第八話 花子と太郎と落ち武者と
「……はぁ。結局有力な意見は聞けなかったなっ。……なんだか聞く相手を間違ったような気もするのだが……」
「えーっ?そうかな?みんないろんなところ教えてくれたよーっ?」
「……いや、確かにたくさん教えてはくれたが……、どれも対して参考にはならなかったじゃないか」
「えーっ、でも楽しかったよーっ?」
「太郎はなっ」
「えーっ?僕花子ちゃんと踊ってるの楽しかったけどなーっ」
「う……っ。ま、まぁ、全く楽しくなかったわけでもないが……太郎と踊ってて。……う、じゃあ、またいつか……私と一緒に、踊りにいかないか?」
「わぁっ!見て見て花子ちゃんっ!スーパーボールが落ちてるよーっ!わぁいっ!」
「……うーっ。もう、太郎なんて知るかっ」
私はちょっと涙目になった。
月が美しく輝き、夜闇に紛れ生きる者達の足元をぼんやりと不気味に照らし出す。その純白を夜闇に黒く染め上げられた雲に、月明かりが幾度か遮られては、その都度足元も夜闇に沈み、そしてまた月明かりの下へ晒されたりとを繰り返した。
そんな夜闇の中で、月明かりに不気味に照らされた校舎が一つ。そんな校舎の中では、二人の少年少女の可愛らしい声が響いていた。
そのうち、少年―――太郎は廊下に落ちていた小さなスーパーボールを手にとって微笑んでおり、少女―――花子こと私は、そんな太郎を涙目で見つめながら頬を膨らませていた。
「スーパーボールっ!スーパーボールっ!スーパーなボールでスーパーボールっ!」
太郎が私の視線に全く気がつくことなく廊下を元気よく進んでいく。するとその時、太郎が楽しそうに手を高く上げ、そして思いっきりスーパーボールを床へ叩きつけた。
「ぼんっ!」
太郎がその声と共にボールを投げると、案の定四方八方へ小さなボールが跳ね、私たちに危険が及びそうになった。私はそれに気づいて慌てて頭を抑えて屈みこむ。
「わあっ!あぁもうっ!何故ここで投げるっ!?危ないだろうがっ!」
「えへへ、ごめんなさいっ」
「全くお前というやつは……っ!」
私がそう太郎に怒りを向けていると、その時今や危険物と化したスーパーボールが廊下に設置されている放送用のスピーカーに当たった。刹那、ボールは進路を変えて後方へと転がっていく。
「あぁ、危なかったねーっ」
「お前のせいでなっ!」
私は後方を振り返ってスーパーボールの行く末を見届けている太郎に向かって怒った。
『……ガガガ……ジージジ……ガガ……ッ』
その時だった。突如、先ほどボールが直撃したスピーカーから妙な音が聞こえてきた。
私と太郎は口を閉じ、じっとスピーカーを眺める。
『……ジジジ……ガガ……ジジジ……ッ』
音は未だ響き続ける。私は太郎と顔を見合わせた。そして首を傾げる。
私達は今まで夜中に放送が鳴ったところを聞いたことがなかった。夜中彷徨い始める幽霊たちに伝えたい事柄がある人物も見当たらないので、それは当然だろう。
しかし現在聞こえてくる音は、紛れもなく放送のスピーカーから流れてきていた。ボールが当たったせいかと怪訝したが、そうでもないらしく、後方からも同じような音が木霊して響いている。どうやらこれはすべてのスピーカーから発せられているらしい。
『……ガガ……ジジジ……ガ……ガガッ』
私達は不気味に響き続けるその音に警戒し、密かに息を飲んだ。
『……あ、あー。……私の足、誰か、見なかったかい?』
「「やっぱりテケテケかよっ!!」」
私はその声に向かって思いっきり突っ込んだ。
『……私の足を、見た人は、ホスト妖宴郷まで……』
「行くかっ!」
「テケテケさん、年間契約は結局あそこに決めたのかな?」
その後、放送はぷつりと切れた。
「むかーしむかし、あるところに、おじいさんとおじいさんがいました。ある日、おじさんは山へ芝刈りに、おじいさんは川へ洗濯に行きました」
「ちょっと待て、おかしくないか?おじいさんいっぱいいるぞ?」
「あぁ、二番目のおじいさんは、一番目のおじいさんのおばあさんの兄弟のおじいさんの近所に住むおじいさんのおばあさんの親戚のおじいさんだよっ」
「ややこしいなっ!……わかりにくいから、おじいさんを区別して話してくれ」
「わかったーっ!おじいさんαが川で洗濯をしていると、その時川上からどんぶらこーと桃に乗ったおじいさんβが流れてきましたっ」
「何故αとβをチョイスしたんだ?……って、βは何があったんだっ!」
「えっとねー、実は芝刈りしてたら熊に襲われて、逃げてたら金太郎っていう人が熊をやっつけてくれて、お礼を言ってたらそこに猿が青柿投げつけてきて、たまらず逃げ出したらそこに一寸法師がいたのに気づかなくて踏んじゃって、困ってたらそこに狼がやってきて、俺がどうにかしてやるとかなんとか言っておじいさんを……」
「またややこしいなっ!……βの件はもういい。早く続きを話してくれっ」
