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第五話 花子と太郎と異世界階段


 「……全く。結局何の参考にもならなかった。まぁ、そんなに都合良く簡単に見つかるわけはないか」

 「えーっ?僕図書室が良かったなーっ。漫画がいつでも読めるよー」

 「……やだ。必殺技を隣で騒がしく練習される身にもなってみろ」

 「えーっ?」

 非常口を示す緑の光りと黄色い月明かりが暗闇にボンヤリと瞬く。緑は寿命が近づいているのか、時折苦しそうに光りを消したり、また息を吹き返したりと、光りを不規則に点滅させていた。外ではまだ風が止まないらしく、時折窓が揺れては古い校舎が何処かでギシリと泣く。そんな校舎の周りには不気味な烏が旋回し、己の身体を闇に溶け込ませながら、闇の世界で蠢く魂に共鳴するように静かに漆黒の目を光らせた。何処かでそんな闇を静かに傍観する梟が、ホホウと悲しそうに鳴いた。

 そんな闇に浮かぶ校舎の中に、二人の少年少女の可愛らしい声が響いていた。

 その内少女――私は少し疲れた様な声を上げているのだった。

 ……全く。こんなに探し尋ね廻っているというのに見つからないとは、相当引っ越しという物は難しく骨が折れる物らしい。こんな事なら、ノープランでトイレから出るんじゃなかったな。

 そんな後悔を思うが、今更仕方ない。私は溜息を吐きながらとぼとぼと太郎の隣を歩くのだった。


 「あぁっ!!見て見て花子ちゃんっ!ここ噂の三階の北階段だよーっ。うわぁーっ、噂通りだぁーっ!行けるかな!行けるかなっ!」

 階段で三階まで上がっていくと、突然太郎が好奇心旺盛な目を輝かせながらはしゃぎだした。私はそれを見て首を傾げる。

 「噂の三階北階段?何だ?その噂は」

 私がそう尋ねると、太郎が嬉しそうに飛び跳ねながら答えた。

 「三階の北階段はね、異世界に繋がってるって噂があるんだよーっ!ほら、だって考えてみてよ、花子ちゃんっ。この学校は三階までしか無いはずなのに、三階から上に行く階段があるなんておかしいでしょ?三階の北階段を上ると、そこは異世界に繋がっていて、戻って来られなくなっちゃうんだってー。でもこれ、夜中のある時間しか出なくって、結構珍しいんだぁーっ。僕も始めて見たよーっ」

 「あぁー、そう言えばそうだな。三階までしかないもんな。……でも異世界なんて本当に繋がってるのか?だって戻って来られなくなるんだったら、誰が異世界に行けるなんて言えるんだ?」

 私がそう尋ねると、その問いに太郎の動きが止まった。

 「……そう言えばそうだよねーっ。何でだろう……?」

 太郎が珍しく考え込む。私はそんな考え込む太郎をしとと眺めた。

 「うーん……。何処かに魔法陣を描いておいて、異世界から転移すれば……。もしくは、異世界でボスを倒せば帰れるのかも……?」

 私には何を言っているのかさっぱりだった。

 「うーん、とにかくさっ、行ってみようよっ!きっと噂があるんだから頑張れば戻って来れるよっ!うんっ、大丈夫大丈夫!レッツらゴーっ!」

 するとその時、考えるのが嫌になったらしい太郎が、その階段を勢いよく上がりだした。

 「えっ!?ちょっ、ちょっと待て太郎っ!わっ、私を置いてくなーっ!」

 そんな太郎を見て、私も太郎を追いかけようと走り出す。

 しかし、その足は、何者かによって引き留められた。

 「……んなっ!?あっ、足が動かな……っ」

 突如、駆け出した私の足は膠着し、ぴくりとも動かなくなってしまった。足を動かそうとしても、何とも動かない。次第に、足はまるで力を吸い取られていくように力が抜けてゆき、その代価として痛みと痺れが増してゆく。

 「え……んあ……っ、たっ、太郎……っ!助け……っ」

 私はその痛みと痺れに驚き耐えかねて、太郎に助けを求めた。

 しかし太郎の姿はもう無い。そして、私が発した苦し紛れの声は、太郎には届くことなく落ちていった。私はその状況に、突然胸が苦しくなる。

 「た……太郎っ、助けてくれ……。お願いだから、置いていかないで……。一人にしないで……」

 私は何だか悲しくなって、急に寂しさに襲われる。今まで忘れていた感情が込み上げてきて、私は涙を流しそうになった。

 その時だった。

 「……私の足、見なかったかい?」

 「テケテケかよっ!!」

 私はテケテケの頭を思いっ切り叩いた。

 足下をよく見てみると、テケテケの手が思いっ切り私の足を握りしめていた。


 「……で、何なんだお前は。何で私の足を握りしめてまで私の行動を止めたんだ?……おかげで恥ずかしい思いをしたじゃないか」

 「……だって、話しかけようと思ったら、走り出すんだもの。……そりゃ、吃驚して、引き留めようと足を握るさ。……私、この身体の構造上、足首しか掴めないもの」

 「声で引き留めろよっ!吃驚するじゃないかっ!」

 「……だって、聞いての通り、私の声、通りにくいから」

 「その音量で話すからだろっ!?」

 「……そうとも言う」

 「……もう、お前の相手する嫌だ」

 未だ痺れを伴う足をさすりながら、私は下半身の無い気味の悪い女――テケテケと言い争うように話をしていた。

 テケテケは、どうやらまだ足を見つけられないでいるらしい。私はあれからも何度かテトテトと歩く此奴の足を見ているのだが、運が相当悪いのか、本当に足に踊らされているのか、此奴はさらさら見つけられていないようだった。

