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第七話 花子と太郎と石像と

 


 「……で、何故こうなったのだ?」

 美術室を訪れてから早数分。私は不満を露わにし、頬をぷくりと膨らませていた。

 「えー?何故って、何が?」

 太郎が首を傾げながら楽しそうに尋ねてくる。

 私はそんな太郎に対して少々苛立ちを覚えながら答えた。

 「……何故、私は今踊っているのかって聞いているんだっ!」

 「足を動かすからじゃない?」

 「そういう意味ではないっ!」

 私は踊りながら怒鳴った。

 月が不気味に美しく輝く夜に。引越し先を探しに出た筈の私は何故か、無数の光が瞬き、陽気で騒がしい音楽の流れる美術室にてダンスを踊っていた。

 ダンス……とは言っても、私は当然踊った経験があるはずもなく、踊れるわけもないので、太郎と一緒に手をつないで回ったり、飛び跳ねたりしている。

 しかし私は踊りに来た気はさらさらなかったので、ずっとぶすっくれているのだった。

 「……あぁ、もうっ、太郎っ!いい加減止まれっ!踊るのをやめろっ!」

 「えーっ!?なんでーっ?楽しいのにー」

 太郎が驚きながら不満を言った。私は相変わらず不機嫌そうに怒鳴る。

 「……私は楽しくないっ!……太郎、考えてみろっ、私たちはここに何しに来たんだ?」

 「踊りに?」

 「違うだろっ!?引越し先を探しに来たんだっ!」

 「あぁーっ、そうだったかもっ」

 「かもじゃないっ、来たんだっ!」

 私は地団駄を踏んだ。いい加減、怒りが頂点に達し始める。

 「……うーん、じゃあ止めるよっ。面白かったのになぁーっ」

 すると私の本気の怒りをようやく感じ始めたらしい太郎が、ようやく足を止めた。私の足も動きを止める。……はぁ、やっと止まった。……疲れた。

 「……じゃあ、モナリザに話に行くぞ」

 「はーいっ」

 少し疲れたように話す私に、太郎が少しテンションを下げて返事をするのだった。


 陽気で騒がしい音楽が教室中に響いている。その音楽に教室中の幽霊達は心を躍らせ、軽やかにステップを踏み、鮮やかにターンを決めていた。室内は様々な電飾に彩られ、暗い闇夜の中で不気味に爛々と輝いている。そして天井の中央に飾られた銀色の多角の球体がその光を鈍く跳ね返し、燦然と室内を輝かせていた。

 そんな教室の正面に、一枚の絵が飾られていた。そこには、笑みを浮かべる美しい女性が描かれている。その女―――先刻モナリザと名乗った女は、しかし一般に話を聞くような淑やかな人物である様子は全くと言っていいほどなく、楽しそうに微笑みながら、DJのようにスクラッチをする振りをしていた。

 「……お前がモナリザか?」

 私がそう尋ねると、モナリザがこちらに気づいたらしく、私の方を向いて優しく微笑んだ。

 「あら、あなたはさっき来店してきた可愛らしいラガッツァとラガッツォじゃない?どうかしたのかしら?」

 「……らがっつぁ?らがっつぉ?」

 私がそう尋ねると、モナリザが微笑みながら答えた。

 「あらら、ごめんなさい?ラガッツァはイタリア語で女の子、ラガッツォは男の子って意味よ。わかりにくくてごめんなさいね?私、もともとイタリア人だったから」

 「あぁ、そう言う意味だったのか。なるほど、了解だ」

 私がそう言うと、モナリザがクスクス笑いながら口を開いた。

 「ふふふっ、あなたって見た目に似合わず厳つい話し方をするのね。おかしな子だわ」

 「……お前に言われるのは、なんか心外だ」

 「あら、なんでかしら?」

 モナリザが不思議そうに首を傾げた。


 「……まぁいい。それより、本題に入ろう。私たちは引越し先を探しているのだが、何処かいいところを知らないか?」

 私が溜息を吐きながら尋ねると、モナリザがまた首を傾げた。

 「引越し先?なんで引越し先なんか探しているのかしら?あなた、今どこに住んでいるの?」

 私はそう尋ねられて、言い忘れていたことを思い出すように言った。

 「あぁ、今は女子トイレに住んでいる。トイレは狭くて不潔で騒がしいから、何処か今より広くて煩くないところを探している。……あと、人体模型が住んでいないところだ。何処かいいところを知らないか?」

 私がそう尋ねると、モナリザはびっくりしたように目を丸くした。

 「あぁ!あなたが噂の花子ちゃんね!なるほど、本当に可愛らしい女の子だわ」 

 モナリザはそう言うと私のことを興味深そうにしとと見つめた。

 ……本当に、私の噂ってどんなものが流れているのだろうか……。

 私が不思議そうにそう思っていると、モナリザが納得したように頷いた。

 「うん、なるほどね。それじゃあ、私はこの学校についてはあまり詳しくないから、誰かに聞いたほうが良さそうよね」

 モナリザはそう言うと、教室内を見渡し始めた。詳しそうなものを探しているのだろうか。

 私も後ろを振り返り、教室内を見渡し始めた。……上半身のみの石像が、ブレイクダンスをしているのが目の前に見える。……なんだあのダンスはっ!?なんかぐるぐる回転してるぞっ!?手も足もないのに、どうなっているんだっ!?すごい高速回転だ……っ! 

