第九話 花子と太郎と小学生
月明かりでぼんやりと冷たく照らし出された昇降口に、少し肌寒い風が吹き込んだ。私達の肌をさらりと掠めて去って行く。そしてその風は、複数の影が屯する方へと進んでいった。
その影の正体は、地面に倒れ込む武者の姿とそれを取り囲む小学生達の姿だった。
そのうち小学生の一人が口を開く。
「僕たちとサッカーしようよっ。それで勝ったら、譲ってあげてもいいよ」
その小学生は少し怒ったような口調で話した。周りの小学生も同様に、怒りに身を震わせている様子である。
「はぁっ!?サッカーだって?そんなもの、我ら戦国武者に出来ると思うかっ?」
そんな小学生の怒気に怯えながらも、武者は反発する。それを見て、小学生の一人が、床を転がってきた何かを、思いっ切り武者に向かって蹴り付けた。
『ズゴ―――ンッ!』
「ひぃぃっ!」
武者が慌ててそれを寸前で避け、その蹴られた物体は下駄箱へとぶつかり鈍い音を上げる。
そして小学生達は一歩前へ歩み寄ると、再び武者に告げた。
「僕たちとサッカーしようよ」
「うっ、わ、分かったっ!サッカーするからっ!するからっ!許してーっ!」
武者はすっかり怯えた様子で降伏し、許しを乞い始める。大人のプライドは、先ほどの衝撃で何処かに飛んでいったようだ。
武者はすっかり小学生たちに怯え狼狽えている。私たちはそんな光景に驚き、状況が分からず首を傾げながらも、そんな武者の狼狽ぶりに呆れ返っていた。
「……ねぇーっ、どうしたのー?」
その時、そんな状況を見兼ねた太郎がその人影に近づいていった。小学生達がこちらを振り向く。そして吃驚したようにこちらを見て太郎に向かって尋ねた。
「えー?君、だぁれ?」
小学生が驚きながら太郎に尋ねた。その問いに太郎が答える。
「僕は太郎って言うんだっ!あっちに立ってるのが、花子ちゃんっ!」
太郎がそう答えると、小学生達が驚きながらも嬉しそうに口を開いた。
「へぇーっ!僕たち以外にも子どもの幽霊いたんだーっ!おっどろいたーっ!太郎に花子だねっ!宜しくっ!いやーっ、嬉しいなっ!僕たち以外の子にあったの始めてだから吃驚だよーっ!」
「吃驚だねーっ!」
「宜しくーっ!」
「うんっ!よろしくねーっ!」
小学生達が嬉しそうに話す。それを見て、太郎も嬉しそうに挨拶を交わした。
私もその光景を見て人影の方向へと近づいていった。
私達も、自分たち以外の子どもの幽霊に会うのは初めてだった。この学校に自分たちのような子どもがいたとは、正直驚きだ。太郎もとても嬉しそうだ。
「ところで、どうしたの?何があったの?」
少々打ち解けてきたところで、太郎が小学生たちに尋ねた。すると、小学生たちが少し困ったような表情で話し始めた。
「あー、実はね、僕たちは少し前にこの学校の校庭に引っ越してきたんだけど、そしたらね、このおじさんたちも引っ越してきちゃって、校庭の所有権問題で揉めてるんだよーっ。僕たちが先だったんだから、僕たちのだーって言ってるんだけど……」
するとそれを聞いていた武者が口を開いた。
「我らも引っ越してきてしまったから戻る場所はないし、居るところがないんだ。だから譲れって言ってるんだが、こいつらも強情でな」
するとそれを聞いた小学生たちがむっとして反論し始めた。
「僕たちも他に行くとこないんだけどっ!それに僕たちが先だったんだよっ?大人気ないよーっ、おじさん」
「なんだとーっ、餓鬼っ!」
「なんだってっ、臭いおじさんっ!」
「く、臭いってっ!なんだとコラ!」
『ドガッ!』
「ひぃぃ!ごめんなさい!」
強気になった武者が小学生の脅しにまた怯える。私はその光景を見ていて溜息を吐いた。
「……それで、サッカーって話になったんだな?」
私がそう尋ねると、小学生たちが頷いた。
「うん。そう。僕たち、サッカー大好きだから……」
「……でもしかし、我らはサッカーなどやったことなどないし、尚且つ人数も足りんぞ……」
武者がそう不安そうに話す。するとその時、武者が何かを閃いたように目を見開いて、私たちの方を振り返ってあることを提案し始めた。
「あぁ!そうだ!そしたら、童!お前たち、太郎と花子と言ったか。我らのチームに入って貰えんか?」
「なっ!私たちがかっ!」
私はその突然の提案に驚いて声を上げた。すると、武者が深く頷いてまた話し出す。
「あぁっ!そうだ!我らは9人だから、童たちが入ればちょうどいい!どうかお願いできないか?」
「……うーん。サッカーかぁ……」
私は武者にそう尋ねられて、言い淀んだ。運動という運動もしたことがない私に突然サッカーをしないかと言われても困るもんは困る。どうしたものかと困っていると、その時、太郎が口を開いた。
「うん!僕たちやるよっ!僕サッカーやってみたかったんだー!」
太郎が嬉しそうにそう言うと、武者もまた嬉しそうな表情になり、太郎の手をとって振った。
「そうか!やってくれるか、童!じゃあ共に校庭へ急ごう!私の仲間を紹介する!」
「うん!わかったー!行こー!僕ね、僕ね、ボールから炎ボーって出しながらかっこよくシュートするの夢だったんだー!」
「……いや、それは無理だろ」
私がそう突っ込むと、その時扉をするりと通り抜けた武者に手を引かれた太郎が、思いっきり扉に衝突したのだった。
「誰じゃ、その童たちは」
私達は校庭へと場所を移し、武者の仲間と対面していた。武者の軍隊が私達の目の前に立っている。甲冑に身を包んだ、いずれも屈強そうな武者たちは、しかし何故か皆同様に頭に矢が貫通していた。……何故全員死因がそれなんだ?
