第六話 花子と太郎とモナリザと
「じゃじゃーんっ!ここでクイズですっ!宇宙の中で生命が誕生するのに適した環境と言われる、水が液体で存在できる空間領域のことを何と言うでしょーっ?」
「はぁ?なんだ突然?……一般常識すらない私に、そんな高校生クイズみたいな問題わかるわけがないだろう?うーん……、地球?」
「ぶっぶーっ!時間切れですっ!正解は、ハビタブルゾーンでしたっ!」
「そんなの分かるかっ!!」
「うーん、じゃあー、簡単なのにするよっ?えっとー……じゃじゃん!またまたクイズですっ!パンはパンでも食べられないパンはなーんだっ!」
「おっ、それなら私にもわかるかもしれないぞっ!うーん……、あっ、分かったぞっ!正解はフライパンだっ!」
「ぶっぶーっ!正解は、僕たちはお化けだからどのパンも食べられないでしたーっ!」
「そんなの意地悪だ……」
私はちょっと泣きそうになった。
月明かりが爛々と輝く夜に。夜闇に静かに浮かぶある古い校舎の中で、ある少年少女の声が響いていた。外では風が吹いており、校舎に添うようにそそり立つ大きな樹木がざわざわと騒いでいる。しかし少年少女たちはそんなことは全く気に留めていないらしく、暗い廊下を淡々と歩いて行った。
「あっ、そうだ花子ちゃん、僕思い出したんだけどさ、この階にちょうどあるし、あそこに行ってみるのはどうかな?」
「……あそこ?」
その時、少年――太郎が思い出したように何かを提案し始めた。少女――花子こと私は、その提案に訝しそうに首を傾ぐ。
するとそんな私に、太郎が楽しそうに頷いた。
「うん、あそこだよっ。ほら、前に話したモナリザさんのいる……」
「あぁ!バッハとベートーベンと同じく喋るというあのモナリザかぁ」
「うんっ、そうそうっ!そのモナリザさんのいる美術室に行ってみようよっ!そこにはいろんな人がいるから、いっぱい意見が聞けるんじゃないかなっ?」
「なるほどっ。それはいいかもしれないなっ」
私はその太郎の提案に納得し、頷いた。しかしその時、例のごとく不安が心を過ぎる。
「……なぁ、太郎。でもちょっと待ってくれ。……モナリザはどんな奴だ?まさか、理科室の奴らみたいなのじゃないだろうな?」
私がそう聞くと、太郎が私の真意に全く気付かない様子で首を傾げながらも、問いに答えた。
「えー?うんっ、理科室のお兄ちゃんたちみたいな人ではないよ?だって女の人ナンパしないし、ホストじゃないもん」
「いや、それは分かってる。モナリザがナンパ好きでホストやってたら怖いだろ、女の人なのに。……いや、だから、そうじゃなくて……うーん、そうだな……、その、しつこく言い寄って来たりとか、してこないか?」
私がそう尋ねると、太郎が首を傾げながら答える。
「うん、しないよ?だって、モナリザさん、そんな趣味はないと思うもん」
「だからそういう意味じゃないっ!!」
私は思わず怒鳴った。太郎が首を傾げている。
「えー、そう意味じゃないの?」
「断じて!」
私がむすっとしていると、太郎が困りながらも話し始めた。
「うーん、よく分からないけど、でも、花子ちゃんが想像してるような人ではないと思うよ?明るくて、美人で、優しいいい人だよ、モナリザさん」
太郎にそう言われると、私は少しほっとしてまた尋ねる。
「……本当にか?」
「うん、本当だよ?」
「そうか、なら安心だな」
私はそんな太郎の言葉を聞いて安心した。顔にほんの少し笑みが浮かぶ。
そんな私の様子に気づいているのかいないのか、太郎は私の手を取って目的地に向かって歩き出した。
先ほどの場所から少し歩いたところに目的地はあった。そこには、『美術室』という看板が掲げられている。それは薄汚れており、いつか水に濡れた為か、文字が半分滲んでいた。
「じゃあ、入るよ?今度は大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫……だ」
私は太郎の手をしっかり握り、太郎の後ろに隠れながら答えた。
理科室のことがあったから、やっぱり怖い……。い、いや、でも、別にそんなに怖いわけじゃ無いからなっ!……昨日までは、怖い物なんて何にも無かったんだ、ぞ。もう別にそんな怖くない……けど、ね、念のために隠れてるんだ、念のため……。
「本当に大丈夫?あんまり大丈夫そうにも見えないけど……」
「だ、大丈夫と言ったら大丈夫だっ!」
「そうなの?……じゃあ、入るよ?」
私がそう言うと、太郎は首を傾げながらもその教室のドアをゆっくりと開けていった。
するとその時、突如ドアの中から耳を劈くような陽気で騒がしい爆音が轟き始めた。思わず私たちは耳を押さえる。
「うっ、な、何なんだこの音はっ!?」
「すっごくうるさいよーっ!?」
しかしその内、その音は音量を落として行き、次第に普通に耳に入れる事の出来る音量へと変わって行った。するとその時、ある女の声がマイクを伝って響き渡った。
「あらら、さっきはごめんなさいね?ボリュームを間違って流してしまったわ」
「全く何すんだよー、うるさかったぞー」
「気をつけてよー、もう」
「カラカラカラッ!」
その時、教室内から多くの不満の声が上がった。見渡してみると、そこには多くの影が蠢いていた。天井には色とりどりの電球に、銀色に輝き電球の光りを跳ね返す多角の球体が廻っており、その空間は陽気で心臓に響くような騒がしい音楽と様々な人の声で包まれている。
「なんなんだ、ここは……!」
私が驚いてそう呟くと、私たち突然の訪問者に気づいたらしい女の声が、またマイクを通して伝わってきた。
「あら、そんな時に珍しく、可愛らしい来店者たちのおでましよっ。それじゃあ、私、DJモナリザから歓迎の意味を込めて一曲、ROCKナンバー『亡霊』Here we go!!」
そんな女の声が途絶えると刹那、室内に流れていた曲が変わった。心臓に響くほどの騒がしい音楽であることに変わりはないが、先ほどよりも陰が入った、暗めの曲調である。
何故歓迎なのにこの曲のチョイスなんだ?と正直思ったが、太郎が楽しそうなので口には出さないことにする。
そんなことを思いながら、私は再び教室の中を注意深く見渡した。
教室内で蠢く無数の影が見える。
その無数の影の正体は―――、音楽に合わせてそれぞれ自由な振り付けで踊り楽しむ、美術室の彫刻や、デッサン人形の姿だった。
そしてそんな教室の正面の壁に、ひとつの絵がかかっていた。そこに描かれているのは、楽しそうに微笑む女性の姿だった。




