21 侯爵代理は今すぐ逃げ出したい
今日で、私の命運が決まる。
クラウディアは王宮の謁見の間の前で立つ。ヴァルトブルグの騎士団長であるハーン卿が後ろにつき、隣にはヴェーラー公爵もいてくれるものの、この扉を開ければ味方は誰もいなくなる。
久しぶりの王宮だというのに、クラウディアは美しい景観を楽しむ余裕は全くなく、小さく息を吐く。文官が国王にクラウディアの来訪を告げた。
「どうぞ。お入りください」
文官が重厚で荘厳な扉をゆっくりと開ける。奥には、玉座に座る国王らしき男と、その隣には国王よりも少し若そうな男が立っていた。
「私はこの後、貴族院があるから待機している。大丈夫だ、クラウディア。お前なら」
ヴェーラー公爵はクラウディアの背中に向かって話しかけた。クラウディアは頷いた。その眼はしっかりと目の前にいる国王へと向けながら。
クラウディアはゆっくりと謁見の間へ足を踏み入れると、その扉は閉められた。
孤立無援。だがクラウディアは進むしかない。
クラウディアは一歩一歩敷かれた赤い絨毯の上を歩く。やけに長く感じられるその絨毯の先で、跪いた。
「顔を上げよ。ヴァルトブルグ侯爵代理」
国王の声にクラウディアは顔を上げた。
初めて間近で、とは言っても少し距離はあるが、見る国王の顔はやはりエドワードと似ている。鋭い眼光は、クラウディアの心臓に刃を突きつけているようで、今まで見た人間の中でも一番威圧感がある。民からも名君と呼ばれる国王であるが、その雰囲気は重く、有無を言わせない雰囲気をもっていた。クラウディアは、その雰囲気に飲み込まれないように必死だった。
「ここでの会話は、私とこの宰相のみである」
隣にいたのは、宰相だったのね。
クラウディアはその男をチラリと見る。おそらく宰相といえば四大公爵家の一つ、バル公爵だろう。国王の右腕として、力を発揮していると聞いている。このバル公爵もかなりの有能な貴族だと聞いていた。
近衛騎士も国王の傍に待機しているが、それらは人数には入れないという意味となる。
裁判のような形になるのかと思っていたクラウディアは正直面食らっていた。もっと大勢から一方的に責められるのかと思ったら、国王陛下と直接会話できるなんて。これは大きいチャンスだった。
「今回何故召喚されたのかは、ヴェーラー公爵から聞いているな」
「はい。私に謀反の疑いがかかっていると伺いました」
クラウディアは答える。国王はじっとクラウディアから目を外すことはなかった。肉食獣に狙われた哀れな兎のような気分になる。冷や汗をかき始めているのがわかる。
「そうだ。ヴァルトブルグ侯爵代理に不審な動きがあるとの報告を受けた。それについて我々の納得がいくように説明してもらう」
「はい」
「ヴァルトブルグ領で兵力を増長している動きがあるとの報告があった。どうだ、ヴァルトブルグ侯爵代理」
国王は顎を上げ、クラウディアに「話せ」と命令する。
私は濡れ衣を着せられているだけ、声が震えぬように、堂々としなくては。
クラウディアは口を開いた。
「ヴァルトブルグで今、農民が領を越えて移住してきていることは、私にも報告がありました。およそ100人です。確かにそれは今までにないことです」
農民が領を移動することは滅多にないことだ。農民には所有する土地がある。もしくは小作人として働いている。そのためその土地を離れることはしたくない、もしくはできないはずだが、わざわざそれを行った。その事実が、兵隊としての戦力増強として考えられているのだろう。
「その農民たちに話を聞きました。ヴァルトブルグ近郊の領から来た者たちで、急に追い出されたため、親戚などを頼り、貧民政策の行われているヴァルトブルグに来ざるを得なかったと話していました」
相槌はない。一通り聞くつもりらしい。
「あくまで移住してきたのは農民であり、王国への謀反を行うのための兵力、また財を蓄えるには不足していると考えます。もし私が謀反を企んだとするならば、移住して来てもらいたいのは兵として実働する農民ではなく、商人などの上流階級や中流階級の方です。財なくして、謀反を行うことは不可能ですから」
反逆するには元手が必要になるが、農民では財を集めるという点では頼りにはならない、とクラウディアは主張する。
国王は少し手を上げ、クラウディアの話を中断させる。
「ヴァルトブルグ侯爵代理は知らぬかもしれんが、今、周辺の領を中心にヴァルトブルグ侯爵代理の農民からの人気が高まっている。兵力として農民としては不足だとヴァルトブルグ侯爵代理は言うが、量が質に優る場合もあろう」
国王が言いたいことは、数の力で反逆することもできるのではないかということだ。しかし農民からの人気程度ではどうもできやしない。確かに労働源としては大切にしなくてはいけない存在ではあるが、謀反を本気で企むのなら、そこでの力よりも軍事力に力を上げたほうがいいに決まっている。
