20 まさか、そんなはずはないわよね
ルグラン商会の老婦人、ゲートルード・ルグランとの面会を果たすことのできたクラウディアは、心の中で渦巻いていた不安な気持ちが少し薄れているのを感じていた。
しかし気になることはある。
ルグラン商会の老婦人はリヒト卿の祖母であり、テオの祖母の妹であるという事実だ。つまりリヒト卿とテオは親戚同士だということになる。親戚なのにも関わらず、リヒト卿はテオの護衛をして主君だと主張している。つまり、テオの両親、または祖父母は身分が高い人間だったのかもしれない。
もう一つ気になることはゲートルード本人のことだった。あの老婦人は確実に貴族出身だろう。動きやマナーは貴族のそれだ。考えられるとすれば、貴族の令嬢だったが、ルグラン商会長であった男と結婚したということだろう。つまり、その老婦人がどこの家門であるかを調べることで、確実にテオに繋がるはずだ、とクラウディアは踏んでいた。
気になったら調べずにはいられない、それがクラウディアだった。
リヒト卿が教えてくれれば楽なのだが、貝のように口を閉ざす男だ。リヒト卿から聞き出すのは不可能だろう。
それならば自分で調べるしかない。人払いをしたクラウディアはとりあえずヴァルトブルグ邸の書斎で、ルグラン商会の所在地であるライエン公爵の系譜を調べていた。この王国の四大貴族とも言われるライエン公爵ともなると、ヴァルトブルグの書斎にも資料は残されている。
ペラペラとクラウディアはライエン公爵家の系譜を眺め始めた。
「まさか、公爵家の令嬢が平民の家に入るなんてことはないでしょうけど……」
期待はできないだろうとはわかっていたものの、代を遡って指でなぞりながら名前を確認していく。クラウディアの指は、とあるところで止まる。
「ゲートルード・フォン・ライエン……?」
先先代の子女を記したそこへ書かれていた名前はゲートルード・フォン・ライエン。ゲートルードという名は、クラウディアの祖父母の時代に貴族の間ではかなり流行した名前らしいので、珍しいわけではない。
「あのご婦人の名前は、ゲートルード・ルグラン様だったわね……」
偶然の一致はありうることだ。
クラウディアは早る心を押さえながら、その姉妹関係を見ていく。
先先代の ライエン公爵には、5人の息女がいた。長男、長女、次女、次男、三女。ゲートルード・フォン・ライエンなる人物は、三女に当たる。つまりゲートルード・フォン・ライエンには姉が2人いることになる。長女イルゼ・フォン・ライエン。次女イルムガード・フォン・ライエン。
次女イルムガード・フォン・ライエンは、侯爵家の長男のところへ嫁いだと書かれている。つまり侯爵夫人になったということだろう。クラウディアはその侯爵家の名前をメモに書き留める。
「長女のイルゼ・フォン・ライエンは…………えっとなんて書いてあるのかしら?……読みにくいわね」
クラウディアは目を細めながらそのスペルを確認した。クラウディアが普段見慣れぬスペルだったからだ。
「イルゼ・フォン・ライエン……は、ヴィクトル=ルイ・ド・ラヴァルと婚姻しているわね……ド・ラヴァル?」
クラウディアはこの国の貴族の家門は全て暗記している。しかしラヴァル家と言うのは聞いたこともない。
「すでに破門した家なのかしら。公爵家の長女が嫁いだのに?」
クラウディアはヴィクトル=ルイ・ド・ラヴァルとメモに書き込んだ。
「ラヴァル、ラヴァル、どこかで聞いたわ。思い出せないけど……。これくらいなら、カールに聞いてもいいかしら」
しかしそろそろ仕事に戻らなくてはならない。クラウディアは立ち上がり、書斎を後にする。
執務室へ戻り、カールと2人きりになったところでクラウディアはそのことをカールに切り出した。
カールの返答はあっさりとしたものだった。
「ド・ラヴァル、となりますと、この国の貴族ではありませんね」
「……あ。そうか、そうよね……」
カールの言葉にクラウディアは納得した。むしろ気づかなかった自分を恥じるべきだった。
この国の公爵家には「フォン」をつけた姓が与えられている。しかし隣国などでは「ド」と言い方が変わるのだ。つまり、イルゼ・フォン・ライエンという人物は、隣国などの貴族へ嫁いだことになるだろう。
「有名なド・ラヴァル家と言えば、隣国の王族の姓ではありませんか?」
「サンティエ王国の?」
「ええ」
サンティエ王国は外務官としてフェリクスが出向している国だ。王位継承権の問題が発生していると話題の国。
「ド・ラヴァル……新聞にも国王の名前しか載っていなかったから、わからなかったわ。ありがとう、カール」
クラウディアは考える。
仮にゲートルード・ルグランの姉でありテオの祖母がイルゼ・フォン・ライエンであったとする。そのイルゼが嫁いだ先がサンティエ国王だったとするならば、イルゼはサンティエ王妃になったということだろう。
つまりイルゼの孫である人物は……
「まさか、そんなはずはないわよね」
一つの仮説に辿り着いたクラウディアは首を振り、その考えを否定する。しかし、クラウディアの中で何かが繋がりそうだった。
クラウディアの不審な様子を見て、心配そうに「何かお調べいたしましょうか?」とカールは申し出る。その申し出をクラウディアは「いいえ。私の個人的な興味なので」と断った。
ゲートルード・ルグラン夫人がライエン家の令嬢であったと確定していないのに、わざわざカールを使って調べさせることは気が引ける。もう一つの侯爵家を調べてみてからでもいいだろう。