「はーいっ、おじいさんαはそれに吃驚して桃を引き上げようとしましたが、力が無かったので引き上げられなかったんだとさっ!ちゃんちゃんっ!」
「えっ、それで終わりなのかっ!?なんだかすっきりしない話だなー」
「うん、これで終わりだよーっ。教訓は、何か行動を起こす前に、まず力をつけましょうっ!だったかなー」
「……まあ、それも一理あるが……。本当にこの話はこれであってるのか?」
私の心の中はなんだかもやもやとした。
月明かりと非常口の緑のランプがぼんやりと輝き、夜闇に沈む廊下が照らし出されている。私たちは、そんな廊下を他愛無い会話をしながら進んでいった。
階段を下り一階まで行くと、そのうち、昇降口が見えてきた。月明かりでぼんやりと照らされ、何処か淋しげな雰囲気を醸し出している。
その時、それを見ながら太郎が言った。
「ねぇ、花子ちゃんっ。昇降口なんてどう?広いし、風通しいいし、収納スペースいっぱいだよーっ?」
「いやだっ。登校の時と下校の時うるさいだろっ」
「あっ、そっかー。残念」
私が太郎の提案を却下すると、太郎が少し残念そうに肩を落とした。そしてまた、何事もなかったように歩き出す。
「あっ、じゃあ、今度は……」
太郎が何かを話し出そうとして、私の方を見た。するとその瞬間、妙な音が耳に飛び込んできた。
「うっうわああああああっ!!」
『ガチャガチャガチャッ!!』
誰かの叫び声と共に物がぶつかり合う音が派手に響いた。私たちは驚いてびくりと身体を震わせた。そして何事かと、音のした方へ近づいて行く。
すると、そこにあったのは―――頭に矢が刺さった、甲冑に身を包んだ落ち武者の姿だった。昇降口に倒れ込んでいる。どうやら物理干渉が出来ない幽霊らしく、外から飛ばされてきたらしい。
私達はその姿に驚きながらも、その武者に近づいていった。
「……大丈夫!?おじさん?」
「……何があったんだ!?大丈夫か?」
すると私たちの声に気付いたらしい武者がゆっくりと起きあがって、頭をさすった。
「いたたた……。すまんな、童。心配掛けたか」
そう言う武者に、太郎が心配そうに口を開いた。
「大丈夫!?おじさん?頭に矢が刺さってるけど、そんなに痛いの?」
「……い、いや、それは別に痛くない……」
「大丈夫じゃないだろっ!?貫通してるぞ!?誰にやられた?」
「……いや、だから……」
「保健室っ!保健室に連れて行こうよっ!」
「分かったっ!じゃあ太郎は頭の方を頼むっ。私は足を持つ」
「分かったっ!僕は頭だねっ!せーので上げるよ?……せーの……っ!」
「……だーかーらーっ!!おじさん大丈夫だからっ!これは元々だからっ!死んだときからずっとだからっ!」
その時、武者が大きな声でそう叫んだ。私達の手を振り払う。
私達はそれを見て、少し驚きながらも直ぐさま手を離した。
「……なんだーっ、元々かー」
「心配して損したなっ」
私達はそう言って溜息を吐くと、立ち上がってその場から去って行こうとした。すると、武者が慌てて私たちを止めた。
「えっ?えっ、ちょ、ちょっと待ってっ!?なんで行っちゃうのさっ!?頭以外は心配してくれないわけっ!?」
武者が慌てて引き留める。私たちはそれを見て、面倒臭そうに振り返った。
「……はぁ?頭に矢が刺さる以上に心配することは何もないだろう?……それにお前は外の人間らしいから、良い引っ越し先は望めそうにないしな」
「まぁ、そりゃ普通そうだけれどもっ!おじさん外から飛んできたんだよっ!?それ普通心配しないかなっ?おい、坊!お前も何か言ったれ!」
「……えーっ?……おじさん、臭ーいっ」
「えっ、おじさん臭いっ!?そうかな?そりゃ風呂に入らずに合戦とかやってたんだけれども、そのまま死んじゃったんだけれどもっ!それから臭いってっ!おじさん致命傷じゃないっ、それっ!?それどうすればいいのっ?おじさんっ!」
「……どうしようもないだろ。じゃあなっ」
「おじさんばいばーいっ!」
「えっ!ちょっ、ちょっと待とうよ童っ!えっ、ちょっと!」
武者が慌てて引き留めるのを全く気にもとめず、私たちはその場を後にしようとした。
……太郎の言う通り、彼奴相当臭かったな。面倒臭そうな奴だし、早く逃げた方が良さそうだ。
私は心中でそう思いながら、その場を後にしようとしていた。太郎も珍しく、早くこの場を去ろうとしている。相当匂いが駄目だったらしい。
『ッガコォ―――――ンッ!!』
しかしその瞬間、何かの激しい衝突音がちょうど武者がいる後方から響いてきた。
私達は驚いて振り返る。
するとそこには、外からするりと扉を通り抜けてやってきた、私達と同い年程の小学生達がいた。武者の周りへと群がり始める。
そして武者の周りに集まってきた子どもたちは、不機嫌そうにムッツリとした顔で、その時武者に言い放った。
「じゃあ、おじさんっ。僕たちといっしょに、サッカーしようよ」
子どもたちの怒りに満ちた目が、月明かりで不気味に輝いていた。