クラウディアは首を横に振った。
「いえ。農民が私を慕い、命を投げ出してくれたとしても、それだけでは今後やっていくことはできません。先程申し上げた通り、まずは財が必要となります。その財をもって、周りの貴族へ私の方へつくメリットを示さなくてはなりません」
「ふむ」
「それでなければ、無理矢理兵を挙げる必要がありますが、ヴァルトブルグに騎士団はあれども、その規模は他の侯爵、公爵家と比べると遥かに少ない数です。農民が一緒に蜂起したとしても、他の貴族たちの騎士団の手にかかれば、一日もせずに壊滅することは間違いがありません」
それほどまで農民の即席の軍隊など、脆弱なものだ。ヴァルトブルグ領ではまともに武器さえ揃えられないほど他に費やすことが多く、反乱を起こす基盤が脆弱も脆弱といったところだろう。
「農民以外ではどうだ。最近、騎士団の数を大幅に増やしたとの報告も受けている」
「先々月ほど、私はとある輩に馬車に乗っているところを襲撃されました。今までそうやって移動中やそれ以外でも襲われるといった経験がなかったため、最小限の軍備で良いと思っていましたが、そうも言っていられないと、家の執政官、騎士団とも話し合い、騎士団の募集人数を増やし、ただいま訓練中です」
つい最近、騎士団員の数が増えたばかりで、まだまだ完璧なヴァルトブルグ騎士団とは言えないし、おそらく王宮の近衛騎士団やヴェーラー公爵のところの騎士団と比べても数は少ない。
「これで、どのようにして謀反を起こせば成功するのか知りたいくらいです。私は兵法に長けているわけでもありませんし、血を見るのだって苦手です。得意なものは金勘定くらいなもので……」
余計なことを言い過ぎてしまったか、と慌てて口をつぐんだが、国王は特にクラウディアの発言に対して気に留めた様子を見せることはなかった。
「確かに、ヴァルトブルグ侯爵代理の代になり、税収が上がったとの報告があるな。それを懐に入れてしまえば、謀反を行う元手くらいにはなるのではないか」
「ヴァルトブルグ家での税収は、およそ80万ゴルドです。そのうち半額の40万ゴルドを国に献上しています。それは毎回の収支決算報告でも明らかで有り、不正は認められていません。また我がヴァルトブルグの手元に残る40万ゴルドについては、必要経費以外は、建物の建設や新たな事業への参画などで全て投資してしまっている状態で、私の手元に残るのは微々たるものです」
きっとこれも国王ならば知っていることだろうが、なぜ聞くのだろうと段々とクラウディアは疑問に持ち始める。決算報告書にはクラウディアが診療所や学校の建設、運営などで使ったことや、品種改良研究に注ぎ込んでいることなど、明らかにして書いているはずだ。それをこの国王が調べさせないことはありえぬことだ。
何か他の意図があるのだろうか。
それでもクラウディアは、続ける。
「また、ヴァルトブルグが昨年の税を多く納めることができたのは、穀物の価格の高騰によるものです。去年は暴風の被害により、他の領での小麦が壊滅的でした。ヴァルトブルグ領では、小麦の被害が少なく済みました。そこで価格が高騰した小麦を売ることで、収入が増えただけに過ぎません。実際今年の税収はそこまで期待できるものではありませんでした。十分農民たちも働いてくれましたが」
クラウディアは真っ直ぐに国王を見た。初めに見た印象と、また表情が変わり始めているのを感じる。
「あることを証明することより、ないことを証明することの方が難しいです。ですから……あとは陛下の判断を仰ぐのみです」
クラウディアにとって、もう証明するためのことは何もない。果たして国王はなんと答えるのだろう。その前にもうひとつ、これだけは言わせてもらわなくては。クラウディアは続けて言った。
「ただ……私が何かの厳しい処罰を下された場合、私に謀反の疑いがあると陛下に忠言なさったお方も巻き添えにします」
クラウディアは自分が誰かに陥れられたと踏んでいる。
農民が移動するのはひどい天災などがない限りありえないことで、騎士団が周りにいると分かっている侯爵家の馬車が襲撃されることも滅多にありえないことだった。ヴァルトブルグ家の動きを細かく分かっている者は、おそらくこれらを仕組んだ人間に違いないと考えていた。
「ほう、誰だと思っている?」
「ベルク公爵です」
どうせこの会話はこの3人のみなのだ、とクラウディアは全部自分の思っていることを言おうとする。
「なぜ?」
「私の領へ来た農民の多くは、ベルク公爵領の者たちでした。突然役人がやってきて、難癖をつけて追い出され、近くのヴァルトブルグ領へ来ざるを得なかったと聞きました。また、先日私の馬車が襲撃された時の輩は、誰からの依頼かはわからない、と言っていたものの、ベルク領での活動を頻繁にしていた、ただの小悪党でした。おそらく、殺す目的はなかったのだと思っております。騎士団相手に小悪党が勝てるとは思いませんから。私への脅し、そして私が警戒をして軍備を拡張させることが目的だったのだと思います」