 私が驚きながら少し脇に視線をずらすと、今度はそこに……木製のデッサン人形たちが全員でムーンウォークしているのが見えた。……うわっ!なんだあの動きはっ!?前に進もうとしているのに後ろに下がってるぞっ!?何故だっ!?しかも、全員同じ動きだから気持ちが悪い……。

 今度は気分を若干悪くしながら奥を見ると、そこには……天井に届きそうなほどの巨大な石像が阿波踊りしているのが見えた。……何故この音楽に阿波踊りなんだっ!?曲と動きが恐ろしく合ってないぞ?……しかもあいつが踊ってると、床が抜けそうで怖いな……。

 教室中の幽霊達は、何故かそれぞれ思い思いの個性的なダンスを繰り広げていた。そのせいか、一体感が全く無いようにも見える。

 ……相談相手間違ってないか?

 一瞬そう思ったが、人は見かけによらぬものというので、希望はまだ取っておくことにした。

 その時、人を探すのも面倒になったらしいモナリザが、パチンと指を鳴らした。

 刹那、流れていた騒がしい音楽が止まった。幽霊達が一斉にこちらを振り向く。

 「みんなー、申し訳ないんだけど、こちらに来てくれないかしらー?この子達が聞きたいことがあるんですってっ!」

 モナリザがそう告げると、その時幽霊たちが首を傾いだり、文句をぶつぶつ言いながらやってきた。……なんだか申し訳ない気分になる。

 「何なんだよー、聞きたいことってー」

 「何かしらー?」

 「カラカラカラカラカラッ!」

 私はそんな声に対して申し訳なさそうに口を開いた。

 「あぁ、実は……」

 「モナリザさんって、さっきどうやって音楽を止めたのーっ?」

 「……そうだ、どうやって音楽を止めたのかをだな……」

 私は太郎の言葉に頷きながら質問をしていく。しかし、そこで何かおかしいことに気づいた。

 「……ってっ!違うだろっ!!何を聞いているんだお前はっ!」

 私がそう太郎に向かって突っ込むと、太郎が不服そうに言葉を漏らした。

 「えーっ!?だって、さっきモナリザさんが指ぱちんってやっただけで音楽止めたの凄かったでしょーっ?なんでだか知りたくないのーっ?花子ちゃんはー」

 「う……っ」

 実は少し気になっていた話題を出された私は言葉を詰まらせる。すると、その時モナリザが質問に答えた。

 「あぁ、それはね、念力を使ったのよっ。そこにCDを再生するコンボがあるでしょ?私は念力でそれを動かして再生したり止めたりしているのよっ。それでDJが務まっているのっ。ちなみに、たまにこの下の教室の家庭科室で飛んでる包丁も私が飛ばしているものよっ」

 「うわぁーっ!そうだったんだーっ!すごいなっ!すごいなっ!じゃあ、僕も頑張ればそのうち念力使えるようになるかなーっ?」

 「きっと太郎くんならできるわよっ!毎日スプーン持って、まがれーって念じてみてっ!そのうち曲がるようになるかもしれないわよ?」

 「本当にーっ!?うんっ!分かった!じゃあまず家庭科室でスプーン取ってくるねっ!」

 「あとにしろっ!全くもうっ、お前も変なことを吹き込むんじゃないっ!」

 「うふふ、ごめんなさい」

 太郎がそう言われて教室を飛び出そうとする。私はそれを慌てて引き止めた。モナリザが肩を竦めながら少し申し訳なさそうに微笑んだ。


 「……はぁ。今度こそ本題に戻るぞ。私たちは引越し先を探している者なのだが、何処かいい場所を知っている者はいないか?条件は、現在住んでいる女子トイレよりも広くて、煩くないところだ。……人体模型とのルームシェアも勘弁して欲しい。何処か知らないか?」

 私は疲れたように溜息を吐いてからそう尋ねた。するとその時、幽霊たちが驚いたように目を丸くする。

 「へぇーっ!もしかして君がトイレの花子ちゃんっ?いやぁ、驚いたなっ、噂通り可愛らしい女の子だなぁーっ」

 「うそーっ!?あの噂の花子ちゃん!?信じられなーいっ!まさか見られる日が来るなんてーっ!いやぁーんっ、本当に可愛いわーっ!」

 「カラッ!?カラカラカラッ!」

 「んあーっ!もうその件はいいっ!」

 私はいつになっても本題に入らないことに若干怒りを覚えて怒鳴った。……まぁ、可愛いと言われるのは、その……悪い気は、しないがな……。……やはりこの噂は太郎が流しているのだろうか?……だとしたら、可愛いと言ってくれているのは、その、嬉しい……な。う……べ、別に、太郎の事が好きとか、そんなわけじゃないからなっ!と、友達にだって、可愛いって言われたら、普通に嬉しいだろうっ?そんな感じだ、そんな感じっ。