私はそのことに少し疑問を感じながらも、目の前に堂々と立つある一人の武者と対面していた。しかしその武者、何故からどう見ても凛々しい女性にしか見えず、私はそのことにも疑問を感じて首を傾げるのだった。
「はっ、この学校の幽霊である、太郎と花子でございますっ。実は、あの餓鬼らと校庭を巡ってサッカーで戦うことになったのですが、我らは人数が不足していたため、助っ人として連れてまいりました」
先ほど小学生たちに散々な目にあっていた武者が、その女武者に向かってそう告げた。どうやら、この女武者がこの武者たちの大将らしい。
「なるほど。わかった。では、一緒に戦ってもらおう。よろしく頼むぞ、太郎、花子」
すると、女武者が私たちに向かって手を差し出してきた。私たちは順番に手を取って握手を交わす。
「あぁ、こちらからも宜しく頼む、武者」
「よろしくねっ!おねえさん!」
私たちがそう挨拶すると、周りの武者達がざわめき始めた。何かまずいことでも言ったのだろうか。 すると、私達の方を見て慌てふためいていた武者が、私たちを注意するように口を開いた。
「な、何を申す!このお方は男……」
「待て、よい」
しかしその時、女武者がそれを止めた。少し悲しそうに俯きながら口を開く。
「……もう、それはよい。主らも、今後は気にせんでよいぞ。……確かに私は生前男として育てられたが、しかし見ての通り女じゃ。それはどうしようもない事実じゃ。死んでしまった今、それを隠す必要もないだろう。……いい機会じゃ。私を男として見るのはやめてもらって構わない。そして童!」
その時、女武者が私達を指差して告げた。
「……私の名前は、真之じゃ。名を知らなくては不便だろう。これからは名で呼べ」
私はその言葉に少々驚きながらも頷いた。太郎も同様に頷く。
「わかった。では、真之と呼ばせてもらおう。よろしく頼むぞ」
「わかった!じゃあ、真之さん!って呼ぶね!」
「違うっ!!」
しかしその時、真之が不服そうな顔で怒鳴った。そして、口を尖らせながら、そっぽを向いて言う。
「もっと、その……。女子らしく呼べぬのか……。その、真ちゃん……とか」
真之は、少し頬を赤らめて恥らいながら言った。とてもその姿は格好に似合わず女性らしい。
「……あ、あぁ、わかった。じゃあ、真ちゃ……いや、では私は、まーさと呼ばせてもらおう」
「じゃあ、僕は真ちゃんって呼ぶねー!」
「お、おう!宜しく頼む……ぞっ」
すると雅之が小さくお辞儀をし、嬉しそうに少し微笑んだ。
「……真ちゃんって、ちょっと花子ちゃんっぽいかも」
「……気のせいだっ」
その時、太郎が小さな声でぽつりと呟く。その言葉を聞いた私は、少し頬を赤らめながらぷいっとそっぽを向いてそう言った。
「ちなみに、私の名前は左之助だ!後、後ろの奴らは、右から順に、一郎と、次郎と、三郎……」
武者がその時、軽く自己紹介を始めた。順々に自己紹介が続き、数字が増えていく。
「あぁ、了解した。覚えやすくて助かる」
私はそう言って頷いた。
「ちなみに、君たちは名前なんて言うのー?」
流れに乗っ取り、その時太郎が、後ろで準備体操をしていた小学生たちにも声を掛けた。すると小学生たちが答える。
「あー、実は僕たち自分の名前は忘れちゃって覚えてないんだー。戦時中に空爆受けて死んじゃったらしくて、その時、記憶も名前もぽーんてどっかに行っちゃったみたい。だから僕たちは僕たちの背中に書いてある背番号で呼び合ってるんだけどー」
「わかったー!じゃあ僕もそれで呼ぶねー」
「うん、お願いー」
確かに小学生たちには薄汚れたランニングの背に、それぞれ番号が振ってあった。それが取り敢えずの名らしい。
……でもしかし、私は名前を貰えて良かったな。でないと、こいつらのように呼び名に困っただろうな。
私は少しそれに安堵した。
「じゃあ、そろそろ始めよっか」
暫くして、小学生の一人―――これは3番がそう口を開いた。
「了解じゃ。始めよう」
その言葉に、真之が頷く。
「よし!じゃあキックオフだ!」
8番がそう声を上げると、数人の選手がグラウンドの中央―――先ほど木の棒で書かれた円の周囲に集まり始めた。どうやら、今から試合が始まるらしい。
私は緊迫してきたその雰囲気に息を飲み、試合の開始を見守っていた。
しかしその時、私はふと疑問に思った。ボールが何処にも見当たらないのだ。私は、サッカーはボールを蹴り合い、自分のゴールにボールを入れるスポーツだということくらいは、昔太郎に聞いたことがあったので知っていた。しかしそのボールは何処を見渡しても見つからない。
……ボールが見当たらないぞ?どうやってサッカーをやるんだ?
私がそれを疑問に思っていると、するとその時、8番が3番の頭を両手で掴み、そして少しぐりぐりと捻っては―――頭部を取り外して円の中央に置いた。
頭部を取られた3番が8番の斜め後ろに少し下がり、試合の開始を待つ。そしてその時、何処からか法螺貝を吹く音が校庭中に響き渡った。