まさかの仮説に頭が混乱してきたクラウディアはひとまず仕事に戻ることにし、書類を前に広げ始める。
いくらテオを探したくとも、今目の前にある仕事を疎かにするわけにはいかなかった。テオはいつも領地のことを頑張るクラウディアを褒めてくれていた。きっとテオも今頑張っているクラウディアを認めてくれるはずだ、と。そう気持ちを奮い立てないとクラウディアはべちゃりと上から何かに押しつぶされそうになるような感覚に陥りそうだった。
書類を眺めながら、クラウディアはカールに話しかける。
「人の流れが今年は多すぎるわ。去年は天災に見舞われたけど、今年は人のことが気がかりね」
「そうですね。領民の数が増えたことが気になります。それも農民がほとんどというのは……」
カールもクラウディアに同意する。
領民の数が増えることは悪いことではない。その分税収が増える可能性が上がるからだ。しかし、急に増えたことが気がかりだった。ヴァルトブルグ領は四大公爵領と比べると、農業酪農業中心で今ひとつパッとしないところがある。そのため、人の出入りが安定していたのだが、ここ最近の増え方は異常とも言えた。
「ヴァルトブルグの評判がとても良いとか?でも……農民が土地を離れることは考えにくいわよね」
「ええ。何かここ最近、意図的に感じます」
クラウディアは頭を抱える。実地調査をして、領へ来た農民たちに聞くほかなさそうだ。
「襲撃者たちへの依頼者も未だにわかっていないものね……一気に余計にやることが増えた感じだわ」
解決していない問題がここ数ヶ月で一気に増えている。今までが平凡すぎたのかもしれない。だがこの勢いはどこか不自然だ。
「誰か私を過労死させようとしているとか?」
「縁起でもありません」
冗談で言ったつもりだったが、カールは厳しい顔をして否定した。
「では誰かが私を陥れようとしているというのは?」
これも冗談のつもりだった。しかし冗談と言うものは軽々口にしてはならないと、3時間後のクラウディアは後悔することになる。
昼食を終えたクラウディアは、ヴェーラー公爵が来たという知らせを受けて、外へ出迎えに急ぐ。公爵が予告もなく現れるなんて、とても珍しいことだった。何か特別なことがあるに違いない。
その予想は、的中していたようだった。
「おじさま、そんなに慌ててどうなさったのですか?」
いつもと違い、ヴェーラー公爵が馬車を用いずに自ら馬に乗ってくるとは。よほどの急ぎのようであったに違いない。馬を預けたヴェーラー公爵は、少し息を切らしていたようだったが、クラウディアの前で息を整えた。
「クラウディア、落ち着いて聞いてほしい」
「はい」
ただならぬ公爵の雰囲気に、クラウディアは神妙な顔をする。何があったのだろうか。公爵はクラウディアを見ながら言った。
「国王陛下からお前に話が聞きたいと話があった」
「国王陛下?」
クラウディアは直接国王と会ったことも話したこともない。それはクラウディアが代理の地位だからだ。しかし、話とは何の用件なのだろう。
「陛下曰く、お前が謀反を企んでいると」
ヴェーラー公爵は言った。
「………………むほん」
信じられない言葉がヴェーラー公爵から飛び出し、クラウディアは固まった。
「謀反と言いますと、国王陛下にそむき、反乱を起こす、という意味の謀反ですか?」
私の知っている謀反と公爵の言う謀反は違う意味なのかもしれないとクラウディアは確認するも、公爵は「そうだ」と心痛の表情で答える。
謀反なんて、なぜそんなことになるのだろう。クラウディアは今まで一切そんな気持ちを持ったこともないし、疑われるようなことは一つもしていないはずだ。税だって不正することなく、きちんと王国に納めている。それのどこに謀反の要素なんてあるのだろうか。こんな小娘に。
「私もそんなことは有り得ないと国王陛下に申し上げたが……直接お前の話を聞きたいとおっしゃった」
貴族の中でもヴェーラー公爵が一番クラウディアのことを理解しているだろう。そんなことは有り得ないと分かっているはずだ。ヴェーラー公爵は心苦しそうに言った。
「そんな……」
「しかし、私を伝令にさせたこと、3日後に召還させられることには意味があるはずだ。おそらく……」
「それまでに、陛下を納得させるよう、自分の無実を証明しろ、ということですか?」
ヴェーラー公爵は頷いた。
「そうだ。陛下はかなり頭の切れるお方で、人を見極める力をお持ちだ。中途半端な言い訳なら一切聞く耳を持たないだろう。だから、この三日でお前が何故謀反の疑いにかけられることになったのか、その理由を見つけ出さなくてはならない」
「……はい」
国王が切れ者であることはクラウディアも話に聞いている。つまり、自分が無実である言い訳を考えるにしても、生半可なものではだめだ。
「最近のお金の流れ、税の流れ、人の流れをすぐに調べます」
「うむ。私もついていてやりたいが、お前1人との対話をお望みのようだ。調べるのは私も手伝おう。何か謀反を企むと言われるからには裏があるはずだ」
「はい、ありがとうございます。公爵」
謀反を企んだ、となれば問答無用で処刑、もしくはそれに近いことがあれば爵位剥奪は間違いない。
誰かが私を陥れようとしている、とか?
先程は冗談のつもりだった。しかしまさかこんなことになるとは。
クラウディアは痛む頭を押さえながらも、後ろで唖然としていたカールに資料を片っ端から持ってくるように命じた。
今、クラウディアは立ち止まるわけにはいかないのだった。
読んでいただきありがとうございます。後4話ほどになりそうです。