 「……おほんっ、とにかく、いい場所を知っている者は教えてくれっ」

 私はざわつく周囲と自分の心の声に区切りをつけるために、わざと咳払いをして話題を振り直した。

 「あぁ、それなら、私いいところを知っているわっ!」

 するとその時、巨大な石像が小さく手を挙げて思い出したように言った。

 「おぉ、それは何処だ?」

 私は最初に出た情報なのもあって、期待を込めて尋ねた。

 「ほら、あそこがいいんじゃない?基本的に、小学生たちが掃除をしに来るとき以外はずっと静かで、その教室を使っている時もうるさくないわっ」

 「おぉ、それはかなりの好条件だなっ!教室を使っている時もうるさくないとは、なかなかそんな場所ないんじゃないのかっ?それは何処なんだっ?」

 私はかなりの好条件に期待を寄せる。するとその時、その石像が口を開いた。

 「会議室よっ!会議中も静かだし、そう頻繁に使う部屋でもないし、いいんじゃないかしら?……あっ、でもただ……」

 「それはすごいいい物件だなっ!もう会議室に決めてもいいんじゃないかっ?……で、なんだ、ただって」

 私は引越し先が決まりそうになったことに喜びを感じながら、先ほど呟かれた不安要素に眉を顰めながら尋ねた。すると、石像が言いにくそうに口を開いた。

 「あぁー……。ただ一つあそこには問題があって……。あそこには壁一面に歴代の校長とPTA会長の写真が飾ってあるんだけど、その写真の目が夜中になると動くらしくってねっ。なんでも無言で室内への侵入者を見続けるらしいわっ」

 「なんだそれはっ!居づらいじゃないかっ!」

 私がそう告げると、石像がさらに言いにくそうに続けた。

 「……それにね、その写真たちね、スカートを履いた女の人が入ってくると、一斉に床に向かて落ちるらしいわっ。その衝撃で風がおきて、スカート捲れるわ、視線が怖いわで……」

 「そんなところに住めるかっ!よくそんなところ私に勧めたなっ!馬鹿かお前っ!」

 「提案してから気づいたんだっ、ごめんなさい……えへ」

 「えへじゃないっ!」

 私は石像に向かって突っ込んだ。……やっぱり中身は見た目のまんまかもしれない。


 「あぁ、思いついたっ!俺一つ思い当たる場所あるぞっ!」

 するとその時、次に上半身の石像が声を上げた。私はその声に耳を傾ける。

 「おぉ、次は何処だっ?」

 私がそう尋ねると、石像が自信ありそうに口を開いた。

 「校舎からは少し離れたところなんだけど、校舎とは通路でちゃんとつながってる一戸建て。夏以外は使われないから人も来ないし、広さはトイレよりも広いんじゃないか?静かで、広くて、ルームシェアなしで条件は結構当てはまってると思うけど」

 私はその言葉に少し顔を顰めた。

 「……ちょっと待て。私には一戸建てという言葉が少しトラウマなんだ。その一戸建てというのは、遊具ではないんだろうな?」

 私がそう尋ねると、石像が笑いながら答えた。

 「まさかっ!ちゃんとした建物だよ。屋根もドアも窓もちゃんとついてるよ」

 私はその言葉を聞いて安心し、肩を下ろした。

 「そうか、なら良かった。じゃあ、かなりの好条件だな!夏は休みも長いし、ということは静かな時の方が相当長いぞっ!いいところじゃないか!それは何処なんだ?」

 「プール用具倉庫だ!」

 「一年中塩素臭いだろっ!あそこはゲジゲジとか、なんか変な虫溜まってそうだから却下だ」

 「ちぇっ」

 「ちぇじゃないっ!」

 「カラッ!カラカラカラ、カラッ!」

 「……すまない、お前は言葉がわからないのでパスだ」

 私はデッサン人形から申し訳なさそうに目を逸らした。

 「カラ……ッ!」

 デッサン人形が衝撃を受けて狼狽した。……これは「そんな……っ」って言ったのがなんとなく分かった。


 「あっ!思い出したわっ!」

 するとその時、今度はモナリザが思い出したように手を打って言葉を発した。

 「今度はなんだ?」

 私は半分望みを無くしながら尋ねる。するとモナリザが自信たっぷりに答えた。

 「一戸建てで思い出したんだけど、私も思い当たるいい場所があるわっ!広さはトイレとは比べ物にならないくらい広いところでね、中には誰もいないからとっても静かなところよっ!テレビとか、近代的なものはないけれど、基本的になんでもあるわっ!どうかしらっ?」

 そのモナリザの提案に、私は驚き喜んだ。

 「一戸建てにそんなところがあるのかっ!広さは申し分なさそうだし、なんでもあるというのなら、暇つぶしも出来そうだなっ。すごくいい物件じゃないかっ!それは一体どこなんだ?」

 「毎週金曜日に校庭現れる旧校舎よっ!」

 「それじゃ金曜日しか住めないだろうがっ!」

 私は自信満々にそう告げるモナリザに向かって思いっきり突っ込んだ。 

 ……あぁ、やっぱり見た目と中身は大差ないんだな。

 私はそう悟った。




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