 ……っていうか、此奴、ホストとかちゃっかり行ってたよな?本当にちゃんと探しているのか?探す気あるのか?おいっ。

 私はそんな事を思ってテケテケを訝しそうな目で見やった。

 「……じゃあ、さっき言った通り、私の足を何度も見ているのね」

 「あぁ、見てるぞ。だからそのうちお前も見つけられるんじゃないか?」

 「……そうね。分かったわ。ありがとう」

 テケテケはそう言うと、私に片手を挙げてまた去っていった。

 私もそれを見て、面倒くさく思いながらも小さく手を振る。

 すると遠くへ去っていくテケテケが、首を傾げながら小さく呟いた。

 「……レーダーは、やっぱり、壊れてないのね。……なのに、何故、見つからないのかしら」

 テケテケは自分だけ足を見ていないことに相当疑問を感じているようだった。

 テケテケが去り、廊下が再び静まり返る。

 するとその時、私の後方からテトテトという妙な音が聞こえてきた。

 少し驚いて振り返ってみると、そこには足首が呑気に歩行しているのが見えた。

 時々小躍りするようなステップを踏んでは、ご機嫌そうに私の横を通り過ぎてゆく。

 「……彼奴、やっぱり足に踊らされているんじゃないか?」

 私はそれを見ながら、テケテケのことを思って溜息を吐いた。


 それから間もなくして、今度は階段の方から足音が聞こえてきた。その足音は、対照的に何処か元気がないようだった。

 私が階段の方を振り返ると、そこにはちょうど太郎の姿が見えた。

 私はその姿を見て、何処かほっとした。

 「太郎っ!……もう、一人で勝手に行くなっ。その……心配したじゃ、ないか」

 私がそう言ってほんの少し頬を赤く染めながら太郎に近づくと、太郎がこちらに気づいたらしく、私の顔を見て……泣き始めた。

 「は……花子ちゃあぁーんっ!う、うわあーぁんっ!!」

 「たっ、太郎っ!?どうしたっ!?何があったんだ?」

 私は泣き始めた太郎に吃驚して慌ててそう尋ねる。

 するとその問いに、太郎が泣きながら答えた。

 「あのね、あのね、ぐすっ、上に行ったらね、うぇぐっ、おっきいね、ふぇぐっ、扉の前にね、立ってた人たちにね、ぐすっ、お前はね、うぐっ、お化けだからねっ、ふぇぐっ、ここから先にはね、ずびっ、行かせられないってね、ぐずっ、とうせんぼされたあぁーっ!!うわあぁーんっ!!」

 「なんだ、じゃあ異世界には行けなかったのか」

 「うぅーっ、ぐすっ、差別だよぉーっ!!ぐずっ、僕が、うぐっ、お化けだからって、ふぇぐっ、何がいけないって、言うんだよぉーっ!!うわあぁーんっ!!いじめられたよぉーっ!!」

 「あぁっ、えと、その、なんだっ、……まぁ、帰って来られなくなるより良かったんじゃないか?」

 「でも、ふぇぐ、でもー、う、うわあぁーんっ!!」

 太郎が今まで見たことがないほど泣き喚く。相当異世界に行けなかったことが悲しかったらしい。

 私はそんな太郎を目の前にして、どうすればいいのか分からずにあたふたしていた。

 「わ、分かったから泣くな太郎っ!泣かないでくれっ!えと、その、うーんと……」

 私が慌てながら頭を悩ませていると、その時階段の方からからがらという音が聞こえてきた。その音を聞くと太郎は一度泣き止み、私と一緒に階段を振り返る。

 するとそこには、上から転がってきたらしいプラスチック製のおもちゃの剣があった。そして少しして、その剣は太郎の足元へと落ちる。刹那、上からひらひらと一枚の紙が落ちてきて、私の頭に乗っかった。私はそれを取ってみると、そこには『それやるから、勘弁してくれ』と書かれていた。

 「おい、太郎、上からこんな紙が……」

 「うわぁーっ!!みてみてっ、花子ちゃんっ!上から剣が落ちてきたーっ!わぁーっ!かっこいいーっ!!」

 私が紙のことを伝えようとすると、その時太郎は私の声など聞こえもせず、階段から落ちてきたおもちゃの剣に夢中になっていた。近寄って手にとっては振り回している。

 「お、おい、太郎っ、紙……」

 私はそんな太郎にどうにかして紙の事を伝えようとしたが、二言目を掛けようとして、やっぱりやめた。呆れて溜息が溢れ出る。

 ……でもまあ、太郎が元気に戻ったからいいか。

 そこにあったのは、さっきの号泣からは考えられないほどの笑顔だった。



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