒る気が失せてしまう。テオはやはり公爵が隠していたことを知っても、怒る様子を見せなかった。むしろ笑っているようだった。
「ヴェーラー公爵夫人。ありがとうございます。大丈夫です。クラウディアがこの場にいなかったとしても、私は追いかけていましたから」
テオは公爵をフォローするようだった。
「王弟殿下……そんな……もうっ!あなた、王弟殿下の優しさに感謝してください!」
テオのフォローに感動する夫人だったが、それでもヴェーラー公爵が許せない様子だ。
「おじさま、あとでテオの手紙をくださいね」
クラウディアは笑いながら公爵へ言うと、公爵は小さい声で「すまなかったな、クラウディア」と謝った。
「おじさま、おばさま。私たち少し、行ってきます」
先ほどからテオとクラウディアはずっと手を握ったままだった。2人のその様子に、公爵夫人は怒るのをやめ、優しく微笑んだ。そして公爵は少し泣きそうな表情を浮かべている。
「行ってらっしゃい、クラウディア」と公爵夫人が言った。
テオとクラウディアはそのまま特にどこへ向かうとも話をせず、ただ目的のところまで歩みを進めた。2人の行きたい場所は、言わなくても同じだった。
隣国の王弟と自国の貴族の当主が並びだって手を繋ぎ歩く姿に、周りの人々の視線が刺さる。
2人は構わず歩き続け、そして目的の場所で足を止め、名残惜しく手を離した。そして揃って膝を曲げて礼をする。
「ふむ、サンティエ王弟、ヴァルトブルグ侯爵。どうしたかな?」
顔を上げて良いという意味だろう。国王の声に2人は顔を上げる。
玉座にいるアイリスの表情がぱあっと明るくなったのが直接視線を向けることのできないクラウディアにも伝わってきた。
2人は口を開く。
「国王陛下。私たちはいますぐ婚約したいです」
2人の声が揃った瞬間だった。
読んでいただき本当にありがとうございます。
2人の偽装婚約はこれで終了し、本当の婚約生活が始まるということで、今回を最終話とさせていただきます。