まさかベルク公爵もこの猶予を与えられた期間で、新しく来た農民を見つけてくるとは思わなかったことだろう。これはクラウディアだからできたことだった。クラウディアは農民と親しい。農民間による新しい情報を入手しやすかった。農民たちの力により、ヴァルトブルグへ来た農民たちをすぐ見つけ出し、事情を聞くことに成功していた。
「たとえ、私を陥れた人物がベルク公爵と違ったとしても、巻き添えにします。その方が真犯人への牽制になりますから」
なんとひどい貴族だろうと我ながら思うが、人を危険に晒しておきながら、その人物がのうのうと過ごしていることがクラウディアは許せない。
それを聞いた国王は大声で笑い始めた。クラウディアはどういう意味なのだろうと呆気に取られる。
「いや、すまん。見事なものだ、ヴァルトブルグ侯爵代理。しかし、憶測で人を貶めるのは良くない」
「すみません……」
とはいえ、国王はそれを否定しなかった。おそらくベルク公爵が国王へクラウディアのことを軽く話したのだろう。
「とはいえ、この与えられた三日でできることはしたようだな。どう思う?バル公爵」
国王は隣にいた宰相の方を向き、聞く。
やはりわざと三日間を与えたのだ。クラウディアの動き、クラウディアの言葉を見るために。
「18にしてここまで陛下に物を述べるというのは、確かに見事でした。しかし、推測で他の貴族を巻き込むのは、若すぎる証拠かと」
あのバル公爵から素直に評価されたらしいことに、クラウディアは内心呆気に取られるものの、まだ油断はできないと警戒を怠らずにいた。
「ヴァルトブルグ侯爵代理。正直君はまだ皆を率い、反逆までして頂点まで登りつめる器ではない。ヴェーラー公爵と結託したとなれば別かもしれないが、ヴェーラー公爵は愚かではない」
つまり、謀反を起こすような人間ではないと言われているのだろうか。それとも遠回しに侯爵として失格と言われているのだろうか、とクラウディアは考える。
「これからも誰かに貶められる可能性は十分にある。いつまでも平和的な頭でいることはやめておく方がいいだろう。常に周りは敵だらけなのだと思うようにならないといかん」
「……はい」
確かに、クラウディアは今までヴェーラー公爵の保護下に置かれていたようなものだった。公爵はクラウディアそしてヴァルトブルグのために、ずいぶん尽力してくれている。いつまでもおんぶに抱っこではダメなのだ、と国王は言いたいのだろう。
「今回の件については、我々が事前に調べた通りの言い訳を見事にしてくれた。疑いは晴れたに近い。これからもこの王国のため、尽力してくれ」
「はい」
やはり国王はクラウディアが謀反を行う人物ではないことは分かっていたようだった。もしかしたら、直接会って、この若い娘が侯爵代理に相応しいのか確認したかったのかもしれない。
クラウディアはようやくここでまともに呼吸ができたような気分だった。国王の先程までのあの刺々しい態度は嘘のように感じられ、今は穏やかな笑顔を作っている。
「我々は君のことを高く評価している。ヴェーラー公爵からも話は聞いていたが、実際話せばそれが事実かはっきりするからな」
「ありがたいお言葉です」
「それで、せっかくここまで来たのだ。ヴァルトブルグ侯爵代理に、二つ提案をしたい。どちらも君にとっても、我々にとっても悪い提案ではないはずだ」
「はい」
クラウディアは頷いた。
「ヴァルトブルグ侯爵代理は、現在婚約してるそうだな」
「はい」
「しかし、以前はエドワードにつきまとっていたと報告を受けている」
「……ハイソウデシタ」
ここでも悪業が有名なのか、とクラウディアは穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ。それもつきまとっていた本人の父親に知られていたとは。居た堪れない気持ちで、クラウディアは答えた。やってしまったことはもう取り返しがつかないという典型例だろう。
「そこで提案の一つ目だ。君を、エドワード王子の第二妃としたい」
今自分はどんな表情をしているのだろう。さぞ歪んだ顔をしているに違いない。
クラウディアは今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちになる。
先程謀反の疑いにかけられた時よりも、衝撃的な言葉だった。
国王は本当は何が言いたいのだろう。クラウディアは国王の真意を読み取ろうと、目を背けることはしなかった、いやできなかった。国王の瞳は真剣そのものだった。




